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魔眼の子
41.待てのできる狐
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はしゃぎ疲れたルーミが眠った頃、ノエルが迎えに来た。
重盛はルーミにとって、今日が悲しいだけの日で終わらなくて良かったと胸を撫で下ろした。
案内されたのはホワイトオーク材のダイニングテーブルがある部屋だった。
数時間前は全身黒い服を纏っていたのに、部屋は目がチカチカするほど白い。
隣で何やら考え込んでいる男も真っ白とくれば、今日一日のコントラストに少し眩暈がした。
テーブルに並ぶのはどれも色鮮やかで美味しそうな惣菜。
事前に聞いていたメニューとはどれも違う。北欧らしい柄が入った青い器に盛られてはいるが、明らかに店で買ってきたというラインナップだ。
「美味しそうですね……?」
「まあ、美味しそうだけど、これ、先生が作った風には見えないぜ」
「申し訳ございません……。祖父が急用で席を外した時に、私がサーモンとミートボールを全焼させました。とてもお出しできる物ではないので、こちらは惣菜屋で購入してきました。マルクス様と奥様は食欲がないので、食事は明日の朝、改めてと仰っております」
目の下のくまを濃くしたノエルは謝罪した。
それもそのはず、ハンナは彼にとっても大事な仕事仲間であり、朝から気を張りつめることが続いていたのだ。気もそぞろなる。さらに食事を作るプロであるシェフも今日はいない。
気持ちだけで十分だと重盛はノエルの肩を叩いた。
「先生、俺達のことはいいよ。食べた後のこともやっておく。皿は綺麗にしてここに置いておくよ。気にしないで休んで」
「こんな日にお邪魔すべきではありませんでした。本当にお構いなく。皆さん、僕達がいては、色々と気が休まらないでしょう……」
いつもと変わらぬ重盛と真紘の様子に安堵したのか、ノエルは大きなため息を吐いた。
「お気遣い感謝します。朝のことだって騎士である私がどうにかすべきだったのに……。情けないばかりです。客室の冷蔵庫にも飲み物などが入っていますので、ご自由にどうぞ。では、お二人もゆっくりお休みください」
「分かりました。食事をいただいたら今日はもう客室からでませんのでお気遣いなく。明日の朝までゆっくり休ませていただきますね」
「おやすみぃ、先生」
忙しなくどこかへと走って行ったノエルを見送る。
隣をふと見ると、真紘は暗くなった窓の外を見ていた。
そのまま夜の闇に攫われてしまいそうな、そんな予感がした。
重盛が咄嗟に真紘の肩を掴むと「食べようか」といつも通りの柔らかな笑みが返ってきた。
部屋の前で別れた時は疲労と眠気が限界だったのか、真紘は目を擦っていた。
「また明日ね、おやすみ」という声が今もこだましている。
それは一人になりたいという、彼の意思表示でもあった。
同じ家に帰り、同じ布団で寝る。
体温を感じながら聞くおやすみに慣れてしまったせいか、重盛はもう真紘に会いたくて堪らなくなった。
冷蔵庫の林檎ジュースを飲んでも、風呂に入っても心が落ち着くことはなかった。
「俺の方が年上だし? いつも強引に布団に潜り込んでる自覚はあるし? 一人になりたい日だってあるよなぁ……」
洗面台に両手をつきながら、鏡の前で自問自答を繰り返す。
白いタイルの床にポタリ、ポタリと水滴が落ちた。
重盛も簡単な生活魔法は会得していたので、今さら尻尾を乾かしてもらう必要はないのだが、やはり真紘のようにはいかなかった。
それに生活魔法を使えるといっても、風呂に入らずとも全身を清められるほどではない。出来ることといえば、泥を落とすとか、ちょろっと水を出すくらいのものだ。
重盛は無心で魔石がセットされたドライヤーのような筒を尻尾に当てた。
乾かすにもコツがあるようで、尻尾はパサパサになった。
あのふわふわとしていて艶のある毛並みは、真紘の思いやりでできていたのだと今頃になって知った。
翌朝、部屋のドアが控えめにノックされた。
日頃から起床時間を決めておかないと自堕落してしまうと心配した真紘が取り決めた時間の少し前だった。
「おはよう、重盛。起きてる?」
「はよ! 起きてる、起きた!」
