鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂

文字の大きさ
192 / 211

勇者の帰還

しおりを挟む
 灰が降りしきる、曇り空。

 秋も深まってきて太陽の力も随分と弱まってきた昼下がり。ムカフ島から巻き上げられた噴煙によってその太陽も遮られ、私達の心の内を現すように冷え冷えとした空気が漂う。

 そんな私達の前に、アルテグラは大きなトランクケースを出し、指し示したのだ。

「アルグス……?」

「そうデス。ご確認を」

 言ってる意味が、全く分からない。

 アンセさんが訝しげな眼でアルテグラを見ながら恐る恐る近づき、しゃがんでトランクケースに手を添える。しかしやはり彼女の意図が分からないのか、罠を警戒してか、アルテグラの方を見上げる。

「どういう意味なの?」

「だから」

 アルテグラはふう、と小さくため息をついて、フードの位置をなおす。目深に被ったフードにより、目元が暗くなって一層不気味だ。

「アルグスさんは」

 私も彼女が何を言っているのか全く意味が分からない。アルグスさんからの贈り物?

「この、トランクケースの、中です」

 パチン、とアンセさんがケースの金具を外す。

 もうこいつと話していても無駄だし、確認した方が早い。しかし、いやな予感がするのか、自然と動きはゆっくりと、恐る恐るケースを開ける。


 空気が一変したような気配があった。


 アンセさんは半ばくらいまでケースを開けて、勢いよくバンッ、とそれを再び閉じた。

「アンセさん?」

 何が起きたの!? ケースの中には何が……

「はぁっ、はぁっ、はぁ……」

 アンセさんは苦しそうに胸元を手で押さえて、浅い呼吸を繰り返している。

「嘘……嘘よ、そんな……」

「おやおや、自分の目でたしかに確認したのに『嘘』とはおかしいでしょウ」

 アルテグラはその反応を見て、妙に楽し気な口調で話す。ゆっくりとトランクケースの隣まで移動し、しゃがんでアンセさんに視線を合わせる。

「現実をよく見てください。このケースの中に入っているのは、確かに」

 アルテグラの白い手が、ゆっくりとトランクケースを開ける。

「アルグスさんです」

 ケースの中に入っていたのは、

 力なく目を閉じた上顎から上しかない頭部、千切れた四肢、どこの部位か分からない内臓、粉々になった肋骨。

 しかし確かにその涼しげな眼もと、柔らかく美しい金髪、整った鼻梁、それはアルグスさんの物であった。

「嘘よッ!!」

 パタン、とトランクケースの蓋が反対側まで開かれる。

 血生臭い香りが漂う。

 降灰こうかいにくすむ視界の中、確かにそのちっぽけなトランクケースの中に収められていたのはアルグスさんだった。

「嘘よ!! こんなの!! の訳がない!!」

 半狂乱になって叫ぶアンセさん。

「アル……グスさん……」

 クオスさんはよろけながらもトランクケースに近づき、四つん這いになってその残骸を見つめる。涙を浮かべて、ケースに縋りつくように手を添えた。

「そんな……なぜ私みたいなのが生き残って……アルグスさんが……
 こんなの……こんなの、間違ってる」

 イリスウーフさんは、何も言葉を発せずただただ怯えた目をして、野風の笛を抱きしめる様に胸の前に握っている。

 私は、あまりの事態に腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。

 信じられない。

 あのアルグスさんが、死んだ……?

 まさか、そんな。

 あり得ない。現実のはずがない。

 偽物に決まってる。

 何か企みがあって、“悪女”アルテグラが、私達をだますためにこんな手の込んだイミテーションを作って騙そうとしてる。間違いない。
 だって、アルグスさんが死ぬはずないもの。

 そうだ。アンセさんの言うとおり、本当のはずがない。

 現実のはずがない。質の悪いジョークだ。

 私は、半笑いの表情で振り向き、ドラーガさんの方を見た。

 そうだ。彼ならきっと、この状況にも余裕の笑みで以て構えているはず。

 いつものムカつく薄ら笑いを浮かべているはず。

「バカな……」

 開いた瞳孔。小刻みに震えている手。

 口に手を当てて後ずさりする。

 彼の明らかに動揺しているその態度が、今私の目の前で起きている事態が「現実」であると物語っていたのだ。

「そんな……」

 私は力なく両手をだらりと下げた。

 信じられない。本当に、あのアルグスさんが。

「嘘よこんなの!!」

 アンセさんがひと際大きな声で叫んで立ち上がった。その表情は怒りに曇っている。

 ぶわりと風が吹いたような気がして、彼女の髪の毛が揺らめく。

「何を企んでるの!! こんな手の込んだ悪戯をして!!」

 構えを取って右手を引く彼女の腕には目視できるほどの魔力が集まっている。

「ま、待って下さい!!」

 アルテグラが後退しながら両手を前に出して逃げようとするが、しかし当然アンセさんの怒りは収まらない。今にも魔法を発動しそう、というところでイリスウーフさんが後ろから抱きついてそれを止めた。

