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灰降る別れの町
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パタン、と、静かにアンセさんはトランクケースを閉じて金具を止めた。
灰の振るモノクロームの町の中、誰もが声を掛けられないでいた。
でも、つらいのはアンセさんだけではない。私達も同じなんだ。
アルテグラは、しばらくぐちぐちと文句を言っていたものの、私達にアルグスさんを復活させる意思がないとようやく納得してくれたようで、馬車でどこかへと消えていった。
これから、どうしたらいいんだろう。
リーダーのアルグスさんを喪って……メッツァトルは、一体どうしたら……彼のいないメッツァトルなんて成り立たないんじゃないだろうか。
いやそういう事じゃない。アルグスさんですら敵わないガスタルデッロにどうやって戦えば……?
違う違う、そうじゃない。それ以前に、あのアルグスさんが死んでしまったのよ。もう二度と、アルグスさんと話すことも、会うこともできない。まずは彼の死を悼んで心の整理を付けないと。
ダメだ。思考が全くまとまらない。
他の人も同じなのか、クオスさんはその場にしゃがみこんで涙を拭っている。イリスウーフさんはドラーガさんとアンセさんの間で、どちらに声を掛けようか迷っているような感じだ。
誰も、自分の行動すら決めることができない。
しばらくすると、アンセさんは立ち上がり、トランクケースの取っ手を上に立てた。トランクケースの中身は魔法で冷やしてあったらしいけど、人間の死体。向きが変わるとぐちゃっと嫌な音がした。
アンセさんはそんなことは気にしていないのか、気にする余裕がないのか、重そうにトランクケースを持って二歩、三歩と歩き始める。
「あ、アンセさん、どこへ?」
イリスウーフさんが声をかけるとアンセさんはドン、とトランクを置いてゆっくりとこちらに振り返った。目は落ちくぼみ、焦点は合っていない。
いつもは高身長にスタイルの良い体で胸を反らせている、自信に満ち溢れた立ち姿だったけど、その背は丸まり、おどおどと泣きそうな目で辺りの様子を窺うようだ。
アンセさんは暫く私やドラーガさん、クオスさんの方にも視線を彷徨わせた後、大きくため息をついてからゆっくりと答えた。
「わたし……もう、この町を離れるわ」
このカルゴシアを離れるという選択。ムカフ島火山が噴火する今となっては最終的にはこの町は離れなければならない。でも、なぜ私達に何も言わずに、トランクケースを持って一人で行こうとしたのか。
「わたし、もう冒険者を続けることは出来ない……」
半ば予想できていた答えだったのかも知れない。少なくとも、今のアンセさんの精神状態で冒険者を続けるなど、ましてやあのガスタルデッロと戦う事などできるはずがない。
アンセさんの言葉に異を唱える者は、誰もいなかった。
「私ね、前に言ったじゃない。私以外のウィッチには会った事がないって。
ウィッチの人達は皆、山奥や深い森に隠遁生活をしているから会うことはまずないの」
喋りながら少し気持ちの整理ができてきたのか、アンセさんは寂しそうな笑顔を少し見せた。
「今ならわかるわ。不老長寿のウィッチが、人とかかわらずに隠者になる理由……寿命の短い人間と交流があれば、こんな哀しい気持ちを何度も何度も味わうことになるのね……」
トランクケースを見つめながらそう言う。
「勝手だとは思うけど、私もどこか、森の奥で、ひっそりと残りの人生を過ごすことにするわ。
……そこにアルグスも、埋葬してあげたいの。いいでしょ?」
それを非難することなど、私達の誰にもできやしない。
アンセさんは重そうにトランクケースを再度持ち上げると、力なくよたよたと歩いて、降りしきる灰の向こうへとやがて消えていった。
「潮時だな」
しおどき?
今のは間違いなくドラーガさんの声だったと思う。
私は慌てて膝の上の灰をはたき落として立ち上がる。
「ドラーガさん、潮時って……」
彼が何を言っているのかが分からない。聞き返すと、ドラーガさんは肩に降り積もった灰をパンパンと払いながら顔を俯かせて言った。
「俺達の負けだ」
そんな。
そんなバカな。
「クオス、エルフの森に帰るんだろう。見送ってやれなくて済まないが、早めに行った方がいいぜ。いつ本格的な噴火が始まるか分からねえ。
嘘でしょ。
「嘘でしょドラーガさん!! ここで終わりだって言うんですか!?」
「ガスタルデッロは……たとえ万全の状態でも勝てる相手じゃねえ。それをアルグスとアンセもいない今の状態でどう戦えってんだ……
俺達は、負けたんだよ……負けたんだよッ!!」
最後は殆ど叫ぶようであった。
私は脱力し、その場に再びぺたんと座り込んでしまった。
俯いたまま視線だけでドラーガさんの方を見ると、クオスさんが涙を流しながら彼に歩み寄っていた。おそらく、最後の……別れの言葉をかけるんだろう。
「クオス……俺も冒険者はもう廃業だ。もしよかったら、一緒に避難するか?」
ドラーガさんが声をかけると、クオスさんは悲しそうな表情をして首を横に振った。
「ここで、甘えるわけにはいきません。私は、一人でエルフの森に帰ります……今までありがとう、ドラーガさん」
クオスさんはドラーガさんに抱きついて、その胸に顔をうずめた。私はなんとなく気恥ずかしい気がして二人から目を逸らした。
「本当に、ありがとう……大好きでした」
私の方こそ、短い間でしたけど、今までありがとうございました。私に向けられた言葉ではないけれど、心の中でそっと呟いた。
クオスさんの足音は、ドラーガさんから少し離れてしばらくその場に立ちすくんでいたように見えたけれども、やがてゆっくりと歩いてその場を離れ始めた。おそらくは私とイリスウーフさんにも声を掛けようとして、そしてやっぱりやめ、静かにここを去っていくことにしたのだろう。
さりさりと、灰を踏みしめる音がして段々とアジトから離れていくクオスさんの足音。
これが、きっと、最後の別れなんだろう。
なぜか私は、クオスさんと最後の言葉を交わす気になれなかったし、そんな別れ方でもいいと思えた。
フービエさん達みたいに訳も分からず死に別れるわけではない。アンセさんも、クオスさんも、逃げ延びたその先できっと生きていくんだ。生きてさえいれば、それで全ていいと思える。いつか会うこともあるかもしれない。
でも私は……どうしたらいいんだろう。どうしても、このまま逃げてしまう気にはなれなかった。
振り返ると、ドラーガさんはゆっくりとした足取りでアジトの中に入っていった。
灰の振るモノクロームの町の中、誰もが声を掛けられないでいた。
でも、つらいのはアンセさんだけではない。私達も同じなんだ。
アルテグラは、しばらくぐちぐちと文句を言っていたものの、私達にアルグスさんを復活させる意思がないとようやく納得してくれたようで、馬車でどこかへと消えていった。
これから、どうしたらいいんだろう。
リーダーのアルグスさんを喪って……メッツァトルは、一体どうしたら……彼のいないメッツァトルなんて成り立たないんじゃないだろうか。
いやそういう事じゃない。アルグスさんですら敵わないガスタルデッロにどうやって戦えば……?
違う違う、そうじゃない。それ以前に、あのアルグスさんが死んでしまったのよ。もう二度と、アルグスさんと話すことも、会うこともできない。まずは彼の死を悼んで心の整理を付けないと。
ダメだ。思考が全くまとまらない。
他の人も同じなのか、クオスさんはその場にしゃがみこんで涙を拭っている。イリスウーフさんはドラーガさんとアンセさんの間で、どちらに声を掛けようか迷っているような感じだ。
誰も、自分の行動すら決めることができない。
しばらくすると、アンセさんは立ち上がり、トランクケースの取っ手を上に立てた。トランクケースの中身は魔法で冷やしてあったらしいけど、人間の死体。向きが変わるとぐちゃっと嫌な音がした。
アンセさんはそんなことは気にしていないのか、気にする余裕がないのか、重そうにトランクケースを持って二歩、三歩と歩き始める。
「あ、アンセさん、どこへ?」
イリスウーフさんが声をかけるとアンセさんはドン、とトランクを置いてゆっくりとこちらに振り返った。目は落ちくぼみ、焦点は合っていない。
いつもは高身長にスタイルの良い体で胸を反らせている、自信に満ち溢れた立ち姿だったけど、その背は丸まり、おどおどと泣きそうな目で辺りの様子を窺うようだ。
