97 / 109
誰と生きる
97.夜の森Ⅲ
しおりを挟む
四人を乗せた自動操縦の魔法の絨毯は、青い空の下に出る。
夜の森を抜けて、ミックが泊まっていた宿に報告がてら一度寄ると、再び王都へ向かって進み始めた。
「ミックさん。先ほどは追い詰めてしまってすみませんでした」
真紘は、後悔の念に苛まれて泣き続けているミックに頭を下げた。
明るい場所に連れ出されたミックは、卑劣な行いをするような者には見えず、普通の純朴そうな青年に戻っていた。魔力溜まりが発生する場所は空気も淀んでいる。数日間夜の森を彷徨い続けたため、思考が暗い方へと引きずられてしまったのかもしれない。
「いいや、自分のせいだから、そっちが謝る必要はないよ……。なんであんな行動をしてしまったのか、自分でもよくわからないんだ……」
「朝か夜かもわからない暗い森にずっといたんです。もしかしたら魔力の巡りが狂ってしまっているのかもしれません。病は気からと言いますし、崖から落ちた際にも打ち身はしているでしょう? 騙されたと思って、今度こそ治療させてもらえませんか?」
「めっ、女神様……?」
「僕は、時の女神様ほど口達者ではありませんよ」
聖魔法でミックを包むと、彼はほっと安堵の息を吐いた。
「ありがとう。あの、王都に戻ったら今度お礼を――」
そう言って真紘に握手を求めたミックの手を、重盛は容赦なくチョップで叩き落とした。
「はい、そこまで~」
「イッテェ⁉」
「我慢できるのは治療まで。真紘ちゃんに触って良いのは俺のみ! シッシっ!」
逆立った尻尾でミックを追い払う重盛は、コアラのように真紘を横抱きにして離れない。
「すみません。僕の夫は少々ヤキモチ焼きなので……」
「お、お、夫⁉ じゃあ人妻⁉」
「俺だけの旦那だよ」
「ダンナ……は、ハア⁉ おっ、おおお男なのかよ⁉ こんなに可憐なのに、男だって⁉」
「ああ、そう見えていたんですか。森の中は暗かったので、仕方がありませんね。ご覧の通り既婚の男です」
左手の指輪を見せると、ミックは白目を向いて倒れた。精神的な疲労も限界を迎えたようだ。
重盛は、指輪が光る真紘の手を取ると「いつ見ても最高だなぁ」と、うっとり囁いた。
「クロードさんの前なんだから……。ちょ、ちょっと、重盛、顔がだらしない……」
少し離れた位置であぐらをかいて座っていたクロードは、相変わらずのおしどり夫婦だと笑っている。
「クロードさんも、先ほどは出しゃばってしまってすみませんでした」
「いいえ、私が悪いのです。高濃度の魔力に中てられて混乱している若者に説教をして、挙句の果てに怪我をさせるところでした。暗闇は私のテリトリーですが、一般的には恐ろしいものです。歳を重ねると視野が狭くなります。死にかけて、ようやくそれを思い出しました。慢心とは恐ろしいものです」
「僕たちも肝に銘じます」
人より長い命を得た自分たちだ。真紘と重盛は、いつまでも柔軟に物事に向き合っていかなければならないと、改めて心に誓った。
怒涛の一日に真紘も少しばかり疲れた。
腕時計を確認すると時刻は十四時を回っている。任務完了の報告をして、自宅に帰るとおそらく十六時を過ぎる。夕食を早めに摂って、準備をすればイチャイチャしたいという重盛の願いを叶えてやれるだろうか――。
「はあ、どうしたら……」
しかし森を駆け回っていた午前中からずっと思っていたことがある。
「どしたん、真紘ちゃん」
「実はさ、長時間暗い場所にいたせいか、結構、眠いんだ……」
「ちょっ、マジで⁉ 待ってよ! 今日は重盛くんとラブラブ一周年記念ディナーのあとが本番じゃん! 松永特製のコロッケも作るよ⁉」
「ころ……け……たべ、るよ……」
