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誰と生きる
100.永遠の命
しおりを挟む真紘と重盛は、学園の端に位置する宿舎の最上階にある客室を案内されたあと、ルノがいる風の寮に移動することになった。
制服姿のままの真紘は、ホリツェットと長い廊下を歩きながら、窓の外で十歳以下の小さな生徒たちと駆けまわる重盛を目で追う。
今日は授業がないので、午後からは各々好きなことをしているようだ。
そして風の寮に入る前に、重盛は子どもたちに捉まった。
獣人と関わったことのない貴族の子どもも多いため、ふさふさとした重盛の尻尾と耳が気になって仕方なかったらしい。獣人の中でも体格は良い方だが、垂れ目で常に口角が上っているので、普通の獣人よりも雰囲気が柔らかい。それは重盛の性格もあってのことだが、外見で子どもたちが怯えることは、あまりなかった。
一方で、簡単な生活魔法しか使えないという理由で、獣人を蔑む貴族も残念ながら存在する。
重盛は、獣人といっても救世主であり、今では魔法の扱いもリアースの中ではトップレベル。調理などに使える繊細な魔法は、真紘よりも断然得意だ。
それでも、魔法が使えない獣人なんて、と露骨に蔑む子どもには、あえて体術のみで、いとも簡単に転がしてみせる。
「魔法が自分のすべてだぁ? そりゃー大間違いなんだよ~ん! 大事なのは、心技体のバランスっしょ! ヘイヘイ、ガキんちょども、もっと本気で来いや!」
「なんだとーッ!」「やっちまえ!」
わざとらしく子どもたちを煽り、一緒になってもみくちゃになっているのが、なんとも重盛らしい。
獣人なんて、と言っていた子どもすら、あっという間に重盛の虜で、最終的には自慢の魔法を使うことすら忘れ、身一つで重盛に立ち向かっていく。
人の本質とは何かを遊びを通して伝えるその姿は、学びというものを体現しており、真紘はこの学園の理念そのもののように思えた。
「嗚呼、いつも以上に生徒たちが元気です」
ホリツェットは目を細めて微笑む。
「ふふっ、彼も楽しそうです」
「真紘様は、子どもたちではなく、重盛様を見つめていたのですか。風の噂で仲睦まじい夫婦だと聞いておりましたが、それは真実のようですね」
「お恥ずかしい限りですが、そうですね。私は人付き合いが苦手なので、彼につい甘えてしまって……。私よりも教師に向いていると思います」
ふむ、と呟いたホリツェットは、口元に手をあて何やら考え込む。
「真紘様と重盛様は、ルノ・タルハネイリッカの家庭教師をされていたと仰っておりましたが、教育に興味がおありで?」
「私は、両親が教師をしておりましたので、興味がないわけではなかったのですが、今は彼と二人でこの世界をもっと知りたいという探求心の方が勝っています」
「おや。勧誘する前に振られてしまいましたか。しかし子どもはお好きでしょう。子育てに興味はありませんか?」
同性同士の婚姻だ。子どもができるはずがない。
まさかエルフは性別関係なく出産が可能――?
エルフが精霊の類ならば、ある日突然、葉っぱの滴がポンっと赤子に生まれ変わるなんてこともあるのだろうか。
「ええっと、私はこちらの世界に召喚されてから、この体になりました。元は人間なので、エルフの生態について、何も知らないのです。エルフについて、可能な範囲で構いませんので、どうか教えていただけませんか?」
「勿論です。我々エルフは人間と同じく、子宮を持つ者の胎でのみ子供が育ち、出産できます。しかし、エルフやドワーフといった長命種は、性衝動が希薄な生き物です。そのため子どもは滅多に生まれません。獣人は基本的に体が丈夫なので、出生率が高いのですが、魔力を無意識に体内で消費し続けるため寿命が短い」
「そ、そうなのですか……」
顔面蒼白になった真紘に、ホリツェットは慌てて訂正する。
「重盛様は救世主であり、獣人ではなく神獣ですから、寿命という概念はないように思えます。真紘様にも言えることですが、あくまで種族の身体的特性を持ち合わせている場合があるということであって、エルフ族に流れる時間が人族と違うように、この星の民とお二人に流れる時間もまた異なるのでしょう。アテナ王も獣人族でありながら、時の神の神託を受けてからは、変わらぬ姿でいらっしゃる。皆さんは、この世界の理の外にいるのです」
「ホリツェット学園長先生は、そのように感じるのですね……。私自身も、容姿や特性こそエルフではあるものの、自身に残された時間に関しては、終わりが見えないような気はしていました。彼もそうだということは、頭では理解していたはずなのに、取り乱してしまいました。お恥ずかしい限りです……」