アンセさんは暫く私やドラーガさん、クオスさんの方にも視線を彷徨わせた後、大きくため息をついてからゆっくりと答えた。
「わたし……もう、この町を離れるわ」
このカルゴシアを離れるという選択。ムカフ島火山が噴火する今となっては最終的にはこの町は離れなければならない。でも、なぜ私達に何も言わずに、トランクケースを持って一人で行こうとしたのか。
「わたし、もう冒険者を続けることは出来ない……」
半ば予想できていた答えだったのかも知れない。少なくとも、今のアンセさんの精神状態で冒険者を続けるなど、ましてやあのガスタルデッロと戦う事などできるはずがない。
アンセさんの言葉に異を唱える者は、誰もいなかった。
「私ね、前に言ったじゃない。私以外のウィッチには会った事がないって。
ウィッチの人達は皆、山奥や深い森に隠遁生活をしているから会うことはまずないの」
喋りながら少し気持ちの整理ができてきたのか、アンセさんは寂しそうな笑顔を少し見せた。
「今ならわかるわ。不老長寿のウィッチが、人とかかわらずに隠者になる理由……寿命の短い人間と交流があれば、こんな哀しい気持ちを何度も何度も味わうことになるのね……」
トランクケースを見つめながらそう言う。
「勝手だとは思うけど、私もどこか、森の奥で、ひっそりと残りの人生を過ごすことにするわ。
……そこにアルグスも、埋葬してあげたいの。いいでしょ?」
それを非難することなど、私達の誰にもできやしない。
アンセさんは重そうにトランクケースを再度持ち上げると、力なくよたよたと歩いて、降りしきる灰の向こうへとやがて消えていった。
「潮時だな」
しおどき?
今のは間違いなくドラーガさんの声だったと思う。
私は慌てて膝の上の灰をはたき落として立ち上がる。
「ドラーガさん、潮時って……」
彼が何を言っているのかが分からない。聞き返すと、ドラーガさんは肩に降り積もった灰をパンパンと払いながら顔を俯かせて言った。
「俺達の負けだ」
そんな。
そんなバカな。
「クオス、エルフの森に帰るんだろう。見送ってやれなくて済まないが、早めに行った方がいいぜ。いつ本格的な噴火が始まるか分からねえ。
嘘でしょ。
「嘘でしょドラーガさん!! ここで終わりだって言うんですか!?」
「ガスタルデッロは……たとえ万全の状態でも勝てる相手じゃねえ。それをアルグスとアンセもいない今の状態でどう戦えってんだ……
俺達は、負けたんだよ……負けたんだよッ!!」
最後は殆ど叫ぶようであった。
私は脱力し、その場に再びぺたんと座り込んでしまった。
俯いたまま視線だけでドラーガさんの方を見ると、クオスさんが涙を流しながら彼に歩み寄っていた。おそらく、最後の……別れの言葉をかけるんだろう。
「クオス……俺も冒険者はもう廃業だ。もしよかったら、一緒に避難するか?」
ドラーガさんが声をかけると、クオスさんは悲しそうな表情をして首を横に振った。
「ここで、甘えるわけにはいきません。私は、一人でエルフの森に帰ります……今までありがとう、ドラーガさん」
クオスさんはドラーガさんに抱きついて、その胸に顔をうずめた。私はなんとなく気恥ずかしい気がして二人から目を逸らした。
「本当に、ありがとう……大好きでした」
私の方こそ、短い間でしたけど、今までありがとうございました。私に向けられた言葉ではないけれど、心の中でそっと呟いた。
クオスさんの足音は、ドラーガさんから少し離れてしばらくその場に立ちすくんでいたように見えたけれども、やがてゆっくりと歩いてその場を離れ始めた。おそらくは私とイリスウーフさんにも声を掛けようとして、そしてやっぱりやめ、静かにここを去っていくことにしたのだろう。
さりさりと、灰を踏みしめる音がして段々とアジトから離れていくクオスさんの足音。
これが、きっと、最後の別れなんだろう。
なぜか私は、クオスさんと最後の言葉を交わす気になれなかったし、そんな別れ方でもいいと思えた。
フービエさん達みたいに訳も分からず死に別れるわけではない。アンセさんも、クオスさんも、逃げ延びたその先できっと生きていくんだ。生きてさえいれば、それで全ていいと思える。いつか会うこともあるかもしれない。
でも私は……どうしたらいいんだろう。どうしても、このまま逃げてしまう気にはなれなかった。
振り返ると、ドラーガさんはゆっくりとした足取りでアジトの中に入っていった。
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