同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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新しい年

68.甘い追撃

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 バラ風呂を堪能し、心も体もほぐれたところで、重盛はマルクスから送られてきたワイン、まだ十九歳の真紘はノンアルコールのサングリアで乾杯することにした。
 サングリアは一般的に赤ワインにフルーツを漬け込んで作るものだが、重盛が作ったのは食感が楽しめる程度に刻んだ林檎、オレンジ、ブルーベリー、より本物に近づけるためのシナモンスティックをぶどうジュースで煮たものだ。
 鼻孔を膨らませ香りを楽しんでいると真紘が隣にやって来た。
 よく就寝前に白湯を飲んでいる彼のため、お手製サングリアは温かいうちにマグカップに注いでやる。
 重盛はノエルから贈られたワイングラス、真紘は白いマグカップを片手に、今日の大半を過ごしたソファーに並んで座った。
「成人を祝して乾杯」
「俺らの婚約も祝して乾杯! 初めてのアルコールも真紘ちゃんと飲めて良かった」
「ふふ、それは良かった。でも夕食も乾杯の飲み物も主役に準備させちゃったな。このサングリア、とっても美味しいよ。ありがとう」
「真紘ちゃんに美味い物食べさせるのが俺の生き甲斐だからいいんだって。美味しいって言葉でお釣りが来るね」
「それ以上に今日は特に貰ってばかりで、本当にどっちの誕生日なんだか分からないよ……。このふわふわのパジャマもサプライズだったし、いつの間に買ったの?」
 白いモコモコとした触り心地の良いパジャマを着た真紘はどこか不満そうだ。色違いのネイビーのパジャマを着た重盛は頬を掻いた。
「この前、野木と遊んだ時に見かけてつい」
「野木君と遊んでいる時くらい野木君のこと考えてあげなよ」
「いや、あいつも『この白いパジャマ着たら真紘君じゃなくて真っ白君になるっすね!』ってノリノリだったから」
「えー裏切られた気分だ。真っ白君ってちょっと悪口っぽくない……?」
 でもイエティみたいで強そうかも、とぶつぶつ独り言を零す真紘にあえてツッコミはしない。
 雪の精霊と言われても信じてしまうほど発光している真紘は眩しいくらいだ。
「ねえ、重盛は他に欲しいものないの?」と何か別の答えを引き出したそうな真紘には悪いが、共に歩む確約をもらった今、満たされ過ぎていて本当に何も思いつかない。
「んーないかなぁ。俺のあげたモコモコパジャマとバラは期間限定で楽しめるものだけど、真紘ちゃんがくれたリボンはずっと使えるものじゃん。しかも毎日くれた本人が結んでくれるオプション付きなんだから比べられないって」
「それを言うなら指輪はどんな時も身に着けたままじゃないか」
「そうだけどさ、とにかく俺は真紘ちゃんの色んな姿が見れたら満足なわけよ。今日は普段は恥ずかしがって中々やってくれないポージングまでして写真撮らせてくれて、眼福だったなぁ~」
「そっそれは、今日は全力でリクエストに応えようって決めていたから……」
 アイドル雑誌のようなバラに口づけているキメ顔から、モコモコパジャマのあざといポーズまで真紘は応えてくれた。
 自分だけの真紘写真集が厚くなるのも喜ばしいことだが、家でのんびりしたいというある意味難しいリクエストに精一杯応えようとしてくれる心意気に胸を打たれた。
「俺よりも俺の誕生日を喜んでくれたことが嬉しかったんだよ。何よりプロポーズも受けてもらえたんだよ? この先、共に生きていく約束っていう最高のプレゼントをもらった。これ以上ないくらい幸せだよ。ありがとう、真紘ちゃん」
「約束がプレゼントになるなら思い出もプレゼントになる……?」
「うん。リボンも今日の思い出も、どっちも大事なプレゼント」
 サングリアをちびちびと飲みながら思い悩む真紘の横で、重盛はソファーにもたれ掛かったままワインを飲み続けた。
 食事の美味いタルハネイリッカの長が選んだだけあり、ワインは酸味、渋味のバランスが良く、味も香りも舌触りも大変素晴らしいものだと、アルコールを初めて飲む重盛にも理解できた。だが、グラス三杯では酔えないようで、顔色も全く変わらない。
 酔ったことを口実にイチャイチャしようと思っていただけに、少し残念な気分になった。
 もう一杯だけ飲もうか悩んだが、時計を見るとそろそろ真紘が眠くなってもおかしくない時間だった。
 しかし、重盛が口を開く前に真紘は意を決したような面持ちで勢いよく立ち上がった。
「あのさ、実はもう一つプレゼントのようなものがあるんだ。それの準備をしてくるから待ってて。真っ白君じゃなくなるけど、きっと喜んでもらえると思う。えっと、恐らく……多分……」
「なに、なに、もう一個あんの⁉ 嬉し~! 後半にかけてどんどん自信喪失していってるけど、真紘ちゃんがそういう時は大体取り越し苦労だから安心しなよ」
「うう、微妙な反応しても良いけど、見なかったことにはできないよ。僕は記憶まで操作できないからね。僕もナマモノなので見た後の返品はなしで……」
「保険かけまくりじゃん。真紘ちゃんが俺のためにやってくれることでノーって言うわけなくね?」
 僕もナマモノとは――。
 いつかの自分と同じようなことを言う真紘に、重盛は一緒にいる時間が長いと言動も似てくるものだな、と思った。
 家具にぶつかりながら一度リビングを出て行った真紘は、一分もしないうちに戻って来た。手にはまっぽけが握られていて、それを取りに行っていただけのようだ。
「では、僕が良いと言うまで目を閉じていてください」
「催眠術でも始まんの?」
「それは習得してない。ちゃんと閉じた?」
「閉じた、なんも見えない。俺のキス顔どうよ」
「ふ、あはは! 口尖らせないでよ。集中するから」
「え、可愛いつもりだったんだけど、俺のキス顔笑えるくらいやばいんだ、練習しないと……」
「んふ、ふっふ、駄目だ。笑っちゃう。僕も着替えたら目閉じよう」
 真紘の笑い声が止み、ごそごそと布の擦れる音が聞こえた。重盛は目を開けたくなったがぐっと堪えた。
 もしや僕もナマモノとは夜の事情的なことだったのだろうか。ふわふわした気分にスパイスのような緊張感が混ざり始めた。
 そして真紘が自分の前に移動した気配を感じたと当時に両手をやんわり握られた。目を閉じている分、絡められた指先の熱が普通よりも生々しく感じる。
 左手の薬指にはまっている指輪を確かめるように指の腹で撫でていると、目をつぶってていも明るくなったと判るほど目の前が発光した。
 深呼吸が聞こえたあと、真紘はどうぞと一言だけ呟いた。
「もういいの?」
「うん」
 目を開けると天井の灯りが眩しく、重盛は何度か瞬きをした。
 クリアになった視界は恥ずかしそうに控えめに笑っている真紘を映した。
 重盛の金色の瞳は大きく揺れ、斜め上を見上げたまま口をぽっかりと開けた。
「え、は、えっ、ちょっ、ま、え……?」
「お気に召した……?」
 真紘の腰まであった銀色の髪は黒く染まり首筋を覗かせている。エルフ特有の尖った耳は丸くなり、翡翠の瞳は黒と茶が混ざった色になっていた。しかもこちらの世界に飛ばされた時に着用していた学生服まで着ている。
 正しく目の前にいるのは、地球にいた頃の志水真紘で、想定外の光景に重盛は固まった。一方で、昼間に洗濯していた黒い布はこれだったのかとどこか冷静に分析している自分もいた。
 今日に向けてお互いまっぽけに秘密のプレゼントを隠していたようだ。
