あなたに愛されるのならそれだけでいい

olria

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起きるようなことは起きてしまう

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 私には悩みがある。
 今の彼との関係に満足出来ないこと。体の話をしているのではなく、心の話。経済的には両方それなれに稼いでいるので問題ない。だから子供を産めば、子供と触れ合う時間を増やして旦那との心の距離は無視してしまえば、何となく満足できる結婚生活が待っているのだと思っていた。
 そう、その人に会うまでは。
 浮気をしたとかじゃなくて、男性でもなければ私は同性愛者でもないし、彼女と私は血縁関係にある、実の母親であった。
 私は親と血は繋がってない。それを苦だと思ったことはないし、人と自分が違うと感じたことも少ない。むしろ私は私の親に満足している。どれだけ満足しているかと言うと、他の子供と違って毎年誕生日にはいつも私が欲しがっていたプレゼントをもらっていたし、両親と旅行に行ったこともたくさんあって。
 中学の頃まで毎晩一緒に寝たりお風呂に入ったり。ちなみに両親はどっちも母である。そう、同性愛者のカップルなのだ。
 性別の違いによる感覚の違い?みたいなもので二人は喧嘩することがとても少ない気がする。優しくて、暖かい。
 そんな私の二人の母親を私は大好きなのだけれど、残念ながら私は彼女たちのように同性愛者ではなかったから、親に私は異性愛者です、などと告白することに戸惑いを覚えたものである。
 同性の親を持つ子供なら自分の性的趣向がどうであれ、他のすべてがよくてもカミングアウトだけは比較的にハードルが高いと感じると思う。
 保守的な親?それはもう親ではなくてただの親と言う機能が何なのかを自分で決めつけてる機械でしかないから親としてカウントされない。
 自分が異性愛者であることを自覚してから男と付き合ったことはこれで二回目。一回目は高校生の時。英会話教室で知り合った、背が低く自信なさげの可愛らしい男の子だった。別れたきっかけは、彼がずっとゲームばっかりしてて、私が飽きちゃったこと。1年ほど付き合ったけど、デートをすっぽかして期間限定のイベントやらで寝過ごしたことを私は忘れない。
 次に出会ったのが大学三年生の時。喫茶店でバイトをしてたんだけど、私の先にバイトをしていたバリスタの資格を持つ人。一つ年上で、目元と口調がとても優しくて最初からいい感じの人だと思った。問題は、何のドラマもないことくらいかな。
 一度でもそれなりに長い時間、男を経験(?)すると男性のバウンダリーと言うのがどこら辺にあるのかがわかってきて、それを尊重する限り特に問題は起きないと学習してるから、彼の趣味のギターに関しては何も言わないことにして、時間だけ作ってデートを重ねた。告白、と言うか、気が付くと付き合っていたような状態から大学を卒業して、バイトを辞めて会社に入って、正社員になってから2年目になった今でも変らない、生温い関係。嫌いなわけじゃない。顔は好みだし、顔じゃなくても性格に問題はないから嫌になる理由もないし。浮気なんて互いに考えるような人柄じゃない。人間関係が複雑に拗れることは耐えられそうにないから。
 だけど何だろう、この胸の中に広がる、なんとも言えない虚無感と言うか…、虚脱感と言うか…。私の人生って、こんなものなのなかと言う疑問に伴う不安感。
 彼にそれを聞くことも出来なくて淡々と過ぎる日々。
 そんなある日、母親の一人から遺伝子的にがんの発病率とか高くないか調べてみたほうがいいと言われて病院に行った。そして遺伝子の検査をしたところで、そう言えば私と遺伝子的な親は見つけられるのかと気になってデータベースに登録をお願いしたら、予想だにしなかった、母親が見つかったのである。父親の方は見つけられなかったけど。
 最初は戸惑った。会えばいいのかそれとも見なかったことにすればいいのか。気にならないはずがない。だって今まで考えもしなかったんだから、出会う可能性とか。今更だし。もうとっくに成人してて、これと言ったトラブルやトラウマも抱えてるわけでもなく成長してるし。
 恨みなどないと言えば嘘になるけど。そりゃ、捨てるくらいならなぜ生んだという話だし。レイプでもされた?じゃあ医者に卸してもらえればよかったんじゃないの。
 それだと今の私がいないって、そりゃそうでしょうけど、私の、今いる二人の母親の幸せを考えると、産んでくれてありがとうと言えるかも知れないけど。そう割り切れない。それがどれだけいい結果に繋がろうと、捨てられた事実を変えたりはしない。結果論なのだ。例えば私が子供を虐待するような親のところに行ってたら?その可能性を考えてはいなかったとは言わせない。
 何かしら事情があったかもしれないけど、それで許してもらえると思うだなんて図々しいことこの上ないんじゃないかと、私は流行る旨を抑えることも出来ずに一人で抱えてたら、案の定母の一人が私に何か悩みでもあるのか聞いてきた。
 勘の鋭い方の母から。鈍い方の母は普段通り淡々としている。週に一回以上は実家に戻って過ごしてるんだけど、車で30分ほどの距離だからそう遠くもないし。
 居間でお茶を飲んでたんだけど。何も言わずにぼんやりとしていたら聞かれたのだ。
 「何か悩みでもあるの?もしそうだったらママに聞かせて。」ちなみに彼女はママと呼んでて、ランニングマシンで走ってるのが母さん。互いに区別できるのである。
 私は少し戸惑いながらも私が遺伝子検査に行って知ったことを説明した。そうしたら、
 「あなたにとってそれが必要な過程だと思ったなら、会ってみるのもいいんじゃない?けど注意するべきことがあるの。彼女はあなたの未来でもあなたがたどり着くであろう運命でもない。あなたの母親が今どう暮らしていたとしても、それは今のあなたには何の関係のないこと。あなたが未来にどうなるかはあなた自身が決めることだから。」
 ママは冷静にそう言ってくれた。彼女は自分の気持ちより私の心を心配してくれたのである。だから不満なんてあるわけがない。
 「うん、ありがとう。けど、えっと、知らないままずっと気にするより、知ってて受け入れてから自分で考えるほうがいいと思ってるし。」
 「そう、それでこそ私たちの自慢の娘。」ああ、彼女も気にしていたんだろう。奪われるのではないかって。そんなことはしないし、させない。私が今まで20年以上を一緒に過ごしてきたのは、遺伝子なんかの繋がりじゃなく、心で深く繋がった本物の家族なんだから。
 と言ってもどうコンタクトを取ればいいものやら。連絡先はもらった。法律で遺伝子的な直接的繋がりがあるなら、病院で勝手に教えてもいいことになってるから。まあ、個人の問題だし、国が関わっていいものじゃない気もするけど。
 別に愛を求めたいわけではない。彼女にも今の家庭があるかもしれないし、その場合私はただの邪魔ものになるのだし。
 それでも気になるのは、ああ、ママは本当に正しくて、私の遺伝子の半分を共有している人がどうやって生きて来たのかを知ることは、私にとって重要なもののように思えて。何を考えて私を捨てたか、聞いたらそれがどのような理由であれ泣きそうな気がするけど。
 みっともなく泣いて泣いて、なんで私を最初に受け入れようとしてくれなかったんだと怒鳴り散らしてしまいそうな気がするけど。そんなことはしない。いい大人だからとか、私が理性的な人間だからとかじゃなくて、私自身の心の中で整理が付いたことだからだ。
 掘り返す理由もないというか掘り返してみたところで私の心が自由になるとか、そう言った何かがあるわけでもない。二人の母親を持ってる時点で、そのどちらかの顔とも自分が似てないことを認識する時点で、私は自分が二人と遺伝子的な繋がりを持ってない子供であることはわかっていた。
 けどむしろ私にとってそれは奇跡のような出来ことだったのだ。それなのに与えてもらえる無償の愛とはなんと甘美なものなんだろうか。それも二人とも性別の違いですれ違うこともなく深く愛し合ってて、その輪の中に私も入ってて。
 それにこうも考えられる。私たちって、遠くまで遡ってしまえば皆同じ祖先をもってて、皆同じ人間で。
 それはこれ以外の人生を知らない、もし前世のようなものがあったとしても今はもう忘れてるからわからないし、私にとっては自然に人生の楽しさや生きる意味を自ら見出すことで苦を感じなく、人に優しく接することも、物事を考える時での価値観もまともなものにしてくれたんだと思う。
 だから、私の心は平穏そのものなはずだったんだけど。
 始めてみる私の実の母親とやらは私が想像していたよりずっと美しくて若々しかった。顔にしわはあったけど、そう目立ってはいない。年齢はというと。
なんと39歳。若い。
 場所は都内の喫茶店、休日の昼間。天気は晴れてて、秋の風は少しだけ湿っていて、それでいて生温かった。早くついていた私は夢と現実の区別が曖昧な描写をするミスリードを前提にした推理小説を読んでいた。そうしたら影が差してて。
 私は本から顔をあげた。
 彼女の顔は、なんというか、私自身のそれとすごく似ていたのである。
 それにまず衝撃を受けた。顔写真は見たはずなんだけど、似ていると思ってなかったし。写真での彼女は無表情で、冷たい雰囲気をしていたから。しかし実物の彼女の顔は飄々とした雰囲気をしてて、いたずらっぽい笑顔がよく似合いそうだった。勝手に悪い人だと決めつけていたかもしれないことに少し反省。
 セミロングの髪の毛はカールがかかってて、金髪。元の髪の色は当然ながら私と同じ黒で、染めてから少し時間が経ったのかつむじのところは黒かった。大きな眼鏡をかけてるけどそれで美貌が損なわれることもなく、服装は動きやすそうであるけど、そういうことをあまり気にしない私でもわかるほどおしゃれなセンスが垣間見えた。
 そして彼女の口から初めての言葉は、
 「こんにちは。」
 まあ、普通挨拶するよね。そりゃ。
 「初めまして、と言うのも変かな。」彼女は前の椅子に座りながらそう言った。
 「はい、ええと。」
 「好きに呼んでいいよ。何ならママとでも」
 「それはちょっと。」
 「今のママとの関係がいいみたいで何より。」ああ、この人、絶対意地悪で、絶対頭いい。しかも理系の私と違って文系で、組織内の権力関係とかうまくつかめたりしそうな感じがする。
 「何にする?ここは私が買うから。」
 「今更母親らしいことでもするつもりなんですか?」私がそう言うと彼女は肩眉をあげてくすっと笑った。それが妙に様になっているのがまた腹立たしいことこの上ない。
 「最初からそう突っ走らなくていいからね。もっと時間をかけるの。」
 何を言っているんだろう、この人は。
 「カフェ・ラッテでいいです。」彼女はウェイトレスを呼んで注文した。エスプレッソとパフェを頼んだ彼女はパフェにエスプレッソをぶっかけた。
 そんなことをするんだろうと見ていると、
 「食べてみる?」
 「いいえ、別に。」
 「美味しいよ?」
 「じゃあ一口だけ。」
 「うん。ああんして。」
 「い、いや、自分で食べますし。」
 「ああん。」
 「あ、ああ…ん」
 「どう?美味しい?」
 エスプレッソの苦さをアイスの甘さが程よく中和してて、まろやかな味が丁度いい感じに…、いや、さらっと流されてしまいそうになってるんだ私、しっかりしろ、和泉京子。
 「ま、まあ、美味しいですけど。」
 「せっかくここで会ったんだか親子らしいことをしないとね。」
 「何ですかそれ。誰も頼んでないし。今更ですし。捨てておいて…。」私は泣きそうになる気持ちをどうにか堪えながらそう吐き捨てる。ああ、もっとうまく言えばよかったのに、なんでこんな…。
 「初めて出会った人の前では感情をむき出しにすることより、隠したほうが人と適切な距離が取れる。心が剥き出しになっていると痛い目を見るのは自分で、相手じゃない。後で傷つくのも自分。だから少し落ち着こうね?」
 この人は出会って早々上から目線で話すんだろうとちょっと怒りたいけど、確かにその通りだと思う自分もいて、変な気分だった。彼女はもしかして私に大事なことを教えるために私を呼んだんじゃ…、いや、呼んだのは私だし。そんなちょっと分かりにくい母性だか何だか知らんが、それを向けられている気もしない。じゃあ普段からこういうキャラってこと?
 「差し支えなければ今どんな仕事をしているのか聞いてもよろしいでしょうか。」
 彼女は私の言葉を聞いて、眼鏡を取った。
 私がそれを不思議に思うと彼女が私をじっと見つめてから言った。
 「見たことない?」
 「何をですか?」
 「私のこと。」
 「見てないですけど、もしかして有名人か何かですか?」
 「家にテレビがないのね、きっと。金持ちだと聞いたんだけど。」
 あるけど、DVDかブルーレイ、ゲーム機と繋げてしか使ってない。だから国営放送で毎月お金をせびりに来るとありとあらゆる手段で私たち家族は払わないようにしているのだ。けど気になったので、一応、私はスマホを取り出して彼女の名前で検索してみたんだけど。と言うかどこから聞いた、うちが金持ちだって。いやそんな億万長者とかじゃないけど。普通の一軒家に住んでるだけだし、車も母親二人で一つずつ持ってるし借金もないと聞くし私はマンションで住んでるしそれもお母さんが買ってくれたし、いやそうじゃなくて。
 「何も出ないんですけど。」 私は検索結果を見ながら言う。
 「本名じゃないからね。ほら、この名前で検索してみて。」病院で教えてもらった名前じゃなく彼女が何やらカタカナで出来た名前を入力したら。
 「え、俳優さん?」
 彼女は肩をすくめた。そんな何気ない動作一つでも様になってるから、確かに俳優さんならそうなるのかと感心する。
 「そんな有名じゃないけど、知っている人なら知ってるよ。街角にある雰囲気のいいレストランみたいな感じ。」
 「ヌード写真集とか取ってないんですよね。」私がじっと目で見ながらそういうと。
 「残念ながらね。キスシーンはあるけど見てみる?」
 誰が見るか。
 「それって、えっと、素の性格ですか?」
 「あなたの方はどうなの?素の性格?それとも私の前では反抗期でも演出している?」
 どうだろう。自分が今どんな気持ちなのか、自分でもよくわからない。胸はさっきから早鐘を打つようにドキドキしっぱなしだ。手も指先も震えてる。感情が溢れてて心が追い付いていない感じと言えばわかり安いか。
 私が戸惑っていると彼女はテーブルの上に載ってある私の手にそっと自分の手を重ねた。私は一瞬だけビクンとする。
 「ごめんね、今まで探そうともせずにいて。幸せだろうと思いたかったから。母子家庭よりはね。」
 私は孤児院に入る前に産婦人科からそのまま今の親のところに養子縁組を受けた。
 「どんな事情があったのか聞いても。」
 「どうしても聞きたい?」
 「言いたくなかったなら別にいいんですけど。」
 「じゃあ言うけど。」
 言うんかい…。やっぱり彼女の性格はよくわからない。掴みどころのない感じで、怒る気もなれない。
 「はい。」
 彼女はそこから30分ほどかけて、私を産んだ経緯を説明した。
 今私が24歳だから、彼女は私を産んだ時15歳と言うことになるから。並々ならぬ事情がありそうではある。ただのレイプじゃなければだけど。
 そして結構複雑な事情があったのは聞いているうちに察することが出来た。
 彼女の母は好景気の時にとある会社に秘書として入って、もう結婚して子もいる社長と不倫をして彼女を産んだ。子を産んでからは毎月生活費ももらったらしいし、時折娘の自分の顔を見に来たことあるという。しかし不景気になってから会社が倒産し、社長の家族は夜逃げ。それからお金も入って来なくなった。
 しかしまたあの社長さん、私の母方のお爺さんになるのか、彼はまた事業を起こしたんだけど今回は前と違って堅実に回したのでそれなりに大きな会社にまでまた成長することが出来たらしい。
 夜逃げ、と言うのは銀行や借金返済からの夜逃げとかじゃなくて、祖母から逃げたようなものだったようだ。
 それまで祖母は実家にお母さんを任せて都会で贅沢をしながら過ごしていたらしい。祖父からお金を貰えなくなっても。
 当然借金を重ねる。そして祖母はどこからか祖父がまた会社を引き起こしては成功しているという話を聞きつけて、祖父を脅したらしいのだ。その時今私の目の前に座っている母親はと言うと、田舎でのんびりしながら過ごしていて、祖父母の家庭はそれなりに居心地が良かったのだと言っていた。
 けどそんなことをすれば拗れるだけにとどまらず、何かやばいことが起きる可能性だってある。祖父が極端な手段をも取れるほど残酷な人だったら、祖母は人知れず殺されて、そのまま失踪者として処理されたかも知れない。
 そして脅しに社長さんが匙を投げてスキャンダルになっても構わないと、雑誌社をあえて自分で呼んでから暴露しようとしたらしい。
 丁度その時、実家の方に自分と同年代の男の子が母の、彼女の目の前に現れた。
 夏休みだからと近くの旅館に泊まっていたらしいその男の子と母はよく一緒に遊んだらしい。そして彼はとても優しく、母はそんな彼が好きになってしまったそうなのだ。
 そして夏休みの思い出みたいな乗りでやってしまって、私が出来たんだと。
 「その彼って、誰だったんだと思う?」
 「誰だったんですか?」
 「それがね、あの浮気社長の奥さんがまた浮気して産んだ子供だったの。彼は私を誘惑するために奥さんが送った子。見た目もよかったし、言葉遣いも服装もしゃれてたから、都会に憧れる女の子からしたらコロッと行っちゃうわけ。」
 「じゃあ…。」お母さんは弄ばれたことになるのか。それも自分の親たちが犯した過ちが原因で。
 「けど彼も本当に私のことが好きになっちゃってね。何を考えたのか知らんけど、そりゃ思春期の子供たちがずっと同じ時間を過ごすとそうなるでしょうに。それを知ってても、旦那のスキャンダルをもみ消すに出来る平和的な戦略をどうにか実行しようとしたことはすごいと思うけどね。あなたはどう思う?」
 「えっと、すこしこんがらがってて…。つまり私の母方の祖父母は…。」
 「秘書とその秘書と浮気した社長。」
 「父方の祖父母は…。」
 「社長の奥さんと彼女と浮気した、私が見たことのない男。」
 開けた口がふさがらずにいると、
 「虫が入っても知らないからね。ちょっとお化粧直してくる。」彼女はそう言いながらトイレに行って。変な言い回し。普通にトイレ行くって、私は言うけど、芸能人は違ったりするのかな。いや、彼女は芸能人ではない。テレビ番組の出演履歴は、調べてみたけど出なかった。出演した映画はなぜかほぼアクション映画。ファンタジー映画もあった。私はアクションとかファンタジーとか見ないから、そりゃ見たことないわけだわ。
 私は気になったので母が教えてくれた会社の社長さんとか検索して調べてみた。渋い感じで結構格好いい。なんで浮気なんてしちゃったのかわからない。その奥さんもきっと美人なんだろうな、いや、私の祖母になるのか。それも父方の…。え、じゃあ私って二人の孫ってことになるんじゃ…。大企業の社長の孫って。意図せず二人とも血がつながってるし。
 けど別にお金とか欲しくないし、今の親で十分だし、むしろどろどろとしてそうだし、あんな浮気集団の中に入りたくないし。
 そんなことを考えていると母が戻ってきた。いつの間にか心の中で母と呼んでるけど、どう呼べばいいのかまだよくわからなくて。ママと母さんはもういるし。苗字とか名前とか、とても呼べそうにないし。
 「あなたはいかなくていいの?」
 何を心配するんだろう、この人は。
 「私は別にそんなに飲んでませんし。」
 「そう、ならいいけど。それで、話の続きなんだけど、聞く?それともカラオケでも行く?」
 なんでカラオケ。
 「いや、えっと、話の続きの方が気になるんですけど。」
 「そう?わかった。それで」
 それで母は妊娠して、学校にもいかなくなって。そのまま通うことも出来たらしいけど、母は頭がよかったようで、高卒認定試験を受けることにしたらしい。私を産んですぐに簡単に合格し、そのまま都会に行ったと。
 「もしかして父を探しに?」
 「どっちのほう?」
 「えっと、私の方の。」
 「そっちね。うん、それもあったけど、復讐がしたかったの。私の運命をめちゃくちゃにかき回してくれた私の親に。だから私はあなたを、自分が知っている一番まともな人たちに託したわけ。」
 つまり知っていたってことか。
 「えっと。」
 「そう、私のカウンセラーとその奥さんね。」ああ、私のママの方のお母さんはカウンセラーなのだ。ちなみに母さんはジムでトレーナーをしている。
 私はそれを聞いてついに涙を我慢することが出来なかった。
 「じゃあ、じゃあ、私が嫌だから、私を育てるのが面倒だから捨てたわけじゃないんですね。」
 彼女もまた悲しそうな、切なそうな顔で私の手を握ってきてくれた。
 「抱きしめていい?」
 「なんで聞くんですか。」
 「嫌だったらどうしようって。」
 「嫌になるわけないじゃないですか。お母さんでもそう不安になるんですね。」
 「お母さんだから不安なの。」彼女はそう言いながら私を抱きしめてくれた。初めてのぬくもりのはずなのに、どこか懐かしい気持ちになって、私はたまらず彼女の胸に顔を埋めて泣いてしまったのである。
 「ごめんね、今更私がどのツラ下げてあなたに合えるように頼めばいいのかわからなかったから。」
 ああ、知っていたのだ。ママも、お母さんも。知っていたから私に遺伝子検査を進めてたんだ。
 「わざと登録していたんですか?」
 「遺伝子データ?うん。先生にそろそろ顔を合わせてもいいんじゃないかって言われて。」
 え、今でもあってるの?
