鄒家道士恋物語 憧れていた師兄に溺愛されていました?!~恋の自覚は体から~

オジカヅキ・オボロ

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11 白寒澤

 翌朝。
 雪游が牀から身を起こした時には、冰淵は窓辺で書を読んでいた。陽はかろうじて天辺ではないが、かなり高いところまで昇っている。

「おはようございます……」

 寝起きからあまり声が出ないので、少し掠れた声になってしまったが、冰淵には届いた。本を閉じると椅子から立ち上がって傍に来てくれる。

「身支度を調えたら朝食を」
「はい……」

 こくりと頷くと、用意されていた桶の水で顔などを洗い、髪も頬にかかる前髪以外は耳から上だけひとつにまとめて紐で結う。これは冰淵も同様の髪型で、鄒家ではこの髪型にする者が多い。渢雪も同じため、鄒家の筆頭にあやかろうというものだ。
 雪游の場合は、単に憧れの兄さまたちと髪型だけでも一緒にしたいという気持ちなのだが。
 細紐の色は各自好きな色を使っていて、これにも意味はあった。自分のものは濃い夕焼け色の髪紐だ。

「……よし」

 衣服もすっかり着替え終わる頃には、ようやく人並みに喋れるようになっている。

「兄さま、お待たせしてすみません」

 巳の刻(午前十時頃)には起きていたかったが、起きたのはかろうじて巳の刻だったにしても、すでに午の刻に近付いている。
 冰淵は「気にするな」と首を振ってくれたが、これが鄒家なら説教されていた。

「兄さまは、何を食べる?」

 日頃は 飛行仙・遊行仙・空行仙を実践しているから人の世とまったく同じものを食べる必要はない。けれどたまには許されていた。特に出先ならなおさらだ。

「豆乳スープを」
「具は野菜でいいんだよね。じゃあオレは菜包ツァイパオと……葱油餅ツォンヨウビン

 いわゆる野菜饅と葱焼き、それぞれ料理を注文をすると、雪游は昨晩寝返りを打っていた時に考えていたことを冰淵に話した。

「花魄は朱面狒々に食べられた可能性もあるけど、オレはあんまりしっくり来なくて……朱面狒々が縊鬼を食べて力を強めてたのは、たぶんもっと強い妖物が山の奥にいるんじゃないかって思う。現場の周辺に鬼がいなかったのも、朱面狒々が食べてた可能性がある。あの狒々、すごく大きかったから」
「可能性はある」

 確認するにはまず山へ行かねばならないか。
 思っていると、冰淵がふと雪游から視線を外した。珍しいと思ってその先を辿ると、そこにいたのは紫焔だった。目の覚めるような白い髪の人物と一緒にいる。

「あ。あの人が旧友って言ってた人かな。綺麗な…………男の人、だ」

 見たままのことを呟くと、その呟きが耳に入ったわけではないだろうが、席を探していた紫焔と目が合った。こちらへやってくる。

「よぉ」
「友人には会えたんだね?」
「紹介しておくと、こいつは白寒澤はくかんたく。白蛇の仙獣せんじゅうだ」
「白寒澤。紫焔とは古馴染みだが……寝ているところを叩き起こされた」
「よろしければ相席を」
「……まぁいいか。じゃあ賑やかになるが、よろしく」

 冰淵の言葉に紫焔は何かを感じ取ったらしい。だが拒むことなく席に着いた。冰淵の隣に寒澤、雪游の隣に紫焔。
 ふたりともちょうど雪游と冰淵に運ばれてきた料理を見て、同じものをと頼んだ。
 ついちらちらと寒澤を見てしまう。仙獣に会うのは初めてだから、内心昂揚していた。
 やはり本性が白蛇だから髪や肌も白いのか。仙獣はやはり、本性の特徴をどこか受けた人の姿をしているのだろうか。思っていると冰淵が話を切り出す。

「白さまは、白平山にいると劉どのから伺っておりました」
「住んでいる、わけではないが、寝ていたな」

 白平山と聞いて、ハッと本題を思い出す。冰淵が雪游に視線をやり、雪游はその意味を理解し頷いた。

「白平山で近頃、変わったことはありませんでしたか? 麓のほうでは縊鬼や花魄、中腹では朱面狒々が出たのですが」
「ふむ。……一番変わったことと言えば吾が叩き起こされたことだが、そもそもその原因のほうが問題か」
「と言いますと……?」
われが寝ていたのは、とある祠。隣に別の祠があり、そこに封じられたものの見張りと封印の鍵を兼ねていた」
「封じられていたもの……」

 どんなものなのか訊いてもいいか迷っていると、寒澤が教えてくれる。

茫鴞ぼうきょうという、悪食の妖物」
「……書物で読んだことがあります。何でも食べると」
「そう。あれはとても厄介で、結界や封印すら食らおうとした」
「えっ」
「食えなかったから封じられていた。相当難儀したが……時間の感覚はよくわからぬが、少し前に封印は壊されたようだな。鍵があっても蔵自体が壊されれば、鍵は意味を成さない」
「それで、なんでおまえのほうは寝惚けてるんだ」
「すぐに誰も来なかった」

 信じられん、と言いつつも、朝食を食べる手は止まっていない。

「鄒家に応援を求めたほうがいいよね?」

 場合によっては鄒家だけでは手に余るかもしれない。その場合は他の八仙家にも助力を請う必要があるかもしれないが。
 雪游の提案に紫焔が首を横に振る。

「茫鴞は厄介だ。集団で戦うと、逆にこっちが窮地に陥る」
「何故?」
「足手まといから食われる」

 そして、一般人よりも能力のある方士や道士なら、妖物の能力の栄養となってしまう。
 短い言葉で簡潔に説明されると、嘘はないのだとわかる。雪游には他に良案はない。だから黙るしかなかった。

「…………」
「ここから先はおまえさんたちには関係がない話だ。あとは我たちに任せておけばいい。依頼は達成できたんだろう?」
「そう、だけど……でも茫鴞が相手なら、紫焔だって危ないだろう?」
「……劉どのはただの道士ではあるまい」

 不意に冰淵が呟く。その濃い夕闇色の瞳は、まっすぐ紫焔を捉えていた。
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