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05 出会い
「兄さま。あっちの屋台に行こう。あそこの春餅は野菜が多いし、細かく入ってる叉焼が絶品なんだよ。あとあっちの豆乳湯は干しエビもだけど葱がすっごく甘くて美味しいよ」
市場に軒を連ねる屋台を巡るのは、街に出た時の楽しみのひとつ。それを大好きな冰淵と一緒に回れるのだから、雪游はとんでもなく浮かれていた。
そんな雪游に手を引かれている冰淵は、ほんのわずか困ったように眉を寄せていたが、雪游には微笑んでいるように見えていた。
「屋台もいいが……あまり余所見をしないように」
「ええ……?」
こんなに美味しい料理のお店がたくさんあるのに、冰淵は難しいことを言う。
けれど冰淵は雪游の手を自分のほうへと引き寄せ、もう片方の手で雪游の頬を優しく撫でてくれる。
「おまえが余所見ばかりをしているから、私が淋しい」
「えッ?! ……エッ?!」
言われた言葉と、その言葉の後に額へ口付けられてしまったことへの驚きで、大きな声を出してしまった。幸い、周囲に人がいないのでおかしく思われることはない。
――不自然だ。こんなに大きな市で人がいないはずがない。
「雪游」
冰淵に顔を――瞳を覗き込まれる。
逃げられない。思った時、遠くから声が聞こえた気がした。
「おい。……おい、あんた」
呼びかけられ頬を軽く叩かれて、雪游はゆっくりと目を覚ます。
「う……」
頭の奥がどんよりとしている。すっきりしない。
開いた目に映ったのは、見知らぬ男。精悍な顔で、一般的には「いい男」と呼ばれる類の男だ。
「やっと目が覚めたか。どこか具合の悪いところはあるか」
「なんか……感覚が、少し……遠い、ような……?」
喋っていても、これは果たして自分の声なのかと疑ってしまう。
体を起こそうとしても、抱き起こされた状態から腕を動かすのも億劫だ。
「飲め」
男が袂から出した竹筒には水、薄紙の包みは小さな丸薬。
「…………」
見知らぬ人間からもらったものを、そう簡単に口に含んでいいのだろうか。
じっと男を見ると、彼のほうでも何か気付いたようだ。
「あー……我は劉紫焔。各地を修行しながら旅してる道士だ。ちょっと訳あってこの山に入って捜し物をしてたところで、あんたが倒れてるところを見つけたってわけだ。紫焔でも劉でも好きに呼んでくれ」
紫焔の黒っぽい衣服は、たしかに道士と言っても通じそうだ。
それにしても――彼のことは知っているような気がする。どこかで聞いたような。
どこで聞いたのか今は思い出せず、雪游はひとまずお辞儀した。助けられた礼は必ず言わねばならない。
「……ありがとう、紫焔。オレは鄒雪游」
「お育ちのよさそうな道士だな。ひとまずその丸薬は、気付け少々の栄養薬のようなもんだから、安心してくれ」
紫焔の手を借りつつ上体を起こすと、黒い丸薬をしげしげと見つめた後で袂に入れていた竹筒の水と共に流し込んだ。キツい臭いで、さすがに噛み砕くには勇気がいる。
「薬も……ありがとう」
「どういたしまして。それよりあんた、鄒雪游さん。ひとりでこんなところに? 連れはいないのか?」
「連れは、いるけど。……どこかに。あと雪游でいいよ」
「……なんだ、迷子か」
「違う!」
否定したが、今すぐに冰淵と連絡が取れないのでは迷子と大差ないと、すぐに気付いてしまった。
「保護者のところに戻れないんじゃ、一緒だ。雪游、随陰はいないのか?」
「…………」
紫焔の質問に、思わず黙す。痛いところを突いてきた問いだからだ。
「金華猫なら、いるけど」
「猫か……それなら我のほうが速いな」
紫焔は溜息を吐くと指を鳴らした。右手の茂みから、黒くて小熊のような大きさの生き物が現れる。よく見ると犬のようだが、表情がもっとすっきりしている。
「こいつは我の随陰……とはちょっと違うが、そんなようなもので、紫狼という。おまえの保護者を連れてくるから、特徴を教えてくれ」
「狼……、ええと、兄さまは……」
簡単に容姿や着ているものの特徴を伝えると、紫狼と呼ばれた狼はすぐに姿を消した。
随陰は、道士ならひとり少なくともひとつは扱える、式神や使役獣のようなものだ。愛玩獣のように扱う道士もいる。随陰にも当然のように階層があり、最上位は鳳凰、朱雀などの瑞獣や神獣、最下位は兎や雀など、珍しくない動物たちの鬼だ。
雪游にも随陰はいる。
だが、大きな問題があった。
自身の道士としての力を見せつけるように随陰を見せびらかすような者もいるが、雪游自身にそのつもりはない。それに加え、おかしな話だが、自分の随陰をちゃんと見たことがなかった。猫の随陰ならたまに使うのだが。もう一頭の随陰は自分で呼び出せたことがない。
「……はぁ……ううん」
両腕を天へと上げ、背を思い切り伸ばす。
丸薬の効果が少しずつ出てきているのか、徐々に力が回復してきた感覚がある。自力で立ち上がろうとした。
「……あれ?」
ふら、と雪游の体が揺れる。
体がひどく寒く、そして熱くて鉛にでもなったかのように重く感じる。立っていられなくなって、その場にがくりと膝をついた。
市場に軒を連ねる屋台を巡るのは、街に出た時の楽しみのひとつ。それを大好きな冰淵と一緒に回れるのだから、雪游はとんでもなく浮かれていた。
そんな雪游に手を引かれている冰淵は、ほんのわずか困ったように眉を寄せていたが、雪游には微笑んでいるように見えていた。
「屋台もいいが……あまり余所見をしないように」
「ええ……?」
こんなに美味しい料理のお店がたくさんあるのに、冰淵は難しいことを言う。
けれど冰淵は雪游の手を自分のほうへと引き寄せ、もう片方の手で雪游の頬を優しく撫でてくれる。
「おまえが余所見ばかりをしているから、私が淋しい」
「えッ?! ……エッ?!」
言われた言葉と、その言葉の後に額へ口付けられてしまったことへの驚きで、大きな声を出してしまった。幸い、周囲に人がいないのでおかしく思われることはない。
――不自然だ。こんなに大きな市で人がいないはずがない。
「雪游」
冰淵に顔を――瞳を覗き込まれる。
逃げられない。思った時、遠くから声が聞こえた気がした。
「おい。……おい、あんた」
呼びかけられ頬を軽く叩かれて、雪游はゆっくりと目を覚ます。
「う……」
頭の奥がどんよりとしている。すっきりしない。
開いた目に映ったのは、見知らぬ男。精悍な顔で、一般的には「いい男」と呼ばれる類の男だ。
「やっと目が覚めたか。どこか具合の悪いところはあるか」
「なんか……感覚が、少し……遠い、ような……?」
喋っていても、これは果たして自分の声なのかと疑ってしまう。
体を起こそうとしても、抱き起こされた状態から腕を動かすのも億劫だ。
「飲め」
男が袂から出した竹筒には水、薄紙の包みは小さな丸薬。
「…………」
見知らぬ人間からもらったものを、そう簡単に口に含んでいいのだろうか。
じっと男を見ると、彼のほうでも何か気付いたようだ。
「あー……我は劉紫焔。各地を修行しながら旅してる道士だ。ちょっと訳あってこの山に入って捜し物をしてたところで、あんたが倒れてるところを見つけたってわけだ。紫焔でも劉でも好きに呼んでくれ」
紫焔の黒っぽい衣服は、たしかに道士と言っても通じそうだ。
それにしても――彼のことは知っているような気がする。どこかで聞いたような。
どこで聞いたのか今は思い出せず、雪游はひとまずお辞儀した。助けられた礼は必ず言わねばならない。
「……ありがとう、紫焔。オレは鄒雪游」
「お育ちのよさそうな道士だな。ひとまずその丸薬は、気付け少々の栄養薬のようなもんだから、安心してくれ」
紫焔の手を借りつつ上体を起こすと、黒い丸薬をしげしげと見つめた後で袂に入れていた竹筒の水と共に流し込んだ。キツい臭いで、さすがに噛み砕くには勇気がいる。
「薬も……ありがとう」
「どういたしまして。それよりあんた、鄒雪游さん。ひとりでこんなところに? 連れはいないのか?」
「連れは、いるけど。……どこかに。あと雪游でいいよ」
「……なんだ、迷子か」
「違う!」
否定したが、今すぐに冰淵と連絡が取れないのでは迷子と大差ないと、すぐに気付いてしまった。
「保護者のところに戻れないんじゃ、一緒だ。雪游、随陰はいないのか?」
「…………」
紫焔の質問に、思わず黙す。痛いところを突いてきた問いだからだ。
「金華猫なら、いるけど」
「猫か……それなら我のほうが速いな」
紫焔は溜息を吐くと指を鳴らした。右手の茂みから、黒くて小熊のような大きさの生き物が現れる。よく見ると犬のようだが、表情がもっとすっきりしている。
「こいつは我の随陰……とはちょっと違うが、そんなようなもので、紫狼という。おまえの保護者を連れてくるから、特徴を教えてくれ」
「狼……、ええと、兄さまは……」
簡単に容姿や着ているものの特徴を伝えると、紫狼と呼ばれた狼はすぐに姿を消した。
随陰は、道士ならひとり少なくともひとつは扱える、式神や使役獣のようなものだ。愛玩獣のように扱う道士もいる。随陰にも当然のように階層があり、最上位は鳳凰、朱雀などの瑞獣や神獣、最下位は兎や雀など、珍しくない動物たちの鬼だ。
雪游にも随陰はいる。
だが、大きな問題があった。
自身の道士としての力を見せつけるように随陰を見せびらかすような者もいるが、雪游自身にそのつもりはない。それに加え、おかしな話だが、自分の随陰をちゃんと見たことがなかった。猫の随陰ならたまに使うのだが。もう一頭の随陰は自分で呼び出せたことがない。
「……はぁ……ううん」
両腕を天へと上げ、背を思い切り伸ばす。
丸薬の効果が少しずつ出てきているのか、徐々に力が回復してきた感覚がある。自力で立ち上がろうとした。
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