「しっかりしろハニーッ! 今寝たら体内時計狂っちゃうぞ! 寝すぎて頭痛いって、明日も一日グロッキーになっちゃうぞ!」
「わかってる……わかって、いるんだ、けど……」
一度寝入ると、中々目覚めない真紘だ。重盛は大声で呼び掛ける。
何度もぐわんぐわんと肩を揺すられながら、真紘は凶悪な睡魔と戦い続けた。
そんな努力も虚しく、ギルドと王城への報告が想定以上に長引き、帰宅した頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。
リビングのソファーに雪崩れ込んだ真紘は、目元を腕で隠しながら重盛に謝る。
「ごめんね、重盛……。今日の僕、ちょっと空回っていたかもしれない……」
「んやぁ? まあ、ずっと眠そうだなとは思ってたけど、何を気にしてんの?」
重盛は、真紘の両脇に手を入れると持ち上げるようにしてすっぽり抱え込む。まるで赤子をあやすような体勢だが、真紘は受け入れる。
「ミックさんに対して、ちょっと当たりがきつかったかなと思って……」
「ええ! あれで⁉ 全然きつくないって! 超当たり前なこと言ってただけだろ。優しいところが真紘ちゃんのいいところだけど、優しすぎるのも心配なんだよなぁ。俺だって内心ぶち切れだったし、一歩間違えればクロードのおっさんが死んでたかもしれないんだよ。人として正面から向き合った結果じゃね?」
「そうだとしても、クロードさんが言っていたように、もっと違う言い方があったかもしれないと思って……んむっ、んん」
これ以上自分を責めるなと口づけられた。
重盛の大きな手が、頭、頬、腕、手の甲へを労わるように撫でていく。優しく包み込まれるような真紘を甘やかすためだけのキスをされては、思考が鈍って何も考えられなくなる。
ゆっくりと目を開けると、金色の眼差しに射抜かれた。
「反省してるのに、こんなご褒美みたいなの、おかしいよ……」
「必要以上に自分を責めるの禁止! 今から真紘ちゃんが真紘ちゃん自身を責め過ぎた分、俺が甘やかす」
「重盛……」
「今日の真紘ちゃんも、よく頑張ったよ。真紘ちゃんのおかげで人ひとりの命と、若者の将来は救われた。すげー立派だ、超立派だ。だから、お疲れさんって自分を労わってやって、早く寝ようぜ」
「でも今日は、リアースに来て一周年で……。そ、その、君に僕の全部をあげるって、約束した日だから……」
真紘は、重盛の胸元に縋りついた。
ところが、約束を反故にされそうになっているというのに、重盛はとても穏やかで、なぜか少し嬉しそうだった。
「これからずっと一緒にいるじゃん? ここ最近さ、いつも一瞬でぐっすりな真紘ちゃんが緊張で中々寝付けないでいたの知ってるから。森の暗さで眠くなっちゃったのは、その寝不足のせいでもあんじゃね? 今はそれで胸がいっぱい」
「……本当にいいの?」
「うん。心の準備もできたって十分伝わってるから、心配しないでいいよ。体調がばっちりになるの待ってる」
いやらしさのない手付きで、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
そんな重盛の気持ちに報いたい真紘は、負けないくらい気持ちを込めて抱きしめ返した。
「僕は、君が好きだよ。本当に、大好きなんだ」
「へへっ、俺も真紘ちゃんが大好き」
「ありがとう。いつも言われてばっかりだから、僕も言葉だけでもちゃんと言葉にして伝えておくよ」
「素直でよろしい! ネガティブはさっき俺がガブっと食べちゃったけど、どうよ? もう少し吐き出しておく?」
肩眉を上げてお道化る重盛の胸の中で、真紘はクスクスと笑う。先ほどの唇を食むようなキスは、どうやら真紘の弱音を食べていたらしい。
