同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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誰と生きる

102.寮長の証言

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 ルノと別れた真紘と重盛は、風寮の寮長、ウィリアム・エーテルの部屋を訪ねた。
 貴族の子どもが生活するには、些かコンパクトなサイズ感だが、入学から卒業まで一人部屋なので、他の一般的な学生寮に比べたら中々の好待遇である。
 ドアを開けて右には、下駄箱と制服をかけるハンガーラック。その隣にユニットバス。廊下の突き当りが六畳一間といった、ビジネスホテルのような造りになっている。キッチンはないが、基本的に食堂に行くか、売店で弁当を購入することができるので、無くてもさほど問題ない。
 部屋の中にはベッドと机、引き出しが三段ある収納棚が一つと本棚。家具はすべて寮のものだ。使用感のある古い家具は、生徒からは不評らしいが、真紘には、かえって高級そうなアンティーク家具に見えた。
 あまり人の部屋をじろじろと観察するのもマナー違反だろう。真紘は、視線をウィリアムに戻す。
 ウィリアムの顔は、パーツのひとつ一つのバランスが良く、眼鏡の銀縁リムがより知的な印象を与えている。髪色は、重盛よりもルノに近い、白が混ざった淡い金髪だ。
 先ほどから緊張した面持ちで立っているウィリアムに椅子に座るように勧めるが、救世主様を差し置いて一人だけ座ることはできない、と物凄い勢いで首を横に振られた。重盛とベッドに並んで座らせてもらうので、ウィリアムも椅子に腰掛けてほしいと頼むと、それならば、とようやく了承してくれた。