「いいえ、こちらこそ言葉足らずでした、申し訳ございません。それほど深い愛で重盛様を想っていらっしゃる」
孫を見るような穏やかな眼差しがくすぐったくて、真紘は、ええ、と一言だけ返す。
「重盛様はこの先の長い人生、ともに歩んでいくには最良のパートナーですね。運命の相手なのでしょう」
「はい。そうだといいなと……そうであるように、努力していきたいと思います」
ところで、とホリツェットは真紘に尋ねる。
「私は両親を事故で早くに亡くしましたが、自分の家庭を持たず、里の者と共に養子を何人か育てました。真紘様は血を分けた実子にこだわりがあるのですか? 子どものいる家庭は素晴らしいものですよ」
おそらくホリツェットには悪気はない。だが、実子、養子の話は、重盛に聞かせたくない内容だ。父方の家に跡継ぎとして強引に養子に引き取られた重盛に、養子を迎えてはどうかという提案はしたくないし、するつもりもない。それに子どもを直接育てなくとも、教育に関わる方法はいくらでもあることを知っている。
何十年、何百年後かもしれないが、重盛の方から子どもを育てたいと切り出されたら、真紘も受け入れるつもりだ。それくらいの覚悟で結婚したし、何が変わっても離れる気は毛頭ない。
真紘にとって最優先事項は、自分の手で重盛を幸せにすることであり、少しでも悲しい思いはさせたくない。養子について語り合うことすら時期早々だと思っている。過保護だとか、束縛だとか、自己満足だと言われても、とにかくそういう可能性は取り除いておきたいのだ。
「種族や性別に囚われず、共存できる世界ですから、全員の血が繋がっていなくとも家族にはなれると思います。ですが、私は子どもを迎えるつもりは、今のところありません……。理由はお伝えできませんが、どうか重盛には、この話をしたこと自体も内密にしていただけませんでしょうか……」
「それは構いませんが……」
「私の我儘だとしても、周りから大袈裟だと言われようが、大事にしたいんです。私は、彼の笑顔のために生きているようなものですから……」
ひとり言のような返事をした真紘は、窓の外を見つめる。その先には、両腕に男女をぶら下げてくるくると楽しそうに回っている重盛がいた。
「重盛様のため、ですか。気軽に話すことではありませんでしたね。不躾でした。重ねてお詫び申し上げます」
「い、いえ! こちらから色々質問をしておきながら失礼しました」
「とんでもない。私も様々な家族の形を見て来ましたから。エルフの集落にも色々な家庭があります」
「ありがとうございます。エルフだけが暮らす集落は本当にあるのですね。エルフはあまり里の外には出ないと、ドワーフの方から聞いたことがあります」
「ええ、辺鄙な場所にありますよ。他の種族では魔力溜まりに中って魔暴走を起こしてしまいそうな場所でも、我々には楽園ですから」
「楽園と言いますと……?」
「私はもう老いぼれていますが、若い頃は美しかったので、悪趣味な族によく狙われていました。他のエルフもそうです。真紘様も心当たりはあるでしょう」
「……そうですね」
隣には重盛がいることがほとんどなので、襲われたことはないが、ホリツェットの言うように日頃から不快な視線は感じているのが現状だ。
「そのため、ほとんどのエルフは里から出ないようにしているのです。ですが、中には人間と恋に――」
はっとして口を閉ざしたホリツェットは、すぐに笑みを濃くして髭を触った。そして何事もなかったかのように食堂と書かれた看板を指さした。
「目的地に到着しました。案内はこちらまででよろしいでしょうか? ルノ・タルハネイリッカも後ほど参ります」
「はい。貴重なお話をありがとうございました」
「こちらこそ。授業以外の時間は、ご自由に過ごしてくださって構いませんよ。客室を案内した際にもお伝えしましたが、校舎の奥にある実験塔には、絶対に近づかないでください。古い建物な上に、危険な薬品も保管されていますから」
「承知いたしました。学園の外からも見える水色屋根の塔ですね。ですが、ここに来る際に誰がいたように見えましたが……」
「誰かいた――……あ、ああ、月に一度、換気のために窓を開放しているので、私でしょうね。塔は、周りも雑草だらけで整備されていませんし、そもそも私以外が立ち入ることはありません」
「そうでしたか、わかりました。重盛にも共有しておきます」
「よろしくお願いしますね。それでは」
カソックを翻したホリツェットは、逃げるように去っていった。
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