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08 劉紫焔
「改めて――劉紫焔だ。各地を放浪しながら鍛練や修練を積んでいる」
「鄒冰淵。天水淡山は鄒家の者。劉道士には師はおられないのか」
「昔はいたんだがね」
今はいないのか。亡くなったのか出奔したのか、どちらだろう。
出奔したというほうがありそうだが、言えばきっと怒られるので止めておく。
「鄒雪游。にい……師兄は本家、オレは一応、筆頭分家の三男」
翌昼、雪游の容態も落ち着いたため、場を改めて三人で自己紹介をしていた。新昌の街の食堂だ。
昼とはいえ時間を少しずらし、遅めにとっているから、食堂の中は大賑わいというほどではない。適度な喧噪が街の者たちから三人の道士への興味を遮ってくれているようだった。
「我は放浪の道士だが、それでも天水の鄒家の名は聞いたことがある。普通の道士家より格上の、八仙家だろう? じゃあ今回は、そっちの坊ちゃんの成人の儀ってとこか」
「坊ちゃんじゃない。成人の儀は合ってる」
ムキになって否定するほうが子どもっぽいとわかっているし、滅多矢鱈に噛み付いては家規に反する。
そんな雪游の空気を読み取ったわけではないだろうが、隣で冰淵が軽く頭を下げた。
「昨日は師弟の介抱をしていただき、感謝している」
「我はほとんど何もしていない。……まあ、迷子を保護者に返したくらいか」
「…………」
にやにや笑う紫焔の顔を殴り飛ばしたかったが、これも鄒家の家規として許されないのでぐっと堪えておく。
「劉道士は、あの地に何か用が?」
「あんたたちには隠し事ができないだろうから正直に言うが、山奥に我の旧友がいてね。久々に会おうと思って尋ねるところだった。あんたたちは?」
「この街や近隣の村から依頼を受けたんだ。オレが担当で、冰淵師兄は補佐監督」
「事件ねえ……それにあの山が関係あるって?」
「そういうこと」
初対面の道士相手にすべてを語る必要はない、と思う。
けれど紫焔の言う『旧友』は気になった。
「雪游。何を原因と見る?」
一度紫焔と別れた後、雪游は冰淵と今後のことについて話し合う。
「被害者たちの首を吊らせる、ということだけ考えれば、縊鬼であると考えます」
縊鬼は人に取り憑き、首を括らせる妖物だ。この事件に関しては特徴と合致している。
「ただ……ただの縊鬼であるなら、自宅で構わないはず。どうして白平山まで連れて行って、時には集団で括らせるのかが不明。可能性として、縊鬼を操る何者か――人なのか縊鬼より格上の妖物なのかはわからないですが、そういう存在がいる可能性があります」
「それから?」
「ええと……」
雪游が考えていたのはそこまでだったが、冰淵はまだ何かあるだろうと言っている。それは雪游が今何か見落としているものがあるということ。
山で何を見聞きしたのだったか。入口はともかく、鬱蒼とした木々の間を歩いて行けば、現場はすぐにあった。陰の気に満ちてはいたが、鬼の気配はなく――。
「……あっ、鬼がいなかったことと、花魄!」
小さな、手のひらほに乗るほどの大きさの美女を思い出す。あれを追いかけて、陰気に襲われたのだった。
「……そういえば、瘴気じゃなくて陰気だけだったな……でもあそこは現場から離れていたから、花魄とは一旦関係がないとして……」
花魄は自殺者の無念が集まり、産まれる妖物だ。無念の集大成とも言える。陰気の塊のようなもの。
「オレが見た花魄は一匹だけだったけど、亡くなった人の数を考えれば、一匹だけじゃないかもしれない。それから、逃げた花魄はどこに行ったのか……逃げた方向を考えれば、山の奥……?」
山の奥、といえば、つい先ほどその場所を聞いたばかりだ。