「やっぱりプレゼントとしてははずしたかな……。リアースに来てからの方がコスプレっぽいはずなのに、数ヶ月着てなかっただけでこっちの方がコスプレっぽいの、なんか恥ずかしくて」
 苦笑いを浮かべる真紘は次第におろそろと視線を泳がせ始めた。
「ねえ、何か言ってよ……」
「こ……」
「こ?」
「腰が抜けた」
「あははっ! 最初から座っていたのに腰が抜けたの? それくらい喜んでくれたってこと?」
「それはもうキャパオーバーになるくらいには。今もなんだけど。いや、待って、やばい。くそ、めちゃくちゃ可愛い。いよいよ俺今日死ぬんじゃないかって不安になってきた」
「それは困るなぁ。おぬしは死なぬ、だっけ?」
「だああっ! 地球にいた頃の真紘ちゃんが、リアースでの思い出を再現してる。走馬灯じゃないよな、マジで」
 現実だよ、と自分の足の間にしゃがみ込み、こちらを見上げる真紘は自分にだけしか懐かない猫のような、地球では見たことのない顔をしていた。
 もしかして自分はアルコールに極端に弱く、これも既に夢なのではないか、という疑惑も声に出ていたようで、すぐに夢じゃないと否定された。頬を抓るにも両手を繋いでいるため不可能だ。
 重盛の抱えきれない感情は体に異常をきたし、じゅわっと口内に涎が溢れた。ごくりと生唾を飲むと、真紘は目線を逸らした。
「真っ白君より真っ黒君な方が好き……?」
「もしかして自分に妬いてる?」
「うっ、そうなのかな? いつだったか僕が犬を見て笑っている修学旅行の写真を沢山買ったって言っていたから、それっぽい写真を撮影できたら嬉しいかなと思って練習したんだけど、君が思ったよりも……」
「思ったよりも?」
「思ったよりも熱っぽい視線を向けてくるから、こっちの方が好きだったのかなって……。よく考えたら一目惚れしてくれたのも黒髪だったわけだし」
「いやいやいや! 俺別に黒髪フェチとかじゃないから!」
 全力で首を振ると逆に怪しかったのか真紘は目をすっと細めた。
 確かに黒髪の頃はほっそりとした首筋に目を奪われることが多かったが、今は長い髪に隠されている首を晒すも隠すも自分次第なのだという特権が堪らなく、どちらも良いと比べられるものではない。
 何より真紘が重盛が喜ぶであろうプレゼントに自分自身を選んだことが驚きであった。
 これがプレゼントはわ・た・し、の破壊力かと慄く。古典的なものには使い古されるだけの力があるのだと重盛は理解した。
 真紘は拗ねたような顔でソファーに乗り上げ、膝を開き、重盛の太ももの上に腰を下ろした。向かい合うような姿勢になっても手は繋がれたまま。あと十センチ近づかれたらどうなってしまっていたのだろうと想像だけが先走り、足先から頭のてっぺんにかけて電流が走ったように重盛の毛がぶわりと広がった。
「良い反応……。やっぱりこっちのが好きなんじゃない? でも残念ながらずっとこのままをキープするのはまだ難しいんだ。多分寝たら魔法も解けてしまうよ」
「あの、待ってください。勘弁してください。いつもの真紘ちゃんが今と同じことしても俺は絶対同じ反応してたらかね。てか魔法が解ける前に俺の理性が溶けるから」
 それでもその太ももに当たっている柔い尻をどけてくれ、とは言えない。
 可愛い恋人が分かり易く拗ねているのだから付き合わないわけにはいかないだろう、と自身に言い訳をする。
 真紘がこういうことに慣れたら完全に尻に敷かれるのは自分の方なのだろうという予感がした。現状尻に敷かれているので否定のしようがない。
 背中を丸めて真紘の首に顔を寄せるとより黒い髪が視界いっぱいに広がった。
「じゃあさ、重盛の理性が溶ける前に写真撮る? それとも――」
 真紘が耳元で囁いた言葉で重盛の理性は簡単に溶けて消えた。

「それとも今の僕が、前の僕にもっと嫉妬するようなこと、してみる?」
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