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ハネムーントレイン
79.宿敵と反省会
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真紘と重盛は、リビ、アカネ、ランから聞き出したことを報告しあった。
リーベとフミは診察して回っているため、時折ラウンジを通る。途中でジョルジュがリーベに支えられてフローラ侯爵の部屋から戻ってきたが、双方体調が悪いため自室へ送られて行った。
気休めになればと真紘は「宝石はなんとかなりそうです」とジョルジュに声をかける。すると想像以上に弱々しい声が返って来た。
「どうか、よろしく……お願い、いた……します……」
真紘は居ても立っても居られず、リーベに再度手伝いを申し出たが、既に回復魔法で治療済みで、他の乗客や従業員たちも寝入っていると説明された。
再びラウンジに二人きりになった真紘は、昼食を摂った椅子に座り、空いている隣の椅子をトントンと叩いた。
そして真紘は、隣に腰かけた重盛の肩に頭を乗せて目を閉じる。
「先のことを考えるとちょっと気が重たいよね。はっきりと動機がわかったわけじゃないのに、犯行可能なのはあなたしかいないので、あなたが犯人ですねって、なんだかすっきりしないし……」
「んじゃあ、先のさらに先のこと考えてみ?」
「先の先?」
「獣人がたくさんいる都市に降り立って、俺と観光デートしたりお土産買ったり。そんで色んなモフモフを見て、真紘ちゃんは再認識すんだよ」
「何を?」
「重盛君の毛並みが一番最高! 好き好き大好き~ってことを」
尻尾の先で後頭部を撫でられ、こそばゆさも相まって真紘は肩を揺らして吹き出した。
「あはっ! 重盛は本当にブレないなぁ。比べるまでもなく殿堂入りだよ。好き好きだーいすき」
「俺の方が好き!」
鼻先がちょんと触れ合って、愛らしい音を奏でて唇がくっつく。一度許したせいか、両肩を掴まれて口づけが深くなっていく。列車がカーブに差し掛かり車体が揺れて、蕩けかけた理性にストップがかかった。真紘は両肩に置かれた重盛の両手を取ると、頬を膨らませた。
「はあっ、はあ……もう……ちょっと、ちゅーしすぎだよ! 人がいないとはいえ、こういうのは部屋に帰ってからにしよう」
「んーだって目の前にかわいい真紘ちゃんがいるのに、愛でないなんて失礼じゃん?」
「ふはっ、なにそれ」
パタパタと重盛の尻尾は楽しそうに揺れている。真紘は小鳥が木の実を啄むくらい軽い口づけを浴びながら、唐突になるほど、と言って手を叩いた。
「わっ! なに? ビビった……」
「なんかいつもと違うなと思っていたけど、わかったよ! 今回はケースの残り香はあったけど、人も亡くなっていないし、においが事件に絡んでいない分、いつもより重盛に余裕があるんだ」
「あー言われてみればそうかも。てか、キスされながら冷静に考え事するのが真紘ちゃんって感じ」
「あっ、ごめん……」
「いいよ。この調子でいつも通りいこうよ。東の国に着いても、モフモフふわふわがいっぱいだぁ~ってテンション上がって浮気すんなよ? 俺、泣いちゃうからね!」
「浮気なんてしないよ。それに重盛が一番だって、オンリーワンだって再認識するだけなんでしょう? そういえば最近、重盛の噓泣き見ていないかも」
「泣かそうとすんな。う、うう、ふえーん」
「あははっ、そう言いながらやってくれるんだ」
今日の夕飯は重盛が作り置きしてくれたコロッケが食べたいだとか、明日こそ停車駅で下車して散歩しようとか、そういういつも通りの会話を静かな車内で楽しみながら、真紘は先ほど渡した三枚の名刺の現在位置を探る。
車内はまだ夕方に差し掛かったところだというのに、忙しなく移動し続けるリーベとフミを除くと、まるで寝静まった深夜みたいにひっそりとしている。
GPS代わりに渡した自身の魔力を込めた名刺も、三枚とも自室から動く気配がなかった。
全て終わったとリーベとフミがラウンジに戻って来たのは、外が少し暗くなってきてからだ。
今、この列車内で起きているのは先頭車両にいる運転手、ラン、アカネ、そしてここにいる四人だけ。ランはアカネと共に、ジョルジュの部屋で看病している。
「リビさんは?」
重盛の質問に答えたのはフミだった。
「他の人と同じで、具合が悪くなってしまったみたい。回復魔法をお願いされたから仮眠室まで一緒に行って、ゆっくり休んでもらってるよ」
「それは萩野さん一人で?」
真紘の問いかけに対し、フミは目を丸くする。
「そうだけど……。えっ、私、ちゃんと回復魔法をかけたよ?」
「ああ、いやそっちは全く疑ってないよ。そうやって色んな教会を回って仕事に取り組んできたんだね。すごいよ」
「ありがとう……。頑張ってる人に頑張ってるねって言われるの、なんだか照れるね。私もなんとか役に立てるようになって、やっとこの世界に居場所ができたって思えたから、今が楽しいのかも」
「おや、具合が悪い人を見て楽しいとは、中々の悪女ですね、フミ」
リーベは眼鏡を妖しく光らせて悪い笑みを浮かべる。
「そ、そういうことじゃないもん! わかるよね、真紘くん、重盛さん! なんていうか、やってやるぜ! みたいな気合が湧いて来るみたいな!」
焦るフミを見て、リーベは目尻に皺をつくった。
この世界にきて、皆がそれぞれの居場所を見つけて暮らしている。
地球で叶えたかった理想の世界に辿りついたようで、真紘も嬉しかった。
こうして穏やかな気持ちになればなるほど、家族との思い出が遠のいていくようで少し寂しくもある。
重盛が隣にいる限り、もう戻るつもりも、戻りたいとも思わないのだけど――。
真紘は重盛の横顔を見て微笑んだ。
「てか、今のところは、リーベ様とフミちゃんの頑張りで何とかなってるけど、走り出して二日目でこれは、ダイヤの窃盗がなくても新聞に載っちゃいそうじゃね?」
「そうだね……。今回は色んな人間の思惑が入り交じってこうなっているから、順番を間違えないように慎重に紐どいていかないと」
「やはり今回の体調不良騒動は人為的なものなのですね。着任早々にこんな疲れることを、一体誰が仕組んだんですか……?」
リーベは鬱陶しそうに長い髪を片手でかき上げた。
カソック姿の厳かな外見とは打って変わり、酒が足りないと嘆き、死んだ魚のような目をしている。
時間差で乗客やスタッフがどんどん倒れていくとなれば、始めに疑うのは食事だ。
「体調不良騒動の犯人は怪盗アンノーンですね」
フミとリーベは真紘の言葉に目を見開いた。
「うそ⁉ アンノーンってあの有名な……?」
「ジョルジュ様から偽の予告状が届いたとは聞きましたが、まさか本物もこの列車に乗っているんですか?」
「じゃあ、ダイヤモンドを盗んだのもアンノーンなの?」
窃盗事件に関して詳細を知らないリーベとフミは矢継ぎ早に質問を投げかけて来る。
真紘は、そうではないと苦笑いを浮かべた。
「まあまあ、順を追って説明するからお二人さんも協力よろしくね」
「それは構いませんが……。今回の体調不良は、皆、食中毒のような症状でした。聖魔法が使える我々三人と、元々体の丈夫な神獣である重盛様に影響がないのは理解できます。しかし、列車を動かしている運転手も何ともない。これはどのような意図が? ダイヤを盗むのならば、列車を止めてしまった方が脱出も楽では?」
「いえ、アンノーンは飛べるんです。正確に言えば、風魔法が得意なので、高速で走る列車から飛び降りるのも造作もない、ということです。むしろ列車が走り続けている方が、追手の数が減るので都合が良いのでしょうね」
「なるほど……。ですが、ダイヤモンドが盗まれて既に半日が経過していますよね。昼前まで列車は駅で停車していましたし、もうこの列車から逃げてしまったのでは?」
確認のためにリーベは順を追って疑問を口にする。
断片的に質問に答えるよりも先に説明してしまおうと、真紘は宙にアカネ、ラン、リビの行動を時系列順にまとめた巻物のようなものを展開した。
「これまた古風なもんが出て来たな」と重盛は笑う。
「横にスライドした方が時系列がわかりやすいかなと思って……」
「うんうん、すごいよ真紘くん! リーベ様もこういう魔法できますか?」
「できるわけがないでしょう。 ですがこの包帯のように丸まった紙は持ち運びにも便利そうでいいですね。これも時を超えた星の文化なのですか?」
「そうだけど、これを出すのは今どきじーさんか真紘ちゃんくらいだよ。今の時代だと光の粒でできたスクリーンに近いもんが主流」
「重盛、じーさんか僕かってどういうこと? 模造紙だってまだ学校で使ってるでしょう?」
「模造紙はね。でも巻物は使ってないっしょ。同じ紙でも、スイカとメロンくらい違うだろ」
珍しく重盛に同意してもらえなかった真紘は、ぐうと唸って、巻物を指さしながら説明を始めた。
「とにかく、二手に別れる前に説明するので、よく聞いてください」
「歴史の勉強みたいでワクワクするね」
どこか楽しそうなフミは、メモ帳を往診鞄から取り出した。
フミとリーベはジョルジュの部屋にいるランとアカネのもとへ。真紘と重盛は、リビに会うために列車の最後尾にある従業員たちの部屋に向かっていた。
フローラ侯爵の部屋の前には人影。名刺に練り込んだ魔石の反応が強くなった。対になる名刺を持った人物が目の前にいる。
「最高のタイミングですね」
真紘が挨拶替わりに挑発すると、リビの顔をした人物はこちらを見て、勝気な女性とは違う、不気味な笑みを浮かべた。
目的の人物は、真紘たちが来るのを予測していたのか、あっけなく正体を自ら明かした。
「そうですか? 最悪のタイミングだと思います。どうしてわかったんですか?」
目の前にいるのはリビだが、聞こえて来たのはリビとは違う、男性にも女性にも聞こえる、中世的な声だった。
リドレー男爵の館で聞いた声はしゃがれた老人の声だったが、今は老人でもリビでもない蠱惑的な音だ。これが本当の声なのか疑わしいところではあるが、怪盗アンノーンは若い、という真紘の直感は正しかったように思えた。
「ところで、隣にいる得体の知れない真っ白な球体をかぶった方は、あなたの恋人ですか?」
「はっはっはっはあー! もう恋人から正式なダーリンになったのだ!」
「これは、においと液体対策です。僕、数ヶ月前にあなたが重盛にしたことを許していないので、今回もあなたのお仕事を邪魔しにきました」
重盛の頭は、真紘が昔、こども宇宙科学館でかぶらせてもらった宇宙服を模したヘルメットで覆われている。
視界も悪い上に歩く時にバランスが取れないと重盛からは不評であったが、これくらい守りを固めないと真紘の気が休まらなかったのだから仕方がない。現に、この列車の突き当りに座っているはずのコンシェルジュは、アンノーンの魔法で眠らされて椅子から崩れ落ちている。
「廊下で立ち話もなんですし、ラウンジに行きませんか?」
アンノーンからの申し出に真紘はフローラ侯爵の部屋のドアを指さす。
「もうジルコンは諦めたんですか?」
「ええ。フローラ侯爵が自ら肌身離さず持っていることまでは調べがついていたんですがね、この部屋のどこにあるかまではわかりませんし、探しながらあなたたちの相手をするなんて無謀でしょう? リビが私だと気付かれた時点でとっくに勝負はついていたんですよ。それで参考までに、どうしてバレたのかお聞かせ願いたいというわけです」
敵と反省会を開きたいと宣う図太さに、真紘はもちろん嫌だと首を振るが、リドレー男爵家で最も被害を受けたはずの重盛は、いいよとオッケーサインを作った。
「どうして重盛! この人がまた何か企んでいたらどうするの⁉」
「いやですね、企んでませんよ」
「企んでないってよ?」
「信じられるわけがないでしょう……」
真紘は重盛を隠すようにしてアンノーンの前に踊り出る。
「ええ、あんまりじゃないですか。もう何もしませんよ」
「なんですか、その笑みは。言動と表情が一致してないじゃないですか。それに何もしないなんてやっぱり信じられない。料理場でオニオンスープに下剤を入れましたよね」
「う~ん、おかしいですね。飲み干してくださったのに、その割にはお元気そうです」
「なんの対策せずに食べるわけがないでしょう。口に入れる直前に一口ずつ別空間に転送しました。スープをお願いしたのは、あなたがまだジルコンを狙う意志があるのか確認するためです」
「ほう、転送魔法まで使えるんですね。ますます厄介です。本当に食べているとばかり思っていました。素晴らしい演技力ですよ、役者を目指してみてはいかがです?」
「なりません!」
頬を膨らませた真紘は、八つ当たりと癒しを求めて重盛の尻尾を抱えてブンブンと振り回す。
いつもの冷静さを欠いた真紘は、少し子供っぽくなる。穏やかな真紘とこうも相性の悪い人間は珍しい。それほど重盛を傷つけられたことに対する怒りは根深いようだが、真紘の新たな一面に、重盛は新鮮な気持ちになった。
「とにかくさ、フローラ侯爵も具合悪くて寝てんだろ? 部屋の前でうるさくしてたら目覚めちゃうかもだし、ラウンジに行こ? はいはい行きますよハニー」
重盛に宥められた真紘は、あとをついて来るアンノーンを警戒しながらラウンジへと再び戻って来た。
リーベとフミは診察して回っているため、時折ラウンジを通る。途中でジョルジュがリーベに支えられてフローラ侯爵の部屋から戻ってきたが、双方体調が悪いため自室へ送られて行った。
気休めになればと真紘は「宝石はなんとかなりそうです」とジョルジュに声をかける。すると想像以上に弱々しい声が返って来た。
「どうか、よろしく……お願い、いた……します……」
真紘は居ても立っても居られず、リーベに再度手伝いを申し出たが、既に回復魔法で治療済みで、他の乗客や従業員たちも寝入っていると説明された。
再びラウンジに二人きりになった真紘は、昼食を摂った椅子に座り、空いている隣の椅子をトントンと叩いた。
そして真紘は、隣に腰かけた重盛の肩に頭を乗せて目を閉じる。
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「んじゃあ、先のさらに先のこと考えてみ?」
「先の先?」
「獣人がたくさんいる都市に降り立って、俺と観光デートしたりお土産買ったり。そんで色んなモフモフを見て、真紘ちゃんは再認識すんだよ」
「何を?」
「重盛君の毛並みが一番最高! 好き好き大好き~ってことを」
尻尾の先で後頭部を撫でられ、こそばゆさも相まって真紘は肩を揺らして吹き出した。
「あはっ! 重盛は本当にブレないなぁ。比べるまでもなく殿堂入りだよ。好き好きだーいすき」
「俺の方が好き!」
鼻先がちょんと触れ合って、愛らしい音を奏でて唇がくっつく。一度許したせいか、両肩を掴まれて口づけが深くなっていく。列車がカーブに差し掛かり車体が揺れて、蕩けかけた理性にストップがかかった。真紘は両肩に置かれた重盛の両手を取ると、頬を膨らませた。
「はあっ、はあ……もう……ちょっと、ちゅーしすぎだよ! 人がいないとはいえ、こういうのは部屋に帰ってからにしよう」
「んーだって目の前にかわいい真紘ちゃんがいるのに、愛でないなんて失礼じゃん?」
「ふはっ、なにそれ」
パタパタと重盛の尻尾は楽しそうに揺れている。真紘は小鳥が木の実を啄むくらい軽い口づけを浴びながら、唐突になるほど、と言って手を叩いた。
「わっ! なに? ビビった……」
「なんかいつもと違うなと思っていたけど、わかったよ! 今回はケースの残り香はあったけど、人も亡くなっていないし、においが事件に絡んでいない分、いつもより重盛に余裕があるんだ」
「あー言われてみればそうかも。てか、キスされながら冷静に考え事するのが真紘ちゃんって感じ」
「あっ、ごめん……」
「いいよ。この調子でいつも通りいこうよ。東の国に着いても、モフモフふわふわがいっぱいだぁ~ってテンション上がって浮気すんなよ? 俺、泣いちゃうからね!」
「浮気なんてしないよ。それに重盛が一番だって、オンリーワンだって再認識するだけなんでしょう? そういえば最近、重盛の噓泣き見ていないかも」
「泣かそうとすんな。う、うう、ふえーん」
「あははっ、そう言いながらやってくれるんだ」
今日の夕飯は重盛が作り置きしてくれたコロッケが食べたいだとか、明日こそ停車駅で下車して散歩しようとか、そういういつも通りの会話を静かな車内で楽しみながら、真紘は先ほど渡した三枚の名刺の現在位置を探る。
車内はまだ夕方に差し掛かったところだというのに、忙しなく移動し続けるリーベとフミを除くと、まるで寝静まった深夜みたいにひっそりとしている。
GPS代わりに渡した自身の魔力を込めた名刺も、三枚とも自室から動く気配がなかった。
全て終わったとリーベとフミがラウンジに戻って来たのは、外が少し暗くなってきてからだ。
今、この列車内で起きているのは先頭車両にいる運転手、ラン、アカネ、そしてここにいる四人だけ。ランはアカネと共に、ジョルジュの部屋で看病している。
「リビさんは?」
重盛の質問に答えたのはフミだった。
「他の人と同じで、具合が悪くなってしまったみたい。回復魔法をお願いされたから仮眠室まで一緒に行って、ゆっくり休んでもらってるよ」
「それは萩野さん一人で?」
真紘の問いかけに対し、フミは目を丸くする。
「そうだけど……。えっ、私、ちゃんと回復魔法をかけたよ?」
「ああ、いやそっちは全く疑ってないよ。そうやって色んな教会を回って仕事に取り組んできたんだね。すごいよ」
「ありがとう……。頑張ってる人に頑張ってるねって言われるの、なんだか照れるね。私もなんとか役に立てるようになって、やっとこの世界に居場所ができたって思えたから、今が楽しいのかも」
「おや、具合が悪い人を見て楽しいとは、中々の悪女ですね、フミ」
リーベは眼鏡を妖しく光らせて悪い笑みを浮かべる。
「そ、そういうことじゃないもん! わかるよね、真紘くん、重盛さん! なんていうか、やってやるぜ! みたいな気合が湧いて来るみたいな!」
焦るフミを見て、リーベは目尻に皺をつくった。
この世界にきて、皆がそれぞれの居場所を見つけて暮らしている。
地球で叶えたかった理想の世界に辿りついたようで、真紘も嬉しかった。
こうして穏やかな気持ちになればなるほど、家族との思い出が遠のいていくようで少し寂しくもある。
重盛が隣にいる限り、もう戻るつもりも、戻りたいとも思わないのだけど――。
真紘は重盛の横顔を見て微笑んだ。
「てか、今のところは、リーベ様とフミちゃんの頑張りで何とかなってるけど、走り出して二日目でこれは、ダイヤの窃盗がなくても新聞に載っちゃいそうじゃね?」
「そうだね……。今回は色んな人間の思惑が入り交じってこうなっているから、順番を間違えないように慎重に紐どいていかないと」
「やはり今回の体調不良騒動は人為的なものなのですね。着任早々にこんな疲れることを、一体誰が仕組んだんですか……?」
リーベは鬱陶しそうに長い髪を片手でかき上げた。
カソック姿の厳かな外見とは打って変わり、酒が足りないと嘆き、死んだ魚のような目をしている。
時間差で乗客やスタッフがどんどん倒れていくとなれば、始めに疑うのは食事だ。
「体調不良騒動の犯人は怪盗アンノーンですね」
フミとリーベは真紘の言葉に目を見開いた。
「うそ⁉ アンノーンってあの有名な……?」
「ジョルジュ様から偽の予告状が届いたとは聞きましたが、まさか本物もこの列車に乗っているんですか?」
「じゃあ、ダイヤモンドを盗んだのもアンノーンなの?」
窃盗事件に関して詳細を知らないリーベとフミは矢継ぎ早に質問を投げかけて来る。
真紘は、そうではないと苦笑いを浮かべた。
「まあまあ、順を追って説明するからお二人さんも協力よろしくね」
「それは構いませんが……。今回の体調不良は、皆、食中毒のような症状でした。聖魔法が使える我々三人と、元々体の丈夫な神獣である重盛様に影響がないのは理解できます。しかし、列車を動かしている運転手も何ともない。これはどのような意図が? ダイヤを盗むのならば、列車を止めてしまった方が脱出も楽では?」
「いえ、アンノーンは飛べるんです。正確に言えば、風魔法が得意なので、高速で走る列車から飛び降りるのも造作もない、ということです。むしろ列車が走り続けている方が、追手の数が減るので都合が良いのでしょうね」
「なるほど……。ですが、ダイヤモンドが盗まれて既に半日が経過していますよね。昼前まで列車は駅で停車していましたし、もうこの列車から逃げてしまったのでは?」
確認のためにリーベは順を追って疑問を口にする。
断片的に質問に答えるよりも先に説明してしまおうと、真紘は宙にアカネ、ラン、リビの行動を時系列順にまとめた巻物のようなものを展開した。
「これまた古風なもんが出て来たな」と重盛は笑う。
「横にスライドした方が時系列がわかりやすいかなと思って……」
「うんうん、すごいよ真紘くん! リーベ様もこういう魔法できますか?」
「できるわけがないでしょう。 ですがこの包帯のように丸まった紙は持ち運びにも便利そうでいいですね。これも時を超えた星の文化なのですか?」
「そうだけど、これを出すのは今どきじーさんか真紘ちゃんくらいだよ。今の時代だと光の粒でできたスクリーンに近いもんが主流」
「重盛、じーさんか僕かってどういうこと? 模造紙だってまだ学校で使ってるでしょう?」
「模造紙はね。でも巻物は使ってないっしょ。同じ紙でも、スイカとメロンくらい違うだろ」
珍しく重盛に同意してもらえなかった真紘は、ぐうと唸って、巻物を指さしながら説明を始めた。
「とにかく、二手に別れる前に説明するので、よく聞いてください」
「歴史の勉強みたいでワクワクするね」
どこか楽しそうなフミは、メモ帳を往診鞄から取り出した。
フミとリーベはジョルジュの部屋にいるランとアカネのもとへ。真紘と重盛は、リビに会うために列車の最後尾にある従業員たちの部屋に向かっていた。
フローラ侯爵の部屋の前には人影。名刺に練り込んだ魔石の反応が強くなった。対になる名刺を持った人物が目の前にいる。
「最高のタイミングですね」
真紘が挨拶替わりに挑発すると、リビの顔をした人物はこちらを見て、勝気な女性とは違う、不気味な笑みを浮かべた。
目的の人物は、真紘たちが来るのを予測していたのか、あっけなく正体を自ら明かした。
「そうですか? 最悪のタイミングだと思います。どうしてわかったんですか?」
目の前にいるのはリビだが、聞こえて来たのはリビとは違う、男性にも女性にも聞こえる、中世的な声だった。
リドレー男爵の館で聞いた声はしゃがれた老人の声だったが、今は老人でもリビでもない蠱惑的な音だ。これが本当の声なのか疑わしいところではあるが、怪盗アンノーンは若い、という真紘の直感は正しかったように思えた。
「ところで、隣にいる得体の知れない真っ白な球体をかぶった方は、あなたの恋人ですか?」
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「これは、においと液体対策です。僕、数ヶ月前にあなたが重盛にしたことを許していないので、今回もあなたのお仕事を邪魔しにきました」
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視界も悪い上に歩く時にバランスが取れないと重盛からは不評であったが、これくらい守りを固めないと真紘の気が休まらなかったのだから仕方がない。現に、この列車の突き当りに座っているはずのコンシェルジュは、アンノーンの魔法で眠らされて椅子から崩れ落ちている。
「廊下で立ち話もなんですし、ラウンジに行きませんか?」
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「もうジルコンは諦めたんですか?」
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敵と反省会を開きたいと宣う図太さに、真紘はもちろん嫌だと首を振るが、リドレー男爵家で最も被害を受けたはずの重盛は、いいよとオッケーサインを作った。
「どうして重盛! この人がまた何か企んでいたらどうするの⁉」
「いやですね、企んでませんよ」
「企んでないってよ?」
「信じられるわけがないでしょう……」
真紘は重盛を隠すようにしてアンノーンの前に踊り出る。
「ええ、あんまりじゃないですか。もう何もしませんよ」
「なんですか、その笑みは。言動と表情が一致してないじゃないですか。それに何もしないなんてやっぱり信じられない。料理場でオニオンスープに下剤を入れましたよね」
「う~ん、おかしいですね。飲み干してくださったのに、その割にはお元気そうです」
「なんの対策せずに食べるわけがないでしょう。口に入れる直前に一口ずつ別空間に転送しました。スープをお願いしたのは、あなたがまだジルコンを狙う意志があるのか確認するためです」
「ほう、転送魔法まで使えるんですね。ますます厄介です。本当に食べているとばかり思っていました。素晴らしい演技力ですよ、役者を目指してみてはいかがです?」
「なりません!」
頬を膨らませた真紘は、八つ当たりと癒しを求めて重盛の尻尾を抱えてブンブンと振り回す。
いつもの冷静さを欠いた真紘は、少し子供っぽくなる。穏やかな真紘とこうも相性の悪い人間は珍しい。それほど重盛を傷つけられたことに対する怒りは根深いようだが、真紘の新たな一面に、重盛は新鮮な気持ちになった。
「とにかくさ、フローラ侯爵も具合悪くて寝てんだろ? 部屋の前でうるさくしてたら目覚めちゃうかもだし、ラウンジに行こ? はいはい行きますよハニー」
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永い孤独を生きてきた最強魔王と、自己肯定感ゼロの元社畜勇者。
敵対するはずの運命が交わる時、世界を揺るがす壮大な愛の物語が始まる。
無能と追放された宮廷神官、実は動物を癒やすだけのスキル【聖癒】で、呪われた騎士団長を浄化し、もふもふ達と辺境で幸せな第二の人生を始めます
水凪しおん
BL
「君はもう、必要ない」
宮廷神官のルカは、動物を癒やすだけの地味なスキル【聖癒】を「無能」と蔑まれ、一方的に追放されてしまう。
前世で獣医だった彼にとって、祈りと権力争いに明け暮れる宮廷は息苦しい場所でしかなく、むしろ解放された気分で当てもない旅に出る。
やがてたどり着いたのは、"黒銀の鬼"が守るという辺境の森。そこでルカは、瘴気に苦しむ一匹の魔狼を癒やす。
その出会いが、彼の運命を大きく変えることになった。
魔狼を救ったルカの前に現れたのは、噂に聞く"黒銀の鬼"、騎士団長のギルベルトその人だった。呪いの鎧をその身に纏い、常に死の瘴気を放つ彼は、しかしルカの力を目の当たりにすると、意外な依頼を持ちかける。
「この者たちを、救ってやってはくれまいか」
彼に案内された砦の奥には、彼の放つ瘴気に当てられ、弱りきった動物たちが保護されていた。
"黒銀の鬼"の仮面の下に隠された、深い優しさ。
ルカの温かい【聖癒】は、動物たちだけでなく、ギルベルトの永い孤独と呪いさえも癒やし始める。
追放された癒し手と、呪われた騎士。もふもふ達に囲まれて、二つの孤独な魂がゆっくりと惹かれ合っていく――。
心温まる、もふもふ癒やしファンタジー!
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