「紫焔の旧友! 何か知ってるんじゃないかな」
「では、どうする」
冰淵は静かな動作で茶碗を口許へ運び、茶を飲む。白く長い指に持たれた茶碗は、小さく見えた。少しだけどきりとしてしまった。
「……優先は被害者を出さないことなので、何日か現場付近で張り込みます。縊鬼か何かが人を連れてくるはずだから……吊らせる前に助け出し、縊鬼の後を従陰に追わせる」
昨日歩いただけでは縊鬼の姿も見えなかった。どこかに身を隠しているのだろう。その住み処がわかれば他にいるかもしれない縊鬼も滅ぼせるはずだ。そうではない場所に行くのなら、もしかしたら縊鬼を操っている何かのところに辿り着くかもしれない。
「もし、それでもわからなかったら……紫焔を捕まえて、旧友って人のことを聞く。会えるなら会わせてもらう」
白平山に住んでいるのなら、わかることもあるのではないだろうか。きっとあんな陰気がいくつかある癖地の多そうな山に住んでいるのは、ただの人であるはずがない。方士や道士だろう。
今考えたところもある案だが、冰淵はどう見るか。試験結果を待つ学士のような気持ちで冰淵の言葉を待つ。手のひらに汗をかいている気がした。
冰淵は茶碗を卓へ置くと、ひとつ頷く。
「ではひとまずそれで。本日の日中は夜のための準備にする」
「はい!」
「それから……持っていなさい」
冰淵が渡してくれたのは、一枚の符だ。何が書かれているのか、雪游は咄嗟に読めない。
「瘴気や陰気避けだ。まだ体は本調子ではない」
昨日の今日。
言われて、昨日の出来事があれこれと頭を駆け巡る。思い出した瞬間、声が大きくなった。
「あっ、ありがとう兄さま! ちゃんと持っておくね!」
顔から発熱するのではないかと思うくらい熱くなる。これは主に、羞恥のせいだ。
うろ覚えだが、昨日は山で陰気に襲われた後、宿に帰ってきて――。
「っ!」
これ以上思い出してはいけないと、自分の頬を思い切り抓り、痛みで感情や体の奥から湧き上がりかけたものを誤魔化した。
「鄒冰淵。天水淡山は鄒家の者。劉道士には師はおられないのか」
「昔はいたんだがね」
今はいないのか。亡くなったのか出奔したのか、どちらだろう。
出奔したというほうがありそうだが、言えばきっと怒られるので止めておく。
「鄒雪游。にい……師兄は本家、オレは一応、筆頭分家の三男」
翌昼、雪游の容態も落ち着いたため、場を改めて三人で自己紹介をしていた。新昌の街の食堂だ。
昼とはいえ時間を少しずらし、遅めにとっているから、食堂の中は大賑わいというほどではない。適度な喧噪が街の者たちから三人の道士への興味を遮ってくれているようだった。
「我は放浪の道士だが、それでも天水の鄒家の名は聞いたことがある。普通の道士家より格上の、八仙家だろう? じゃあ今回は、そっちの坊ちゃんの成人の儀ってとこか」
「坊ちゃんじゃない。成人の儀は合ってる」
ムキになって否定するほうが子どもっぽいとわかっているし、滅多矢鱈に噛み付いては家規に反する。
そんな雪游の空気を読み取ったわけではないだろうが、隣で冰淵が軽く頭を下げた。
「昨日は師弟の介抱をしていただき、感謝している」
「我はほとんど何もしていない。……まあ、迷子を保護者に返したくらいか」
「…………」
にやにや笑う紫焔の顔を殴り飛ばしたかったが、これも鄒家の家規として許されないのでぐっと堪えておく。
「劉道士は、あの地に何か用が?」
「あんたたちには隠し事ができないだろうから正直に言うが、山奥に我の旧友がいてね。久々に会おうと思って尋ねるところだった。あんたたちは?」
「この街や近隣の村から依頼を受けたんだ。オレが担当で、冰淵師兄は補佐監督」
「事件ねえ……それにあの山が関係あるって?」
「そういうこと」
初対面の道士相手にすべてを語る必要はない、と思う。
けれど紫焔の言う『旧友』は気になった。
「雪游。何を原因と見る?」
一度紫焔と別れた後、雪游は冰淵と今後のことについて話し合う。
「被害者たちの首を吊らせる、ということだけ考えれば、縊鬼であると考えます」
縊鬼は人に取り憑き、首を括らせる妖物だ。この事件に関しては特徴と合致している。
「ただ……ただの縊鬼であるなら、自宅で構わないはず。どうして白平山まで連れて行って、時には集団で括らせるのかが不明。可能性として、縊鬼を操る何者か――人なのか縊鬼より格上の妖物なのかはわからないですが、そういう存在がいる可能性があります」
「それから?」
「ええと……」
雪游が考えていたのはそこまでだったが、冰淵はまだ何かあるだろうと言っている。それは雪游が今何か見落としているものがあるということ。
山で何を見聞きしたのだったか。入口はともかく、鬱蒼とした木々の間を歩いて行けば、現場はすぐにあった。陰の気に満ちてはいたが、鬼の気配はなく――。
「……あっ、鬼がいなかったことと、花魄!」
小さな、手のひらほに乗るほどの大きさの美女を思い出す。あれを追いかけて、陰気に襲われたのだった。
「……そういえば、瘴気じゃなくて陰気だけだったな……でもあそこは現場から離れていたから、花魄とは一旦関係がないとして……」
花魄は自殺者の無念が集まり、産まれる妖物だ。無念の集大成とも言える。陰気の塊のようなもの。
「オレが見た花魄は一匹だけだったけど、亡くなった人の数を考えれば、一匹だけじゃないかもしれない。それから、逃げた花魄はどこに行ったのか……逃げた方向を考えれば、山の奥……?」
山の奥、といえば、つい先ほどその場所を聞いたばかりだ。
「紫焔の旧友! 何か知ってるんじゃないかな」
「では、どうする」
冰淵は静かな動作で茶碗を口許へ運び、茶を飲む。白く長い指に持たれた茶碗は、小さく見えた。少しだけどきりとしてしまった。
「……優先は被害者を出さないことなので、何日か現場付近で張り込みます。縊鬼か何かが人を連れてくるはずだから……吊らせる前に助け出し、縊鬼の後を従陰に追わせる」
昨日歩いただけでは縊鬼の姿も見えなかった。どこかに身を隠しているのだろう。その住み処がわかれば他にいるかもしれない縊鬼も滅ぼせるはずだ。そうではない場所に行くのなら、もしかしたら縊鬼を操っている何かのところに辿り着くかもしれない。
「もし、それでもわからなかったら……紫焔を捕まえて、旧友って人のことを聞く。会えるなら会わせてもらう」
白平山に住んでいるのなら、わかることもあるのではないだろうか。きっとあんな陰気がいくつかある癖地の多そうな山に住んでいるのは、ただの人であるはずがない。方士や道士だろう。
今考えたところもある案だが、冰淵はどう見るか。試験結果を待つ学士のような気持ちで冰淵の言葉を待つ。手のひらに汗をかいている気がした。
冰淵は茶碗を卓へ置くと、ひとつ頷く。
「ではひとまずそれで。本日の日中は夜のための準備にする」
「はい!」
「それから……持っていなさい」
冰淵が渡してくれたのは、一枚の符だ。何が書かれているのか、雪游は咄嗟に読めない。
「瘴気や陰気避けだ。まだ体は本調子ではない」
昨日の今日。
言われて、昨日の出来事があれこれと頭を駆け巡る。思い出した瞬間、声が大きくなった。
「あっ、ありがとう兄さま! ちゃんと持っておくね!」
顔から発熱するのではないかと思うくらい熱くなる。これは主に、羞恥のせいだ。
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