「重盛のおかげでネガティブな気持ちは消え去ったよ。昨日、寝付けなかったのは緊張もあるけど、ずっと楽しみだったんだ。やっと君と最後までできるって、ドキドキして、胸が苦しいくらいワクワクして、寝れなくなっちゃったみたい。やっぱり僕はちゃんと寝ないとだめだね」
「すやすやしてこそ真紘ちゃんだからな。つーか、いつも一瞬で寝る真紘ちゃんがそうなるくらい楽しみにしてくれてたんだと思うと、改めてやばい。ははっ、うわぁ――……だめだ。今、顔見せらんないくらいにやけてる。ちょっとタイム」
ひとり言のように現実を噛み締める重盛は、両手で顔を隠した。
「興奮して眠れないなんて、遠足前の子どもみたいで恥ずかしいよね。今朝も仕事なんだから自制しなきゃだめだよって君に言い聞かせるフリして、本当は自分に言い聞かせていた。期待が焦りになって、ミックさんに八つ当たりしてしまったのかもしれない。女神様みたいだなんて言われたけど、僕は所詮、煩悩にまみれた、ただの男だよ」
「最高すぎだろ……。あんな涼しい顔して、俺とエロいことする妄想してたってこと?」
「うん……。はしたなくてごめんね。でも、僕をこんな風にしたのは重盛なんだから、喜んでくれるよね……?」
重盛は耳と尻尾の毛をぼわっと膨らませて、ううっと獣が唸るみたいに喉を鳴らす。
「しないって言ったのに、俺のこと煽ってるよね……」
「ふふっ、半々かな?」
何を基準に半分なのかは真紘にも分からないが、想像以上に重盛には刺さったらしい。
「怖いとか不安じゃなくて、楽しみが勝ってるって知れたから言うけど、明日、元気だったら、しない……?」
「うん、いいよ」
「たっはッ、即答かよ! 嬉しいなぁ。気持ち的に余裕ができた。今日はマジで何もしないから、安心してゆっくり寝ちゃいな。なんか俺も眠くなってきたし」
「僕のダーリンは優しいな」
「世界一だろ?」
「二つの世界を知っているけど、どちらの世界でも一番。絶対、どんな世界に行っても一番だよ」
明日にはリアース歴一年と一日になっているが、この先の永い時間をともに生きて行くのだ。きっと毎日が何かの記念日になって、特別な日になる。
両手を広げると、一回りも二回りも大きな体で包まれて、ふさふさとした尻尾が視界の端っこで揺れる。幸せとは、こういう瞬間の積み重ねなのだろう。
この後も重盛の手を借りながら、明日のために気力を振り絞って、なんとか寝支度を整えた。
「重盛、君と家族になれて本当に良かった。おやすみ」
「俺もだよ。おやすみ、真紘ちゃん」
基本的に夜型の重盛だ。本当に眠いわけがない。それでも父親が幼い子を寝かしつけるような温かいリズムで、真紘の背中をポンポンポンとさする。
すると昨晩の睡眠時間を取り戻すかのように、真紘は二十時にもならない前に、重盛の腕の中で寝てしまった。
夜の森を抜けて、ミックが泊まっていた宿に報告がてら一度寄ると、再び王都へ向かって進み始めた。
「ミックさん。先ほどは追い詰めてしまってすみませんでした」
真紘は、後悔の念に苛まれて泣き続けているミックに頭を下げた。
明るい場所に連れ出されたミックは、卑劣な行いをするような者には見えず、普通の純朴そうな青年に戻っていた。魔力溜まりが発生する場所は空気も淀んでいる。数日間夜の森を彷徨い続けたため、思考が暗い方へと引きずられてしまったのかもしれない。
「いいや、自分のせいだから、そっちが謝る必要はないよ……。なんであんな行動をしてしまったのか、自分でもよくわからないんだ……」
「朝か夜かもわからない暗い森にずっといたんです。もしかしたら魔力の巡りが狂ってしまっているのかもしれません。病は気からと言いますし、崖から落ちた際にも打ち身はしているでしょう? 騙されたと思って、今度こそ治療させてもらえませんか?」
「めっ、女神様……?」
「僕は、時の女神様ほど口達者ではありませんよ」