真紘からのおはようの一言でスイッチが入り、ベッドを飛び降りて勢い良く扉を開けると、既に白シャツと紺のスラックスに着替えた彼がいた。サスペンダーを隠すようにベージュのショールを羽織っている。
今日も自分が選んだ物を愛用してもらえて嬉しい。重盛の尻尾は大きく揺れた。
「わっ、そんな急いで開けなくても。あのさ、朝食までに話しておきたいことがあるんだ。いいかな?」
「ダメって言ったら?」
「いいよって言ってくれるまで帰らない」
「だあッ! なんだよ、それ! もっと色気のある時間に言ってほしい台詞じゃん」
「よく分からないけど、駄目なの? いいの?」
「俺がダメって言ったことなくね?」
真紘を招き入れると途端に気分が上がった。
好きな子を目にするだけで心が躍るなんて乙女かっつーの。
重盛は正直な尻尾を鷲掴み、落ち着けと言い聞かせて深呼吸する。サイドテーブルに置いていた目覚ましをオフにして、そのままベッドに腰かけると、何も言わずとも真紘は隣に座った。
「それで? 昨日からずっと何か言いたげだったけど、教えてくれる感じ?」
「うーん。やっぱりバレてたか。じゃあ白状しようかな。君は昨日の事件、どう思った?」
事件とは白装束の集団が押しかけて来たことだろう。
どう思ったとはまた漠然とした質問だ。
しかし真紘はいきなり結論から話すタイプではないことは分っている。
大事な話は順を追って、自分自身で確認するように記憶を辿っていくのだ。
重盛は正直に答えた。
「人の気持ちを無視した強引なやり方は好きじゃない。特に動物実験は地球でも止めようって取り組みが進んでっし、人体実験だなんて、その人が生きていても死んでいても以ての外だろ。あの集団の理念には賛同できないね」
すると真紘は両手で顔を覆った。
「ちょっ、真紘ちゃん、どうした? 言い方が怖かった?」
顔を覗き込むが、ふるふると首を横に振るだけだ。
「……僕も同じ意見だよ。だからこそ、僕は僕を許せない。やってはいけないことをやってしまった。本当になんてことをしてしまったんだろう……」
真紘が肩を震わせる理由が分からず、重盛は困惑した。
そして昨日、彼がハンナに囁いた言葉を思い出した。
【……なんてことを。ゆっくりお休みください】
「白装束の女がハンナさんに飛び掛かったこと? あれは俺も止められなかったし、真紘ちゃんだけのせいじゃ――」
「違うんだよ重盛……。あの時、君には見えていなかったのかもしれないけど、ハンナさんの瞳は両目とも灰色だったんだ。それを僕が片方だけ赤く染めた」
「ど、どうして……」
「しっかり考えて行動したわけじゃない。ただ先に思っちゃったんだ。どうにかしてハンナさんのご遺体とタルハネイリッカ家をI,mから守らなくちゃいけない。だから、彼女の瞳が赤いと証明されれば、あの場から集団が立ち去るんじゃないかって。そして僕はハンナさんのご遺体を無理矢理変えてしまった。一度想像してしまったことを勢いのまま実行してしまった。いくら傷を治したって、やったことはあの白装束の女性と何も変わらないんだよ……」
己の倫理観に反した自身の行いに真紘は苦しんでいた。きっとそれは他人に許されれば良い問題ではないのだろう。
それを理解した上で、真紘は昨晩、一人になりたいと離れていったのだ。
重盛は真紘の肩をそっと抱いた。
「俺がどうこう言っても、きっとお前は自分を責めるんだろうな。でもあの集団とお前は違う。ハンナさんが守りたかったもんはなんだ? ルーミちゃんだろ。あの狭い空間で剣を抜かれていたら彼女が怪我をしていたかもしれない。もっと怖い思いをしていたかも。それは命を張って彼女を守ったハンナさんが一番悲しむことだ。お前がハンナさんの希望を守ったのは事実だ」
「そうかもしれない……。だけど、それだけじゃないんだ」
顔を上げた真紘は、意外にも涙は流していなかった。覚悟を決めてきたのかもしれないと重盛は思った。
「他には?」
「彼女の願いの根本はタルハネイリッカ家を守ることだ、だからこそ僕はタルハネイリッカ家の秘密を暴く必要がある」
「秘密?」
「言ったでしょ。ハンナさんの両目は灰色だったんだ。魔暴走は起こしていない。じゃあ、誰が魔暴走を起こしたんだと思う……?」
天井からトットット、トットット――と小さな音がした。
上の階のルーミが起きて駆け回っているようだ。お転婆な子だ、ノエルあたりに早く着替えるように追い回されているのかもしれない。
事故に遭って間もないが彼女はハンナに守られて全くの無傷だった。
まさか、と重盛は目を見開いた。
「子供が両親と離れて暮らすのは辛いよね……」
そう呟いた真紘もまた親と離れた子供だった。
重盛も同じだ。死別したとはいえ、寂しさはどうしたって孤独な瞬間に限って心を蝕んだ。
「まあ、そうだな。でも、もうルーミちゃんの瞳はマルクスのおっさんと同じ色だったろ。もう魔暴走は治まったんじゃ? それとも、また同じことが起きるかもしれないから、ちゃんとしたところで治療した方がいいってこと?」
「うーん。多分、治ってないんだと思う。というより治らないんだと思う」
「どゆこと?」
重盛の問いかけに対し、真紘は答えなかった。
「これからやることは全部僕の意志だ。君と意見が割れるかもしれない。そう思うと怖い。でも僕は決めた。君は僕を嫌いになる覚悟、ある?」
「やる内容も教えてくんねぇのにそれ聞く? めちゃくちゃ抽象的な質問じゃん。でも答えは決まってんだよね。俺は初めてお前を知った日から、ずっと好きだよ」
視線が絡み合う。
無言が続き、じわじわと真紘の耳の先が淡く色付いていく。
「そういうこと聞いたんじゃないんだけど……」
「嫌いにならないでぇ~って泣いておねだりするから、安心させてあげようかなって思って」
「泣いてない! ねだってない!」
顔が赤くなっている自覚があるのだろう。真紘は布団をはぎ取り白いタオルケットを頭からかぶった。
「照れるとすぅーぐ怒っちゃうのもきゃわいいね」
「可愛くない!」
「いいや、可愛い。デフォルトで可愛い。いい加減理解した? 真紘ちゃんはさ、目に入れても痛くないほど俺に愛されてるから、安心してお兄さんに話してみ?」
重盛はベッドの上で胡坐をかいて両手を広げる。
真紘はわなわなと肩を震わせたあと、タオルケットを放り投げて勢いよく胸に飛び込んできた。
「一歳差でも同級生だから、誕生日が早い僕の方がお兄さんだよ……。僕は春生まれで君は秋でしょ」
「うははっ! 暴論じゃん! もーそれでいいから教えてよ。何するつもりなんですか、真紘お兄さん?」
ムキッーと威嚇し、顔を梅干しのようにして暴れる真紘を抱いたまま横になる。
乱れて頬に掛かった銀色の束を一房を掬った。
どうしたって好きだよ、だから早く俺の気持ちに追い付いて――。
揺れる翡翠の瞳を見つめながら、重盛はそっと髪に口付けた。
重盛はルーミにとって、今日が悲しいだけの日で終わらなくて良かったと胸を撫で下ろした。
案内されたのはホワイトオーク材のダイニングテーブルがある部屋だった。
数時間前は全身黒い服を纏っていたのに、部屋は目がチカチカするほど白い。
隣で何やら考え込んでいる男も真っ白とくれば、今日一日のコントラストに少し眩暈がした。
テーブルに並ぶのはどれも色鮮やかで美味しそうな惣菜。
事前に聞いていたメニューとはどれも違う。北欧らしい柄が入った青い器に盛られてはいるが、明らかに店で買ってきたというラインナップだ。
「美味しそうですね……?」
「まあ、美味しそうだけど、これ、先生が作った風には見えないぜ」
「申し訳ございません……。祖父が急用で席を外した時に、私がサーモンとミートボールを全焼させました。とてもお出しできる物ではないので、こちらは惣菜屋で購入してきました。マルクス様と奥様は食欲がないので、食事は明日の朝、改めてと仰っております」
目の下のくまを濃くしたノエルは謝罪した。
それもそのはず、ハンナは彼にとっても大事な仕事仲間であり、朝から気を張りつめることが続いていたのだ。気もそぞろなる。さらに食事を作るプロであるシェフも今日はいない。
気持ちだけで十分だと重盛はノエルの肩を叩いた。
「先生、俺達のことはいいよ。食べた後のこともやっておく。皿は綺麗にしてここに置いておくよ。気にしないで休んで」
「こんな日にお邪魔すべきではありませんでした。本当にお構いなく。皆さん、僕達がいては、色々と気が休まらないでしょう……」
いつもと変わらぬ重盛と真紘の様子に安堵したのか、ノエルは大きなため息を吐いた。
「お気遣い感謝します。朝のことだって騎士である私がどうにかすべきだったのに……。情けないばかりです。客室の冷蔵庫にも飲み物などが入っていますので、ご自由にどうぞ。では、お二人もゆっくりお休みください」
「分かりました。食事をいただいたら今日はもう客室からでませんのでお気遣いなく。明日の朝までゆっくり休ませていただきますね」
「おやすみぃ、先生」
忙しなくどこかへと走って行ったノエルを見送る。
隣をふと見ると、真紘は暗くなった窓の外を見ていた。
そのまま夜の闇に攫われてしまいそうな、そんな予感がした。
重盛が咄嗟に真紘の肩を掴むと「食べようか」といつも通りの柔らかな笑みが返ってきた。
部屋の前で別れた時は疲労と眠気が限界だったのか、真紘は目を擦っていた。
「また明日ね、おやすみ」という声が今もこだましている。
それは一人になりたいという、彼の意思表示でもあった。
同じ家に帰り、同じ布団で寝る。
体温を感じながら聞くおやすみに慣れてしまったせいか、重盛はもう真紘に会いたくて堪らなくなった。
冷蔵庫の林檎ジュースを飲んでも、風呂に入っても心が落ち着くことはなかった。
「俺の方が年上だし? いつも強引に布団に潜り込んでる自覚はあるし? 一人になりたい日だってあるよなぁ……」
洗面台に両手をつきながら、鏡の前で自問自答を繰り返す。
白いタイルの床にポタリ、ポタリと水滴が落ちた。
重盛も簡単な生活魔法は会得していたので、今さら尻尾を乾かしてもらう必要はないのだが、やはり真紘のようにはいかなかった。
それに生活魔法を使えるといっても、風呂に入らずとも全身を清められるほどではない。出来ることといえば、泥を落とすとか、ちょろっと水を出すくらいのものだ。
重盛は無心で魔石がセットされたドライヤーのような筒を尻尾に当てた。
乾かすにもコツがあるようで、尻尾はパサパサになった。
あのふわふわとしていて艶のある毛並みは、真紘の思いやりでできていたのだと今頃になって知った。
翌朝、部屋のドアが控えめにノックされた。
日頃から起床時間を決めておかないと自堕落してしまうと心配した真紘が取り決めた時間の少し前だった。
「おはよう、重盛。起きてる?」
「はよ! 起きてる、起きた!」
真紘からのおはようの一言でスイッチが入り、ベッドを飛び降りて勢い良く扉を開けると、既に白シャツと紺のスラックスに着替えた彼がいた。サスペンダーを隠すようにベージュのショールを羽織っている。
今日も自分が選んだ物を愛用してもらえて嬉しい。重盛の尻尾は大きく揺れた。
「わっ、そんな急いで開けなくても。あのさ、朝食までに話しておきたいことがあるんだ。いいかな?」
「ダメって言ったら?」
「いいよって言ってくれるまで帰らない」
「だあッ! なんだよ、それ! もっと色気のある時間に言ってほしい台詞じゃん」
「よく分からないけど、駄目なの? いいの?」
「俺がダメって言ったことなくね?」
真紘を招き入れると途端に気分が上がった。
好きな子を目にするだけで心が躍るなんて乙女かっつーの。
重盛は正直な尻尾を鷲掴み、落ち着けと言い聞かせて深呼吸する。サイドテーブルに置いていた目覚ましをオフにして、そのままベッドに腰かけると、何も言わずとも真紘は隣に座った。
「それで? 昨日からずっと何か言いたげだったけど、教えてくれる感じ?」
「うーん。やっぱりバレてたか。じゃあ白状しようかな。君は昨日の事件、どう思った?」
事件とは白装束の集団が押しかけて来たことだろう。
どう思ったとはまた漠然とした質問だ。
しかし真紘はいきなり結論から話すタイプではないことは分っている。
大事な話は順を追って、自分自身で確認するように記憶を辿っていくのだ。
重盛は正直に答えた。
「人の気持ちを無視した強引なやり方は好きじゃない。特に動物実験は地球でも止めようって取り組みが進んでっし、人体実験だなんて、その人が生きていても死んでいても以ての外だろ。あの集団の理念には賛同できないね」
すると真紘は両手で顔を覆った。
「ちょっ、真紘ちゃん、どうした? 言い方が怖かった?」
顔を覗き込むが、ふるふると首を横に振るだけだ。
「……僕も同じ意見だよ。だからこそ、僕は僕を許せない。やってはいけないことをやってしまった。本当になんてことをしてしまったんだろう……」
真紘が肩を震わせる理由が分からず、重盛は困惑した。
そして昨日、彼がハンナに囁いた言葉を思い出した。
【……なんてことを。ゆっくりお休みください】
「白装束の女がハンナさんに飛び掛かったこと? あれは俺も止められなかったし、真紘ちゃんだけのせいじゃ――」
「違うんだよ重盛……。あの時、君には見えていなかったのかもしれないけど、ハンナさんの瞳は両目とも灰色だったんだ。それを僕が片方だけ赤く染めた」
「ど、どうして……」
「しっかり考えて行動したわけじゃない。ただ先に思っちゃったんだ。どうにかしてハンナさんのご遺体とタルハネイリッカ家をI,mから守らなくちゃいけない。だから、彼女の瞳が赤いと証明されれば、あの場から集団が立ち去るんじゃないかって。そして僕はハンナさんのご遺体を無理矢理変えてしまった。一度想像してしまったことを勢いのまま実行してしまった。いくら傷を治したって、やったことはあの白装束の女性と何も変わらないんだよ……」
己の倫理観に反した自身の行いに真紘は苦しんでいた。きっとそれは他人に許されれば良い問題ではないのだろう。
それを理解した上で、真紘は昨晩、一人になりたいと離れていったのだ。
重盛は真紘の肩をそっと抱いた。
「俺がどうこう言っても、きっとお前は自分を責めるんだろうな。でもあの集団とお前は違う。ハンナさんが守りたかったもんはなんだ? ルーミちゃんだろ。あの狭い空間で剣を抜かれていたら彼女が怪我をしていたかもしれない。もっと怖い思いをしていたかも。それは命を張って彼女を守ったハンナさんが一番悲しむことだ。お前がハンナさんの希望を守ったのは事実だ」
「そうかもしれない……。だけど、それだけじゃないんだ」
顔を上げた真紘は、意外にも涙は流していなかった。覚悟を決めてきたのかもしれないと重盛は思った。
「他には?」
「彼女の願いの根本はタルハネイリッカ家を守ることだ、だからこそ僕はタルハネイリッカ家の秘密を暴く必要がある」
「秘密?」
「言ったでしょ。ハンナさんの両目は灰色だったんだ。魔暴走は起こしていない。じゃあ、誰が魔暴走を起こしたんだと思う……?」
天井からトットット、トットット――と小さな音がした。
上の階のルーミが起きて駆け回っているようだ。お転婆な子だ、ノエルあたりに早く着替えるように追い回されているのかもしれない。
事故に遭って間もないが彼女はハンナに守られて全くの無傷だった。
まさか、と重盛は目を見開いた。
「子供が両親と離れて暮らすのは辛いよね……」
そう呟いた真紘もまた親と離れた子供だった。
重盛も同じだ。死別したとはいえ、寂しさはどうしたって孤独な瞬間に限って心を蝕んだ。
「まあ、そうだな。でも、もうルーミちゃんの瞳はマルクスのおっさんと同じ色だったろ。もう魔暴走は治まったんじゃ? それとも、また同じことが起きるかもしれないから、ちゃんとしたところで治療した方がいいってこと?」
「うーん。多分、治ってないんだと思う。というより治らないんだと思う」
「どゆこと?」
重盛の問いかけに対し、真紘は答えなかった。
「これからやることは全部僕の意志だ。君と意見が割れるかもしれない。そう思うと怖い。でも僕は決めた。君は僕を嫌いになる覚悟、ある?」
「やる内容も教えてくんねぇのにそれ聞く? めちゃくちゃ抽象的な質問じゃん。でも答えは決まってんだよね。俺は初めてお前を知った日から、ずっと好きだよ」
視線が絡み合う。
無言が続き、じわじわと真紘の耳の先が淡く色付いていく。
「そういうこと聞いたんじゃないんだけど……」
「嫌いにならないでぇ~って泣いておねだりするから、安心させてあげようかなって思って」
「泣いてない! ねだってない!」
顔が赤くなっている自覚があるのだろう。真紘は布団をはぎ取り白いタオルケットを頭からかぶった。
「照れるとすぅーぐ怒っちゃうのもきゃわいいね」
「可愛くない!」
「いいや、可愛い。デフォルトで可愛い。いい加減理解した? 真紘ちゃんはさ、目に入れても痛くないほど俺に愛されてるから、安心してお兄さんに話してみ?」
重盛はベッドの上で胡坐をかいて両手を広げる。
真紘はわなわなと肩を震わせたあと、タオルケットを放り投げて勢いよく胸に飛び込んできた。
「一歳差でも同級生だから、誕生日が早い僕の方がお兄さんだよ……。僕は春生まれで君は秋でしょ」
「うははっ! 暴論じゃん! もーそれでいいから教えてよ。何するつもりなんですか、真紘お兄さん?」
ムキッーと威嚇し、顔を梅干しのようにして暴れる真紘を抱いたまま横になる。
乱れて頬に掛かった銀色の束を一房を掬った。
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