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16 鬼狩り
天水の北にある窮峨山は西と東に流れるふたつの川の源泉でもある。
その山へ、鬼狩りをしに行くことになった。
「以前に行った時から数ヶ月空いてしまったし、年齢的に問題ない門弟も出てきたからね」
冰淵と先輩道士たちが数名と雪游、十四以上の子弟門弟の二十名が参加することになった。
雪游は引率としては初めての参加だ。補佐に冰淵がついてくれるのは以前と変わらない。
心強いが、引率はあくまで自分。なるべく手を煩わせたくはない。それに、自分のこと以上に、年若い師弟たちに怪我を負わせるわけにはいかない。剣や弓、楽器の準備を整えていると肩を叩かれた。
「力の入りすぎは良くない」
「冰淵師兄……」
「私もいる。いつも通りに」
「はい」
頷くと、他の師弟たちの準備を見て回った。
準備を整えると出発する。若い者たちはまだ飛べない者が多い。だから行程は徒歩になった。時間はかかるが、往き道の過程で困っている者たちを助けることもできるため、必要な行程とも言えた。
先輩たちがふたりほどついてくれているから、師弟たちは数名ずつの班に分かれての行動だ。雪游の班は六人。少し前まで机を並べていたような者もいたため、なんだか変な感じがする。幸か不幸か、先輩たちが考えてくれたのだと思うが、今回雪游の班に鬼狩りがまったくの初心者という者はいなかった。
「前回は鬼や僵屍が多かったけど、今回周辺の村から被害報告が上がっているものに、西に流れる川に水落鬼も増えてる。ひとまず山のほうは師兄ふたりにお任せして、オレの班は水落鬼のほうへ行こう」
「水落鬼は溺死した人の成れの果てですよね?」
師弟の問いに、雪游は頷いた。
「そう。今回の場合、原因として春夏で山菜採りに山に入った者の何人かが沢に落ちたとか、魚釣りの人が川に落ちたとか考えられるけど……水落鬼単体ならおまえたちでも充分対応できる。いざとなればオレも冰淵師兄もいるから安心してくれ」
「冰淵師兄がいるなら安心だな!」
「オレもいるって!」
どう考えても頼りになるのは自分より冰淵なのだと雪游自身もわかっているが、正直すぎる師弟たちに苦笑しつつ川沿いを山へと登っていく。途中の沢と滝壺のあたりだろうか。あたりを付けて進んでいった。
この山は鬼狩りに参加できる歳になってから何度か来たことがある。地理はあらかた頭の中に入っていた。
早朝から登っていくと、昼前には小さな沢に着く。日向なのに薄暗い感じがする。雪游だけではなく気付いた者たちもいた。
「空気も澱んでいる感じがします」
「天辺近くの木々は風に吹かれているのに、このあたりには風が吹いていません」
「いい気付きだ。ちょっと陰気が澱んでいるんだろう。沢から少し離れて観察を続けて」
陰気はあるが、水落鬼が由来の陰気なら、水落鬼を祓ってしまえば晴れてしまうだろう。あたりを見回すとそう結論付けた。
ただ待っているだけで水落鬼が出てくるわけではない。沢に浮かんでいた粗末な小舟に雪游はひとりで乗り込むと、櫂を使って沢の中をぐるりとゆっくり一周する。自分を餌にしているようなものだ。
初めは静かだった沢が、二周回った頃からざわざわとし始める。師弟たちに緊張が走った。小舟に乗っている雪游は、その少し前から緊張してタイミングを計っている。というのも、自分の足許がじわじわと下がっていっているのを感じているからだ。
足許が下がっているということは、船が重くなっているということ。何のせいで重くなっているのか、船底に何がいるのかは考えるまでもない。
「五!」
四、三と続けて突然雪游が秒読みを始めたので、師弟たちは慌てて剣を抜き、あるいは霊符を構える。
「二……一!」
小舟をひっくり返すように船縁を蹴って飛ぶと、ひっくり返った小舟には何体かの水落鬼が腕を伸ばして雪游を捕まえようとしていた。
少年たちは数体の水落鬼に一斉に飛びかかる。
「爪に気を付けろ!」
声をかけておいて、雪游は全員の動きと水落鬼たちの様子を逃さず観察する。彼らのうちの何人かは初めてではない分、勇敢に斬りかかっているし符の使い方も問題ない。
