同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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余生の始まり

23.願いside重盛

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 普段から布団に入っておやすみ三秒の真紘とは違い、重盛は夜型なので目が覚めているのは通常運転だった。
 昼間に魔力を大量に失い、肉体的にも疲労が溜まっているのかと思いきや、そうでもない。心身を休めないと魔力が回復しないため、早々に寝てしまいたかった。
 真紘は何をしているのだろうか。
 壁に近寄り耳を澄ませたが、物音ひとつしない。壁が元々分厚いのか、又は既に眠ってしまったのか、判別できなかった。

 室内は適温。元々地球でも下着一枚で寝ていた上に、尻尾の納まりが悪く、バスローブは向いていない。洗面所のランドリーバスケットに着ていたバスローブを投げ入れると、重盛はそのままベッドへと倒れ込んだ。
『目を閉じて、楽しかったこと、嬉しかったこと、あと……美味しかったもの! 思い浮かべて、今日も良い日だったなぁと思いながら寝るとね、明日も楽しくなるんだよ』
 目を閉じると穏やかで、優しくて、温かい声がする。
「今日は真紘ちゃんとすげぇ綺麗な景色を見たよ。地下迷宮みたいなのはビビったけど、ザ・冒険って感じでちょっとワクワクした。小さい花火も嬉しかったなぁ。初日に比べて結構、心開いてくれてるって思えた。それから夕食も最高だった。いつか自分でも作れるようになって、食べさせたい……。なぁ、応援しててくれよ――」

「母さん」
 重盛の声は厨房に響いた。
 糊の効いた真っ白なYシャツに着古したブルージーンズ、紺色のエプロンを身に着け、年季の入った傷が目立つシンクに寄りかかったまま、信じられない光景に目を丸くする。
「ほ、本物……? ははっ、んなわけねぇか。もしかして、時の神様?」
 黒い髪を一つに束ねた母親は懐かしい顔をして頷いた。
「そう、私は時を司る神。あなたが一番会いたい人物の姿と精神を借りてここにいるの。大きくなったね、重盛……」
 母は大粒の涙を流した。弁当屋のロゴが入ったピンク色のエプロンにポツリポツリと染みが出来る。
 重盛は反射的に右手を差し出し、頬を親指で拭った。
「は……? つまり本物ってこと?」
「そうよ。神様の遣いだと思ってくれたらいいわ。お願いごとを聞きに来たよ」
 母親は重盛を優しく抱きしめた。
 もう二度と抱きしめることも、抱きしめられることもないと思っていた。
 厨房は大好きだった揚げ物の香ばしい匂いがする。
 重盛は母に抱き着き、子供のように声を上げて泣いた。


 重盛は母子家庭で育った。
 生まれた時から父親はいない。
 どうして自分には父親がいないのかと、一度だけ聞いてみたことがあったが、母は一瞬だけ悲しみを滲ませたあと、ただ一言「ごめんね」と微笑んだ。
 昔から聡い子供だった重盛は、それ以来、父親について聞くことはなかった。
 それに父親がいなくとも幸せだったのだ。
 小さな弁当屋を一人で経営する母は毎日忙しくしていたが、夕食は必ず一緒に食べていたし、近所の人は皆優しく、一人で遊ぶ重盛の相手をしてくれた。
 決して裕福ではなかったが、重盛はずっと幸せだった。
 だが、【松永重盛】が幸せだったのはここまでだ。

 母が病気で亡くなり、父親だと名乗る九条院という男に引き取られてから、重盛が思い描いていた幸せから大きくずれ出した。生きながら死んでいたと云っても過言ではないほど、世界は急速に色褪せていったのだ。
 金で何もかもを支配する男に連れ回され、自慢の秘蔵子だと紹介される日々。自分は何一つ変わらないのに、自分を取り巻く環境だけが目まぐるしく変化した。
 九条院の名前に集まってくる同級生に、媚び諂う大人達、何もかもに辟易していた。
 知らない男とその家族と縁を切りたくて、男の拠点であるアメリカを飛び出し、日本へ半ば強引に戻ってきた。
 重盛は手始めに黒かった髪を金色に染め、夜のイタリアンバーでバイトをすることにした。
 すると、あいつは年上の女と遊んでいるとか、危ないバイトに手を出しているだとか、事実ではない噂が飛び交うことになった。その結果、必要以上に人から避けられるようになったが、重盛はそれでも構わなかった。

