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第四幕 逃避行
炎の壁
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そいつはぎょろっとした目を剥き、鼻の穴を大きく広げ、歯を見せてこちらを威嚇していた。目と口の周りは白いが、それ以外の全身をおおう毛は赤い。
一瞬、変な格好をした人間かと思ったが、いや、これは人間じゃない。黙呪兵でもない。猿だ。野生の猿だ。ニコがよそ見してたのは、こいつを凝視していたんだ。
そいつはさっきまで俺が座っていた切り株のところまでにじり寄り、木剣の横に置いてあった笛を手に取った。
「あっ! だめっ!」
ニコが声をあげた。
「それに触るなっ!」
俺も叫んだ。
俺は即座に震刃を打ち込もうとした。しかし、震刃が笛に当たったらまずいなという考えがよぎり、一瞬、躊躇してしまった。その隙に、猿は笛を持ったまま身を翻し、背後の茂みに飛び込んだ。
「待て! この野郎!」
俺は慌てて後を追おうとした。しかし猿はあっという間に森の闇の中に消えてしまった。相手の姿が見えなければ歌術を放つこともできない。
ああ、なんてことだ。
ハルさんのお母さんの形見でもあり、俺たちにとっても大切な武器を目の前で盗まれてしまった。笛がなければこの木剣は沈黙したままだ。
俺はニコと顔を見合わせたまま呆然と立ち尽くしていた。
油断した。フリーゾーンだからといって決して安全ではないんだ。大陸中どこに行っても俺にとっては戦場なんだ。すっかり忘れていた。ニコとデレてる場合じゃなかった。
どうしよう。ハルさんに合わせる顔がない。どうやって謝ろう。久々の土下座か。いやいや、謝る方法なんか考えてる場合じゃない。とにかくハルさんを起こして善後策を検討しよう。
「すいません。すっかり油断してました」
うなだれて報告する。
「いいのよ、いいのよ、相手が動物じゃしょうがないわ」
ハルさんは意外に落ち着いていた。
「ごめんなさい。私がソウタに歌ってって頼んだからいけないの。動物を引き寄せちゃったの」
ニコはしょげてしまって泣きそうな顔をしている。確かに、前にあの歌を歌った時は黒い鳥女が飛んできた。今度は泥棒猿だ。
ジゴさんがよく「歌には力がある。歌えば必ず何かが起きる」って言ってたけど、どうも俺がこの歌を歌うとロクでもない連中を呼び寄せてしまうようだ。
「フリーゾーンでも魔物や動物が寄って来ることはあるからね。でも、そんなこと悔やんでてもしょうがないわ。ニコ、気にしなさんな」
「でも……」
「そうだよ。歌ったのは俺だから、俺が悪いんだよ。ニコのせいじゃない」
「ううん……私が歌ってって言ったんだもん」
あの笛はニコにとってもう単なる楽器を越えた存在になりつつあった。それが盗まれたんだ。そりゃ、いても立ってもいられないだろう。可哀想に。
「それより、その猿は赤毛で白い顔をしてたのね」
「はい。顔だけ白くて、ぎょろ目で鼻が上向いてました」
「それは『狒々』と呼ばれてる猿ね。時々街道や人里に現れて悪さをするのよ。群れで襲って来て隊商の荷物を荒らしたりするので嫌われてるわ。もうすぐその棲息地を通る予定だったんだけど、今年は冬が早いからエサを求めてこっちまで進出してきてるのかも」
「群れで襲ってくる……」
「そうよ。単なる猿でも群れで来られると結構やっかいよ。しかもね、この先の森にはもう一つやっかいな生き物がいるのよ」
「何ですか? それは」
「ソウタ、ウニは知ってる?」
「ウニって……海にいる、あの、いがいがのウニですか?」
「そうよ、それ」
「はあ、知ってますけど」
「この先の森にはね、陸生のウニがいるのよ。しかも針先に強い毒を持ってるの」
えええ……それは踏んづけたらえらいことになりそうだ。しかし、それぐらいなら足元に気をつけてたら済むことじゃなかろうか。
「いえいえ、ここのウニはこっち目がけて自ら飛び跳ねてくるわよ。そして毒で獲物を殺して、その遺体に群がってどろどろに溶かして食べちゃうの。きれいに白骨になっちゃうわ」
こ、怖いウニだな。海鮮丼にしてたあいつらとはだいぶレベルが違う。さすが異世界だ。
「しかもヒヒがね、ウニを投げつけてくるのよ。自分たちは毒に耐性があるから平気なのね」
ひええ! さるかに合戦だったっけ? 猿が柿の実を投げるのは聞いたことがあるが、毒ウニを投げつけてくるのか。それは危険だ。危険すぎる。
地図を見せてもらうと、確かにこれから通る森は『ヒヒの森』とあり、『危険生物の生息域』という要注意のマークがついてる。やっかいだな。そんな奴らからあの笛を取り戻すことができるんだろうか。
「だからね、この先は、あなたたちが壁術をマスターしてから進むつもりだったのよ。明日の朝起きたらすぐに練習始めないといけないわね」
ヘキジュツ? ああ、昼間もちょっと話に出てたヤツだな。自分の周りに防御壁を展開するっていう歌術。
「今すぐに追わなくていいんでしょうか?」
「猿は人間の持ち物に興味を抱いて盗んで行くだけだし、わざわざ笛を壊したりはしないでしょ。それにこの暗闇の中で野生動物を追うのは無理よ。明日取り戻しに行きましょう」
まあ確かに真っ暗な森の中ではどうしようもない。
「私は寝るわ。あなたたちどうする?」
ああ、そうだ。さっき俺はニコに告ろうとしてたんだった。
しかし今夜はもうそれどころじゃない。彼女はうつむいて今にも泣き出しそうな顔してる。とんだ邪魔が入ってしまった。
「僕たちも、もう寝ます」
仕方なく俺はニコの肩を抱いてテントに入り、毛布をかぶって無理矢理寝てしまった。
翌日、朝食を済ませた後、ハルさんのレクチャーが始まった。
「壁術はね、昨日も話した通り、自分の前に防護壁を展開する歌術よ」
うむうむ。魔法の盾みたいなもんだな。
「そうね。属性によって『炎壁』、『雷壁』、いろいろできるわよ。『震壁』もできるわ」
やった! 震の系統があるなら、俺にも使えそうだ。
「震壁は熱風水雷の属性は持たないから属性攻撃に対しては若干弱いけど、物理耐性は断トツに高いわ。相手の使う歌術によって、あれこれの壁術を使い分けるのが理想よ」
ふーん……でもきっとまた属性の壁術は、音程が難しいんだろうな。俺は当分、震壁一択だ。
「壁術はみな共通で『ずんちゃっちゃっ、ずんちゃっちゃっ』のタイミングで歌うのよ。歌詞とメロディーはそれぞれ違うけどね」
ほう! 初めて出てきたな。3拍子、ワルツのリズムだ。これまでの歌術はだいたいみな4拍子だった。
「じゃあ早速、炎壁をやってみるわよ」
ハルさんは右手で眼前の空間にぐるっと円を描きながら歌った。
「熱よ、熱よ、集まりて壁になり、炎で身を守れ♪」
確かにワルツのリズムになってるな……と思った瞬間、
『ぼんっ!』
音を立て、ハルさんの眼前に炎の壁が出現した。
おおおおっ!
俺とニコは思い切り拍手した。
「ニコちゃん、この炎壁に凍刃を打ってみて」
「えっ! いいの? 大丈夫?」
「大丈夫だからやってみて」
「う、うん」
ニコは最近打てるようになった凍刃を、ハルさんに向かってちょっと遠慮気味に放った。いや実際、ニコの凍刃はかなり切れ味が良いので、もろに食らったら切り傷ぐらいでは済まないからな。
しかしニコの手から勢いよく放たれた氷のナイフは、炎の壁に当たって一瞬で蒸発してしまった。
すごい! すごいな、これ。
しばらくすると炎の壁は自然に消えた。ちょっと気になったので訊いてみた。
「炎壁に向かって炎刃を打ったらどうなるんですか」
「良い質問ね。壁術とはいえ、同じ熱属性だと受け止め切れずに一部貫通することもあるし、炎の勢いが増して火傷しちゃうこともあるわね。だから相手の壁術にわざと同属性の攻撃をぶつけるのもアリよ」
ほうほう、なるほど。
「ただ、炎壁は水刃や凍刃を強力に遮るけど、水歌で大量の水をぶっかければ消えるし、凍歌を歌ってどんどん熱を吸い取っちゃえば持続時間は短くなるわ」
なるほど。単純に反対属性だったら有効っていうような簡単なものじゃないんだな。
「その通りよ。雷属性の攻撃に対して水壁は有効だけど、逆に雷壁に対してうっかり水歌とか使うと電撃を受けてしまうわ。壁術はパーフェクトではないし、相手の攻撃に応じてあれこれ使い分けるものよ」
そうかあ。深いなあ、実に深い。
「それに、昨日も言ったけど、情の歌術については、聴いた者の身体の中で発動するものだから壁術では防げないわよ。要注意ね」
なるほどなあ。時々歌術って『科学』なんじゃないかって思うぐらい、裏にきちんとした理屈があって話に筋が通ってる。エルフの英知の結晶っていう感じだ。
「ニコちゃんは質問ない?」
「あのう、自分で作った炎壁でも手を突っ込んだら火傷するの?」
うん、もっともな質問だ。
「もちろんよ。炎は炎だから誰でも火傷するわ。だから自分が作った壁術で自分がケガしないように注意が必要ね」
そうか、やっぱりな。自分にとっては熱くない炎とか、そんな都合の良いものは存在しないわけだ。科学だなあ。
その時、もう一つ疑問が浮かんだ。
「先生、壁術で壁を作って、自分がその場から動いたら、壁は付いては来ませんよね?」
「来ないわね。その場に浮いたままよ。でもね」
「でも?」
「いくつか壁を並べて横長に展開することはできるわ」
ほう! 壁をいくつか並べることができるんだ。そうなると本当に『壁』だな。毒ウニを投げつけられても大丈夫そうだ。
「さあ、実際にやってみましょうか?」
ちょっと元気の出てきた俺とニコは声をそろえて返事した。
「はい!」
よし。魔笛を取り戻した上で泥棒猿どもにお灸をすえてやるか。
一瞬、変な格好をした人間かと思ったが、いや、これは人間じゃない。黙呪兵でもない。猿だ。野生の猿だ。ニコがよそ見してたのは、こいつを凝視していたんだ。
そいつはさっきまで俺が座っていた切り株のところまでにじり寄り、木剣の横に置いてあった笛を手に取った。
「あっ! だめっ!」
ニコが声をあげた。
「それに触るなっ!」
俺も叫んだ。
俺は即座に震刃を打ち込もうとした。しかし、震刃が笛に当たったらまずいなという考えがよぎり、一瞬、躊躇してしまった。その隙に、猿は笛を持ったまま身を翻し、背後の茂みに飛び込んだ。
「待て! この野郎!」
俺は慌てて後を追おうとした。しかし猿はあっという間に森の闇の中に消えてしまった。相手の姿が見えなければ歌術を放つこともできない。
ああ、なんてことだ。
ハルさんのお母さんの形見でもあり、俺たちにとっても大切な武器を目の前で盗まれてしまった。笛がなければこの木剣は沈黙したままだ。
俺はニコと顔を見合わせたまま呆然と立ち尽くしていた。
油断した。フリーゾーンだからといって決して安全ではないんだ。大陸中どこに行っても俺にとっては戦場なんだ。すっかり忘れていた。ニコとデレてる場合じゃなかった。
どうしよう。ハルさんに合わせる顔がない。どうやって謝ろう。久々の土下座か。いやいや、謝る方法なんか考えてる場合じゃない。とにかくハルさんを起こして善後策を検討しよう。
「すいません。すっかり油断してました」
うなだれて報告する。
「いいのよ、いいのよ、相手が動物じゃしょうがないわ」
ハルさんは意外に落ち着いていた。
「ごめんなさい。私がソウタに歌ってって頼んだからいけないの。動物を引き寄せちゃったの」
ニコはしょげてしまって泣きそうな顔をしている。確かに、前にあの歌を歌った時は黒い鳥女が飛んできた。今度は泥棒猿だ。
ジゴさんがよく「歌には力がある。歌えば必ず何かが起きる」って言ってたけど、どうも俺がこの歌を歌うとロクでもない連中を呼び寄せてしまうようだ。
「フリーゾーンでも魔物や動物が寄って来ることはあるからね。でも、そんなこと悔やんでてもしょうがないわ。ニコ、気にしなさんな」
「でも……」
「そうだよ。歌ったのは俺だから、俺が悪いんだよ。ニコのせいじゃない」
「ううん……私が歌ってって言ったんだもん」
あの笛はニコにとってもう単なる楽器を越えた存在になりつつあった。それが盗まれたんだ。そりゃ、いても立ってもいられないだろう。可哀想に。
「それより、その猿は赤毛で白い顔をしてたのね」
「はい。顔だけ白くて、ぎょろ目で鼻が上向いてました」
「それは『狒々』と呼ばれてる猿ね。時々街道や人里に現れて悪さをするのよ。群れで襲って来て隊商の荷物を荒らしたりするので嫌われてるわ。もうすぐその棲息地を通る予定だったんだけど、今年は冬が早いからエサを求めてこっちまで進出してきてるのかも」
「群れで襲ってくる……」
「そうよ。単なる猿でも群れで来られると結構やっかいよ。しかもね、この先の森にはもう一つやっかいな生き物がいるのよ」
「何ですか? それは」
「ソウタ、ウニは知ってる?」
「ウニって……海にいる、あの、いがいがのウニですか?」
「そうよ、それ」
「はあ、知ってますけど」
「この先の森にはね、陸生のウニがいるのよ。しかも針先に強い毒を持ってるの」
えええ……それは踏んづけたらえらいことになりそうだ。しかし、それぐらいなら足元に気をつけてたら済むことじゃなかろうか。
「いえいえ、ここのウニはこっち目がけて自ら飛び跳ねてくるわよ。そして毒で獲物を殺して、その遺体に群がってどろどろに溶かして食べちゃうの。きれいに白骨になっちゃうわ」
こ、怖いウニだな。海鮮丼にしてたあいつらとはだいぶレベルが違う。さすが異世界だ。
「しかもヒヒがね、ウニを投げつけてくるのよ。自分たちは毒に耐性があるから平気なのね」
ひええ! さるかに合戦だったっけ? 猿が柿の実を投げるのは聞いたことがあるが、毒ウニを投げつけてくるのか。それは危険だ。危険すぎる。
地図を見せてもらうと、確かにこれから通る森は『ヒヒの森』とあり、『危険生物の生息域』という要注意のマークがついてる。やっかいだな。そんな奴らからあの笛を取り戻すことができるんだろうか。
「だからね、この先は、あなたたちが壁術をマスターしてから進むつもりだったのよ。明日の朝起きたらすぐに練習始めないといけないわね」
ヘキジュツ? ああ、昼間もちょっと話に出てたヤツだな。自分の周りに防御壁を展開するっていう歌術。
「今すぐに追わなくていいんでしょうか?」
「猿は人間の持ち物に興味を抱いて盗んで行くだけだし、わざわざ笛を壊したりはしないでしょ。それにこの暗闇の中で野生動物を追うのは無理よ。明日取り戻しに行きましょう」
まあ確かに真っ暗な森の中ではどうしようもない。
「私は寝るわ。あなたたちどうする?」
ああ、そうだ。さっき俺はニコに告ろうとしてたんだった。
しかし今夜はもうそれどころじゃない。彼女はうつむいて今にも泣き出しそうな顔してる。とんだ邪魔が入ってしまった。
「僕たちも、もう寝ます」
仕方なく俺はニコの肩を抱いてテントに入り、毛布をかぶって無理矢理寝てしまった。
翌日、朝食を済ませた後、ハルさんのレクチャーが始まった。
「壁術はね、昨日も話した通り、自分の前に防護壁を展開する歌術よ」
うむうむ。魔法の盾みたいなもんだな。
「そうね。属性によって『炎壁』、『雷壁』、いろいろできるわよ。『震壁』もできるわ」
やった! 震の系統があるなら、俺にも使えそうだ。
「震壁は熱風水雷の属性は持たないから属性攻撃に対しては若干弱いけど、物理耐性は断トツに高いわ。相手の使う歌術によって、あれこれの壁術を使い分けるのが理想よ」
ふーん……でもきっとまた属性の壁術は、音程が難しいんだろうな。俺は当分、震壁一択だ。
「壁術はみな共通で『ずんちゃっちゃっ、ずんちゃっちゃっ』のタイミングで歌うのよ。歌詞とメロディーはそれぞれ違うけどね」
ほう! 初めて出てきたな。3拍子、ワルツのリズムだ。これまでの歌術はだいたいみな4拍子だった。
「じゃあ早速、炎壁をやってみるわよ」
ハルさんは右手で眼前の空間にぐるっと円を描きながら歌った。
「熱よ、熱よ、集まりて壁になり、炎で身を守れ♪」
確かにワルツのリズムになってるな……と思った瞬間、
『ぼんっ!』
音を立て、ハルさんの眼前に炎の壁が出現した。
おおおおっ!
俺とニコは思い切り拍手した。
「ニコちゃん、この炎壁に凍刃を打ってみて」
「えっ! いいの? 大丈夫?」
「大丈夫だからやってみて」
「う、うん」
ニコは最近打てるようになった凍刃を、ハルさんに向かってちょっと遠慮気味に放った。いや実際、ニコの凍刃はかなり切れ味が良いので、もろに食らったら切り傷ぐらいでは済まないからな。
しかしニコの手から勢いよく放たれた氷のナイフは、炎の壁に当たって一瞬で蒸発してしまった。
すごい! すごいな、これ。
しばらくすると炎の壁は自然に消えた。ちょっと気になったので訊いてみた。
「炎壁に向かって炎刃を打ったらどうなるんですか」
「良い質問ね。壁術とはいえ、同じ熱属性だと受け止め切れずに一部貫通することもあるし、炎の勢いが増して火傷しちゃうこともあるわね。だから相手の壁術にわざと同属性の攻撃をぶつけるのもアリよ」
ほうほう、なるほど。
「ただ、炎壁は水刃や凍刃を強力に遮るけど、水歌で大量の水をぶっかければ消えるし、凍歌を歌ってどんどん熱を吸い取っちゃえば持続時間は短くなるわ」
なるほど。単純に反対属性だったら有効っていうような簡単なものじゃないんだな。
「その通りよ。雷属性の攻撃に対して水壁は有効だけど、逆に雷壁に対してうっかり水歌とか使うと電撃を受けてしまうわ。壁術はパーフェクトではないし、相手の攻撃に応じてあれこれ使い分けるものよ」
そうかあ。深いなあ、実に深い。
「それに、昨日も言ったけど、情の歌術については、聴いた者の身体の中で発動するものだから壁術では防げないわよ。要注意ね」
なるほどなあ。時々歌術って『科学』なんじゃないかって思うぐらい、裏にきちんとした理屈があって話に筋が通ってる。エルフの英知の結晶っていう感じだ。
「ニコちゃんは質問ない?」
「あのう、自分で作った炎壁でも手を突っ込んだら火傷するの?」
うん、もっともな質問だ。
「もちろんよ。炎は炎だから誰でも火傷するわ。だから自分が作った壁術で自分がケガしないように注意が必要ね」
そうか、やっぱりな。自分にとっては熱くない炎とか、そんな都合の良いものは存在しないわけだ。科学だなあ。
その時、もう一つ疑問が浮かんだ。
「先生、壁術で壁を作って、自分がその場から動いたら、壁は付いては来ませんよね?」
「来ないわね。その場に浮いたままよ。でもね」
「でも?」
「いくつか壁を並べて横長に展開することはできるわ」
ほう! 壁をいくつか並べることができるんだ。そうなると本当に『壁』だな。毒ウニを投げつけられても大丈夫そうだ。
「さあ、実際にやってみましょうか?」
ちょっと元気の出てきた俺とニコは声をそろえて返事した。
「はい!」
よし。魔笛を取り戻した上で泥棒猿どもにお灸をすえてやるか。
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