 「今も連絡しあってる仲なんですか?ママと、えっと、あの」
 「うん、ママね。先生がママで、奥さんが母さんって。聞いたよ。」
 私は恥ずかしくなって顔を俯かせた。
 「お母さんはお母さんで…。」
 「うん、それでいいかな。私も。」
 「なんでですか?」
 「私も私のお母さんはお母さんって呼んでだからね。」
 やばい、また泣きそう。
 「私の娘って、こんなに涙もろかったんだね。」
 「悪かったですね、泣き虫で。」
 「泣き虫でいいじゃない。ためておくよりずっと。」
 「お母さんは泣きたくなる時は泣かないんですか。」
 「泣き方を忘れちゃってね。」
 「その復讐とやらで?」
 「復讐とやらで。」
 具体的に何をしたのかはわからないけど、お母さんの母親、つまりあの秘書だった祖母は自殺したらしいのだ。
 ああ、それはさすがに私も予想だにしなかった。
 「殺害したわけでは…。」
 「似たようなものかな。感情的に追い詰めて、じわじわと。」
 「そんな悪い人だったんですか。」
 お母さんは肩をすくめた。
 「だからあなたを育てるのを諦めたわけなの。私たちのドロドロとした家族関係にあなたを巻き込むことも、出来そうになかったから。」
 「怨嗟を断ち切る、みたいな。」
 お母さんはくすっと笑った。その笑顔はとても魅力的で、眩しかった。
 「あなたも今付き合っている人がいると聞いたけど。」
 「私の話は…。えっと…。」
 「私の話ばっかりしたら不公平でしょう?」
 確かにそうかもしれないけど。
 「じゃあ…。」私は仕方なく、本当に仕方なく彼女に自分が彼に対して思っていることとか生温い関係に不満なところを語った。
 「うん、別れたほうがいい。」
 「ええええ…!?」
 「そうしないと、結婚してから浮気する。あなたの方がね。」
 「でもそんな面倒なことする気ないですし…。」
 「今はアプローチしてくれる人がいないからよ。世の中には人妻に情熱的になる人がごまんといるからね。」
 「な、なるほど…。」
 それで私は考えて考えて考え抜いて、結局彼と別れた。
 理由をたくさん聞かれたし、初めて互いに真正面から怒られたり怒ったりしたけど、それでよかった気がした。
 それから私は自分探しの旅に、と言うことはなく。
 週末にはお母さんとカラオケに行ったり、ウィンドウショッピングをしたり、お母さんが主役を務めた映画を一緒に見たり、メイクを教わったり、イメチェンをしたりする日々を過ごしている。
 割と楽しい。
 ママと母さんも知ってて、四人で出かける時もある。女子会みたいな乗り、ではないけど。ママと母さんは結構冷めた性格してるし。私にだけやたらと甘やかしてくれてるけど。
 別に恋愛しなくても、いつまでもこのままでもいい気さえしたのである。
 誰かに迷惑をかけてるわけでもないから。
 お母さんにそう言うと、
 「じゃあ私と結婚する?」そう言われたので、私は口に含んでいたお茶を噴き出したのである。
 結婚は冗談として、二人でどこか静かな場所で暮らすことも悪くないかもしれないと思ったのはお母さんには内緒だ。



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2021.07.20 ユーザー名の登録がありません

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