 高校で再会を果たした真紘もまた変わっていた。
 初めて会った時の快活さは、一目瞭然な程、影を潜めていたのだ。
 二年間で自分の環境が変わってしまったように、真紘にも知らない過去がある。
 どんな風に声を掛けて良いのか、たった一度会っただけの人間を覚えているのか、自分に関する悪い噂を聞いた彼はどんな反応をするのか、知るのが怖くて仕方なかった。
 図書室で再会したのは偶然だった。
 体格の差で負けて吹き飛んでいった真紘に手を差し出すと、彼は躊躇なく手を取り、昔と同じ顔をして笑った。
 腰を丸めながら頭を下げ、立ち去ろうとする真紘を重盛は思わず引き止めた。
「あっ、あのさ、ハンバーガー、ナポリタン、ラーメン、どれがいいと思う?」
 ようやく訪れた機会を逃したくはなかった。
 友人でもない上に、かたや学年主席の優等生と、かたや成績は良くとも素行不良の問題児。タイプの違う同級生に、突然夕飯のメニューの相談をされれば誰だって困惑するだろうと理解した上で問いかけた。それくらい必死だった。
 真紘は口をきゅっと結び、こちらをジッと見た。
「え?」
「あのさ、あーあれ、夕飯何にするか迷ってて……」
 心臓の音がうるさい。学ランの下は汗でびっしょりだった。
 視線を逸らさず、重盛の目を見つめたまま真紘は首を傾げた。うーんと唸りながら、質問の意図など特に気にする様子もなく、カウンセリングのような会話が続く。
「誰かと外食をするということかな?」
「いや、一人で食う」
「昨日の夕食は何食べた?」
「バイト先の残り、サラダボウルみたいなの」
「ヘルシーでいいね」
「だから余計に腹減ってんの」
「それじゃ、全部食べたら?」
「え、全部は無理じゃね?」
 意外な答えが返ってきて重盛は目を丸くした。
「ふふっ、だよね。今挙げた中で、何が一番好き? シンプルだけど、全部が無理ならその中で順位つけて食べたらいいと思うよ」
 ハンバーガーは、男の後継者としてアメリカで生きていく道。これが恐らく、いつのまにか買収された母の店を取り戻す最短ルートだ。
 ナポリタンは、日本に残り、一人であの男に立ち向かう道。二年間であの男の権力と業の深さを思い知った。もしかしたら一生かかっても店を取り戻すことはできないかもしれないが、母の味を何としてでも復活させたかった。
 ラーメンは、何もかもを捨てて生きる道。母の死から今のいままで、表面上はまだやれると取り繕ってきたが、疾うの昔に心が限界だった。
 なんで悩んでいる時に限って目の前に現れるんだろうなぁ――。
 目の前で微笑む真紘の姿に毒気を抜かれ、重盛は心のままに答えた。
「……ナポリタン」
「いいね。僕もナポリタン好きだよ。一人で食べるなら誰にも配慮しなくていいし、トッピングも自由に選べる。チーズ乗せたりハンバーグ乗せてみたり――ってごめん、余計な話まで。良かったら今度美味しいナポリタン紹介するよ。ぶつかっちゃって本当にごめんね。じゃあ、また」
 喋り過ぎたと思ったのか、真紘は頬を染めてパタパタと駆けていった。
 本を突き刺されても平気だった重盛は、彼の背中を見送るとその場にへなりとしゃがみ込んだ。
 結局、最初から答えは決まっていたのだ。ただ誰かに、母の想いを継いだ松永重盛はずっとここにいると見て知って欲しかったのかもしれない。
 また心ごと救われた。
 一度目は高校入学前、まだ重盛が黒髪だった頃、そして今回の図書室。
 母が亡くなったこと、最低な男と血縁だったこと、ここ数年間で何度も自分の運命を呪ったが、一つだけ運命に感謝していることがある。
 真紘と出会ったことだ。
 彼との再会がきっかけで、重盛は決心がついた。
 結果的に国どころか世界を越えて逃避することになってしまったが、ナポリタンの夢はまだ諦めていない。
 この世界で母の味を復活させること、自分を救い上げてくれた真紘に恩返しをすること、これが今の目標だ。


「母さんの使っていた調理道具一式、もらえないかな」
「もちろん。レシピノートじゃなくていいの?」
 母が病室で自分のために書き残してくれたノートに未練がないわけではない。
 だが、幼いころから働く母の背中を毎日見て育ち、一人になってからは何度もノートを読み返したのだ、忘れるわけがない。
「うん。大丈夫、全部覚えてるよ」
「料理で一番大事なことは?」
「愛っしょ!」
 ウィンクを飛ばすと母は肩を揺らした。
「ははっ! そうね。でも重盛? 誰かと共にする食事に勝るものはないよね。あなたを一人にした母さんが言えることではないかもしれないけど、この先、重盛が一緒に食事したいと思える人達と、素敵な時間を過ごせるように祈ってるからね」
 母はウィンクをパチンと投げ返してきた。松永家の必殺技、これもしっかり受け継いでいる。
「ありがとう、母さん」
「それから、親友候補でも何でも、どんな関係になっても、一度掴んだ縁は大切になさい」
「わははっ! 気づいちゃった? あ~叶わねぇな、ずっと……」
「ああ、息子の交友関係を茶化す夢も叶っちゃった! 本当にありがとう、元気でね、重盛」
 母の言葉を合図に重盛は光に包まれ、手の感覚が消えていく。
 どうしたって涙は止まらなかった。元気な母に会えて嬉しかったからだ。
 再会を願っていた真紘と旅の約束までした。
 もう一度会いたいと願っていた母に会えた。
 これ以上ないほど、重盛は満たされていた。
「母さんも、まあ、なんつーの? 来世までには男を見る目を磨いておけよな!」
「うははっ! もう大丈夫よ、世界一、いいえ、宇宙一最高な男を育てたんだから、自信しかないわ!」
「んじゃ、あっちの世界でもずっと最高な男であり続けないとなぁ」
 お互い次の世界で長生きしようぜ――。
 最後の言葉は声にならなかったが、母は確かに頷いた。


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