同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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東の国

94.しっぽり、戻る、ふたり

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 再び王都に帰って来た四人は、ようやくミンミン亭に戻って来た。
 出迎えてくれたフミは相変わらずエプロンをしていて、何も知らずアルバイトに勤しんでいたようだ。
 フミの顔を見てほっとする日が来るなんて、不思議な一日だった。

 ギルドに伝手のあるリンのおかげで連絡もスムーズに行き渡り、冒険者やギルド職員、門番たちの不審者捜索も打ち切りになった。
 その代わりセンデル王への謁見は、急遽明日行われることになった。
 事件の犯人が救世主だったため、関与したメンバーが呼ばれるのは当然のことながら、真実はごく限られた一部にしか未だ知らされていない。
 帰宅して早々に真紘と重盛は、フミとリーベにことの顛末を説明した。
 フミはショックを受けていたが、リーベは納得のいった表情だった。人知の及ばぬ力が働いていた時点で察していたのかもしれない。
 
 これから無人の教会に戻るというリンをなんとか引き留めて、ようやく一息つく。
 重盛は、アルマと同じ部屋はまだ早いと涙目で真紘に縋るリンを強引に引きはがし、アルマの元へ連行する。
 取り合われていたはずの真紘は、二十三時も過ぎていたので既に半分寝ていた。
「魔法でさっと綺麗にしてもう寝る?」
 寝巻を用意している重盛は、舟を漕ぐ真紘に問いかける。
「……んん」
「それだとイエスかノーかわかんねえ~」
「のぉー……。女将さんが僕らのために家族風呂予約してくれていたらしいし、せっかくのご厚意だから。それに水に打たれたい気分……」
「オッケー。水じゃなくてお湯だけどねん。お風呂入ると気持ちもすっきりするもんな。んじゃ早速行こ、真紘ちゃんの分の着替えも持ったから」
「うぅん……。ありがとう」
 真紘は閉じかけたしょぼしょぼの目のまま、重盛に手を引かれて一階に降りる。
 
 自宅と同じくらいの脱衣所に到着する。
 襟シャツにニット、スラックスといういつもの服装ながら脱ぐのも一苦労だ。
 もぞもぞしていると、準備万端の重盛に慣れた手つきですべて引っぺがされた。そこにはいやらしさなど微塵もなく、完全に介護の手腕だ。
 思考もぼんやりしている真紘は、それはそれで面白くないと唸る。
 家族風呂は内風呂と露天風呂の二種類。
 覚醒してきた意識の中、これまた慣れた手つきで頭と体を順番に洗われる。
 きゅっと水気を取って、一つにくくられると旋毛のあたりで団子のようにして結ばれた。髪が長い分、水分を含んだ団子は重い。こくり、こくりと振る首に反動が来る。
 木製の小さな椅子に腰かけたまま「そこで待つように」と重盛から命じられ、真紘は「はい」と素直に返す。
 一応寝てはいけないと理解しているので、なんとか意識を保つ。
 真紘のことは丁寧に洗うくせに、重盛はシャンプーやボディーソープなどあってないような勢いで全身をガシガシとスピーディーに洗っていく。
 視線を感じたのか、重盛は全身泡だらけのままこちらを向いた。
「ありゃ? 真紘ちゃん起きたん?」
「ずっと起きてた」
「だはっ、ホントかよ~」
 白い歯を覗かせると、先ほどよりも水圧が弱くなったシャワーを浴びていく。
 薄っすら開いたままの唇は見ていた歯を隠してしまった。自分よりもちょっと尖った八重歯を怖いと思ったことはない。重盛にならば噛まれたって構わない。
 地球でもこの世界でも望まぬ性欲をぶつけられたことは何度もあるが、初めて獲物として向けられた食欲は、感じたことのない不快感が募った。
 その不快感を洗い流すために風呂に来たというのに、どうやら今日は考えがまとまらずネガティブ日らしい。
 いつまでも泡だらけのままの重盛の口元に指を這わすと、重盛は動きを止めた。
 状況を把握したくとも、顔にシャンプーの泡が落ちて来ていて目が開けられないようだ。
 泡の奥の肌が色付いていく。
「深夜だからかな、水の出が悪いね。シャワー貸して、僕が流してあげる」
「ほあぁ、ビビった……。さ、サンキュー」
 シャワーヘッドを受け取ると、真紘は魔法で水圧を強くする。
「うおっ! ちょっと真紘さん! 強え! シャワーっていうか台風なんだけど!」
「でも一気に泡なくなった」
「やっぱ眠いんだろ」
 重盛がしてくれたように丁寧に洗うつもりだったのは本当だ。同じ救世主から獲物認定された苛立ちが手元を狂わせたとは言えない。
 そして眠いのもまた本音だ。
「早くお風呂浸かりたいから、つい」
「つい、ねぇ。今日は出来心が多い日ですなあ」
 ぽそりと呟くと、真紘の不安を感じ取った重盛は、顔の水気を払い、前髪を片手でかき上げて後ろに流すと、真紘の手を引いて浴槽へと導いた。

 温泉は無色透明のさらっとした水質で、においもあまりしない。
 湯につかると足先から肩までじわっと熱が伝わった。
 重盛に後ろから抱えられた状態で、天井を見上げる。
「はあぁ……」
「あったけえ~」
 ほかほかとした感覚に眠くなるかと思ったが、意外とそうでもない。
 よく考えたらこんなにも肌が触れ合っていて落ち着くはずがないのだ。少しばかり目が覚めた。
「きょ、今日は色々あってビックリしたね」
「長い一日だったなぁ。人を助けて、先輩カップル復縁。事件の犯人を突き止めたと思ったらそいつは本当にグルメな吸血鬼で、そのパトロンがアンノーンで? アンノーンの本名はノーマンっていう地球の先輩だったわけだ。盛り過ぎじゃね? こんなんそれこそ三十年分くらいの情報量だし」
「混乱するよね。フェリクスさんとアンノ……ノーマンさんはどんな罪になるんだろう。捕まえられないとどうにもできないことだけど……。救世主だから犯罪を犯しません、も今日で本当に通用しなくなっちゃたね」
「ばあちゃんから命じられたらそりゃ捕まえにいくけどさ、相手はあの正体不明――ではなくなったか、神出鬼没のアンノーンだぜ? 今すぐ追いかけるのも手掛かりゼロで無理な話だし、俺らは引き続き便利屋で、たまに特例の王騎士になったりするけど、変わらずのんびり暮らしていこうよ。うちはうち、よそはよそってね。まあ、魔石で食いつないでいたなら今すぐに人襲ったりはなさそうだし、今回はフェリクスの暴走だったっぽいじゃん。見た感じアンノーンガチでキレたよな、今頃お灸据えられてんじゃね?」
「そうだね……」
 フェリクスとアンノーンが同世代の救世主であること以外、リンやアルマも詳しくは知らなかった。アンノーン自体が神木に魔力を注いだあと早々に失踪したせいもあるが、謎は謎のまま。
 昔から交流があるアンノーンがフェリクスに魔力を渡せれば一番良いのかもしれないが、わざわざ火属性の珍しい石を集めていることから、よほど魔力の相性が悪いか、そもそもアンノーンは定期的に渡せるほど火属性を持ち合わせていないのかもしれない。
「あのさ、俺、真紘ちゃんが、水色野郎が使った魅了にっつーか、時の神が与えた力に打ち勝ってくれたの、すげー嬉しかったんだよね」
 真紘の肩に重盛の頬が乗る。珍しくそっぽを向いているのは、きっと顔を見せたくないからだろう。
 翡翠の瞳が赤く染まり、別の人の元へ引き寄せられる光景なんて見たくなかったはずだ。
 真紘は晒されたうなじに鼻を埋めると、驚いた重盛はバランスを崩して湯船にドボンと沈んだ。
 重盛はすぐに顔を上げて濡れた犬のように顔をぶるぶると振る。
「ごめん、つい」
「ひゃはは! 出たよ、つい! 今日の流行りワードなん?」
 そもそも真紘が魅了を打破できたのは、重盛のおかげだった。
 今度は向かい合って、重盛に抱き着く。
「重盛が僕の気持ちを信じてくれたから、僕は自分のままでいられたんだよ。君が信じてくれるなら、僕はなんだってできる」
「できるって、言い切っちゃうんだ……はは、はははっ! 真紘ちゃんやっぱかっけえわ!」
 重盛の両腕が背中にまわる。
 トクトクと少し早い鼓動が重なった。

 のぼせる一歩手前で風呂から上がり、まっさらな状態でベッドに沈む。
 二つあるベッドの片方で縮こまって寝るのにも慣れたもので、凹凸がピタリとはまるように寄り添う。
「さーてと、可愛いダーリンはいつでも準備オッケーだけど、どろどろに甘やかしてくれるんじゃなかったっけ?」
 灯りを消したくせにそういうことを言う。
「途中で寝落ちしてもよろしければ……」
「もう完全に目閉じてんじゃん。いいよーん、じゃあ早起きして甘やかしてもーらお。おやすみ、真紘ちゃん」
「おやすみ、かわいい、ぼくの、だーりん……」
 トントンと背中をあやすように叩かれると、真紘は一瞬で規則正しい寝息を立てた。


 翌朝――。
 センデル王への謁見のため入口に集まる六人。
 リーベは「皆さんに囲まれていると自分も救世主になった気分です」と笑っていた。
 流石、アテナで一番の元王付き神官である。
 アテナの国旗のメインカラーである深緑色を取り入れたフォーマルなコーディネートもリーベ監修だ。
 フミは純白のワンピースにファーのついたポンチョ。ローファーと手袋が深緑。
 真紘と重盛は、年始のクルーズトレイン決起会用に仕立ててもらったアイボリーを基調としたペアのスーツに、真紘はいつものリボン、重盛はハンカチーフで深緑を差し色に入れている。
 抹茶色と黒のチャイナ服のようなセットアップのリンは、クリスマスカラーになっていて可愛らしい。隣のアルマも同じような服を着ている。
「なんやの、マヒロくん。ニコニコして。ええことでもあった?」
「リンさんのお洋服が素敵だなと思って」
「ええやろ? 西の国にあるお気に入りの店のもんやねん。羽も出しやすいし、頑丈でなあ。おそろいの一張羅、アルマにも用意してくれておおきに」
 元々謁見の予定などなかったアルマだけフォーマルな洋服を持ち合わせていなかったので、真紘がアルマのためにリンの洋服を元にオーバーサイズのセットアップを用意した。意図せず三組ともペアルックになり、なんだかこそばゆい。
「それより、なんで髪ハーフアップなん? 全部結い上げた方がスーツにはええんとちゃう?」
「それは、その……」
 両手で頬の横に垂れる髪を握ると、首元のキスマークがちらりとのぞく。隠すつもりが逆効果である。
 それを見たリンは歯を食いしばって嫌そうな顔をした。
「ボクがアホやった。ボクらなんか会話もそこそこに寝落ちしてギリギリまで寝とったんに、夜も朝もイチャコライチャコラ! これから王様に会うってのに、ほんまよおやるわァ……」
「よ、夜はしてません!」
「朝にしたんや! へ……? ちゅーことは、ついさっきまで⁉ な、なんて子なん⁉ こんな清純が歩いてるみたいな顔して、いやらしいわほんま~っ!」
 目覚めてすぐに重盛を存分に甘やかすという約束を果たすことになった真紘は、ぐう根も出ない。顔を両手で覆うしかなかった。

 重盛とアルマはきゃっきゃとじゃれる真紘とリンを見守り、少し離れた位置で会話をする。
「アルマ兄さん、昨日はマジでなんもなく寝た感じ?」
「当たり前だろう。昨日、俺が油断していたところをアンノーンに吹き飛ばされただろう。真紘がすぐに治療してくれたが、リンには随分心配をかけたようだ。自分を庇ったせいだと帰り道もずっと言っていてな。心労が重なったせいだろう、リンはベッドに寝そべるなりそのまま朝までぐっすりだった」
「そっか。まあ、昨日は頭がパンクしそうなくらい怒涛だったもんなあ。近いうちにゆっくり話せるといいな」
「ありがとう。お前らも俺達にばかり構っていては、どこもいけないだろう。せっかくの新婚旅行だ。今日の謁見が終わったら、二人でゆっくり東の国を満喫してくるといい」
「へへ、サンキュー。でも本当に大丈夫そ? リン先輩は真紘ちゃんがいた方が安心しそうな感じするけど」
「大丈夫だ。もう逃げずに向き合うと決めたからな。それに、リンは起きてからもずっと真紘の話ばかりでな、俺が真紘に嫉妬しそうなんだ……」
 険しい表情のアルマは、どうやら照れているらしい。
 これはフェリクスの魅了がなくても、リンも誤解するだろう。
 重盛は、自分の眉間を指さしてアルマに指摘する。
「皺すげーよ。別に照れることは恥ずかしいことじゃないし、それに言葉だけじゃなくて、体全体で喜怒哀楽の喜と楽を表現した方がいいことあるよ。寡黙でクールなのはアルマの魅力だけど、リン先輩が好きなら、恥捨てて大袈裟なくらい嬉しいとか好きとか表現するくせをつけた方がいいんじゃね? 今後またすれ違いが起きないようにさ」
「そうか、そうだな……。努力する。流石、結婚までこぎ着けた男だ。参考になる。だが、真紘が可哀相なことはあまりするな。お前に迫られたらあいつも断れないだろう」
「だははっ! いつもちゃんと逃げ道は作ってるし、それに案外真紘ちゃんの方がノリノリな時もあんのよ」
 視線が合うと、指を曲げてピースを作る重盛に気づいた真紘は首を傾げる。そしてよくわからないといった顔のまま同じくピースをした。
 重盛は口元に伸ばした二本指を持ってくると、ピースから投げキッスに形を変えた。
 キスのしすぎで唇がぽってりしているのはお互い様だ。
 二時間前まであんなに触れ合っていたのに、色めいたことなど何も知らぬような純真な瞳を揺らし、真紘はおずおずと控えめなキスを投げ返してきた。
 真紘の背中にぶら下がっていたリンはぎゃあと騒ぐ。
「ほらね?」
 重盛の説得力のある言葉にアルマは目尻に皺をつくった。
「ふっ、まったく……。お前たちはお似合いの夫婦だな」

 センデル王への謁見と事件の報告は意外にもあっさり終わった。
 単独で動く前に、ギルドにも情報を共有してほしいという小言くらいで、拍子抜けもいいところだった。救世主の行いは天災と同じ扱いになるらしく、同郷同士で片を付けろとか責任を取れとか、そういったこともなかった。
 筋肉隆々の威厳たっぷりの王様がどうしてここまで自分達に怯えているのかというと、真紘たちの背後にアテナがいるからである。
 センデルは、六百年前の戦争の第一線にいたアテナの部下の子孫らしく、アテナには逆らうなと先祖代々教えられてきたという。幼い頃から今まででも、アテナにはたったの一度も勝てたことがないのに、そのアテナが丁重にもてなせと命じて来た相手に大きな態度を取れるはずがないというのが理由だそうだ。



 あれからぱったりとフェリクスやアンノーンの目撃情報は途絶えた。
 もうどこか遠くへ逃げてしまったのかもしれない。
 魔力が常に枯渇している者と、潜むことが上手い者が合わされば、魔力の違いがわかる真紘にでさえ、たとえ王都にいても分からないだろう。

 紺色のスリットが入ったロングワンピースに黒いタイツ。腹巻を二重についてキルティングコートを羽織る。
 この街でも真紘の洋服を大量に購入していた重盛のチョイスだ。
 ワンピースを買ってきた日には、ついにここまで来たかと半分呆れた視線を送ったが、素材は軽くて温かい。胸元に同色で施された蔦柄の刺繍も素晴らしく、真紘も気に入ってしまった。
 冒険者用の機動力に特化したワンピースで、スリットは腰元まで入っており、下にズボンやタイツを着用するのがいいと補足もあったので、男女兼用ではあるようだ。
 唯一欠点があるとするならば、タイツを履いているとはいえ、飛ぶ時の体勢に気を付けなければならないくらいだ。
 それに、真紘の懸念は女性用であるとかないとかそういうことではない。
 同じく紺色に蔦柄の刺繍が入ったシャツを着た重盛と並べば立派なペアルック。
 思い返せばここ数日毎日のように二人そろって似たような格好をしている。
 新婚旅行で浮かれているにしても、フミやリンに会えば、生温かい目を向けられるだろう。朝はなんとか誰にも会わずに出て来れたが、夜は人の出入りも多く難しい。
 ワンピースが恥ずかしいわけではない。そこまでして重盛とペアルックにしたかったのかと思われるのが恥ずかしいのだ。
 実際、真紘以外の者は、二人がペアルックで仲良く外出していようが、そんなこと今さらと気にも留めないが、真紘は未だにそれを理解していない。
「ねえ、王都も結構回り尽くしたんじゃない? クルーズトレインの出発まであと三日間だし、最後にもう一度ギトニャに行ってみる? 美肌の湯と言われている有名な温泉があるらしいよ」
 宿に帰る前に、別の洋服に着替える口実を作るべく、温泉に誘うと、重盛は二つ返事で了承した。
「賛成! この前は街中を素通りしただけだけどギトニャはいい匂いだったし、泊まるのもありだな」
「日帰りでも大丈夫だよ?」
「隣の領だけど歩いて行くには厳しいじゃん? 空飛ぶには帰り湯冷めしちゃうし」
「馬車は? 騙すみたいで申し訳なさはあるけど、僕も魔法で耳を生やせば――」
「絶対ダメ! 耳生やした真紘ちゃん、同じ獣人だって勘違いしたナンパ野郎に可愛いねぇ~って何度アプローチされた⁉ 指輪見せて一言も発さずに撃退してる姿は最高だったけど、もう耳生やすのは俺の前でだけって約束して!」
「重盛の耳を模したものだから確かに可愛いよね。気を付けるよ」
「なんかちょっと意味違うけど、まあいいや」
 結局空を飛んでギトニャに向かうことになったが、急ぐ必要はないため、王都を出て森に入ったあたりでまっぽけから取り出したカーペットに寝転がり、空の散歩をしながら向かうことになった。


 冬の晴れた日というのはなんとも心地の良いもので、真紘はうとうとし始める。
「これ真紘ちゃんが寝ても墜落しない?」
「しないよ。僕が生きている限りは」
「どうしてそんな怖い答え方するかねえ~。あと一万年は生きろ!」
「すみません。精一杯長生きしたいと思います」
「オッケー。そんで、寝ちゃった場合は俺なんかした方がいいとかある?」
「特にないよ。一度行ったことのある場所だし、自動操縦みたいなものだから、安心、して……」
 そう言い残して、すっと眠りについた真紘の睫毛は、太陽の光に照らされてキラキラ光る。
 空の上のため時折体勢を崩すような突風がぴゅうっと通り過ぎていく。
 よくこんな状況で寝れるなと真紘を見た時、重盛に衝撃が走った。
「ばっか……。誰だよワンピースなんか着せたやつ……。俺だぁ~。上着も丈が長いやつ着せれば良かった……」
 先ほどの風でスリット部分から裾が捲りあがり、太ももから腰にかけて尻が丸見えになっている。黒いタイツは分厚いものだし、腰の腹巻の裾は色気があるとはとても言えるものではないが、こうも無防備だと心配だ。
 滑らかなカーブを描く尻に伸びる手をなんとか制御し、重盛は手早く真紘の洋服を直すと、まっぽけから薄手の毛布を取り出して真紘にかけた。
「それにしてもワンピースじゃなくて、ペアルックが恥ずかしいねえ……」
 ショーウィンドウに移る自分達の姿を見ては頬を染めていた真紘を思い出す。
 恥じらう真紘にちょっとした悪戯のつもりでワンピースを買ったが、まさか本当に着てくれるとは思わなかった。
 いらないと言われたら男女兼用であるし、自分が着ればいいか、くらいの提案だった。真紘よりも背丈もあって体が大きい重盛が着れば、タイツと合わせたところで到底女性用には見えない。冒険者によくあるスタイルの完成だ。
 真紘が着るからこそ、傾国の美女、むしろ一夜で建国できるほどの神の御姿になるのだ。中世的な魅力は、間違いなくこの世でもっとも美しかった。
 真紘は昔から本人の華奢な体型も相まって、姉のおさがりであるレディースを着させられていることが多かったためか、一度袖を通してしまえば、本人も違和感はなかったようだ。
 知り合いのいない場所に行こうと誘った魂胆も分かっている。
 重盛は、巾着から通話用の魔石を取り出す。
「あ、もしもし、フミちゃん? オレオレ。詐欺じゃないって! 重盛君でーす。今日と明日さ、ちょっと遠くの温泉に、そうそう、真紘ちゃんが前に言ってたギトニャの有名なとこに泊まって明後日の昼頃帰るから――」
 着替えなら今日もたっぷり買った。
 お望み通り、ペアルックを脱ぎ捨ててやろうではないか。
 気づいた頃には一糸まとわぬ姿だ。
 通話を終えて、眠る真紘の頬をうっとりと撫でる。
 またしても真紘は「んん……」とイエスかノーかはっきりしない言葉を零し、ふるっと体を震わせた。
 
  
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