逢いたい人がゾンビになって出てくる世界にて 

ハル

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序章 風見総司の独白

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 ーーあなたは、死んだあの人に逢いたいと想いますか?
 ちなみに、僕は一切想いません。それが何か?
 幸いにして、今僕がいつでも一番に逢いたいと想う人はこの時間きっちり呼吸しているし、あの人の持つ死にたがり精神がうっかり暴発でもしない限りはまだまだ全然大丈夫。だから僕も大丈夫。
 まあ、仮にあの人が自分で自力で死んだとしても、実は自分で死ぬのって普通の人が思ってるよりも成功率が低かったりするので、実現したとしたらしたで僕はその人のそうしたかったという意志や遺志をそのまま受け入れようと思っている。まあ好きな人なだけに死なないに越したことはないけれど。ね。
 ただ真っ当な友人が言うに、僕のこういう考えの方が割合的に珍しいそうだけど、そんなもんなのかなぁ? 僕は至って只の普通の一般人なんですけど? やだなあただのヘンタイさんにはなりたくないんですけど……。
 まあ、ただカガク的な方向の仕事やその他趣味の範囲でたくさんの生物の生命に関わっているからだと一応ながら自己分析だってしちゃう。だってそれのひとつひとつをいちいち考慮する方が難しくなるってもんですよ。
 そんな今。まさに今。随分涼しくなってきた9月末の午前1時くらいかなあ。廃ビル二階の通路にいる僕の目の前に全身ぶらーんとさせて意志とか全く持ってなさげな人間が三人いて、なんか変な呻き声を上げながらこっちに小走りで来るんだもの。面倒なので顔も見ず少し身を屈めて、いち、に、さん。と容赦なく細身鉈を首に叩き込み一気に圧し斬ると、ごとごとごととそのリズムに併せて頭骨が地面に落ちる。一応ステップ踏んでその場から離れるも落とした首の切断面から勢いよく吹き上げる血液は結構な量で、僕の青を含んだ髪や使い古し気味の白衣に紅い斑点をぼつぼつ残していく。そして吹き飛んだ頭を後を追う様にその図体が床ににべちゃりと音を立てて倒れ込んだ。楽勝☆
 首を落としてしまえば大体は活動停止するそいつらは、襟を直す合間にぐずぐずと溶けていく。待って早いよ。かろうじて人間の形してたから新鮮な部類かと思ったらそんな事はなかった。うーん今日はもう少しサンプルほしいんだけどなあ。

 と。まあそんな流れを踏まえた上で、人間の生死に関する感性や受け取りというのは本当に人それぞれだ。何かのドラマであった台詞に『逢いたいと想う気持ちが幽霊というマボロシを見せる』とか、そんなニュアンスの言葉があったのはよく覚えているけれど、その人間関係にどういった事情や感情があれども、とうに荼毘に付された方にはそのまま静かに眠っていてほしいと僕は漠然と思っている。寝ている人を無理矢理起こすのって普通にイヤじゃん。
 まあ、ここまでは僕のちょう個人的な精神論であり解釈だ。
 それだけ誰かに『逢いたい』って感情は理解はする。納得しないだけで。

「このフロアなら後10体くらいは出そうかな……面倒だけど新鮮なのいるかなあ?」

 ふと右手に握ってる鉈を見ると、さっき三人分を切り落とした時に付着した血やら肉やらが結構残っていたので、白衣の裾でピっと拭いてから、今いる通路から静かに移動する。次はここからみっつ先の会議室だったっけかな? ちょっと手とか汚れたからタブレット触るの後にしようねー。

 ーー今から何年前に遡るかな。
 僕はひとつの事件に巻き込まれた。
 いや、友人に誘われて自分の意志で飛び込んだんだ。
 この街で、この世界で、何故か定期的に起きる怪異。
 『謎のイキカエリ事件』。僕はそう呼んでいる。要するに死んだ人間が生き返る現象だ。などといってもその人本人ではなく所謂ゾンビとして。だから厳密に言えば生き返ってないんだけど、そういう方が一番しっくりくる。
 僕、風見総司は学生時代にこれを知る事になり、気付いたらその現象の研究をする会社に就職するにまで至った。だってゾンビだよ? 理系専攻のノブレスオブリージュを信条とし、愛する先輩が死にたがりのメンヘラだもの。興味を持たないはずが無かった。

 ーーもし、死んだ人と本当にもう一度逢えるならそれはきっと素敵な話なのかもしれない。
 けれど僕達が対峙しているこの都市伝説のようなものは、死者がそのまま生き返るなんて優しい世界じゃない。死んだ人間が何かの作用を以てして随分人間に近い形で『再生』されるだけ。とはいえ意志も含めてバラつきが酷すぎて現在も絶賛研究中なのが現状だ。すてきなサンプル生えてないかなあ?
 そしてゾンビとして出て来ると言えどその姿形には相当な個体差があるんだもの。なんか一定の条件をクリアすると人間そのままの姿で出てきちゃったりする場合もあれば、なんか呪いの儀式で使われる泥人形みたいな、ギリ人間っぽいかなー? みたいなのもあったりするしで多種多様。その幅広さにはとても研究し甲斐があるんだけどねえ。正直言えば現場の状況やらいろんなものに長年踊らされ続けているのが現状だ。
 さらに厄介なのは生えてくる連中の意志のあるなしがあったりでね。ここも相当な個体差アリではあるけど、くっきり生前の形を保ち、且つはっきり日本語を喋るタイプも確率1%程でいるにはいる。だから見た目普通の人間で、しかも喋って意志が通る可能性を持ってそうなそれを討伐するのは本当のヒトゴロシみたいでちょっとだけしんどいんだよねえ。巨大な嘘だけど。
 で、僕は今日もその現場に来ている。本日の現場は築50年5階建ての薄いビルという狭い場所だから得意武器種刃の、所謂『ゾンビハンター』が少数で潜入している。そういやここどこかの出版社だったっけ。

「って、いるいる。……今度は四体……いや、二人とニ体……?」

 小さく鼻歌を鼻歌いながら次の部屋を覗いてみると、それなりの人間型が2人、泥人形が2人の合計四人っぽいのでホワイトボード前になんかごにょごにょごにょしてる光景があった。なんか真面目に会議してるっぽい? けどなんだこれつらいなあ。でもこういうのあるあるなんだよなあ。何? 死んで生えてきてここで仕事してるって事でしょ? しかもゾンビで生えてきたのに眠りもせずサボりもせず普通に仕事してるってどうなのさ……地獄かな?
 そう。こんな感じで、こいつらの『生前』が割とリアルに想像出来る現象だってある。なんなのこの話。
 まあそんな風に考えても仕方ない。とっとと一気にやってやろうか、と思ったら突然インカムから通話音が入った。今日は狭い物件だからと別フロアに向かった相方からかなとスイッチを押し繋ぐと、やっぱりその通りでいつもの明るい声がちょっとした雑音交じりに聞こえてきた。

『風見くーん、聞こえるー?』
「どしたの遠野くん、そっち何かあった?」
『こっちのフロアの大会議室かな? 今ここで泥が大半なデザインで20体くらい生えてきてるんだけどー』
「えっそれ多いよね応援い」こうかと言う前に
『面倒だしひとりで片付けていい?』

 ねえ僕の相方強すぎません? 

「はは、僕のが立場的上司でも遠野くんのが遙かに先輩なんだから了解とかいらないって。お願いする!」
『なんか久しぶりの別行動だったしねー、了解ー、終わったらそっちいくねー、いってきまー!』

 彼の可愛い癖である伸ばし気味の語尾を自分で断ち切る様に通信が切れたけど、まあきっと直後物凄い勢いでそれも斬っていくんだろうなあ。僕の相方であり先輩ハンターである遠野くんはほんとすげえなあ。最強ランクSS認定を受けているだけあるよね! ……と、そこまで考えて僕ももう一度自分の獲物に着目する。遠野くんより技術も討伐力も劣りはするけど一応立派な戦力の証であるハンターランクSは持ってる訳だし、自分の仕事はきっちりこなすよぉ? 

「さあ僕もひとつくらいは仕入れないとね~~素材情報素材は大事だよ~~」

 改めて僕の現場を見直してみる。人型のうちひとつは……そこそこ使えそうかな?
 あのペン握ってる右手とかいいかもしれないなあ。綺麗に部位カットしなきゃだな。
 などと、ハタから見たら危険なことを考えているかもしれないけどこれが僕の仕事だから気にしない気にしない。

 ……と。
 こうやって、主に月の巡りに合わせて起きる『怪異』。
 もう既に都市伝説として噂は広まりつつあるけれど、そこまでで食い止めるのも僕たちの仕事だ。
 だって、あまりにも悲しいでしょ。
 この原因不明の怪異として出てくるゾンビの発生現象の切っ掛けはどうやら『人の記憶』からくるものらしい。
 あの人はこうだった、あの人はどうだったと、生きる人たちの願いや想い、いろんなものがこの現象を呼んでいる。だからこそ外に出しちゃいけない。
 ほんと残酷だわ。なんなのこの事案。
 だから僕達は今日も機密裏にゾンビハンター作業に勤しみますよー。

「はーいみなさーん! もっぺん死んでくださーーい!!」


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