同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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誰と生きる

97.夜の森Ⅲ

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 四人を乗せた自動操縦の魔法の絨毯は、青い空の下に出る。
 夜の森を抜けて、ミックが泊まっていた宿に報告がてら一度寄ると、再び王都へ向かって進み始めた。
「ミックさん。先ほどは追い詰めてしまってすみませんでした」
 真紘は、後悔の念に苛まれて泣き続けているミックに頭を下げた。
 明るい場所に連れ出されたミックは、卑劣な行いをするような者には見えず、普通の純朴そうな青年に戻っていた。魔力溜まりが発生する場所は空気も淀んでいる。数日間夜の森を彷徨い続けたため、思考が暗い方へと引きずられてしまったのかもしれない。
「いいや、自分のせいだから、そっちが謝る必要はないよ……。なんであんな行動をしてしまったのか、自分でもよくわからないんだ……」
「朝か夜かもわからない暗い森にずっといたんです。もしかしたら魔力の巡りが狂ってしまっているのかもしれません。病は気からと言いますし、崖から落ちた際にも打ち身はしているでしょう? 騙されたと思って、今度こそ治療させてもらえませんか?」
「めっ、女神様……?」
「僕は、時の女神様ほど口達者ではありませんよ」
 聖魔法でミックを包むと、彼はほっと安堵の息を吐いた。
「ありがとう。あの、王都に戻ったら今度お礼を――」
 そう言って真紘に握手を求めたミックの手を、重盛は容赦なくチョップで叩き落とした。
「はい、そこまで~」
「イッテェ⁉」
「我慢できるのは治療まで。真紘ちゃんに触って良いのは俺のみ! シッシっ!」
 逆立った尻尾でミックを追い払う重盛は、コアラのように真紘を横抱きにして離れない。
「すみません。僕の夫は少々ヤキモチ焼きなので……」
「お、お、夫⁉ じゃあ人妻⁉」
「俺だけの旦那だよ」
「ダンナ……は、ハア⁉ おっ、おおお男なのかよ⁉ こんなに可憐なのに、男だって⁉」
「ああ、そう見えていたんですか。森の中は暗かったので、仕方がありませんね。ご覧の通り既婚の男です」
 左手の指輪を見せると、ミックは白目を向いて倒れた。精神的な疲労も限界を迎えたようだ。
 重盛は、指輪が光る真紘の手を取ると「いつ見ても最高だなぁ」と、うっとり囁いた。
「クロードさんの前なんだから……。ちょ、ちょっと、重盛、顔がだらしない……」
 少し離れた位置であぐらをかいて座っていたクロードは、相変わらずのおしどり夫婦だと笑っている。
「クロードさんも、先ほどは出しゃばってしまってすみませんでした」
「いいえ、私が悪いのです。高濃度の魔力に中てられて混乱している若者に説教をして、挙句の果てに怪我をさせるところでした。暗闇は私のテリトリーですが、一般的には恐ろしいものです。歳を重ねると視野が狭くなります。死にかけて、ようやくそれを思い出しました。慢心とは恐ろしいものです」
「僕たちも肝に銘じます」
 人より長い命を得た自分たちだ。真紘と重盛は、いつまでも柔軟に物事に向き合っていかなければならないと、改めて心に誓った。


 怒涛の一日に真紘も少しばかり疲れた。
 腕時計を確認すると時刻は十四時を回っている。任務完了の報告をして、自宅に帰るとおそらく十六時を過ぎる。夕食を早めに摂って、準備をすればイチャイチャしたいという重盛の願いを叶えてやれるだろうか――。
「はあ、どうしたら……」
 しかし森を駆け回っていた午前中からずっと思っていたことがある。
「どしたん、真紘ちゃん」
「実はさ、長時間暗い場所にいたせいか、結構、眠いんだ……」
「ちょっ、マジで⁉ 待ってよ! 今日は重盛くんとラブラブ一周年記念ディナーのあとが本番じゃん! 松永特製のコロッケも作るよ⁉」
「ころ……け……たべ、るよ……」
「しっかりしろハニーッ! 今寝たら体内時計狂っちゃうぞ! 寝すぎて頭痛いって、明日も一日グロッキーになっちゃうぞ!」
「わかってる……わかって、いるんだ、けど……」
 一度寝入ると、中々目覚めない真紘だ。重盛は大声で呼び掛ける。
 何度もぐわんぐわんと肩を揺すられながら、真紘は凶悪な睡魔と戦い続けた。
 そんな努力も虚しく、ギルドと王城への報告が想定以上に長引き、帰宅した頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。

 リビングのソファーに雪崩れ込んだ真紘は、目元を腕で隠しながら重盛に謝る。
「ごめんね、重盛……。今日の僕、ちょっと空回っていたかもしれない……」
「んやぁ? まあ、ずっと眠そうだなとは思ってたけど、何を気にしてんの?」
 重盛は、真紘の両脇に手を入れると持ち上げるようにしてすっぽり抱え込む。まるで赤子をあやすような体勢だが、真紘は受け入れる。
「ミックさんに対して、ちょっと当たりがきつかったかなと思って……」
「ええ! あれで⁉ 全然きつくないって! 超当たり前なこと言ってただけだろ。優しいところが真紘ちゃんのいいところだけど、優しすぎるのも心配なんだよなぁ。俺だって内心ぶち切れだったし、一歩間違えればクロードのおっさんが死んでたかもしれないんだよ。人として正面から向き合った結果じゃね?」
「そうだとしても、クロードさんが言っていたように、もっと違う言い方があったかもしれないと思って……んむっ、んん」
 これ以上自分を責めるなと口づけられた。
 重盛の大きな手が、頭、頬、腕、手の甲へを労わるように撫でていく。優しく包み込まれるような真紘を甘やかすためだけのキスをされては、思考が鈍って何も考えられなくなる。
 ゆっくりと目を開けると、金色の眼差しに射抜かれた。
「反省してるのに、こんなご褒美みたいなの、おかしいよ……」
「必要以上に自分を責めるの禁止! 今から真紘ちゃんが真紘ちゃん自身を責め過ぎた分、俺が甘やかす」
「重盛……」
「今日の真紘ちゃんも、よく頑張ったよ。真紘ちゃんのおかげで人ひとりの命と、若者の将来は救われた。すげー立派だ、超立派だ。だから、お疲れさんって自分を労わってやって、早く寝ようぜ」
「でも今日は、リアースに来て一周年で……。そ、その、君に僕の全部をあげるって、約束した日だから……」
 真紘は、重盛の胸元に縋りついた。
 ところが、約束を反故にされそうになっているというのに、重盛はとても穏やかで、なぜか少し嬉しそうだった。
「これからずっと一緒にいるじゃん? ここ最近さ、いつも一瞬でぐっすりな真紘ちゃんが緊張で中々寝付けないでいたの知ってるから。森の暗さで眠くなっちゃったのは、その寝不足のせいでもあんじゃね? 今はそれで胸がいっぱい」
「……本当にいいの?」
「うん。心の準備もできたって十分伝わってるから、心配しないでいいよ。体調がばっちりになるの待ってる」
 いやらしさのない手付きで、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 そんな重盛の気持ちに報いたい真紘は、負けないくらい気持ちを込めて抱きしめ返した。
「僕は、君が好きだよ。本当に、大好きなんだ」
「へへっ、俺も真紘ちゃんが大好き」
「ありがとう。いつも言われてばっかりだから、僕も言葉だけでもちゃんと言葉にして伝えておくよ」
「素直でよろしい! ネガティブはさっき俺がガブっと食べちゃったけど、どうよ? もう少し吐き出しておく?」
 肩眉を上げてお道化る重盛の胸の中で、真紘はクスクスと笑う。先ほどの唇を食むようなキスは、どうやら真紘の弱音を食べていたらしい。
「重盛のおかげでネガティブな気持ちは消え去ったよ。昨日、寝付けなかったのは緊張もあるけど、ずっと楽しみだったんだ。やっと君と最後までできるって、ドキドキして、胸が苦しいくらいワクワクして、寝れなくなっちゃったみたい。やっぱり僕はちゃんと寝ないとだめだね」
「すやすやしてこそ真紘ちゃんだからな。つーか、いつも一瞬で寝る真紘ちゃんがそうなるくらい楽しみにしてくれてたんだと思うと、改めてやばい。ははっ、うわぁ――……だめだ。今、顔見せらんないくらいにやけてる。ちょっとタイム」
 ひとり言のように現実を噛み締める重盛は、両手で顔を隠した。
「興奮して眠れないなんて、遠足前の子どもみたいで恥ずかしいよね。今朝も仕事なんだから自制しなきゃだめだよって君に言い聞かせるフリして、本当は自分に言い聞かせていた。期待が焦りになって、ミックさんに八つ当たりしてしまったのかもしれない。女神様みたいだなんて言われたけど、僕は所詮、煩悩にまみれた、ただの男だよ」
「最高すぎだろ……。あんな涼しい顔して、俺とエロいことする妄想してたってこと?」
「うん……。はしたなくてごめんね。でも、僕をこんな風にしたのは重盛なんだから、喜んでくれるよね……?」
 重盛は耳と尻尾の毛をぼわっと膨らませて、ううっと獣が唸るみたいに喉を鳴らす。
「しないって言ったのに、俺のこと煽ってるよね……」
「ふふっ、半々かな?」
 何を基準に半分なのかは真紘にも分からないが、想像以上に重盛には刺さったらしい。
「怖いとか不安じゃなくて、楽しみが勝ってるって知れたから言うけど、明日、元気だったら、しない……?」
「うん、いいよ」
「たっはッ、即答かよ! 嬉しいなぁ。気持ち的に余裕ができた。今日はマジで何もしないから、安心してゆっくり寝ちゃいな。なんか俺も眠くなってきたし」
「僕のダーリンは優しいな」
「世界一だろ?」
「二つの世界を知っているけど、どちらの世界でも一番。絶対、どんな世界に行っても一番だよ」
 明日にはリアース歴一年と一日になっているが、この先の永い時間をともに生きて行くのだ。きっと毎日が何かの記念日になって、特別な日になる。
 両手を広げると、一回りも二回りも大きな体で包まれて、ふさふさとした尻尾が視界の端っこで揺れる。幸せとは、こういう瞬間の積み重ねなのだろう。
 
 この後も重盛の手を借りながら、明日のために気力を振り絞って、なんとか寝支度を整えた。
「重盛、君と家族になれて本当に良かった。おやすみ」
「俺もだよ。おやすみ、真紘ちゃん」
 基本的に夜型の重盛だ。本当に眠いわけがない。それでも父親が幼い子を寝かしつけるような温かいリズムで、真紘の背中をポンポンポンとさする。
 すると昨晩の睡眠時間を取り戻すかのように、真紘は二十時にもならない前に、重盛の腕の中で寝てしまった。

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