だが、思いがけないことに初参加のひとりの足許から、新たな水落鬼が手を伸ばしていた。
「ッ、!」
声をかけるより行ったほうが速い。
二歩深く踏み込むと彼の襟を掴み、岸へ放り投げると同時、足許の水落鬼に斬り付けた。憐れな声を上げて消滅していくのを目の端に留めると――。
「あっ、しまった」
着地の足場がない。慌てて呼吸を整えると、空をひと踏みしてくるりと回転し、踏み込んだあたりに着地した。空中を飛ぶ術の応用だ。
そういえば投げ飛ばした少年は、と振り返ると、冰淵が受け取って抱えていたらしい。下ろしているところだった。たいそう恐縮している少年に構わず、気にしないように声をかけているところが目に入る。
何故だか靄々してきた。何故だろう。
けれどいまはそこに気を取られている場合ではない。
そうこうしているうちに、少年たちは水落鬼を完全に制圧できたようだ。沢の表面が静かになり、陰鬱な空気が晴れているのを感じる。
「……よし、ここはこれで大丈夫だろう。皆、怪我や傷はないか?」
「大丈夫です」
全員が返事したのを確認すると、今度はもっと上流にある滝壺へ向かって歩き出す。
なんとなく、冰淵の顔は見られなかった。
「はあ……」
牀の上、何度目かわからない寝返りをうつ。真っ暗な部屋は仄かに月光色に染まっていた。
鬼狩りから帰ってきた雪游は、自分が靄々している原因が何に由来しているのかはわかっていた。
今までも、あんなことがなかったわけではない。雪游だって師弟を助けた。
それなのに、冰淵に受けとめられた少年を見て「ずるい」だとか「オレだって受けとめられたかった」と思ってしまう。もちろん「オレが兄さまだったら同じように抱き留めただろう」ともわかっているから、気持ちを複雑にさせている。
こんなことを考える自分は、とてつもなく嫌なヤツなのではなかろうか。
雪游が成人する前、鬼狩りに参加していた時に似たようなことがなかったわけではない。それでも何も思わなかったのに、どうして今はこんなに靄が晴れないのだろう。
寝なきゃ、と念じながら寝返りを打ち、目を閉じた。
その山へ、鬼狩りをしに行くことになった。
「以前に行った時から数ヶ月空いてしまったし、年齢的に問題ない門弟も出てきたからね」
冰淵と先輩道士たちが数名と雪游、十四以上の子弟門弟の二十名が参加することになった。
雪游は引率としては初めての参加だ。補佐に冰淵がついてくれるのは以前と変わらない。
心強いが、引率はあくまで自分。なるべく手を煩わせたくはない。それに、自分のこと以上に、年若い師弟たちに怪我を負わせるわけにはいかない。剣や弓、楽器の準備を整えていると肩を叩かれた。
「力の入りすぎは良くない」
「冰淵師兄……」
「私もいる。いつも通りに」
「はい」
頷くと、他の師弟たちの準備を見て回った。
準備を整えると出発する。若い者たちはまだ飛べない者が多い。だから行程は徒歩になった。時間はかかるが、往き道の過程で困っている者たちを助けることもできるため、必要な行程とも言えた。
先輩たちがふたりほどついてくれているから、師弟たちは数名ずつの班に分かれての行動だ。雪游の班は六人。少し前まで机を並べていたような者もいたため、なんだか変な感じがする。幸か不幸か、先輩たちが考えてくれたのだと思うが、今回雪游の班に鬼狩りがまったくの初心者という者はいなかった。
「前回は鬼や僵屍が多かったけど、今回周辺の村から被害報告が上がっているものに、西に流れる川に水落鬼も増えてる。ひとまず山のほうは師兄ふたりにお任せして、オレの班は水落鬼のほうへ行こう」
「水落鬼は溺死した人の成れの果てですよね?」
師弟の問いに、雪游は頷いた。
「そう。今回の場合、原因として春夏で山菜採りに山に入った者の何人かが沢に落ちたとか、魚釣りの人が川に落ちたとか考えられるけど……水落鬼単体ならおまえたちでも充分対応できる。いざとなればオレも冰淵師兄もいるから安心してくれ」
「冰淵師兄がいるなら安心だな!」
「オレもいるって!」
どう考えても頼りになるのは自分より冰淵なのだと雪游自身もわかっているが、正直すぎる師弟たちに苦笑しつつ川沿いを山へと登っていく。途中の沢と滝壺のあたりだろうか。あたりを付けて進んでいった。
