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07 遊園地2
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平日日中の遊園地は空いていて、待ち時間もほぼゼロだ。流行りの場所でもないから、混み合うこともないのだろう。
乗り込んだ足漕ぎの遊具は、鳥の形をしている。どうやら一台一台別々の鳥種らしいが、ふたりが乗り込んだのはツバメだった。
「思ったより高いね」
下から見たらそんなに高く見えなかったのに。
「ビルの三階か四階くらいの高さはありそうですね。周りは案外見晴らしがいいです」
「さっきお参りした神社も見えるね……」
ほらあそこ、と指すと、葵も「ほんとですね」とそちらを向いて笑う。遠いような近いような。不思議な距離だ。
脚でペダルを漕がないと進まないが、後ろから漕いでくる鳥がいないとなると、のんびりと進むことができる。
「そういえば、訊いてみたかったんだけど」
「はい?」
「気を悪くしないでね? 葵くんてさ、なんで敬語なの? オレとか咲子さんだけにかと思ったら、そうでもないよね?」
答えたくなければいいんだけど、とも付け足すと、葵は絢斗のほうを向いて「ああ」と頷く。
「よく言われますが……母の教育方針なんです」
「教育方針」
「社会人になった時、商売相手の人と話すのに慣れておいたほうがいいし、困ることはないでしょう……ということらしいです。同年代では、浮いてしまうんですけれど……」
「なるほどね」
たしかに一理あるな、と思う。もちろん社会人になってからだって話せるに違いないが、付け焼き刃よりは自然に話せるだろう。
「……真柄さんも、おかしいって思いますか?」
「思わないよ」
考えがあって貫いていることなら、それが合理的なことなら、おかしくはない。身につけて不利なこともない。同年代の少年たちは聞き慣れないからおかしく思うだけで、社会人になれば気にならないだろう。
「ただまあ、友達に対しては堅いかな、とは思うけど……それも個性だしね」
いいんじゃない、と笑ったところで、スカイウォーカーは終点に到着した。
ツバメを下りると、次に屋内をトロッコでホラー仕立ての物語で進むアトラクションへと移動する。
「葵くんはひとり暮らしだけど、ご両親が恋しくなったりしないの?」
高校生のひとり暮らしというのは珍しいし、なかなかないものだという認識だが、葵は問いかけに小さく首を傾げる。
「そうですね、それもたまに訊かれるんですけど、特にはないですね」
もともと両親は忙しく、物心ついた頃には鍵っ子だったので、と葵は教えてくれる。
「それに、淋しくないと言っても月一回くらいは父が仕事の都合で上京して来るので、会えますし……母はSNSでの連絡が多いですが。僕の将来を考えて、一番いい選択肢を選んだって言ってましたし」
地方の大学に通っても弁護士にはなれるに違いないが、葵の将来の希望を考えてすり合わせもしたのだろう、話の端々から感じた。
「……その場合だと、お父さんだけ出張で地方、お母さんと葵くんがこっちに残る……っていう選択肢がなかったのは?」
「それは……父が、壊滅的にひとり暮らしに向かない人だからですね……」
「壊滅的に?」
首を傾げると、葵は深くて大きな溜息を吐く。
「何も出来ないわけではないんです。母の話だと、むしろ本人にやる気はあるみたいなんですが……アイロンをかけようと思えば焦がす溶かす、食事を作ろうとすればお釜が壊れるし鍋とフライパンをダメにする、掃除はかえって散らかす……母だって料理が得意なわけではないですが、それ以上に父にはひとりで住む才能がなさすぎるそうです」
全部葵が産まれる頃の話だそうだが、葵の母親は出産前後には休息がなさすぎて気苦労が絶えないのではなかったかと他人事ながら心配をしてしまう。
「僕はひと通りのことはできるので……母がどちらについていくかと言われれば、才能がない父のほうに行くしかなかったわけです」
「なるほどね……葵くんも苦労しているね……」
「僕は、それほどでも……」
謙遜するが、受験生で一人暮らしは、親と同居している受験生より格段に大変のはずだ。何より、食事はもちろん、日々の買い出しや消耗品の補充も自分でしなければいけない。
対して自分は。
乗り込んだ足漕ぎの遊具は、鳥の形をしている。どうやら一台一台別々の鳥種らしいが、ふたりが乗り込んだのはツバメだった。
「思ったより高いね」
下から見たらそんなに高く見えなかったのに。
「ビルの三階か四階くらいの高さはありそうですね。周りは案外見晴らしがいいです」
「さっきお参りした神社も見えるね……」
ほらあそこ、と指すと、葵も「ほんとですね」とそちらを向いて笑う。遠いような近いような。不思議な距離だ。
脚でペダルを漕がないと進まないが、後ろから漕いでくる鳥がいないとなると、のんびりと進むことができる。
「そういえば、訊いてみたかったんだけど」
「はい?」
「気を悪くしないでね? 葵くんてさ、なんで敬語なの? オレとか咲子さんだけにかと思ったら、そうでもないよね?」
答えたくなければいいんだけど、とも付け足すと、葵は絢斗のほうを向いて「ああ」と頷く。
「よく言われますが……母の教育方針なんです」
「教育方針」
「社会人になった時、商売相手の人と話すのに慣れておいたほうがいいし、困ることはないでしょう……ということらしいです。同年代では、浮いてしまうんですけれど……」
「なるほどね」
たしかに一理あるな、と思う。もちろん社会人になってからだって話せるに違いないが、付け焼き刃よりは自然に話せるだろう。
「……真柄さんも、おかしいって思いますか?」
「思わないよ」
考えがあって貫いていることなら、それが合理的なことなら、おかしくはない。身につけて不利なこともない。同年代の少年たちは聞き慣れないからおかしく思うだけで、社会人になれば気にならないだろう。
「ただまあ、友達に対しては堅いかな、とは思うけど……それも個性だしね」
いいんじゃない、と笑ったところで、スカイウォーカーは終点に到着した。
ツバメを下りると、次に屋内をトロッコでホラー仕立ての物語で進むアトラクションへと移動する。
「葵くんはひとり暮らしだけど、ご両親が恋しくなったりしないの?」
高校生のひとり暮らしというのは珍しいし、なかなかないものだという認識だが、葵は問いかけに小さく首を傾げる。
「そうですね、それもたまに訊かれるんですけど、特にはないですね」
もともと両親は忙しく、物心ついた頃には鍵っ子だったので、と葵は教えてくれる。
「それに、淋しくないと言っても月一回くらいは父が仕事の都合で上京して来るので、会えますし……母はSNSでの連絡が多いですが。僕の将来を考えて、一番いい選択肢を選んだって言ってましたし」
地方の大学に通っても弁護士にはなれるに違いないが、葵の将来の希望を考えてすり合わせもしたのだろう、話の端々から感じた。
「……その場合だと、お父さんだけ出張で地方、お母さんと葵くんがこっちに残る……っていう選択肢がなかったのは?」
「それは……父が、壊滅的にひとり暮らしに向かない人だからですね……」
「壊滅的に?」
首を傾げると、葵は深くて大きな溜息を吐く。
「何も出来ないわけではないんです。母の話だと、むしろ本人にやる気はあるみたいなんですが……アイロンをかけようと思えば焦がす溶かす、食事を作ろうとすればお釜が壊れるし鍋とフライパンをダメにする、掃除はかえって散らかす……母だって料理が得意なわけではないですが、それ以上に父にはひとりで住む才能がなさすぎるそうです」
全部葵が産まれる頃の話だそうだが、葵の母親は出産前後には休息がなさすぎて気苦労が絶えないのではなかったかと他人事ながら心配をしてしまう。
「僕はひと通りのことはできるので……母がどちらについていくかと言われれば、才能がない父のほうに行くしかなかったわけです」
「なるほどね……葵くんも苦労しているね……」
「僕は、それほどでも……」
謙遜するが、受験生で一人暮らしは、親と同居している受験生より格段に大変のはずだ。何より、食事はもちろん、日々の買い出しや消耗品の補充も自分でしなければいけない。
対して自分は。
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