シンデレラは毒に目覚めました

olria

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シンデレラの毒

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シンデレラは10歳の頃頭を強く打って気絶した。継母が連れて来た連れ子がいたずらに彼女の部屋の前にワックスを塗ったからである。
それで起きたシンデレラだったが、前世の記憶ではない毒に対する異常なまでの知識が頭の中に入ってきた。それは神のいたずらかそれとも悪魔のささやきか。
そしてシンデレラは毒に対する探究を続ける求道者となったのである。幸い台所は彼女に任された。台所を自分が嫌う相手に任すなど愚の骨頂でしかないことを彼らは知らなかったようである。
野山にはたくさんの花が咲いている。人の手が入ってない大自然の中で、シンデレラは毒素を持つ植物、花や葉っぱ、根っこを集め始めた。貴族として見られないほどのボロボロの服装をしてたので彼女が野山に行っても誰も止めやしない。町の皆はキリスト教の敬虔な信者で、誰も彼女をどうこうしようとは考えない。ただの邸宅から出て来た使用人が野山に花を摘みに行くとだけ思っている。
庭園には足りなり花でもあるのだろう。実際に彼女がかごいっぱいに持ってくる花は色とりどりで美しい。すべてが毒を含んでいることを一目でわかる人なんていない。町に住む人たちの中で毒の知識をたくさん持っているのは偏屈な錬金術師か教会に忌み嫌われる薬師だけ。だから彼女はただお花が好きな使用人の少女で、みすぼらしい格好でも鼻歌を歌いながら軽い足取りで象ですら殺せる毒の詰まったかごをもち歩いて家に帰る。
シンデレラが毒に対する執着に目覚めてからは義姉たちや継母のいじめに反応しなくなった。ワックスが塗られた部屋の前で転んでも何事もなかったように着地する。彼女は野山を歩き回りながら足腰をたくさん鍛えたのだ。今更である。暖炉から灰を掴んでは投げられても野山に行っては水浴びもするのですぐに落ちて消えて、しかも灰はアルカリ性で、当時には油などと混ぜて石鹸の代わりに使っていたものだからキリスト教が広めた意味不明な、洗ったら悪くなるなどと言う教えでろくに洗いもしない義姉たちに比べて汚れもなく髪はツヤツヤ。美貌は劣ることを知らないが、普段は前髪を不気味にまで卸していて、目が隠れているせいか彼女の美貌に気が付く人は現れず、義姉たちからのいじめもなくなってしまった。
手ごたえがないから飽きてしまったんだろう。しかしシンデレラは名前の通りに灰かぶり姫。彼女が台所で毎日毎日せっせと危険な毒物や麻薬成分が入っているものをたくさん製造しているせいか、彼女の髪の毛は徐々に色をなくした。毒の煙でそうなったのか、それとも使い続けた鍋から何かしらの化学反応でも起きて彼女の髪の毛から色を抜いてしまったのか。
そのように彼女は老いた老婆のような灰色の髪の毛をするようになり、結局のところ、シンデレラと呼ばれるようになっては彼女自身も名前などに今更頓着することもなくなったのでシンデレラとして自分のアイデンティティを定着させ、シンデレラと呼ばれたら反応出来るようになったのである。
実の父親ですら彼女をシンデレラと呼んでも彼女は気にする素振りもしなかった。義姉たちが思春期に入って男あさりを始めてもシンデレラはたくさん作った毒を小瓶に入れて部屋にある古い戸棚いっぱいに詰め込んではそれでも足りないと、純度が足りないとかの理由で休みなく作り続けた。やがて毒の純度はたったの一滴だけでも井戸に落ちたら小さな村なら村人全員が死んでしまうほどの猛毒の生成にも成功したシンデレラ。
彼女はしかし同時に、継母を含む家族にコカからコカインたくさん抽出しては混ぜたごはんを出し続けていた。シンデレラ自身は脳にいいと言われるキノコの類を乾燥させては粉末にしてスープなどに入れて食べていた。
コカインは興奮作用と中毒性があって、一度はまったらななかなか抜け出せない。父親も例外なくコカイン中毒になっていくけど、コカインに対しての知識なんてあるわけもないので無性にシンデレラが作ったお料理が食べたくなってもそれはシンデレラの腕がいいからだとばかり思っていた。感覚が機敏になって、多幸感を与えてくれる料理に麻薬成分が入っているだなんて想像だにも出来ず、頭痛や感情制御が難しくなるのを気のせいだと思い込み聖堂に行っては自分の浅ましさを懺悔するも治らず。
心臓の状態も徐々に悪化し、肺にも痛みを感じて、味を感じなくなってもシンデレラの料理だけは追い求め続ける。コカインの入った料理を食べ続け五年目になったある日、シンデレラの父は急な心臓発作で亡くなった。シンデレラは薄ら笑いを浮かべる。
彼女は家族なんて邪魔だと思っている。毒をもっと探求するのに家族は何の役にも立たないから。しかし彼女にも慈悲の心はあった。最後まできっと地上では味わうことも出来ない幸せを、多幸感を食費時の時には常に味わうことが出来た。それは何事にも代えられない快楽。夢のような幸せで満ちたひと時。彼女が持つ生来の優しが消えたわけえはない。こんな退屈で何もない世界で、神様に頼ることしか出来ない哀れな生であっても、幸せの瞬間は訪れるもの。彼女はそれを与えた。
彼は最後までシンデレラが作ったコカインがたっぷり入ったおかゆを食べて、幸せそうな笑みを浮かべて死んでいった。皆病気だと思っただろう、あんなに幸せそうに食事をする人を見たことがなくても、それはきっと神に愛された故。だから神はきっと彼をそばで使わせるために早死にさせたのだと。
そして父が亡くなってからは継母と義姉たちの傍若無人っぷりはより拍車をかけた。継母は父が死んですぐ後に若い愛人を何人も作っては家に連れ込んで夜な夜ないかがわしい行為に余念がなく。義姉たちも自分たちに貢いでくれそうな商人の息子などに入れ込んでは彼らからドレスや装飾品を貰っていた。シンデレラはただの召使いとして扱われたが、彼女に不満はない。
そろそろ次のステップに移ってもいいかも知れないとシンデレラは思っていた。そう、アヘンである。コカインからアヘンにチェンジするのではなく、食べ物にはコカインを、飲み物にはアヘンが入ったものを出す。この時代にアヘンは鎮痛剤として広く使われていたため、そもそも違法ではないことも考慮するとシンデレラが罪悪感など感じなかったのも不思議ではないだろう。彼女はただ継母と義姉たちがより幸せに、より刹那的な快楽に没頭できるように誠意を見せたようなものである。しかしコカインと違ってアヘンは使ったら使った分だけ効きにくくなる。
彼女たちは徐々に多くのお茶を求めた。なぜ自分たちがお茶にこれほど執着するのかもわからない。頭が悪いとかの問題じゃない、そもそも麻薬の存在自体が知識にない。
シンデレラは文句も言わずにお茶をアヘンがたくさん入った出し続ける。昼間でもシンデレラの父が残してくれた屋敷でお茶会を開いたりするものだから、参加者全員にもアヘンが入ったお茶が配られる。国中の貴族があのお茶会に行ったら多幸感に満ちたひと時を過ごせると皆が集まる。
シンデレラは少しだけ危機感を覚えた。アヘン入りお茶を問い詰められることに、などではない。そもそもアヘン入りお茶が禁止されているなどと言う法律は存在しないのである。聖堂の神父たちも鎮痛剤としてアヘンを服用している。彼女を裁くなんて出来やしない。シンデレラが危機感を感じたのはアヘンの原料となるケシの備蓄が少なくなってきたから。だからと庭をケシだらけにするわけには行けない。たくさんの毒性の強い植物を種類ごとに育てているのだ。シンデレラの家にはなぜかどこにもあると言われる鼠一匹もないことで神から愛されているなどとよく言われるほど。
だからシンデレラは困ったのである。だが彼女はくじけない。アヘンの麻薬としての主成分であるオピオイドを抽出出来るのはケシだけではない。彼女は長年の研究でそれがわかっていた。幾つかの木々の葉っぱから抽出した成分を濃縮させてそれらモルヒネを生成できる。このレシピを知っているのはシンデレラだけ。そしてその木は町から少し離れた森の中にたくさんある。森と言ってもほぼ樹海。入ったら出られないなどと言う話もよく聞く。
シンデレラはこのころになったら怖いものもなんてない、毒を塗った短剣とクロスボウを片手にまるでお散歩に出かけるかの如く軽い足取りで樹海に向かった。樹海に入って鼻歌を歌いながら葉っぱを積む。
ちなみにシンデレラが歌う鼻歌はこんな歌詞をしている。

