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東の国
85.逃走バード
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ホテルを出てすぐに重盛が真紘に尋ねる。
「ねえ、真紘ちゃん、今回の犯行ってアンノーンじゃないの? 犯人がエレベーター使ってないなら窓から侵入したってことじゃん? あんな高い位置まで飛べるレアな鳥獣人族より、元々ジルコンを狙ってたあいつのが可能性高くない?」
「ほお、そうなのか。俺はアンノーンに会ったことがないが、人を直接傷付けたという噂は聞いたことはないぞ」
アルマの言う通り、アンノーンにはアンノーンなりの美学があるようで、生死を彷徨うような被害を出したというのは聞いたことがない。
リドレー男爵家での事件は、重盛の嗅覚の良さや真紘の力量を計っていただけだったし、クルーズトレインの事件も乗客は眠らされていただけで、被害が最小限になるよう穏便な手段を選んでいた。王都の書庫に残されていた新聞にも死傷者が出たという記録もない。
そして今回は――。
「開け放たれていた窓の枠を触った時、微かに不安定な聖魔力の残滓を感じたんだ。魔力コントロールに長けているアンノーンがそんなミスをするとは思えないし、何より彼の属性は水と風に特化していて、聖魔法は使えない。これは二人で話した時に本人が言っていたことだけど、そこに嘘はなかったように思う。僕の勘でしかないのだけど……」
「なるほどね。オッケー、真紘ちゃんが言うなら俺は信じるよ」
「ありがとう……。アンノーンではないと思うもう一つの理由は、フローラ侯爵に使われたのは明らかに聖魔法ではあるんだけど、特殊なもので……。聖魔法の応用というか、逆みたいなものだったんだ。そんなものが使えるなら、僕は既にアンノーンに攻略されていたんじゃないかと思って」
「逆って? この世界って呪いとか闇魔法的なもんって存在すんの?」
重盛の問いに対して「それも聞いたことがない」とアルマは首を横に振った。
「つまり僕がフローラ侯爵に魔力を分け与えたように、相手から魔力を吸い出すことも可能ってことだよ。僕には魔力が枯渇するなんて考えが先ずないから、やろうなんて考えたことはなかったけどね。この星の人々は多かれ少なかれ誰しもが魔力を保有していて、それが生命エネルギーの土台になっている。放出しないと魔暴走が起きる人間やアテナの土地に対し、獣人族は自然とパワーに変換しているからあまり魔暴走は起きない。だけど、そういう枠組みの中でも稀なケースは存在するのではないかと推測する」
「稀なケース?」
「必要な魔力が普段から足りない人。例えるならば、常に貧血の吸血鬼みたいなものかな? 力は強いけど、ずっと血が足りなくてフラフラな状態。勿論、そういう人ならば絶対魔力量が豊富なアテナにいた方がいいと思うんだけど、それができない理由があって、この国に定住しているのか、アルマさんのように旅をしているのか……」
「あれじゃね? よく映画や漫画である、吸血鬼の中でも若い女の子の血以外無理とか同族の血はマズくて飲めないとかの縛り。犯人はグルメな吸血鬼! アテナの国だと苦手な血も多くて、悪酔いするから、こっちで厳選してんの。そんで今回、美味そうな魔力が含まれてるジルコンが目当てで忍び込んでみたら、相性良さそうなフローラ侯爵がいたからついでに魔力吸ってちゃお~みたいなノリで襲われたとか!」
「う、ううん。とても軽いノリだけど、そうかもしれないね」
舞台に立つ役者のように重盛は両手を広げて犯人の背景を語る。
事件慣れしている二人の様子にアルマは若干引き気味だ。
「とにかくアンノーンより厄介なやつなんていないっしょ。良かった、良かった」
「いいのかな?」
「めちゃくちゃいいよ! 真紘ちゃんてば、アンノーンのことになるとそっちにばっか意識がいって、重盛君超さみしーもん。今回も正体不明の吸血鬼で頭いっぱいみたいだけど」
「それはごめんね。だけど吸血鬼って言ったのはたとえのようなものだから、イメージに引っ張られないようにね」
ヘイヘイと聞いていなさそうな返事が聞こえてくる。
先ほどから黙って二人の会話を聞いていたアルマが徐に口を開いた。
「初歩的な質問なんだが、聖魔法を使えるやつの中でも、魔力を吸えるやつなんているのか……? 長年生きているが、聞いたことがないぞ?」
「どうでしょうか……。フローラ侯爵の状態を見るに、そうとしか思えなくて。試しに僕がやってみましょうか」
すっと重盛の首元に口を近づける真紘に、アルマはぎょっとする。
「重盛、痛くしないから、いい?」
「俺が断ると思う? むしろ俺以外にされたら泣いちゃう」
「ふふっ、優しくします」
被害者役に指名された重盛は、なぜか尻尾が大きく揺れていて嬉しそうだった。
仔犬が飼い主にじゃれつくように、真紘は重盛の背中に腕を回して、赤い舌を出してチロチロと重盛の首筋を舐める。
吸血鬼のイメージから抜け出せていないのは真紘の方ではないか、と思ったが、重盛にとっては都合が良いため、あえて指摘することはない。
案外真紘はこういうところがある。
段差があるから転ばないようにね、と言った三秒後に自分が足を踏み外して滑っていたり出来立ての料理を熱いから気を付けてと注意しておきながら口の中を火傷していたりする。
現在の重盛の言う“かわいい”は内面の愛らさを指しているいることがほとんどなのだ。
夫がそんなことを考えているとは微塵も思っていない真紘は、真剣に吸い出す魔力の量を調整しながら首元にちゅうちゅうと吸いついている。
「しげ、もひ、いたくない? くる、しい?」
「すっげーいい感じ、もっとどーぞ」
「お、おい、お前らこんなところで……」
余計なことを言わなければ良かったとアルマが後悔し始めたところで、重盛が急にガクッと崩れ落ちて片膝をついた。
「わあっ! ごめん、思ったより重盛の魔力が気持ち良くて吸い過ぎた!」
「……んへぇ、やばすぎ。吸血鬼の唾液には催淫効果があるって設定も見たことあるけど、正にそれ、一気にガッときた。あー……魔力抜かれてんのに、いい酒飲んで全身ポカポカしてきたみたいな……。なあ、真紘ちゃん、俺ら魔力も相性良いとか最高じゃね?」
「ハ……ッ! ぼ、僕はなにを……っ! 戻す! 今すぐ戻すから!」
焦ってコアラのように重盛に抱き着いてピカピカと光り出す真紘。一人は確信犯だが、もう一人は疑問に応えるために試行錯誤しているだけなので、より質が悪い。
アルマは片手で顔を覆って嘆く。
「お前ら、本当に勘弁してくれ……。時と場所をだな」
「公共の場で不埒な行いをしようだなんて微塵も思ってはいなくてっ! だけどこれで魔力を吸い出すこともできると証明できましたよね?」
「あー、俺も俺も。全然、まったく、微塵も、オモッテナカッタ~」
魔力が戻されてすっかり元通りになった重盛はぐるぐると腕を回して、真紘に問題ないとアピールする。
「だが、規格外の真紘がやってみせたところで、他にできるやつがいる証明にはならんだろう……。まさかフラれ続けている俺への嫌がらせなんじゃ……。やはり昨晩二人の夜を邪魔したせいか……」
「そんなわけないじゃないですか!」
アルマはブツブツと見当違いな考察をし始めた。
真紘は顔を真っ赤にして否定する。
「と、とにかく! 魔力の送受は気軽にやって良いものではないですね。こんな危険な行いが続くようならば、やはり犯人を突き止めないと! あは、あははは……」
「おっ、真紘ちゃんもすっかり乗り気じゃん! よっしゃー犯人確保に向けてしゅっぱーつ!」
照れ隠しでスタスタと足早に門へ向かって行く真紘を二人は追いかける。
門の前まで来ると、衛兵が集まり何やら揉めているようであった。
「おはようございます。何かあったんですか?」
真紘が門番達に声をかけると、若い門番はピシリと固まった。
「人? エルフ? それから狐の獣人に……大男?」
「馬鹿野郎! 大変失礼いたしました! もしや救世主様方でしょうか? いらっしゃるのはまだ先だとお伺いしておりましたが……!」
鹿族のベテラン門番が若いリス族の門番を叱る。
こんな朝早くから約束もなく救世主一行が王に謁見しに来た、問題がさらに増えた、と門番達が散り散りになり始めたため、真紘は王へ会いに来たわけではないのだと言って彼らを引き止めた。
「驚かせて申し訳ありません。我々も先ほど着いたばかりで、まだ宿に荷物を置いてきてもいないのです。偶然通りかかっただけなので、ご安心ください」
「ああ、そうでしたか……」
「ところで何かあったんですか? 門を守るにしても些か人数が多すぎるように思うのですが」
「問題が起きたわけではないのです……」
「つまりこれから何らかの問題が起きそうだ、ということでしょうか? よろしければ僕達に聞かせてもらえませんか? 何かお役にたてるかもしれません」
にこやかな笑みを浮かべる真紘を見たリスの門番がぽっと頬を染める。
すかさず重盛は真紘の肩に腕を回して後方からリスを眼力だけで威嚇した。
狐に睨まれたリスは身動き一つ取れない。
「大人げないぞ、重盛」とアルマは忠告する。
真紘からの愛情表現が不足しているようには思えないし、それどころか隣で見ているこちらが恥ずかしくなるほどなのだ。こうも余裕がない重盛を見ていると、ただ嫉妬深いだけを通り越して、真紘へ寄せられた好意をひたすら折っていくことが趣味なのかとすら思えて来た。
それを受け入れている真紘にも問題がある。なんなら少し喜んでいる節もある。
だからこそ成り立っている、お似合いの二人なのだろう。
聞いたところによればタルハネイリッカ一家になって初の旅行、しかも新婚旅行だと言う。二人の蜜月を邪魔した自分に口を挟む資格はなかったかもしれない、とアルマは思い直した。
鹿の門番はオロオロと視線を彷徨わせながら問う。
「あのう、救世主様方、つかぬ事をお伺いしますが、この辺りで不審者を見かけませんでしたか?」
「ふ、不審者と言いますと?」
いきなり核心を突いた質問が相手から投げ掛けられるとは思わず、真紘は驚く。
「王城の周りで白装束の団体と、真っ赤な男が何度か目撃されておりまして――あッ! あの男です!」
門番が指さす方向を振り返ると、白い雪景色の中に、キャンドルみたいな炎がポッと灯る。
膝丈の赤いキルティングコートに仕舞われる大きな翼は、一度見たら忘れられない。前髪はセンター分けで、髪の毛も深紅。所々に入っている紫色の束は髪の毛ではなく、鳥の羽だ。
事件のにおいがする炭鉱に足を踏み入れてはならないと忠告してくれた時から何も変わっていない姿の鳥の獣人、リン・デンが十メートル先にいた。
「あの人は――」
真紘が名を呼ぶよりも先に動き出したのはアルマだった。
「リン……ッ‼」
リンの名前を叫ぶアルマの必死な声で、彼の恋人がリンであることに真紘と重盛は気づく。
しかし、アルマの恋人は同じ救世主の獣人だと聞いていたが、特徴がリンの印象と全く重ならなかったのだ。
「マジかよ……!」
「まさかリンさんがアルマさんの恋人だったなんて」
「つーか真紘ちゃんとは違う可愛い系って言ってたけど、可愛い系かあ? 妖しい系の間違いじゃッもご、もごご!」
「こら、静かに! 邪魔しちゃだめだよ!」
真紘は重盛の口元を両手で塞ぐ。
丸いサングラスを外してこちらを見つめるリンは、よろよろと後退した。
「リン、やっと――」
アルマが一歩踏み出すと、リンは再び大きな翼を羽ばたかせて空に舞い上がった。
「待て! 待ってくれリン……ッ!」
追いかけるアルマを振り切り、頭上からリンは叫ぶ。
「ボクは、ボクは、まだ……! 追いかけて来んといて! アルマを止めて、クジョーインくん!」
「はっ、俺⁉」
「あの子を追いかけてくれ真紘!」
「えっ、えっ、は、はい!」
正反対のことを願うリンとアルマの言葉に、重盛と真紘は混乱しながらも従う。
「待って! 真紘ちゃん!」
「で、でも、今行かないとリンさんを見失ってしまうよ!」
空に浮かぶ真紘に重盛は手を伸ばすが、降り積もった雪が空に戻って行くように、真紘の姿は空に溶け込み、リンの姿ともに建物の影に隠れてしまった。
「ねえ、真紘ちゃん、今回の犯行ってアンノーンじゃないの? 犯人がエレベーター使ってないなら窓から侵入したってことじゃん? あんな高い位置まで飛べるレアな鳥獣人族より、元々ジルコンを狙ってたあいつのが可能性高くない?」
「ほお、そうなのか。俺はアンノーンに会ったことがないが、人を直接傷付けたという噂は聞いたことはないぞ」
アルマの言う通り、アンノーンにはアンノーンなりの美学があるようで、生死を彷徨うような被害を出したというのは聞いたことがない。
リドレー男爵家での事件は、重盛の嗅覚の良さや真紘の力量を計っていただけだったし、クルーズトレインの事件も乗客は眠らされていただけで、被害が最小限になるよう穏便な手段を選んでいた。王都の書庫に残されていた新聞にも死傷者が出たという記録もない。
そして今回は――。
「開け放たれていた窓の枠を触った時、微かに不安定な聖魔力の残滓を感じたんだ。魔力コントロールに長けているアンノーンがそんなミスをするとは思えないし、何より彼の属性は水と風に特化していて、聖魔法は使えない。これは二人で話した時に本人が言っていたことだけど、そこに嘘はなかったように思う。僕の勘でしかないのだけど……」
「なるほどね。オッケー、真紘ちゃんが言うなら俺は信じるよ」
「ありがとう……。アンノーンではないと思うもう一つの理由は、フローラ侯爵に使われたのは明らかに聖魔法ではあるんだけど、特殊なもので……。聖魔法の応用というか、逆みたいなものだったんだ。そんなものが使えるなら、僕は既にアンノーンに攻略されていたんじゃないかと思って」
「逆って? この世界って呪いとか闇魔法的なもんって存在すんの?」
重盛の問いに対して「それも聞いたことがない」とアルマは首を横に振った。
「つまり僕がフローラ侯爵に魔力を分け与えたように、相手から魔力を吸い出すことも可能ってことだよ。僕には魔力が枯渇するなんて考えが先ずないから、やろうなんて考えたことはなかったけどね。この星の人々は多かれ少なかれ誰しもが魔力を保有していて、それが生命エネルギーの土台になっている。放出しないと魔暴走が起きる人間やアテナの土地に対し、獣人族は自然とパワーに変換しているからあまり魔暴走は起きない。だけど、そういう枠組みの中でも稀なケースは存在するのではないかと推測する」
「稀なケース?」
「必要な魔力が普段から足りない人。例えるならば、常に貧血の吸血鬼みたいなものかな? 力は強いけど、ずっと血が足りなくてフラフラな状態。勿論、そういう人ならば絶対魔力量が豊富なアテナにいた方がいいと思うんだけど、それができない理由があって、この国に定住しているのか、アルマさんのように旅をしているのか……」
「あれじゃね? よく映画や漫画である、吸血鬼の中でも若い女の子の血以外無理とか同族の血はマズくて飲めないとかの縛り。犯人はグルメな吸血鬼! アテナの国だと苦手な血も多くて、悪酔いするから、こっちで厳選してんの。そんで今回、美味そうな魔力が含まれてるジルコンが目当てで忍び込んでみたら、相性良さそうなフローラ侯爵がいたからついでに魔力吸ってちゃお~みたいなノリで襲われたとか!」
「う、ううん。とても軽いノリだけど、そうかもしれないね」
舞台に立つ役者のように重盛は両手を広げて犯人の背景を語る。
事件慣れしている二人の様子にアルマは若干引き気味だ。
「とにかくアンノーンより厄介なやつなんていないっしょ。良かった、良かった」
「いいのかな?」
「めちゃくちゃいいよ! 真紘ちゃんてば、アンノーンのことになるとそっちにばっか意識がいって、重盛君超さみしーもん。今回も正体不明の吸血鬼で頭いっぱいみたいだけど」
「それはごめんね。だけど吸血鬼って言ったのはたとえのようなものだから、イメージに引っ張られないようにね」
ヘイヘイと聞いていなさそうな返事が聞こえてくる。
先ほどから黙って二人の会話を聞いていたアルマが徐に口を開いた。
「初歩的な質問なんだが、聖魔法を使えるやつの中でも、魔力を吸えるやつなんているのか……? 長年生きているが、聞いたことがないぞ?」
「どうでしょうか……。フローラ侯爵の状態を見るに、そうとしか思えなくて。試しに僕がやってみましょうか」
すっと重盛の首元に口を近づける真紘に、アルマはぎょっとする。
「重盛、痛くしないから、いい?」
「俺が断ると思う? むしろ俺以外にされたら泣いちゃう」
「ふふっ、優しくします」
被害者役に指名された重盛は、なぜか尻尾が大きく揺れていて嬉しそうだった。
仔犬が飼い主にじゃれつくように、真紘は重盛の背中に腕を回して、赤い舌を出してチロチロと重盛の首筋を舐める。
吸血鬼のイメージから抜け出せていないのは真紘の方ではないか、と思ったが、重盛にとっては都合が良いため、あえて指摘することはない。
案外真紘はこういうところがある。
段差があるから転ばないようにね、と言った三秒後に自分が足を踏み外して滑っていたり出来立ての料理を熱いから気を付けてと注意しておきながら口の中を火傷していたりする。
現在の重盛の言う“かわいい”は内面の愛らさを指しているいることがほとんどなのだ。
夫がそんなことを考えているとは微塵も思っていない真紘は、真剣に吸い出す魔力の量を調整しながら首元にちゅうちゅうと吸いついている。
「しげ、もひ、いたくない? くる、しい?」
「すっげーいい感じ、もっとどーぞ」
「お、おい、お前らこんなところで……」
余計なことを言わなければ良かったとアルマが後悔し始めたところで、重盛が急にガクッと崩れ落ちて片膝をついた。
「わあっ! ごめん、思ったより重盛の魔力が気持ち良くて吸い過ぎた!」
「……んへぇ、やばすぎ。吸血鬼の唾液には催淫効果があるって設定も見たことあるけど、正にそれ、一気にガッときた。あー……魔力抜かれてんのに、いい酒飲んで全身ポカポカしてきたみたいな……。なあ、真紘ちゃん、俺ら魔力も相性良いとか最高じゃね?」
「ハ……ッ! ぼ、僕はなにを……っ! 戻す! 今すぐ戻すから!」
焦ってコアラのように重盛に抱き着いてピカピカと光り出す真紘。一人は確信犯だが、もう一人は疑問に応えるために試行錯誤しているだけなので、より質が悪い。
アルマは片手で顔を覆って嘆く。
「お前ら、本当に勘弁してくれ……。時と場所をだな」
「公共の場で不埒な行いをしようだなんて微塵も思ってはいなくてっ! だけどこれで魔力を吸い出すこともできると証明できましたよね?」
「あー、俺も俺も。全然、まったく、微塵も、オモッテナカッタ~」
魔力が戻されてすっかり元通りになった重盛はぐるぐると腕を回して、真紘に問題ないとアピールする。
「だが、規格外の真紘がやってみせたところで、他にできるやつがいる証明にはならんだろう……。まさかフラれ続けている俺への嫌がらせなんじゃ……。やはり昨晩二人の夜を邪魔したせいか……」
「そんなわけないじゃないですか!」
アルマはブツブツと見当違いな考察をし始めた。
真紘は顔を真っ赤にして否定する。
「と、とにかく! 魔力の送受は気軽にやって良いものではないですね。こんな危険な行いが続くようならば、やはり犯人を突き止めないと! あは、あははは……」
「おっ、真紘ちゃんもすっかり乗り気じゃん! よっしゃー犯人確保に向けてしゅっぱーつ!」
照れ隠しでスタスタと足早に門へ向かって行く真紘を二人は追いかける。
門の前まで来ると、衛兵が集まり何やら揉めているようであった。
「おはようございます。何かあったんですか?」
真紘が門番達に声をかけると、若い門番はピシリと固まった。
「人? エルフ? それから狐の獣人に……大男?」
「馬鹿野郎! 大変失礼いたしました! もしや救世主様方でしょうか? いらっしゃるのはまだ先だとお伺いしておりましたが……!」
鹿族のベテラン門番が若いリス族の門番を叱る。
こんな朝早くから約束もなく救世主一行が王に謁見しに来た、問題がさらに増えた、と門番達が散り散りになり始めたため、真紘は王へ会いに来たわけではないのだと言って彼らを引き止めた。
「驚かせて申し訳ありません。我々も先ほど着いたばかりで、まだ宿に荷物を置いてきてもいないのです。偶然通りかかっただけなので、ご安心ください」
「ああ、そうでしたか……」
「ところで何かあったんですか? 門を守るにしても些か人数が多すぎるように思うのですが」
「問題が起きたわけではないのです……」
「つまりこれから何らかの問題が起きそうだ、ということでしょうか? よろしければ僕達に聞かせてもらえませんか? 何かお役にたてるかもしれません」
にこやかな笑みを浮かべる真紘を見たリスの門番がぽっと頬を染める。
すかさず重盛は真紘の肩に腕を回して後方からリスを眼力だけで威嚇した。
狐に睨まれたリスは身動き一つ取れない。
「大人げないぞ、重盛」とアルマは忠告する。
真紘からの愛情表現が不足しているようには思えないし、それどころか隣で見ているこちらが恥ずかしくなるほどなのだ。こうも余裕がない重盛を見ていると、ただ嫉妬深いだけを通り越して、真紘へ寄せられた好意をひたすら折っていくことが趣味なのかとすら思えて来た。
それを受け入れている真紘にも問題がある。なんなら少し喜んでいる節もある。
だからこそ成り立っている、お似合いの二人なのだろう。
聞いたところによればタルハネイリッカ一家になって初の旅行、しかも新婚旅行だと言う。二人の蜜月を邪魔した自分に口を挟む資格はなかったかもしれない、とアルマは思い直した。
鹿の門番はオロオロと視線を彷徨わせながら問う。
「あのう、救世主様方、つかぬ事をお伺いしますが、この辺りで不審者を見かけませんでしたか?」
「ふ、不審者と言いますと?」
いきなり核心を突いた質問が相手から投げ掛けられるとは思わず、真紘は驚く。
「王城の周りで白装束の団体と、真っ赤な男が何度か目撃されておりまして――あッ! あの男です!」
門番が指さす方向を振り返ると、白い雪景色の中に、キャンドルみたいな炎がポッと灯る。
膝丈の赤いキルティングコートに仕舞われる大きな翼は、一度見たら忘れられない。前髪はセンター分けで、髪の毛も深紅。所々に入っている紫色の束は髪の毛ではなく、鳥の羽だ。
事件のにおいがする炭鉱に足を踏み入れてはならないと忠告してくれた時から何も変わっていない姿の鳥の獣人、リン・デンが十メートル先にいた。
「あの人は――」
真紘が名を呼ぶよりも先に動き出したのはアルマだった。
「リン……ッ‼」
リンの名前を叫ぶアルマの必死な声で、彼の恋人がリンであることに真紘と重盛は気づく。
しかし、アルマの恋人は同じ救世主の獣人だと聞いていたが、特徴がリンの印象と全く重ならなかったのだ。
「マジかよ……!」
「まさかリンさんがアルマさんの恋人だったなんて」
「つーか真紘ちゃんとは違う可愛い系って言ってたけど、可愛い系かあ? 妖しい系の間違いじゃッもご、もごご!」
「こら、静かに! 邪魔しちゃだめだよ!」
真紘は重盛の口元を両手で塞ぐ。
丸いサングラスを外してこちらを見つめるリンは、よろよろと後退した。
「リン、やっと――」
アルマが一歩踏み出すと、リンは再び大きな翼を羽ばたかせて空に舞い上がった。
「待て! 待ってくれリン……ッ!」
追いかけるアルマを振り切り、頭上からリンは叫ぶ。
「ボクは、ボクは、まだ……! 追いかけて来んといて! アルマを止めて、クジョーインくん!」
「はっ、俺⁉」
「あの子を追いかけてくれ真紘!」
「えっ、えっ、は、はい!」
正反対のことを願うリンとアルマの言葉に、重盛と真紘は混乱しながらも従う。
「待って! 真紘ちゃん!」
「で、でも、今行かないとリンさんを見失ってしまうよ!」
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