鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂

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扉のその向こうには

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「妙だな……こりゃ一体どういうことだ?」

 ドラーガさんが辺りを見渡しながらそう言う。

 妙と言えば妙だけど……もう全てが妙なこと過ぎて理解が追い付かないというか。

「ン? マッピ、あれイリスウーフじゃないか?」
「え?」

 本当だ。ドラーガさんが指し示した方向に視線をやると、確かにイリスウーフさんが倒れていた。

 きっと、戦闘音のするところに行けばアルグスさんに会えるはずだ。というドラーガさんの言葉に従って私達は街の中を探し始めていたんだけど……結局その後戦闘音がすることはなく、代わりに何度か笛の音が聞こえ、遠くで何か魔力の光が見えた。

 きっとそこがこの騒動の中心に違いないと考えた私達はすぐにその場に向かったんだけど……

 どうやらここが野風の呪いの中心地だったのは確からしく、辺りには気力を失ってぐったりと項垂れている人たちが点在していた。

 そして、その中心に、右手に黒い笛を持ったイリスウーフさん。

「イリスウーフさん、イリスウーフさん、大丈夫ですか?」
「マッピさん、回復魔法をかけてあげてください」

 クオスさんに助言されて私はすぐにぐったりしたまま動かないイリスウーフさんに回復魔法をかけた。どこかから血を流しているわけではないし、体温も暖かい。もしかしてイリスウーフさんも野風の呪いの影響で動けなくなってしまったのだろうか。

 だとしたら、もしやこの右手に持っている黒い笛が「野風」? 笛には小さい緑色のストーンがいくつか埋め込まれている。見た感じどうも竜の魔石ではないのかという気がしないでもないが。

 そして、イリスウーフさんがいるというのに周囲にはアルグスさんもガスタルデッロの姿も見えない。

 さっきのアンセさんの話からするとイリスウーフさんはガスタルデッロに攫われたという事だったけど……

「ぅ……」

 正直言って野風の呪いによる脱力症状に回復魔法が効くのかは全く分からなかったが、しばらくするとイリスウーフさんが意識を取り戻した。私とクオスさんとアンセさん、それにドラーガさんは横になった状態からやっとの事で肘で上半身を支えているイリスウーフさんに何があったのかを尋ねた。

「う……私も、何があったのか、はっきりとは……
 ただ、確かにガスタルデッロとアルグスさんがいた筈なんですが……」

「アルグスも心配だが、イリスウーフ、その右手に持ってるのは野風だな?」

 ドラーガさんがそう指摘すると、イリスウーフさんは気まずそうに視線を逸らした。彼女からしてみれば、メッツァトルすら信用せずに野風の笛を隠していたのに結局ガスタルデッロに奪われた形になってしまったのだ、後ろめたいのだろう。

「ちょっと待ってよ、じゃあなに? ガスタルデッロの奴は苦労して野風を探し出したってのに結局笛を置いてどっかに姿をくらましちゃったってこと?」

 アンセさんが「訳が分からない」といった表情でそう言った。まあ、実際私も訳が分からない。あれだけ執着していたイリスウーフさんも野風も置き去りにして、ガスタルデッロは一体どこに行ったというんだろう?

「『どこに行った』かは分からねえが、『何しに行った』のかは分かるぜ。
 『アカシックレコード』を探しに行ったのさ」

「ガスタルデッロはそうでしょうけど、アルグスさんは?」

 私の問いかけに答えたのは、ドラーガさんではなく、アンセさんだった。

「それなら私にだって分かるわ。もちろんアルグスはそれを止めに行ったのよ!」
 

――――――――――――――――


「ハッ!?」

 暗い迷宮の中、アルグスは目を覚ました。

「はぁ……はぁ……夢か、いやな夢だっ……いやおかしいだろ!」

 アルグスは自分のつぶやきにセルフツッコミして辺りを見回す。

 先ほどのダンジョンである。自分の倒したゴールドドラゴンの死骸もある。まだ血が滴っており、ほんの短い間、どうやらうつつから離れていたようである。

 だとすれば、先ほどの事は全て夢だったのか。

 ゾラが現れて、そして彼の求めに応じて戦い……最後には……キスを……?

「いやいやおかしいだろ! なんでそんな夢見るんだよ! どういう深層意識が影響してそんな夢を!? いや、そう言えばアンセは『全ての男は心の中にホモを飼っている』と言ってたけど……まさか僕の心の中にも……?」

 違う。

 そうではないような気がする。

 先ほどのゾラが夢の中の出来事であり、現実に起こったことではないというのにはいくら何でも無理がある。あの戦闘の緊張感、痛み、体の軋み、その全てが明晰夢などと言う言葉だけで片づけられるものではない。あれは現実にあった事なのだ。ただ、その「在り様」が少し違うというだけで。

 ゾラの言葉を総合して考えれば、先ほど戦ったのは彼のバックアップを元に作られた仮想人格。そしてそれを「素体」を準備することなく前の体と全く同じ外見で準備することなど不可能。

 ならば、さっきの戦いは現実ではなく催眠でもかけられたか、それとも超現実のシミュレートとして戦いを見せられたのか、いずれにしろ現実にあった事ではないように考えられる。

 その証拠に確かに倒したはずのゾラの遺体は部屋にはない。ドラゴンの死骸だけだ。

 いずれにしろ、夢と現の境が曖昧になってきている。

「危険な兆候だ……」

 精神へ攻撃する魔法を受けるという事はその間肉体的には無防備な状態になる。

 多くの精神攻撃魔法は使用している間術者も身動きが取れないことが多いのでそこまで万能ではないのだが、今のガスタルデッロに協力者がいないとも限らない。

 何より、アルグス自身万全な状態であれば並みの精神魔法ならば抵抗レジスト出来るだけの精神力を持っているのだが、今まさにそれを喰らったという事は、想像以上に今の彼の精神状態が疲弊しているという事を現す。

 迷宮の探索と敵モンスターとの戦いにより肉体的には疲労しても精神的には回復しているように感じられた。

 だが実際には自分で思っている以上にアルグスは疲弊しているのだ。それを明かにしたのが先だってのゾラとの戦闘であった。

「いずれにせよ、慎重に進まないとな……」

 そう言ってアルグスはゾラが入ってきた扉を睨む。先ほどゾラが明けたはずの扉は、やはり固く閉ざされたままだ。

 アルグスはショートソードを抜いて、左手首の内側に軽く切れ込みを入れた。

 ぽたり、ぽたりと血を垂らしながら歩いて扉に近づき、ゆっくりと脚で扉を押し開いた。扉の向こうからはこちらよりも少し明るい光が差し、アルグスは少し目を細める。その逆光の中、大きな帽子をかぶった女性の姿が見えた。

「アルグス……?」

 扉の向こうで訝し気な表情でこちらを覗いている女性は、アンセ・クレイマーだった。
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