──子供を捨てたばあやは、
呪いに蝕まれ手足の先から腐り落ちる
可愛い我が子よ、
怒りを忘れ、罪を忘れ、悲しみを忘れ
私のところへと狩に来てごらん

復讐は私が代わりにしてやる
すべての心臓が止まる前に
怪物になって生まれ変わる前に

森の中では狼にさらわれないように
歩くのを止めないように
音を出せないように

可愛い我が子よ
死を忘れ、寂しさを忘れ、恐怖を忘れ
私のところへと狩に来てごらん──


徐々に徐々に、シンデレラは深い森の中に入っていく。途中で狼と遭遇してクロスボウから矢を一発発射して命中。毒が瞬時に回って絶命するのを見届けたシンデレラは狼の毛皮を一回撫でた。
「可哀想に。」とつぶやいたシンデレラは狼のために祈りをささげた。
シンデレラはもうただの少女ではなかった。彼女は夜になるとクロスボウの射撃訓練をしていた。いつか一人に旅に出かけるため。まだ見ぬ未知なる毒を探すたびに出かけるため。
短剣の扱いは町で護身術を教える剣士に学んだ。対価として継母の装飾品をいくつかあげた。継母の装飾品は数えきれないほどあって、もう彼女自身も数えるのを忘れたのである。しかもシンデレラから与えられた麻薬で判断能力さえもあやふやな状態。幾つかなくなったところで彼女が知る余地もないことは明らかであった。
シンデレラの噂を聞いていた剣士は彼女を貴族の護衛となるべく訓練すると勝手に納得し、彼女に身のこなしを教えた。男たちに混ざって訓練したが、誰も前髪と帽子で隠れた美しい顔を見たことなんてなかった。
樹海の深くに入るとお城があった。シンデレラは無視した。中には美しい美青年である魔王が住んでいたけどシンデレラの頭の中にあったのは毒への情熱だけ。この情熱を燃やし、世界で最も孤高な毒を作りましょう。一滴でも食べたら拷問にかけられるであろう、敵に捕まる前のすべての人に死の救いを与えるように。
シンデレラは真摯に祈っていた。地上から拷問がなくなるように、自ら尊厳のある死を選べるように。痛みに満ちた生に神の慈悲を。
そんな彼女の願いは届いたか、暇でイケメンな、それでいて暗い過去を持っているけどどこか子供っぽい美しい魔王が現れることもなくシンデレラは葉っぱをたくさん積んで家にもどり、せっせと調合を始めた。次の日にはモルヒネが入ったお茶が配られる。その次の日も、その次の日も。皆痛みを忘れ、ひと時の多幸感に身を任せた。
そしてシンデレラいた国は少し後に我々が感じている多幸感は、神に愛されているなどと調子にのって他国を侵略してはコテンパンにやられて逆に侵略され、頭の中がハイになっている貴族の指揮官でそれを撃退できるはずもなくあっけなく滅亡した。
そんな彼らが捕まって拷問にかけられる前にはどこからか灰色の髪をした、前髪で顔がわからないけどどこかで見たことある気がする少女が現れては慈悲の薬と言って渡してきて、それを飲んだ人たちは皆幸せそうな顔で死んでいったという。
結婚相手を見つけることが出来ず日々を過ごしていた王太子は戦場で死んだそうな。
国が滅んだあと、シンデレラは旅に出た。やっと自由になれたのである。彼女はそれから数十年にかけて様々な毒を研究し、調合法を確立させ、同時にその毒が薬となる方法も模索しては医学分野においてたくさんの貢献を残した。
彼女の美貌は老いても衰えることなかったようである。
二十歳を過ぎたころには旅先で出会った若い錬金術師と婚姻をしたが、若いころから毒物と触れ合いすぎたせいか子を持つことは出来なかったそうな。
しかしシンデレラは万年になっては医療分野や毒の調合などで稼いだお金で孤児院を作って経営したそうである。
孤児院の名前は『ベラドンナの家』。最後まで毒を愛した彼女らしい名付けであると言えるだろう。

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