聖魔法でミックを包むと、彼はほっと安堵の息を吐いた。
「ありがとう。あの、王都に戻ったら今度お礼を――」
そう言って真紘に握手を求めたミックの手を、重盛は容赦なくチョップで叩き落とした。
「はい、そこまで~」
「イッテェ⁉」
「我慢できるのは治療まで。真紘ちゃんに触って良いのは俺のみ! シッシっ!」
逆立った尻尾でミックを追い払う重盛は、コアラのように真紘を横抱きにして離れない。
「すみません。僕の夫は少々ヤキモチ焼きなので……」
「お、お、夫⁉ じゃあ人妻⁉」
「俺だけの旦那だよ」
「ダンナ……は、ハア⁉ おっ、おおお男なのかよ⁉ こんなに可憐なのに、男だって⁉」
「ああ、そう見えていたんですか。森の中は暗かったので、仕方がありませんね。ご覧の通り既婚の男です」
左手の指輪を見せると、ミックは白目を向いて倒れた。精神的な疲労も限界を迎えたようだ。
重盛は、指輪が光る真紘の手を取ると「いつ見ても最高だなぁ」と、うっとり囁いた。
「クロードさんの前なんだから……。ちょ、ちょっと、重盛、顔がだらしない……」
少し離れた位置であぐらをかいて座っていたクロードは、相変わらずのおしどり夫婦だと笑っている。
「クロードさんも、先ほどは出しゃばってしまってすみませんでした」
「いいえ、私が悪いのです。高濃度の魔力に中てられて混乱している若者に説教をして、挙句の果てに怪我をさせるところでした。暗闇は私のテリトリーですが、一般的には恐ろしいものです。歳を重ねると視野が狭くなります。死にかけて、ようやくそれを思い出しました。慢心とは恐ろしいものです」
「僕たちも肝に銘じます」
人より長い命を得た自分たちだ。真紘と重盛は、いつまでも柔軟に物事に向き合っていかなければならないと、改めて心に誓った。
怒涛の一日に真紘も少しばかり疲れた。
腕時計を確認すると時刻は十四時を回っている。任務完了の報告をして、自宅に帰るとおそらく十六時を過ぎる。夕食を早めに摂って、準備をすればイチャイチャしたいという重盛の願いを叶えてやれるだろうか――。
「はあ、どうしたら……」
しかし森を駆け回っていた午前中からずっと思っていたことがある。
「どしたん、真紘ちゃん」
「実はさ、長時間暗い場所にいたせいか、結構、眠いんだ……」
「ちょっ、マジで⁉ 待ってよ! 今日は重盛くんとラブラブ一周年記念ディナーのあとが本番じゃん! 松永特製のコロッケも作るよ⁉」
「ころ……け……たべ、るよ……」
「しっかりしろハニーッ! 今寝たら体内時計狂っちゃうぞ! 寝すぎて頭痛いって、明日も一日グロッキーになっちゃうぞ!」
「わかってる……わかって、いるんだ、けど……」
一度寝入ると、中々目覚めない真紘だ。重盛は大声で呼び掛ける。
何度もぐわんぐわんと肩を揺すられながら、真紘は凶悪な睡魔と戦い続けた。
そんな努力も虚しく、ギルドと王城への報告が想定以上に長引き、帰宅した頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。
リビングのソファーに雪崩れ込んだ真紘は、目元を腕で隠しながら重盛に謝る。
「ごめんね、重盛……。今日の僕、ちょっと空回っていたかもしれない……」
「んやぁ? まあ、ずっと眠そうだなとは思ってたけど、何を気にしてんの?」
重盛は、真紘の両脇に手を入れると持ち上げるようにしてすっぽり抱え込む。まるで赤子をあやすような体勢だが、真紘は受け入れる。
「ミックさんに対して、ちょっと当たりがきつかったかなと思って……」
「ええ! あれで⁉ 全然きつくないって! 超当たり前なこと言ってただけだろ。優しいところが真紘ちゃんのいいところだけど、優しすぎるのも心配なんだよなぁ。俺だって内心ぶち切れだったし、一歩間違えればクロードのおっさんが死んでたかもしれないんだよ。人として正面から向き合った結果じゃね?」
「そうだとしても、クロードさんが言っていたように、もっと違う言い方があったかもしれないと思って……んむっ、んん」
これ以上自分を責めるなと口づけられた。
重盛の大きな手が、頭、頬、腕、手の甲へを労わるように撫でていく。優しく包み込まれるような真紘を甘やかすためだけのキスをされては、思考が鈍って何も考えられなくなる。
ゆっくりと目を開けると、金色の眼差しに射抜かれた。
「反省してるのに、こんなご褒美みたいなの、おかしいよ……」
「必要以上に自分を責めるの禁止! 今から真紘ちゃんが真紘ちゃん自身を責め過ぎた分、俺が甘やかす」
「重盛……」
「今日の真紘ちゃんも、よく頑張ったよ。真紘ちゃんのおかげで人ひとりの命と、若者の将来は救われた。すげー立派だ、超立派だ。だから、お疲れさんって自分を労わってやって、早く寝ようぜ」
「でも今日は、リアースに来て一周年で……。そ、その、君に僕の全部をあげるって、約束した日だから……」
真紘は、重盛の胸元に縋りついた。
ところが、約束を反故にされそうになっているというのに、重盛はとても穏やかで、なぜか少し嬉しそうだった。
「これからずっと一緒にいるじゃん? ここ最近さ、いつも一瞬でぐっすりな真紘ちゃんが緊張で中々寝付けないでいたの知ってるから。森の暗さで眠くなっちゃったのは、その寝不足のせいでもあんじゃね? 今はそれで胸がいっぱい」
「……本当にいいの?」
「うん。心の準備もできたって十分伝わってるから、心配しないでいいよ。体調がばっちりになるの待ってる」
いやらしさのない手付きで、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
そんな重盛の気持ちに報いたい真紘は、負けないくらい気持ちを込めて抱きしめ返した。
「僕は、君が好きだよ。本当に、大好きなんだ」
「へへっ、俺も真紘ちゃんが大好き」
「ありがとう。いつも言われてばっかりだから、僕も言葉だけでもちゃんと言葉にして伝えておくよ」
「素直でよろしい! ネガティブはさっき俺がガブっと食べちゃったけど、どうよ? もう少し吐き出しておく?」
肩眉を上げてお道化る重盛の胸の中で、真紘はクスクスと笑う。先ほどの唇を食むようなキスは、どうやら真紘の弱音を食べていたらしい。
「重盛のおかげでネガティブな気持ちは消え去ったよ。昨日、寝付けなかったのは緊張もあるけど、ずっと楽しみだったんだ。やっと君と最後までできるって、ドキドキして、胸が苦しいくらいワクワクして、寝れなくなっちゃったみたい。やっぱり僕はちゃんと寝ないとだめだね」
「すやすやしてこそ真紘ちゃんだからな。つーか、いつも一瞬で寝る真紘ちゃんがそうなるくらい楽しみにしてくれてたんだと思うと、改めてやばい。ははっ、うわぁ――……だめだ。今、顔見せらんないくらいにやけてる。ちょっとタイム」
ひとり言のように現実を噛み締める重盛は、両手で顔を隠した。
「興奮して眠れないなんて、遠足前の子どもみたいで恥ずかしいよね。今朝も仕事なんだから自制しなきゃだめだよって君に言い聞かせるフリして、本当は自分に言い聞かせていた。期待が焦りになって、ミックさんに八つ当たりしてしまったのかもしれない。女神様みたいだなんて言われたけど、僕は所詮、煩悩にまみれた、ただの男だよ」
「最高すぎだろ……。あんな涼しい顔して、俺とエロいことする妄想してたってこと?」
「うん……。はしたなくてごめんね。でも、僕をこんな風にしたのは重盛なんだから、喜んでくれるよね……?」
重盛は耳と尻尾の毛をぼわっと膨らませて、ううっと獣が唸るみたいに喉を鳴らす。
「しないって言ったのに、俺のこと煽ってるよね……」
「ふふっ、半々かな?」
何を基準に半分なのかは真紘にも分からないが、想像以上に重盛には刺さったらしい。
「怖いとか不安じゃなくて、楽しみが勝ってるって知れたから言うけど、明日、元気だったら、しない……?」
「うん、いいよ」
「たっはッ、即答かよ! 嬉しいなぁ。気持ち的に余裕ができた。今日はマジで何もしないから、安心してゆっくり寝ちゃいな。なんか俺も眠くなってきたし」
「僕のダーリンは優しいな」
「世界一だろ?」
「二つの世界を知っているけど、どちらの世界でも一番。絶対、どんな世界に行っても一番だよ」
明日にはリアース歴一年と一日になっているが、この先の永い時間をともに生きて行くのだ。きっと毎日が何かの記念日になって、特別な日になる。
両手を広げると、一回りも二回りも大きな体で包まれて、ふさふさとした尻尾が視界の端っこで揺れる。幸せとは、こういう瞬間の積み重ねなのだろう。
この後も重盛の手を借りながら、明日のために気力を振り絞って、なんとか寝支度を整えた。
「重盛、君と家族になれて本当に良かった。おやすみ」
「俺もだよ。おやすみ、真紘ちゃん」
基本的に夜型の重盛だ。本当に眠いわけがない。それでも父親が幼い子を寝かしつけるような温かいリズムで、真紘の背中をポンポンポンとさする。
すると昨晩の睡眠時間を取り戻すかのように、真紘は二十時にもならない前に、重盛の腕の中で寝てしまった。
42
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
VRMMOで追放された支援職、生贄にされた先で魔王様に拾われ世界一溺愛される
水凪しおん
BL
勇者パーティーに尽くしながらも、生贄として裏切られた支援職の少年ユキ。
絶望の底で出会ったのは、孤独な魔王アシュトだった。
帰る場所を失ったユキが見つけたのは、規格外の生産スキル【慈愛の手】と、魔王からの想定外な溺愛!?
「私の至宝に、指一本触れるな」
荒れた魔王領を豊かな楽園へと変えていく、心優しい青年の成り上がりと、永い孤独を生きた魔王の凍てついた心を溶かす純愛の物語。
裏切り者たちへの華麗なる復讐劇が、今、始まる。
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
過労死で異世界転生したら、勇者の魂を持つ僕が魔王の城で目覚めた。なぜか「魂の半身」と呼ばれ異常なまでに溺愛されてる件
水凪しおん
BL
ブラック企業で過労死した俺、雪斗(ユキト)が次に目覚めたのは、なんと異世界の魔王の城だった。
赤ん坊の姿で転生した俺は、自分がこの世界を滅ぼす魔王を討つための「勇者の魂」を持つと知る。
目の前にいるのは、冷酷非情と噂の魔王ゼノン。
「ああ、終わった……食べられるんだ」
絶望する俺を前に、しかし魔王はうっとりと目を細め、こう囁いた。
「ようやく会えた、我が魂の半身よ」
それから始まったのは、地獄のような日々――ではなく、至れり尽くせりの甘やかし生活!?
最高級の食事、ふわふわの寝具、傅役(もりやく)までつけられ、魔王自らが甲斐甲斐しくお菓子を食べさせてくる始末。
この溺愛は、俺を油断させて力を奪うための罠に違いない!
そう信じて疑わない俺の勘違いをよそに、魔王の独占欲と愛情はどんどんエスカレートしていき……。
永い孤独を生きてきた最強魔王と、自己肯定感ゼロの元社畜勇者。
敵対するはずの運命が交わる時、世界を揺るがす壮大な愛の物語が始まる。
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる