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01 師兄とふたり
鄒家の筆頭分家の三男である鄒雪游が、本家の双子の弟、鄒冰淵とともに依頼をこなすために家を出たのは、春まだ浅い三月半ばのことだった。
「憐れな僵屍たちよ、土へ還れ!」
文様のような文字が書かれた呪符の六枚が、六体の動く屍体である僵屍たちへ投げ、飛ばされる。それぞれの符は矢のような勢いで僵屍たちへ貼り付き、貼られたところから溶かすように彼らの偽りの肉体を塵へと還していく。
悲しげな悲鳴は尾を引くように長く、しかし細くなり、すぐに静寂が取り戻された。
「ふぅ……冰淵兄さま、オレ、ちゃんとできてたでしょう?」
まだ少年の名残を残した若者が得意満面で振り返ると、人によっては冷ややかな印象を与える白皙の青年を見た。
「及第点と言いたいが」
「えっ」
「……少し詰めが甘い」
冰淵が飛ばした符は木の陰へと回り込む。すぐに先ほどのような絶命の声が聞こえ、やがて静かになった。
「雪游。ひとりの時は充分気を付けること」
「はい……」
少し肩を落としてしまったのは仕方がない。
雪游は一月に成人し、鄒家の道士としての初仕事に向かうところだ。
冰淵は鄒家の若き総領である渢雪の双子の弟で、兄の補佐や後進の指導に当たっていた。今回は師弟である雪游の補佐の役割を担っている。
わざわざ本家の道士が成人したての道士の面倒を見るのは、雪游が筆頭分家の家の三男だからだった。意地悪くそう囁く者もいることを、雪游は知っている。
だから今回の初仕事はできる限り自分の力だけで解決したい。陰口を叩く連中を見返したいという気持ちもあるが、それよりは双子、特に冰淵にいいところを見せたかった。幼い頃から彼を慕い、同じ道士の道を歩んでいるからこそ、成長を見てほしい。
次こそ、と密かに拳を握る。負けず嫌いでもあるからこそ、道士としても成長している、はずだ。
「……他には何もいません」
念のために周囲の様子を窺ったが、怪しい気配はない。このままここを離れても大丈夫だろうとふたりで意見が一致し、ひとまず小山から続く林を抜け出した。
「それにしても、わざわざ忙しい冰淵兄さまに補佐してもらうなんて……」
「嫌だったか?」
「そんなことあるわけない! ……他の道士には羨ましがられるけど」
実際、羨む者が多いからこそ、雪游に対してのやっかみが生まれる。陰口もそれだ。
道士の中でも最も優秀な道士で、人品ともに優れ、誰もが羨むような美貌を備えている。鄒家の中でも、以外でも、冰淵やその兄である渢雪が人並み以上に優れているのは認めているし、ふたりに憧れる道士は内外問わず多い。
鄒家は仙人の二種である地仙・天仙を目指す道家の一派。過去に何人か地仙を輩出していて、道家の中でも名誉ある『仙家』と呼ばれ、それも最上位である『八仙家』と呼ばれる地位にある。
そして鄒冰淵は、兄である渢雪とともに地仙の筆頭候補だ。
ふたりなら絶対に地仙になれるし、きっと天仙や天帝に使える天官にだってなれるに違いないと鄒家の誰もが確信していた。だから『ああなりたい』と憧れる道士は多いし、幼少からふたりに育てられた自覚がある雪游はなおさらその気持ちが強い。
そういう背景もあり、初任務は絶対に成功させたいし、冰淵の前で無様な姿を見せたくなかった。
「冰淵兄さまがいれば心強いよ。頑張るから、見てて」
「張り切り過ぎぬように」
言葉は短くても、冰淵の言葉は優しいと雪游は思っている。道士として育つように、本家に預けられた五歳の頃から双子と親しんできたからわかることかもしれない。だとするなら、自分だけの秘密にしておきたい。
依頼のあった土地は、鄒家のある天水から北西。聖なる山・泰山に連なる峰のひとつの麓にある村や街だった。複数の村、街の長から、連名で送られてきたのだ。
天水・南寧・広州の境に接するあたりで、どの土地を縄張りにしている道家・仙家に助けを求めるかは、悩みどころだっただろう。自分なら間違いなく鄒家を選ぶから、依頼してきた連中は見る目がある、と何目線なのかわからないことを思う。
贔屓目だろうが、鄒家は仙家の中でも清廉高潔、地域を問わず富貴貧困を問わず、困っている者を助けることで名が知れていた。だから自分も鄒家の名を汚さないようにしたい。
「依頼の内容は覚えているか」
「もちろん。ええと……丘家荘近隣の村や街で、自殺者が相次いでいる。その誰もが自殺するほどの動機がなくて……もう三十人近く死んでる。今までその土地で自殺で死ぬ者なんてほとんどいなくて、どう考えてもおかしいから調べてなんとかしてほしい……です」
「合っている」
冰淵の言葉にほっと息をつくと、ふたりの体はふわりと宙に浮く。仙術である十行仙のひとつ、空行仙だ。道士が使える十行仙の中でも、基本と言われる術のひとつ。
とはいえ雪游は若く、練度はまだまだ冰淵には足許にも及ばないから、速度はそんなに速くはない。冰淵は雪游に合わせた速度で飛んでくれていた。
道士としての練度が違うのだから仕方がないが、こういう些細なことが悔しい。
冰淵や渢雪と同じことができるように。
彼らの背中を眺めて、追いかけていた雪游はいつもそう思って鍛練に励んできた。だから少なくとも空を飛べる術だけは会得した。他にも仙人になるための最低限の術が八つほどあるが、すぐに習得したいと思う。
そうしたら双子も褒めてくれるだろうか。
それとも、動機が不純だと叱られるだろうか。
隣を飛ぶ冰淵の横顔をちらりと見つめる。誰かが鄒家の双子を評して鄒家春君・鄒家冬君と形容して広まったが、表面だけならわからなくもない。
渢雪は人当たり優しく、笑顔も温かで親しみやすく慈悲深い。瓜二つの双子だが、笑顔が普段からあるとないとで与える印象は変わるらしい。冰淵はあまり笑わず、それがかえって彼の美貌を引き立たせているのだが、同時に冷ややかさも印象として与えてしまっている。
元々寡黙な性質の冰淵が、見た目通りの冷淡な人物ではない。幼い頃から傍にいるから、雪游は誰よりよく知っていた。
「憐れな僵屍たちよ、土へ還れ!」
文様のような文字が書かれた呪符の六枚が、六体の動く屍体である僵屍たちへ投げ、飛ばされる。それぞれの符は矢のような勢いで僵屍たちへ貼り付き、貼られたところから溶かすように彼らの偽りの肉体を塵へと還していく。
悲しげな悲鳴は尾を引くように長く、しかし細くなり、すぐに静寂が取り戻された。
「ふぅ……冰淵兄さま、オレ、ちゃんとできてたでしょう?」
まだ少年の名残を残した若者が得意満面で振り返ると、人によっては冷ややかな印象を与える白皙の青年を見た。
「及第点と言いたいが」
「えっ」
「……少し詰めが甘い」
冰淵が飛ばした符は木の陰へと回り込む。すぐに先ほどのような絶命の声が聞こえ、やがて静かになった。
「雪游。ひとりの時は充分気を付けること」
「はい……」
少し肩を落としてしまったのは仕方がない。
雪游は一月に成人し、鄒家の道士としての初仕事に向かうところだ。
冰淵は鄒家の若き総領である渢雪の双子の弟で、兄の補佐や後進の指導に当たっていた。今回は師弟である雪游の補佐の役割を担っている。
わざわざ本家の道士が成人したての道士の面倒を見るのは、雪游が筆頭分家の家の三男だからだった。意地悪くそう囁く者もいることを、雪游は知っている。
だから今回の初仕事はできる限り自分の力だけで解決したい。陰口を叩く連中を見返したいという気持ちもあるが、それよりは双子、特に冰淵にいいところを見せたかった。幼い頃から彼を慕い、同じ道士の道を歩んでいるからこそ、成長を見てほしい。
次こそ、と密かに拳を握る。負けず嫌いでもあるからこそ、道士としても成長している、はずだ。
「……他には何もいません」
念のために周囲の様子を窺ったが、怪しい気配はない。このままここを離れても大丈夫だろうとふたりで意見が一致し、ひとまず小山から続く林を抜け出した。
「それにしても、わざわざ忙しい冰淵兄さまに補佐してもらうなんて……」
「嫌だったか?」
「そんなことあるわけない! ……他の道士には羨ましがられるけど」
実際、羨む者が多いからこそ、雪游に対してのやっかみが生まれる。陰口もそれだ。
道士の中でも最も優秀な道士で、人品ともに優れ、誰もが羨むような美貌を備えている。鄒家の中でも、以外でも、冰淵やその兄である渢雪が人並み以上に優れているのは認めているし、ふたりに憧れる道士は内外問わず多い。
鄒家は仙人の二種である地仙・天仙を目指す道家の一派。過去に何人か地仙を輩出していて、道家の中でも名誉ある『仙家』と呼ばれ、それも最上位である『八仙家』と呼ばれる地位にある。
そして鄒冰淵は、兄である渢雪とともに地仙の筆頭候補だ。
ふたりなら絶対に地仙になれるし、きっと天仙や天帝に使える天官にだってなれるに違いないと鄒家の誰もが確信していた。だから『ああなりたい』と憧れる道士は多いし、幼少からふたりに育てられた自覚がある雪游はなおさらその気持ちが強い。
そういう背景もあり、初任務は絶対に成功させたいし、冰淵の前で無様な姿を見せたくなかった。
「冰淵兄さまがいれば心強いよ。頑張るから、見てて」
「張り切り過ぎぬように」
言葉は短くても、冰淵の言葉は優しいと雪游は思っている。道士として育つように、本家に預けられた五歳の頃から双子と親しんできたからわかることかもしれない。だとするなら、自分だけの秘密にしておきたい。
依頼のあった土地は、鄒家のある天水から北西。聖なる山・泰山に連なる峰のひとつの麓にある村や街だった。複数の村、街の長から、連名で送られてきたのだ。
天水・南寧・広州の境に接するあたりで、どの土地を縄張りにしている道家・仙家に助けを求めるかは、悩みどころだっただろう。自分なら間違いなく鄒家を選ぶから、依頼してきた連中は見る目がある、と何目線なのかわからないことを思う。
贔屓目だろうが、鄒家は仙家の中でも清廉高潔、地域を問わず富貴貧困を問わず、困っている者を助けることで名が知れていた。だから自分も鄒家の名を汚さないようにしたい。
「依頼の内容は覚えているか」
「もちろん。ええと……丘家荘近隣の村や街で、自殺者が相次いでいる。その誰もが自殺するほどの動機がなくて……もう三十人近く死んでる。今までその土地で自殺で死ぬ者なんてほとんどいなくて、どう考えてもおかしいから調べてなんとかしてほしい……です」
「合っている」
冰淵の言葉にほっと息をつくと、ふたりの体はふわりと宙に浮く。仙術である十行仙のひとつ、空行仙だ。道士が使える十行仙の中でも、基本と言われる術のひとつ。
とはいえ雪游は若く、練度はまだまだ冰淵には足許にも及ばないから、速度はそんなに速くはない。冰淵は雪游に合わせた速度で飛んでくれていた。
道士としての練度が違うのだから仕方がないが、こういう些細なことが悔しい。
冰淵や渢雪と同じことができるように。
彼らの背中を眺めて、追いかけていた雪游はいつもそう思って鍛練に励んできた。だから少なくとも空を飛べる術だけは会得した。他にも仙人になるための最低限の術が八つほどあるが、すぐに習得したいと思う。
そうしたら双子も褒めてくれるだろうか。
それとも、動機が不純だと叱られるだろうか。
隣を飛ぶ冰淵の横顔をちらりと見つめる。誰かが鄒家の双子を評して鄒家春君・鄒家冬君と形容して広まったが、表面だけならわからなくもない。
渢雪は人当たり優しく、笑顔も温かで親しみやすく慈悲深い。瓜二つの双子だが、笑顔が普段からあるとないとで与える印象は変わるらしい。冰淵はあまり笑わず、それがかえって彼の美貌を引き立たせているのだが、同時に冷ややかさも印象として与えてしまっている。
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