「落ち着いて、落ち着いてくださいアンセさん!!」

「うぐっ……」

 物理攻撃と違って体を拘束しても魔法の発動は止められない。しかしアンセさんにはそれで十分だった。

 彼女も心のどこかでは分かっているのだ。

 これが現実なのだと。

 八つ当たりしたところでそれが変わることはないのだと。

 イリスウーフさんに止められたことで気持ちが折れてしまったらしく、そのまま崩れ落ちて大声で泣き始めた。

「うそ……こんな、こんなの……こんな事、あるはずが……ううっ、うああ……ッ!!」

 アンセさんが落ち着きを取り戻し……というよりは攻撃の意思を見せなくなったことでようやくアルテグラも安心したのか、もたもたと立ち上がりながら話しかけてくる。

「ふぅ……残念ながら、アルグスさんはガスタルデッロとの戦闘中に彼の刃を受け、動きの止まったところに噴石の直撃を受けて亡くなってしまいました。それは変えようのない事実です」

「お前が……何かしたんじゃないの」

 アンセさんが怒気を孕ませて睨みつけるが、しかしアルテグラはそんなことは気にも留めないようだ。

「おや、私の実力であの化け物二人の戦いに何か干渉できるとでも? 確かにその場には居合わせましたがね」

 あまりにも毒気の無い彼女の語り口に、アンセさんは怒りをぶつける気持ちも失せ、ただその場でさめざめと泣くのみであった。

「うそだろ……こんな、あのアルグスが死ぬだなんて……」

 ドラーガさんにも流石にこれは想定外だったのだろう。涙こそ流していないものの、力なくよろよろとトランクケースの傍まで歩み寄り、その中身を確認した。

 この状況でアルテグラがイミテーションなどを見せることはないだろうけれど、しかしそれが本物なのを確認しようとしているのだろう。

 箱の中身にドラーガさんが手を伸ばしたところでアルテグラがそれを止めた。

「おっと、触れないでくださいネ? せっかく保存状態がいいンですから!」

 その言葉にドラーガさんは何か気づいたようで目を丸くして驚いた。

「なにか……するつもりか?」

 その問いかけにアルテグラは鼻を鳴らすように笑って応える。

「フッフッフ、アルグスさんは非常に興味深い人間です。自らの命も顧みず、勝てないと分かっている敵にも立ち向かい、今回は失敗しましたが、どんな絶望的な状況でも諦めることなく逆転を狙う。
 私としてモ、彼を失うのはもったいないんですヨ」

「……何が、言いたいの」

 アンセさんが尋ねる。この少しの間に彼女の目は落ちくぼみ、まるで十年も年を取ったように見える。

「私の力なら、アルグスさんを蘇らせることもできる、と、言いたいンです」
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。 ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!? 俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。 第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。 「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」 信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。 賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。 様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する! 異世界ざわつき転生譚、ここに開幕! ※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。 だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。 無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。 人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。 だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。 自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。 殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

R・P・G ~転生して不死にされた俺は、最強の英雄たちと滅ぼすはずだった異世界を統治する~

イット
ファンタジー
オカルト雑誌の編集者として働いていた瀬川凛人(40)は、怪現象の取材中、異世界の大地の女神と接触する。 半ば強制的に異世界へと転生させられた彼は、惑星そのものと同化し、“星骸の主”として不死の存在へと変貌した。 だが女神から与えられた使命は、この世界の生命を滅ぼし、星を「リセット」すること。凛人はその命令を、拒否する。 彼は、大地の女神により創造された星骸と呼ばれる伝説の六英雄の一人を従者とし、世界を知るため、そして残りの星骸を探すため旅に出る。 しかし一つ選択を誤れば世界が滅びる危うい存在…… 女神の使命を「絶対拒否」する不死者と、裏ボス級の従者たち。 これは、世界を滅ぼさず、統治することを選んだ男の英雄譚である。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...