 真紘は、ルノからレオンについて聞いたことをウィリアムに説明した。
「はい。ルノの言うように、レオンを発見した際の状況は、概ねその通りです」
「ウィリアムさんは、レオンさんと数年前まで同級生だったと伺いましたが、彼もこれまでの〝消えた生徒〟と同様に急に退学したと聞かされたあと、音信不通になっていたのですか?」
 真紘の質問に対し、ウィリアムは悔しそうに目を伏せて頷いた。
「そうです……。私は、入学当初からレオンが退学するまで、この風寮で隣室でした。クラスもクラブ活動も、すべて共に行動していて、将来は、二人そろって王騎士になろうという誓いも立てていたのです」
「とても大切なご友人だったのですね……」
「ええ、それはもう。周りからは、双子のようだ、といつも言われていました」
「レオンさんとは、容姿も似ていたのですか?」
「こちらをご覧ください」
 ウィリアムは胸元のポケットから小さな手帳を取り出し、一枚の写真を見せてくれた。そこに写っていたのは、十二歳くらいのウィリアム。眼鏡をかけていない隣の少年がレオンということだろう。
 重盛は目を丸っとさせて写真をまじまじと見た。
「うはは! こりゃーすげーな。髪色から背丈までマジそっくり! ウィリアムくんが眼鏡を外したら瓜二つじゃん。もしかして親戚だったりする?」
「……親戚、かもしれませんが、実際のところわかりません。レオンは元々孤児でした。町の教会で簡単な生活魔法を学んでいたところ、貴族並みの魔力量を有していることがわかり、フィールズ家の養子、四男として引き取られたそうです。瓜二つの私とは出身地も同じなので、エーテル一族の誰かの私生児なのでは、と本人も気にしていました」
「ほお、なるほどね。両親は不明だけど、魔力量的に貴族の血が入ってる可能性が高いってことか」
「はい……。ですが、私にとって、レオンは親友のレオンでしかありません。身分など、どうでも良かったのです。学園長先生からレオンは家の都合で退学したと聞かされた時、目の前が真っ暗になりました。なぜ私に相談もなく、別れの挨拶すらしてくれなかったのか……。もしかしたら、レオンは自身の出生についてずっと悩んでいたのに、そのことに気づいてやれなかった。そんな私の愚鈍さに呆れ、黙って去っていったのかもしれません……。あの日、ルノがレオンを担ぐようにして寮に戻って来た日まで、後悔の連続でした」
「ウィリアムさん……」
「愚かな私は、あの日、レオンとルノを見て、失踪した当時のレオンと、私たちとともに成長したレオンが同時に帰ってきたような、そんな錯覚にすら陥ったのです」
 自嘲するウィリアムは、独白のように語り続ける。
「学費や寄付金が払えず退学する生徒も中にはいますが、レオンは優秀だったので、特待生でした。フィールズ家も裕福です。退学する理由は、金銭的な問題ではないことは確かです」
 出生は不明ながらも貴族の養子になり成績も優秀であったレオン。特待生ともなれば、将来はどこかの国の王城勤めは確約されたも同然であっただろう。
「本来なら、私ではなく彼が風の寮長になっていたはずです……」
 うな垂れるウィリアムも本気でそう信じていたようだ。
「先ほど、ルノ君や学園長先生から、ウィリアムさんも大変優秀だと伺いましたよ。そのウィリアムさんが推薦するほど、レオンさんは素晴らしい方だったのですね」
「そうなのです。学園長先生からもとても気に入られていましたから、間違いなく寮長になるものだと思っていました」
「学園長先生から……?」
「マイ・サンというクラブはご存じですか?」
「ええ、ルノ君がさっき言っていたの、そんなクラブ名だったよね?」
 真紘は重盛に同意を求めると、重盛は頷いた。
「うん。ルノが言ってたやつだ。やっぱりあれって学園長のお気に入りが選ばれんの?」
「自分で言うのもおかしな話ですが、前代のマイ・サンが進級して実習などで学園外での活動が増えると、代替わりということで、下の学年から優秀な生徒が新たに選ばれるようです。ルノ・タルハネイリッカは異例の早さで選出されたので、私も次期寮長にと思っているのですが……」
 言い淀むウィリアムは、真紘と重盛の表情を伺っている。
「ルノ君に何か問題でも……?」と少々面倒な保護者のような聞き方をしてしまった真紘は、眉をひそめる。
 それがより真紘の不興を買ったと受け取られてしまったようで、ウィリアムは、ぶるっと震えた。
「あ、あの……」
「ああ、真紘ちゃんは怒ってるわけじゃないから平気。心配性なだけ。へいへいハニー、もっとこっちおいでよ。不安なら抱きしめてあげるよん」
「そ、そんなんじゃ……」
 いちゃつき始める夫婦を前に、ウィリアムは、呆気に取られる。
 尻尾と両腕で体を拘束されても真紘はさも当たり前といった表情で、ウィリアムに尋ねる。
「あの、いくらマイ・サンに選ばれても、まだ入学して半年ですし、ルノ君を次期寮長にというのは些か気が早いように思うのですが……」
「学力や実技といった能力面では申し分ない実力者で、非常に優秀です。真紘様が心配しておられるのは、私生活の方でしょうか?」
「そうですね。あまり友人関係の話を聞かないので、少し心配でして……」
「残念ながら私もルノが同じ年齢の生徒と楽しげに会話しているところを見かけたことがありません。自分よりも年下の生徒の世話を焼いているのは見かけたことがあります」
「あー、先輩や後輩はコミュニケーションが取れているけど、同級生だけダメってことかぁ」
「授業や実技は、年上に混ざって受けることが多いので仕方ないにしても、食事中や休日なんかは、ほとんど一人で過ごしているようです。それが気がかりで……」
 やはりそうか、と真紘と重盛は肩を落とす。
 寮長になるには、様々な年代の生徒と交流する必要があり、同級生との連携が取れないのは致命的な欠点になる。ルノが寮長になりたいと望んでいるのかはわからないが、タルハネイリッカ領主であるマルクスの跡を継ぎたいと希望しているならば、学生の間に様々な人と交流して、仲間を率いるという経験は積んでおくべきだ。
 編入してきたルノのこともしっかり気にかけているウィリアムは、寮長としても優秀なのだろう。
「ご安心ください! 一人だけ会話をしている同級生がいます。半ば強引ではありますが、同じマイ・サンで活動しているジャン・スピリットとは、頻繁に行動をともにしていますし、部屋も隣同士です」
「仲良くなれそうな感じ?」
「……意見交換が盛んなようですね。ジャンも飛び級するほど優秀なのですが、負けん気が強く……。ルノが転入してきてから成績も二番手に甘んじることが増えたため、より一層、なんと言いますか……」
 つまり言い争っているということか。
 真紘は思わず顔を覆う。
 しかし、ジャンは、遠慮がちなルノが自分の意思をぶつけても良いと思える相手らしい。それはもう友人と呼べるのではないだろうか。余計なお節介かもしれないが、明日あたりにでもルノの交友関係について本人に訪ねてみよう。重盛には心配性だと笑われるかもしれないが、それくらい大事なたった一人の教え子なのだ。

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