209 / 211
笛の音
しおりを挟む
「おや?」
不思議な感覚を受けて、アルテグラは耳をそばだてた。
「ボルデュー、馬車を止めてくださイ」
耳などないが、しかしアンデッドとなったアルテグラは鋭敏に五感を働かせることができる。御者の大男に声をかけて幌馬車を止めさせるとアルテグラはすぐに飛び降りてカルゴシアの町の方向を見る。
「妙ですネ……また笛の音が聞こえる」
アルテグラに続いてボルデューも彼女の隣に立つ。
彼はゾンビであり、思考力はそのほとんどを失っているのであるが、しかし「アルテグラの命令に従う」「彼女の身を守る」という二つの命令だけは万難を排して実行する強さを持つ。
「一体だれが……?」
アルテグラは独り言が多い。その言葉に傍仕えのボルデューが答えることはないが、自分の考えをまとめるために口に出すのだ。
野風の笛はイリスウーフが持っていたはず。
ではガスタルデッロとの戦闘になり、彼を無力化するために笛を吹いているのだろうか。しかしアカシックレコードを手に入れたガスタルデッロがイリスウーフに笛を吹く隙を与えるとは到底考えられない。
ではいったい誰が?
「町を離れるのが早すぎましたかねェ」
この後の流れは分かり切っていると思い、町を離れた。ドラーガ達にガスタルデッロを倒す手はない。ならば、町は火山に飲まれるだけ、危険はあってもここから先に面白い展開などないだろうと思い町を見限ったのだが。
少し早計だったかもしれない。そう思った時、どこからともなく男性の声が聞こえた。
「いいや、むしろ遅すぎた」
「!?」
日の暮れた雑木林の道の中、大きな黒い影が飛び掛かってきた。
とっさにボルデューがアルテグラを守るように前に立つが、黒い影からの攻撃を喰らってよろけると、その隙に影は後ろ回し蹴りを放ち、ボルデューの頭は人形の首を飛ばすように吹き飛び、その場に崩れ落ちた。
「が、ガスタルデッロ……なぜここに?」
見紛うはずもなし。体勢を整え、すっくと立ちあがるとその身の丈は大男のボルデューよりもまだ頭一つ分大きい。“十字架の”ガスタルデッロである。尤もその手に異名の十字剣はないが。
「仕事のやり残しがあってな」
「な、なんでしょウ……? 私は関係なさそうなのデ、先を急いでいいですかネ……?」
しかし彼女の言葉を無視してガスタルデッロはムカフ島の方を見、満足げに微笑んだ。
「どうやらドラーガは上手くやっているようだな」
「な……ないンでしたら……」
空気の悪さを感じ取り、そろりそろりと、御者台の方へアルテグラは這って行く。
しかし当然ガスタルデッロはそれを許さない。後ろから彼女の頭蓋骨をがしりとわしづかみにして止めた。
「まあ待て、私の仕事とはお前の事だ」
そのまま彼女の体を引き寄せ、小脇に抱える。元々小柄な上に骸骨の姿のアルテグラはもはや抵抗などできずに持ち上げられてしまう。
「七聖鍵は敗北、解散だ」
「そ、そうですか……それは残念ですね。じゃあ私も田舎にでも帰りますので……」
「そうはいかん。我らも三百年にわたる悪行を清算せねばならん」
「そんな! 是非お一人で……」
そう、彼の言った「やることがある」というのはこのことであった。
アルテグラは本人には悪意はないものの、無節操に人に望む物を与え続け、多くの悲劇を生みだした。それは「善意」から来るものではなく、彼女の「好奇心」から来るものである。
今回だけではない。当然この三百年間、彼女の人類を遥かに凌駕した技術力は悲劇を生み続けてきたのだ。ガスタルデッロはそれを清算しようというのである。
「ちょうどムカフ島の火口が開いている。共に星の炎に薄汚れた身を清めようではないか」
「とほほ……」
「どうせお前はそのくらいでは完全には死なんのだろう。だがたまには誰かが灸を据えてやらねばな」
もはや抵抗を諦めたアルテグラは荷物のように抱えられ、ガスタルデッロと共にムカフ島の山頂を目指すこととなった。
その後、二人を見た者は、いない。
――――――――――――――――
私は、ゆっくりと空を見上げた。
美しい音色だった。
確かに悲しげな音ではあるものの、悠然とした自然を思わせる。このカルゴシアの町と、ムカフ島を包み込む優しい音色。
本来ならここ、カルゴシアの中心部まで聞こえてくるはずなどないのだが、私の耳にはそれははっきりと聞き取ることができた。
あのムカフ島のふもと、ドラーガさんとノイトゥーリさんが野風の笛と、ガスタルデッロから託されたエメラルドソードを使って、噴火を止めたのだろう。
結局それ以降ムカフ島が火を吐き出すことはなかった。
しかし……
翌朝、山から戻ってきたのは、ドラーガさんただ一人だけだった。
その日、何があったのか。
公式的な記録には何も残っていない。
町を襲った化け物の正体は何だったのか。
シーマン家をのっとったガスタルデッロはなぜわずか一夜にしてその姿を消したのか。どこに消えたのか。
町を守って戦っていたはずの勇者アルグスはいったいどこに消えたのか。
炎を吐き出して町を飲み込むかと思われたムカフ島火山の噴火は何故急にやんだのか。
でも、私だけは知っている。
賢者と、ドラゴニュートの姫が、その噴火を止めたのだと。
「ドラーガさん……ノイトゥーリさんは……?」
何度尋ねても、結局彼は一言もまともな答えを返すことはなかった。
ただ、寂しそうに、手に持った黒い笛を眺めるだけ。
不思議な感覚を受けて、アルテグラは耳をそばだてた。
「ボルデュー、馬車を止めてくださイ」
耳などないが、しかしアンデッドとなったアルテグラは鋭敏に五感を働かせることができる。御者の大男に声をかけて幌馬車を止めさせるとアルテグラはすぐに飛び降りてカルゴシアの町の方向を見る。
「妙ですネ……また笛の音が聞こえる」
アルテグラに続いてボルデューも彼女の隣に立つ。
彼はゾンビであり、思考力はそのほとんどを失っているのであるが、しかし「アルテグラの命令に従う」「彼女の身を守る」という二つの命令だけは万難を排して実行する強さを持つ。
「一体だれが……?」
アルテグラは独り言が多い。その言葉に傍仕えのボルデューが答えることはないが、自分の考えをまとめるために口に出すのだ。
野風の笛はイリスウーフが持っていたはず。
ではガスタルデッロとの戦闘になり、彼を無力化するために笛を吹いているのだろうか。しかしアカシックレコードを手に入れたガスタルデッロがイリスウーフに笛を吹く隙を与えるとは到底考えられない。
ではいったい誰が?
「町を離れるのが早すぎましたかねェ」
この後の流れは分かり切っていると思い、町を離れた。ドラーガ達にガスタルデッロを倒す手はない。ならば、町は火山に飲まれるだけ、危険はあってもここから先に面白い展開などないだろうと思い町を見限ったのだが。
少し早計だったかもしれない。そう思った時、どこからともなく男性の声が聞こえた。
「いいや、むしろ遅すぎた」
「!?」
日の暮れた雑木林の道の中、大きな黒い影が飛び掛かってきた。
とっさにボルデューがアルテグラを守るように前に立つが、黒い影からの攻撃を喰らってよろけると、その隙に影は後ろ回し蹴りを放ち、ボルデューの頭は人形の首を飛ばすように吹き飛び、その場に崩れ落ちた。
「が、ガスタルデッロ……なぜここに?」
見紛うはずもなし。体勢を整え、すっくと立ちあがるとその身の丈は大男のボルデューよりもまだ頭一つ分大きい。“十字架の”ガスタルデッロである。尤もその手に異名の十字剣はないが。
「仕事のやり残しがあってな」
「な、なんでしょウ……? 私は関係なさそうなのデ、先を急いでいいですかネ……?」
しかし彼女の言葉を無視してガスタルデッロはムカフ島の方を見、満足げに微笑んだ。
「どうやらドラーガは上手くやっているようだな」
「な……ないンでしたら……」
空気の悪さを感じ取り、そろりそろりと、御者台の方へアルテグラは這って行く。
しかし当然ガスタルデッロはそれを許さない。後ろから彼女の頭蓋骨をがしりとわしづかみにして止めた。
「まあ待て、私の仕事とはお前の事だ」
そのまま彼女の体を引き寄せ、小脇に抱える。元々小柄な上に骸骨の姿のアルテグラはもはや抵抗などできずに持ち上げられてしまう。
「七聖鍵は敗北、解散だ」
「そ、そうですか……それは残念ですね。じゃあ私も田舎にでも帰りますので……」
「そうはいかん。我らも三百年にわたる悪行を清算せねばならん」
「そんな! 是非お一人で……」
そう、彼の言った「やることがある」というのはこのことであった。
アルテグラは本人には悪意はないものの、無節操に人に望む物を与え続け、多くの悲劇を生みだした。それは「善意」から来るものではなく、彼女の「好奇心」から来るものである。
今回だけではない。当然この三百年間、彼女の人類を遥かに凌駕した技術力は悲劇を生み続けてきたのだ。ガスタルデッロはそれを清算しようというのである。
「ちょうどムカフ島の火口が開いている。共に星の炎に薄汚れた身を清めようではないか」
「とほほ……」
「どうせお前はそのくらいでは完全には死なんのだろう。だがたまには誰かが灸を据えてやらねばな」
もはや抵抗を諦めたアルテグラは荷物のように抱えられ、ガスタルデッロと共にムカフ島の山頂を目指すこととなった。
その後、二人を見た者は、いない。
――――――――――――――――
私は、ゆっくりと空を見上げた。
美しい音色だった。
確かに悲しげな音ではあるものの、悠然とした自然を思わせる。このカルゴシアの町と、ムカフ島を包み込む優しい音色。
本来ならここ、カルゴシアの中心部まで聞こえてくるはずなどないのだが、私の耳にはそれははっきりと聞き取ることができた。
あのムカフ島のふもと、ドラーガさんとノイトゥーリさんが野風の笛と、ガスタルデッロから託されたエメラルドソードを使って、噴火を止めたのだろう。
結局それ以降ムカフ島が火を吐き出すことはなかった。
しかし……
翌朝、山から戻ってきたのは、ドラーガさんただ一人だけだった。
その日、何があったのか。
公式的な記録には何も残っていない。
町を襲った化け物の正体は何だったのか。
シーマン家をのっとったガスタルデッロはなぜわずか一夜にしてその姿を消したのか。どこに消えたのか。
町を守って戦っていたはずの勇者アルグスはいったいどこに消えたのか。
炎を吐き出して町を飲み込むかと思われたムカフ島火山の噴火は何故急にやんだのか。
でも、私だけは知っている。
賢者と、ドラゴニュートの姫が、その噴火を止めたのだと。
「ドラーガさん……ノイトゥーリさんは……?」
何度尋ねても、結局彼は一言もまともな答えを返すことはなかった。
ただ、寂しそうに、手に持った黒い笛を眺めるだけ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。
自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
腐った伯爵家を捨てて 戦姫の副団長はじめます~溢れる魔力とホムンクルス貸しますか? 高いですよ?~
薄味メロン
ファンタジー
領地には魔物が溢れ、没落を待つばかり。
【伯爵家に逆らった罪で、共に滅びろ】
そんな未来を回避するために、悪役だった男が奮闘する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる