43 / 78
魔眼の子
43.隠された魔眼
しおりを挟む
長男のルノは昔から魔力量が多く、生まれた時から片目が赤かった。ところが不思議なことに、瞳の色以外は普通の子供となんら変わりなく、11年間屋敷の中で家族とひっそりと暮らしていた。
それは信頼できる大人のサポートがあったからこその結果であり、ルノの情報が外部に漏れていないのはマルクスの人望の厚さによるものが大きかった。
だが、一歩外に出れば、I,mのような集団から目を付けられる可能性があった。
それは騎士やギルドの人間も同じで、魔暴走を起こした人間は教会で治療を受けなければならない。
ルノは自宅で極秘に治療を受けても先天性のためか、瞳の色は赤いままであった。事情を知らぬ人間からすれば魔暴走を起こしているようにしか見えず、外見だけで危険だと判断されれば、命すら危うい。
それは何としても避けたかった。
そして真紘と重盛が来る前日、ハンナとルノは二人で別宅に移ることになった。
直前になってしまったのは、二人は大丈夫だと主張するマルクスと、王直属の騎士に会わせるわけにはいかないと反論するジョエルの意見が割れたからだ。
「ルノ様の存在を知られればきっと教会行になってしまうと、強引に送り出したのは私なのです。私が余計なことをしなければ、馬車が魔物に襲われてハンナが亡くなることも、ルノ様が魔暴走を起こすほどお辛い目に遭うこともなかったはず……」
ジョエルは顔を覆い崩れ落ちた。マルクスは立ち上がり彼を支えた。
「ジョエル、最終的に決断を下したのはこの屋敷の主人である私だ。お前が自分を責める必要はないのだ」
いいや、と重盛は首を振った。
「それを言うなら、俺達がここに来なければ、あんなやばい集団がいなければ、ルノ君の魔力が普通だったら――ってもしもの話が永遠に続くって。誰のせいでもないよ」
「その通りです。ハンナさんが亡くなったのは残念なことでした……。ですが、彼女は力を振り絞りルノ様の未来を守った。ならば、彼女の意志を継ぎ、残された人間でルノ様の未来を切り開くお手伝いをしなくてはと思いました。これは彼女のご遺体に手を加えてしまった僕の勝手な贖罪なのかもしれません」
きつく握り閉めた拳に重盛の手がそっと添えられた。
「真紘殿、重盛殿……。お二人を信じられず疑ったタルハネイリッカをお許しください。真紘殿がハンナの目を染めたのだと気付いておりました。優しい貴方のことだ、苦しんだのでしょう。私はそれを承知の上で沈黙を選択し、さらにお仕えする王にすら、息子の件を黙っていたのです。どんな罰でも受け入れます。ですが、どうかルノだけは……」
カーペットに額が着くほど頭を下げるマルクスとジョエルに慌てて駆け寄る。
男四人で床に膝を付いた状態はなんとも可笑しな光景で、重盛と顔を見合わせ、真紘は思わず笑ってしまった。
「やだなぁ、お叱りを受けるつもりで来たのに。マルクスさんもジョエルさんも、客人の僕が言うのも可笑しな話ですが楽にしてください。それに最初に申し上げたはずですよ、僕達はあくまで便利屋として提案しに来たんです」
「真紘殿……。お心遣い、痛み入ります」
真紘の提案はこうだ。
対策其の一、魔暴走対策として日頃から魔力を発散させる。
これは魔力の制御が上手くできない野木と同じ方法だ。
「魔力を大量に消費する魔法を放ったり、空の魔石を大量かつ定期的に購入したりすれば、嫌でも目立ちます。またあの集団が乗り込んで来るのでは?」
マルクスの問いかけに真紘は胸をどんと叩いた。
「それは心配いりません。ここに来るまで大量の魔物を狩ったので、かなりの魔石が手元にあります。業者を通さず、僕達が直接手渡せば問題ないでしょう。無償でお譲りしても良いのですが、気が引けるのであれば、便利屋としてご依頼ください。秘密は守ります。それからもう一つ。カラコンです」
対策其の二、カラーコンタクトの装着。
「からこん、とは?」
ジョエルが首を傾げた。
「地球では眼鏡の代わりに、薄い膜のようなものを目の中に入れて使用していました。色が着いた物もあり、本来の瞳の色が分からなくなるのです。これは眼鏡と違って度は入っていません」
「目に膜を入れる……。少々イメージし難いのですが」
マルクスの言葉に、待ってましたと重盛はポケットからコンタクトの容器と手鏡を取り出した。
これは真紘が魔法で作り出したもので、以前クラスメイトからコスプレを頼まれた際に装着したカラーコンタクトレンズ。
レンズの色はマルクスと同じダークブラウンに変えてある。
重盛がレンズを装着してパチパチと瞬きをすると、マルクスとジョエルは感嘆の声をあげた。
「どうよ? 俺の目も金色からおっさんと同じダークブラウンになったっしょ? しかも、使い捨てだから朝装着して、夜寝る前に外せば衛生的。ちょっと練習は必要だけど、こうやって取れる。そして今ならなんと大手製薬会社の目薬も付いてくる~!」
重盛が片目のレンズだけ外してみせると、拍手が巻き起こった。
「なんと素晴らしい! これなら、息子が望んでいたパブリックスクールにも通わせることができます。本当に感謝してもしきれません!」
興奮を顕わにするマルクスと、まだ不安そうに眉をハの字にするジョエル。
「真紘様、これは我々で量産できるものなのでしょうか?」
「いいえ、この世界の技術では難しいでしょう。魔法があるせいか、建築物などの技術面から察するに、リアースは六百年以上前の地球に近いように思います。なのでこれは僕が作って定期的に届けます。生涯サポートですよ、何せ僕はエルフなので。と、まあ、ここまであれこれ申し上げてきましたが、あとはご本人の意志次第ですね」
「そーゆーこと! おっさん、先生の先生、俺達が末代まで見守ってやるから安心しな!」
末代まで祟ってやるではなく、見守ってやる。
美しいエルフに、男前な妖狐。おかしな二人組に気に入られたタルハネイリッカは、言葉の通り末代まで見守られることとなった。
それは信頼できる大人のサポートがあったからこその結果であり、ルノの情報が外部に漏れていないのはマルクスの人望の厚さによるものが大きかった。
だが、一歩外に出れば、I,mのような集団から目を付けられる可能性があった。
それは騎士やギルドの人間も同じで、魔暴走を起こした人間は教会で治療を受けなければならない。
ルノは自宅で極秘に治療を受けても先天性のためか、瞳の色は赤いままであった。事情を知らぬ人間からすれば魔暴走を起こしているようにしか見えず、外見だけで危険だと判断されれば、命すら危うい。
それは何としても避けたかった。
そして真紘と重盛が来る前日、ハンナとルノは二人で別宅に移ることになった。
直前になってしまったのは、二人は大丈夫だと主張するマルクスと、王直属の騎士に会わせるわけにはいかないと反論するジョエルの意見が割れたからだ。
「ルノ様の存在を知られればきっと教会行になってしまうと、強引に送り出したのは私なのです。私が余計なことをしなければ、馬車が魔物に襲われてハンナが亡くなることも、ルノ様が魔暴走を起こすほどお辛い目に遭うこともなかったはず……」
ジョエルは顔を覆い崩れ落ちた。マルクスは立ち上がり彼を支えた。
「ジョエル、最終的に決断を下したのはこの屋敷の主人である私だ。お前が自分を責める必要はないのだ」
いいや、と重盛は首を振った。
「それを言うなら、俺達がここに来なければ、あんなやばい集団がいなければ、ルノ君の魔力が普通だったら――ってもしもの話が永遠に続くって。誰のせいでもないよ」
「その通りです。ハンナさんが亡くなったのは残念なことでした……。ですが、彼女は力を振り絞りルノ様の未来を守った。ならば、彼女の意志を継ぎ、残された人間でルノ様の未来を切り開くお手伝いをしなくてはと思いました。これは彼女のご遺体に手を加えてしまった僕の勝手な贖罪なのかもしれません」
きつく握り閉めた拳に重盛の手がそっと添えられた。
「真紘殿、重盛殿……。お二人を信じられず疑ったタルハネイリッカをお許しください。真紘殿がハンナの目を染めたのだと気付いておりました。優しい貴方のことだ、苦しんだのでしょう。私はそれを承知の上で沈黙を選択し、さらにお仕えする王にすら、息子の件を黙っていたのです。どんな罰でも受け入れます。ですが、どうかルノだけは……」
カーペットに額が着くほど頭を下げるマルクスとジョエルに慌てて駆け寄る。
男四人で床に膝を付いた状態はなんとも可笑しな光景で、重盛と顔を見合わせ、真紘は思わず笑ってしまった。
「やだなぁ、お叱りを受けるつもりで来たのに。マルクスさんもジョエルさんも、客人の僕が言うのも可笑しな話ですが楽にしてください。それに最初に申し上げたはずですよ、僕達はあくまで便利屋として提案しに来たんです」
「真紘殿……。お心遣い、痛み入ります」
真紘の提案はこうだ。
対策其の一、魔暴走対策として日頃から魔力を発散させる。
これは魔力の制御が上手くできない野木と同じ方法だ。
「魔力を大量に消費する魔法を放ったり、空の魔石を大量かつ定期的に購入したりすれば、嫌でも目立ちます。またあの集団が乗り込んで来るのでは?」
マルクスの問いかけに真紘は胸をどんと叩いた。
「それは心配いりません。ここに来るまで大量の魔物を狩ったので、かなりの魔石が手元にあります。業者を通さず、僕達が直接手渡せば問題ないでしょう。無償でお譲りしても良いのですが、気が引けるのであれば、便利屋としてご依頼ください。秘密は守ります。それからもう一つ。カラコンです」
対策其の二、カラーコンタクトの装着。
「からこん、とは?」
ジョエルが首を傾げた。
「地球では眼鏡の代わりに、薄い膜のようなものを目の中に入れて使用していました。色が着いた物もあり、本来の瞳の色が分からなくなるのです。これは眼鏡と違って度は入っていません」
「目に膜を入れる……。少々イメージし難いのですが」
マルクスの言葉に、待ってましたと重盛はポケットからコンタクトの容器と手鏡を取り出した。
これは真紘が魔法で作り出したもので、以前クラスメイトからコスプレを頼まれた際に装着したカラーコンタクトレンズ。
レンズの色はマルクスと同じダークブラウンに変えてある。
重盛がレンズを装着してパチパチと瞬きをすると、マルクスとジョエルは感嘆の声をあげた。
「どうよ? 俺の目も金色からおっさんと同じダークブラウンになったっしょ? しかも、使い捨てだから朝装着して、夜寝る前に外せば衛生的。ちょっと練習は必要だけど、こうやって取れる。そして今ならなんと大手製薬会社の目薬も付いてくる~!」
重盛が片目のレンズだけ外してみせると、拍手が巻き起こった。
「なんと素晴らしい! これなら、息子が望んでいたパブリックスクールにも通わせることができます。本当に感謝してもしきれません!」
興奮を顕わにするマルクスと、まだ不安そうに眉をハの字にするジョエル。
「真紘様、これは我々で量産できるものなのでしょうか?」
「いいえ、この世界の技術では難しいでしょう。魔法があるせいか、建築物などの技術面から察するに、リアースは六百年以上前の地球に近いように思います。なのでこれは僕が作って定期的に届けます。生涯サポートですよ、何せ僕はエルフなので。と、まあ、ここまであれこれ申し上げてきましたが、あとはご本人の意志次第ですね」
「そーゆーこと! おっさん、先生の先生、俺達が末代まで見守ってやるから安心しな!」
末代まで祟ってやるではなく、見守ってやる。
美しいエルフに、男前な妖狐。おかしな二人組に気に入られたタルハネイリッカは、言葉の通り末代まで見守られることとなった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
124
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる