鄒家道士恋物語 憧れていた師兄に溺愛されていました?!~恋の自覚は体から~

オジカヅキ・オボロ

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02 優しい思い出と聞き込み

 冰淵ひょうえんとふたりで街に出たことがある。まだ雪游せつゆうが六つになるかならないかの頃。

 その時、街はお祭をしていた。賑やかな街は人手が多く、あちこちに飲食や土産の屋台が並んでいた。冰淵と手を繋ぎ、鄒家の静謐せいひつさとはかけ離れた賑やかな通りをきょろきょろしながら歩く。

「兄さま、あれは?」
山査子さんざし飴だ。その隣は苺飴、杏子飴、林檎飴。……食べたいか?」
「……いいの?」

 一応我慢するつもりはあったのだが、冰淵に問われると目を輝かせて彼を見上げた。

「どれがいい?」
「いちご!」

 串に苺が五つほど刺さっているものを指すと、冰淵はすぐに懐に入れていた巾着から小銭をいくらか取り出すと、苺串を受け取り雪游に渡してくれる。

「兄さま、ありがとう!」

 喜色満面で早速と先頭の苺に齧り付く。
 わずかな酸味は飴の甘みですぐに消えていく。ただの飴や漢方の飴なら鄒家でも食べられたが、これはそういったものと全然違う。飴で覆われた実はみずみずしい。
 苺を選んだのは、いつだったか食事に苺も出されて、甘くて美味しかったから覚えていたのだ。

「……兄さま、どうしたの?」

 突然立ち止まった冰淵にあわせ、雪游も立ち止まる。ちょうど飴を三つ食べ終わったところだ。右に伸びる狭い路地の手前。そこに何かあるのかと見れば、痩せ細った黒っぽい猫がうつ伏せでうずくまっていた。

「猫? ……あ、兄さま」

 冰淵は迷わず猫の傍によると、一度雪游と繋いだ手を離し、その頼りない姿をそっと抱き上げた。

「雪游。私の袖に掴まりなさい」
「はい」

 串を持っていたから、左手でしっかり冰淵の袖を掴む。どこに行くのかはさっぱりわからなかったが、冰淵は急いで歩いたりしなかったから、雪游ははぐれることなく冰淵について行くことができた。
 人混みを抜けると、冰淵は雪游を自分にしがみつかせ、空を行った。
 到着したのは、近くの山の中だ。小川が近くを流れている、清浄な場所だった。木の根のひとつを選ぶとそこに穴を掘る。

「兄さま、何をしているの?」
「弔う」
「…………」

 冰淵が連れてきた猫は、すでに死んでいたらしい。手指が土に汚れることを厭わず穴を掘る冰淵の隣にしゃがむと、雪游も一緒に穴を掘った。
 そうして猫を寝かせると、残った苺飴も一緒に埋める。

「いいのか?」
「猫、やせてたから」

 もう死んだ猫が食べられるわけはないが、魂となった猫は飢えなければいいと思うし、もし次の世があるのなら、その時は食べるものに不自由しなければいい。
 ふたりは近くの小川で手や服の汚れを洗い清めると、また手を繋いで街に戻った。



 氷のようだとか双子なのに兄と似つかないだとか陰口を聞くと、歯痒くなる。十代の半ばまではそれで雪游が他家の若い道士・方士と喧嘩になったこともしばしばだ。そのたびに後始末をしてくれたのは双子だったから、いつまでも彼らに頭が上がらない。
 いまだに冰淵についての誤った噂話はひとつずつ潰したいと思っている。当の冰淵は、そんな噂など耳に入らない泰然とした様子なのだが。
 鄒家に依頼を寄越した村のひとつである丘家荘きゅうかそうは、よくある農村のようだった。到着したのは夕刻よりは少し前、まだ明るい時間。
 道の左右に田んぼや畑が広がり、まばらに家が建っている場所もあれば、固まっているところもある。

「丘家荘だけで六人は死んだよ。うちの村は二百人くらいなのにさ。しょうのおふくろは泣きすぎて、病に倒れちまった」
「この前は丘家の末息子が……」
「だからどこか道家に訴えようってなったのさ」
「隣の西丈せいじょう村でも六人は死んだって。あっちはもっと人が少ない、百五十人だ」
新昌しんしょうの街でも、その向こうの柳泉りゅうせん村でも十人は死んでる」
「不気味で仕方ないよ」
「流行病のほうがまだマシさ」
「いったいこのあたりはどうなっちまったんだ? おれだって明日には死んでるかもしれねえ。そんなの耐えられねえよ」

 丘家荘の長である丘家に向かう前、ふたりの身なりから道士だと察した村人に囲まれて、あれこれと窮状を訴えられた。聞き込みをするつもりだったから手間が省けたとも言えるが、よほど村人たちは不安に思っているらしい。

「亡くなった人たちに、何か共通点はなかったか? 趣味が一緒とか、産まれたところが一緒とか、住んでる場所が近いとか……」
「そういったことは特になかったねえ」
「ああ。畑で作ってたもんも全員バラバラだし……」
「寝起きの時間はだいたい皆一緒だしなあ」
「それだけが共通点なら、おれたち皆死ぬことになるぞ」
「笑えねえ」

 暗い空気が周囲を覆うようだ。村人たちへの心理的影響は多いらしい。農村なら共同する作業も多い。亡くなった者たちと、家族のような付き合いがあった村人もいるのだろう。
 無理もない、亡くなった者たちに亡くなるだけの理由がないなら、もし誰か・何かに操られて死なされているというのなら、自分が今晩そうならない保証はない。雪游だって薄気味悪さを感じる。
 死なせることが目的なのか。
 別の目的があるのか。
 術なのか、妖怪妖魔の類なのか。
 ちょうど話に区切りがついたところで、丘家から迎えの者が来た。案内されるまま、他の住人たちの家より大きく造りが立派だが、邸宅と言うほどでもない家へと招かれる。

「村の様子はごらんになられましたか」

 丘昌きゅうしょうと名乗った六十半ばほどの老人は、しょぼくれた犬のように見えた。可愛がっていたという末息子を亡くして幾日も経たないというから、仕方がない。
 隣に座って背筋を伸ばしているのが長男だと紹介を受けた。

「はい。……六人、亡くなられたと」
「このひと月で立て続けで……亡くなった者の家族は皆、死ぬような原因の心当たりはないと……もちろん、うちもありません」

 亡くなった末息子は、街へ出た次男三男とは異なり、いずれ村長になる長男を助けて村のために働きたいと言っていたのだという。

「弟は小さな頃から元気で――腕白わんぱくな子でしたが、隠し事もできず、悩み事があればいつもおれに話してくれました」
「亡くなる直前もそんなことはなかった?」
「ありませんでした」

 強い断言には嘘が見えない。だから偽ってはいないだろう。

「……答えづらいことを伺います。息子さんが亡くなられたのは、どこですか?」
「この村のずっと東に、泰山たいざんがあるのはご存知でしょう。その泰山に連なる山、雲鹿峰うんろくほうのひとつが白平山はくびょうざんといって、村の南東二里(約六キロメートル)ほどにあります。その山に……六丁(約六百メートル)ほど入ったところの木に……」

 その時の様子を思い出したのか、老人は目許を袖でしきりに拭う。長男は膝に置いた手をきつく握りしめていた。

「……村の他の者たちも同じ場所で発見されました」
「つらいことを伺ってすみません。オレと師兄は明日から、連名で書かれていた他の村や街と、白平山へ行ってみます。この件が解決するまで、できればそれぞれの家では眠る時に一家全員同じ場所で眠るほうがいいでしょう。魔除けの札を預けますから、各家に一枚ずつ、入口に貼ってください。解決するまではこの札でしのげるはずです」

 札には邪や、霊や妖、怪を避ける効果がある術が記されている。低級の邪鬼霊であれば、充分に効果がある。

「何卒、何卒よろしくお願いいたします……」

 深く深く頭を下げる長を前に、雪游は頷いた。

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