未来への歌

olria

文字の大きさ
1 / 1

岩から人まで

しおりを挟む
昔はたくさんの人を知っていた。たくさんの人とたくさんの会話を交わして、たくさんのことを共有していた。それが徐々に減って、何もなくなってしまった。一人になってしまった。一人でいるのはどう言う気持ちなのか自分自身に問いかけてみる。何も感じない。何も感じなくなってしまった。感じることを忘れてしまったこのまま岩になるのかも知れない。岩になったら誰かが来てここに岩があるというのだろうか。

岩になった時には山を思うだろう、山には岩がたくさんある。岩の仲間となれる岩がたくさんある。岩の仲間となった岩とただ黙ってひたすら時を堪える。たまには動物が遊びに来るかもしれない。たまには鳥の糞が落ちるかも知れない。たまには鳥が休んでいくかもしれない。たまには人が来て座るかも知れない。たまには星空を見上げて落ちてくる星を見てしまうかもしれない。

岩の夢が覚める時にはきっとコケになっているであろう。コケには小さな音が集まっては消えてゆく。コケの上には誰も座らないし、コケの仲間はたくさん生まれる。いつか岩だったことを忘れてしまうだろう。夢を見る時は岩だったことよりコケであることを思い描くであろう。コケのまま息をしたら生命の息吹となる。それでたくさんの生き物と生きて居られる。たとえただのコケであっても。

コケだった頃には影に隠れて湿った空気を吸う。それもまた忘れるところには小さな草となろう。水を求める虫に食われる時が来るまで、過ぎてゆく動物に踏みつぶされる時まで、草を食べる動物の胃の中に入って溶けてしまうまで。しかし長く生きられるのを許されるというのなら、小さな花を咲かせるであろう。誰も見てくれなくても、ただ小さく咲いて未来へと続く小さな道を描くであろう。

枯れた草だったことを忘れたら大きな木となり、鳥の泊まる場所になるであろう。風に揺れながら許される時まで体を伸ばすであろう。雷が落ちるまで、火に焼かれるまで、火との寝床を温めるまで、病気にかかって枯れてしまうまで。樹液は多くの虫を育てるであろう。息をするたびに多くの生き物を活かすであろう。落ちた葉っぱは養分となって土地を豊かにするであろう。春には花を咲かせ、夏には実を育て、秋に落ちたら小さな動物に食されるであろう。残った種はどこかで芽生え、また自分のように大きく育つと願おう。

許されるのであれば、次は小さな虫となるであろう。何かが起きなくても自分で動けるようになって、世界を見て回る。木々に登り、葉っぱを食べて、許されるまで時間を過ごすであろう。そうしたら小さい家を作り中にこもって、ドロドロに溶け、硬くなって生まれ変わるかのように今までの形を忘れ、別のものとなるであろう。それで番を見つけたら短い生を終えるであろう。木々だった頃は過ぎてゆく年月は永遠のようで、小さな虫となってしまえば何もかもが大きく見えるもので。雨粒にも気を付けて飛び回り、捕まらないように逃げ回る。捕まって終わってしまおうと、それもまた永遠のように過ぎてゆくときの一節となるであろう。

虫から徐々に大きくなると、陸地から離れ魚となろう。小さな魚になって広い水の中を泳ぎ回る。泳いで泳いで、疲れたら眠りについて、たくさんの魚と出会い、別れ、群れとなって、どこに向かうかも知らないまま泳ぐ。大地でいたころには感じなかった、どこまでも自由な世界。太陽はまぶしく、果てしなき海には想像だにしなかった生が待っている。捕まって殺されるのならそれもまた運命であろう、捕まって食べられたらそれもまた運命であろう。それでも許されるのなら、番と出会い時を繋げるであろう。永遠と続く道のりで一つの節となろう。

幾万年が過ぎたかも忘れたころには、たくさん知っていた人たちもどこかへ消えてしまっているのであろうか。夢を見ていたんだろう、何かと繋がれると憧れていたであろう。しかし時は永遠の一節。刹那を生きていても、感じてみればそれがすべて。誰かに書かれなくても、誰かに覚えられなくても、木々が生きていた年月が消えるわけではない、小さな羽で飛び回っていた一匹の虫がいた事実が消えるわけではない。私の中にはずっと残っていて、どこまでも続くであろう。

魚だった時には知らなかった、力強く大地を踏みしめる感覚。草を食べる動物になったのだ、頭はあまり良くないかもしれない、小さい音にも恐怖で身がすくむ。それでも死ぬときは安らぎが待っているであろう、これまでもそうだったように。死骸は骨となって残るかもしれない。それでもどうか忘れてくれないだろうか。

また数千年が過ぎて、今はもう群れから離れて死ぬことも、競争に負けて殺されることもない。血を流さず時を過ごす方法もわかって、恐怖は最小限に。

そうしたら次には草を食べる動物を狩るものとして生まれ、狩の日々が始まる。狩る側となったからと安全なわけではない。獲物を逃がす日々は数えきれず、力強い足に蹴られたらひとたまりもない。

それでも今回には見えるものがある。遊べる。じゃれあえる。恐怖より喜びを感じる。それでも狩が順調にならないと思うと気が狂いそうになる。木の頃は感じなかった、岩の頃は感じなかった、自分が失敗してしまうかもしれないという不安を。

失敗なんて些細なことだと思っていた。永遠の前にはどうしようもないことだと思っていた。それが今はどうだ。刹那だった時は考えないといけない、狩るべき時。狩りに出かける時。忘れると行けない時。何も考えないことが出来なくなってきた時。

次には空を飛べるようになろう。鳥となって空を飛び回ろう。狩りはもうしなくていいように、軽くなって、どこまでも軽くなって、果てしなき空を飛び回ろう。今度は忘れてもよくなるよう、世界と深く繋がる方法を学ぼう。世界が代わりに考えてくれるであろう。私はそれに従うだけでいい。夜空を見上げる。星がどこまでも続く。届かないであろうか。あの星には届かないであろうか。

鳥として空で過ごす日々に限界が来た時には今までよりずっと多くのことを考えるようになっているであろう。

冷たかった体は暖かく、毛皮は柔らかい。いつの間にか出来たんだろうか。そしてまた千年が過ぎて、万年が過ぎる。今度は長い冬が続いた。地上が凍り付いて、深い毛皮で覆われるようになった。

また時が過ぎる。いつの間にか地上には見なかった者たちがいた。森の中に住んでいた、気を掴んでは木々の上を移動していた種族が進化していた。徐々に毛をなくし、長い時間を走れるようになり、手には鋭い石を掴んだ。

ああ、あれが人だった。一体どれだけの年月が過ぎたんだろうか、岩だった頃より前のこと。この世界の前にも世界があった。それが滅んで、今の世界となった。宇宙の新たな始まり。

昔はたくさん友人があった。知っていた人たちがいた。知らなかった人たちもいたけど、たくさん会話して、たくさんのことを同じ時間で経験した。一つの大地の上に立っていた。それがいつ頃だったか。

近づいて狩を手伝うことにした。そうしたら仲良くなって、奴らでは食べられない部位を貰い食べるようになった。

それで何回も、何回も同じような生き方をして過ごした。時には鼠を掴み、時にはイノシシを掴み、時には羊を集める。それが終わりを迎えるころ、人の子として生まれ変わった。

懐かしい感覚に涙する。ここまで来たのだ。大地を踏みしめ、空を見上げ、言葉を交わし歌を歌う。それだけでよかった。愛する人たちと一緒で良かった。何かを願うこともない。

それがいつの間にかたくさん人が増えた。彼らは初めてであろう。欲も多く、願いに潰される。中にはたくさんの力を得る人も現れた。先祖を敬う人も現れた。私はただ、そう、数えきれない生の旅の一つを経験しているだけ。何をそんなにせがむ必要があろうか。何をそんなに願う必要があろうか。そちらだって永遠からはみ出たもの。刹那は永遠であろう、永遠に繋がれるであろう、何をそんなに不安がる必要があろうか。

ああ、それとも殺されて人にされたか。それなら仕方ないかもしれない。気が済むまで楽しめばいいだろう、そのために奴隷となろう。先に人となってしまったものだ。今更何を羨むことがあろうか。

それでも悲しみは終わらないものか。涙は枯れないものか。失う時は悲しみを覚えずはいられないものか。何を執着する。これもまた、いつまでも続く永遠の一節。

歴史になんぞ残らなくていい。ただ叶えられずに消えてしまいそうな夢がかなうことを願うばかり。

書かなくていい。覚えなくていい。思い出さなくていい。今更何を願おうか。

そのように今日も歌う。声にならない歌を歌う。永遠を歌う。この大地で永遠を歌う。未来へ続く道が消えてしまわないようにと。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

狐
2021.08.09

美しい。

解除

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二本のヤツデの求める物

あんど もあ
ファンタジー
夫の父の病が重篤と聞き、領地から王都の伯爵邸にやって来たナタリーと夫と娘のクリスティナ。クリスティナは屋敷の玄関の両脇に植えられた二本の大きなヤツデが気に入ったようだ。 新たな生活を始めようとするナタリーたちだが、次々と不幸が襲いかかり……。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

悪役令嬢(濡れ衣)は怒ったお兄ちゃんが一番怖い

下菊みこと
恋愛
お兄ちゃん大暴走。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。