聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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聖騎士エミル・シュナイダー

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 それは私が9歳のときだった。

 妹の洗礼式に立ち会うため、私たちは一家総出で女神教の総本山であるイバンメ大聖堂に行った。

 滞りなく洗礼式を済ませた帰りがけ、新たな聖女を見ていかないかと司祭に持ちかけられた私たち一家は、ほんの好奇心で頷いた。父であるシュナイダー侯爵は教会に高額の寄付をしていたため、ちょっとしたもてなしを受けたのだ。
 まだ現役の聖女が3人もいて、新しい聖女まで誕生したばかりの、誰もがアストエダム国の繁栄を信じて疑わない頃だった。

 隣接する修道院にぞろぞろと観光客のように移動すると、妹とそう変わらない小さな聖女が、修道女に手を引かれて連れてこられた。それが女神様の声を聞いたという5歳のアルミナ様だった。

 短いケープのついた修道服を着ていたが、目元を黒い布で覆われている点が最も印象的だった。敢えて視界を塞ぎ、修行に専念させているという。

 私は衝撃を受け、幼い聖女に深く同情をした。見えるものをわざわざ隠して、不自由を強いる道理が理解できなかった。幼い子になかなか伝わらなくとも、怒らずに根気強く言って聞かせるのがシュナイダー家の教育方針だったのだ。

 私や妹たちは、そうやって真綿で包むように育てられた。子どもだった私はそれが正しいものだと信じていた。

 だから、鳥や動物のように目隠しするなんて絶対に間違っている。可哀想だ、と私が言うと妹も同調した。すぐ父に止められて、アルミナ様を見るよう促され気がついた。

 幼いアルミナ様は、居心地が悪そうに唇を内側にぎゅっと巻き込んでいた。それがどうにも私の罪悪感を煽った。私の発言は、配慮の足りないものだったのだ。どんなに幼くとも、いきなり可哀想だと言われたいはずがなかった。

 帰りの馬車の中で、私はいつも優しい父から厳しく説教を受けた。まず感情のままに発言して、聖女の心を傷つけたことだ。反論の余地はなかった。次に教会の聖女教育に口出しするのはいけないと諭された。

 聖女の持つ神聖力はとてつもなく、他人の心まで容易に操るのだと聞かされた。幼い子どもが持つには危険な能力だ。そのため彼らは積み重ねられた経験則で以って、ものの分別を教え込むのだと言い聞かされた。

 私はかなりの部分で父の言説を受け入れた。だが、完全には納得できなかった。あのやり方が正しいとはどうしても思えない。聖女がどうやって作られるのかその一端を知ってしまった以上、平和な日常にはもう戻れなかったのだ。

 アルミナ様との対面は、私の心に消えない染みを作った。何もできないくせに幼い少女を傷つけたあの瞬間をあとから何度も何度も思い出し、自分を恥じた。

 私はせめて、彼女の役に立ちたいと聖騎士を目指すようになった。いずれシュナイダー侯爵家を継ぐことは決まっていたが、聖騎士となって聖女の旅の護衛を一年務めれば素晴らしい功績となるため、反対はされなかった。

 15歳でアカデミーを早期卒業すると司祭として修行を積むためにイバンメ大聖堂へ行った。

 そこでは、同じく修行中のアルミナ様の姿を見かける機会に何度も恵まれた。回廊を歩く成長したアルミナ様からは、目元を隠す黒い布が取り去られていた。しかし大きな青い瞳は真っすぐに前だけを見つめ、私には一瞥もくれなかった。

 それでいいと納得していた。言葉を交わすこともなかった。あの日のことを、どうか忘れて欲しいと願っていたからだ。

 そうしてアルミナ様が聖女の旅を始められてから5年後、ついに私が同行する護衛騎士として選ばれた。

 あの日のことを覚えているかどうかは、どうしても訊けなかった。アルミナ様も何も言及しなかった。ただどちらかというと私は嫌われていて、そのことが私を刺激し続けた。

 女神様が記憶を奪ったことにどのような意味があるか、まだわからない。

 今はアルミナ様が笑っているだけでいいではないか。

 懊悩に決着をつけた頃、私たち一行はリューブ街に到着した。街を取り囲む城壁を越え、大勢の人で賑わう街中を進んだ。

 以前と同じく、教会に隣接した寄宿舎に案内されるとそれぞれの自由時間となる。私は早速、自分の荷物の中から、平民風の鳩目つきシャツと茶色いトラウザーズを取り出して着替えた。
 普段は聖騎士と知らしめる立派な銀糸の刺繍付きの制服を着ているが、密かに行動したいときには不便なため、用意があった。

 手がかりが得られる可能性は低いが、ベリンダという女性の住居に行ってみるつもりだった。彼女こそ、アルミナ様の記憶喪失と関連がある存在だ。リューブ街の聖騎士や憲兵が調べ尽くしたとわかっていても、この目で痕跡を調べてみたかった。

 場所はクレマン卿から聞いているので寄宿舎を出てしばらく歩くと、見慣れた後ろ姿があった。黒いフードをすっぽり被っていても、歩き方の癖や小柄な身長などで、アルミナ様とわかってしまう。

「アルミナ様」
「ひっ、えっ?」

 すぐに追いついて声をかけると、驚いたアルミナ様は小さな悲鳴を上げた。そんなに驚かなくてもいいだろう。

「この街ではお出かけなさるんですね、護衛いたします」
「な、何ですかその格好?」

 アルミナ様は私の平民風の衣装を指さした。かなり前に古着屋で購入したが、あまり似合っていないためこの反応だったのかもしれない。
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