この山は鬼狩りに参加できる歳になってから何度か来たことがある。地理はあらかた頭の中に入っていた。
早朝から登っていくと、昼前には小さな沢に着く。日向なのに薄暗い感じがする。雪游だけではなく気付いた者たちもいた。
「空気も澱んでいる感じがします」
「天辺近くの木々は風に吹かれているのに、このあたりには風が吹いていません」
「いい気付きだ。ちょっと陰気が澱んでいるんだろう。沢から少し離れて観察を続けて」
陰気はあるが、水落鬼が由来の陰気なら、水落鬼を祓ってしまえば晴れてしまうだろう。あたりを見回すとそう結論付けた。
ただ待っているだけで水落鬼が出てくるわけではない。沢に浮かんでいた粗末な小舟に雪游はひとりで乗り込むと、櫂を使って沢の中をぐるりとゆっくり一周する。自分を餌にしているようなものだ。
初めは静かだった沢が、二周回った頃からざわざわとし始める。師弟たちに緊張が走った。小舟に乗っている雪游は、その少し前から緊張してタイミングを計っている。というのも、自分の足許がじわじわと下がっていっているのを感じているからだ。
足許が下がっているということは、船が重くなっているということ。何のせいで重くなっているのか、船底に何がいるのかは考えるまでもない。
「五!」
四、三と続けて突然雪游が秒読みを始めたので、師弟たちは慌てて剣を抜き、あるいは霊符を構える。
「二……一!」
小舟をひっくり返すように船縁を蹴って飛ぶと、ひっくり返った小舟には何体かの水落鬼が腕を伸ばして雪游を捕まえようとしていた。
少年たちは数体の水落鬼に一斉に飛びかかる。
「爪に気を付けろ!」
声をかけておいて、雪游は全員の動きと水落鬼たちの様子を逃さず観察する。彼らのうちの何人かは初めてではない分、勇敢に斬りかかっているし符の使い方も問題ない。
だが、思いがけないことに初参加のひとりの足許から、新たな水落鬼が手を伸ばしていた。
「ッ、!」
声をかけるより行ったほうが速い。
二歩深く踏み込むと彼の襟を掴み、岸へ放り投げると同時、足許の水落鬼に斬り付けた。憐れな声を上げて消滅していくのを目の端に留めると――。
「あっ、しまった」
着地の足場がない。慌てて呼吸を整えると、空をひと踏みしてくるりと回転し、踏み込んだあたりに着地した。空中を飛ぶ術の応用だ。
そういえば投げ飛ばした少年は、と振り返ると、冰淵が受け取って抱えていたらしい。下ろしているところだった。たいそう恐縮している少年に構わず、気にしないように声をかけているところが目に入る。
何故だか靄々してきた。何故だろう。
けれどいまはそこに気を取られている場合ではない。
そうこうしているうちに、少年たちは水落鬼を完全に制圧できたようだ。沢の表面が静かになり、陰鬱な空気が晴れているのを感じる。
「……よし、ここはこれで大丈夫だろう。皆、怪我や傷はないか?」
「大丈夫です」
全員が返事したのを確認すると、今度はもっと上流にある滝壺へ向かって歩き出す。
なんとなく、冰淵の顔は見られなかった。
「はあ……」
牀の上、何度目かわからない寝返りをうつ。真っ暗な部屋は仄かに月光色に染まっていた。
鬼狩りから帰ってきた雪游は、自分が靄々している原因が何に由来しているのかはわかっていた。
今までも、あんなことがなかったわけではない。雪游だって師弟を助けた。
それなのに、冰淵に受けとめられた少年を見て「ずるい」だとか「オレだって受けとめられたかった」と思ってしまう。もちろん「オレが兄さまだったら同じように抱き留めただろう」ともわかっているから、気持ちを複雑にさせている。
こんなことを考える自分は、とてつもなく嫌なヤツなのではなかろうか。
雪游が成人する前、鬼狩りに参加していた時に似たようなことがなかったわけではない。それでも何も思わなかったのに、どうして今はこんなに靄が晴れないのだろう。
寝なきゃ、と念じながら寝返りを打ち、目を閉じた。
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