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20 料理
鄒家に戻ってから、書庫に篭もることが増えた。
というのも、過去に自分が体験したのと同じ事例を探しているのだ。
陰気に襲われた記録と、それにどう対処したのかの記録と、その後の記録。鄒家が関わっていなくても他家の記録の写しに記載はないかと調べている。少しでも手がかりが欲しかった。
「うーん……ちょっと違うな……こっちの女性同士の記述のほうがまだ……」
ふぅ、と息を吐いて両腕を上げて背中を伸ばす。鐘がひとつ鳴り、時刻を教えてくれた。
「あっ……今日は頼まれてたんだっけ」
慌てて、けれどなるべく静かに書物を書架へしまうと、急いで厨へと向かう。今日は年下の門弟たちと、渢雪から、野菜の湯を作るように頼まれていたのだ。
基本的に厨には専門の人間がいて、彼らが月替わりで日々の献立を考えてくれている。雪游が最初に湯を作ることになったのは、二年ほど前の湘子の授業で受けた罰が、料理だったせいだ。
「野営もすることもあるだろう。その時に木の実や草だけでは味気なかろう?」
と笑顔で言われ、他三人の門弟とともに各自作れるものを作り――雪游はくず野菜も使った味噌仕立ての湯を作った。特に変わったことはしていないと思うのに湘子を始め、門弟たちや渢雪・冰淵までが気に入ってくれた。
野営でも使えるし、普段から食べているような野菜と薬草の組み合わせがたまたま良かったのではないかと思うのだけれど。喜んでくれればまた作っても良いかと思えた。だから今日まで何度も作っている。
厨に着くと、今日のことを聞いている料理人たちが、大鍋をひとつ空けてくれていた。
「今日の野菜は何が残ってる?」
「人参、白菜、青菜、大根、蕪、玉葱、長葱はあるよ。薬草類はいつも通りだね」
「じゃあ一通りもらって……」
本当に使えない部分だけ切り捨ててしまうと、手早く食べやすい大きさよりは小さめに刻んでいく。そうして野菜や薬草と一緒に、買い出し担当が街を出る時、ついでに買い置きしてもらっていた猪の骨と食べやすい大きさに切った肉を一緒に煮込む。
灰汁をこまめにすくい取り、味噌を入れてさらに煮込んだ。
双子に食べてもらうのが、一番嬉しい。
だからこそ、美味しい湯になるようにと作っている。他の門弟たちが喜んでくれるなら、それは副産物として嬉しい。
湯だけでなく、他の料理も作れるようになったら、もっと喜ばれるだろうか。そうなると、修行より料理に夢中になってしまいそうだ。
塩で味をととのえると、それぞれの器へ盛っていく。食事室では全員が揃って食べるから、給仕係は大忙しだ。盛り付けたものから次々に運ばれて、けれど最後の膳は雪游が持っていく。渢雪と冰淵の分だ。
渢雪は大根が好きで、冰淵は葱が好きだから、配膳は間違えないようにしないといけない。
差別は良くないことだし、してはいけないと訓規にはあるが、「たまたまその具材が多く入ってしまっただけ」だと言い訳の理論武装はしてある。
澄ました顔で渢雪、次いで冰淵の前に膳を置くと、自分の膳の前に座る。
鄒家の食事は精進料理のような献立が多いが、僧ではないため肉や魚も許されている。ただ、口にする機会は頻繁ではない。今日は野菜とがんもどきの煮物、百合根の胡麻和え、木耳と茸の薬草醤、蓮の実、干し棗と雪游が作った猪肉の湯、甘辛く味付けをした鶏肉を炒めたもの、飲み物はあたたかい鳩麦茶だ。
食事中に騒ぐことは厳禁だが、つい皆の様子を窺ってしまう。特に、双子の様子を。
味はどうだろうか。
今回も気に入ってくれるだろうか。
あまり気にするのも良くないとわかっているから、自分の食事も進めていく。
正面を向いた双子と叔父の汐柳に対し、門弟たちは左右に分かれて向き合った円座に座っている。だからあまり気にしなくてもまったく見えないわけではない。
それぞれが汁椀に口を付けたところが視界に入った。
「……!」
渢雪が、それとわからないように雪游に一瞬だけ視線をくれて――微笑んでいた。美味しいと言ってくれているのだろう。
一方、冰淵は。
全身が心臓になったのではないかと思えるほど、ばくばくと鼓動が脈打つ。
静かな所作で椀の汁を飲んだ冰淵は、椀の中を見、それからやはり一瞬だけ雪游に視線をくれる。きっと雪游の他には渢雪くらいにしかわからないだろうが、優しく微笑んでくれた。
冰淵の口にも合ったようだとわかるとホッとする。
後で聞いたら、言葉でも感想をくれるだろうか。
聞かなくてももう伝わっているが、けれどやはり言葉で「美味しかった」と聞きたい。特に冰淵が褒めてくれるなら、また次も作ってもいいと思える。
「……?」
いや、冰淵にだけではない。渢雪に対しても同じように思うのに。
けれど、どうせ作るなら今度は、冰淵が好きな湯にしたい。
その次に渢雪の好みの湯を。
順番が逆だと怒られるだろうか。
けれど、どちらを早く作りたいかと言われると、冰淵好みの湯を作りたいと答えてしまう。
こういう気持ちも、好きだからなのか。
初心者すぎてわからない。
思いつつ、煮物の人参を口に入れた。
というのも、過去に自分が体験したのと同じ事例を探しているのだ。
陰気に襲われた記録と、それにどう対処したのかの記録と、その後の記録。鄒家が関わっていなくても他家の記録の写しに記載はないかと調べている。少しでも手がかりが欲しかった。
「うーん……ちょっと違うな……こっちの女性同士の記述のほうがまだ……」
ふぅ、と息を吐いて両腕を上げて背中を伸ばす。鐘がひとつ鳴り、時刻を教えてくれた。
「あっ……今日は頼まれてたんだっけ」
慌てて、けれどなるべく静かに書物を書架へしまうと、急いで厨へと向かう。今日は年下の門弟たちと、渢雪から、野菜の湯を作るように頼まれていたのだ。
基本的に厨には専門の人間がいて、彼らが月替わりで日々の献立を考えてくれている。雪游が最初に湯を作ることになったのは、二年ほど前の湘子の授業で受けた罰が、料理だったせいだ。
「野営もすることもあるだろう。その時に木の実や草だけでは味気なかろう?」
と笑顔で言われ、他三人の門弟とともに各自作れるものを作り――雪游はくず野菜も使った味噌仕立ての湯を作った。特に変わったことはしていないと思うのに湘子を始め、門弟たちや渢雪・冰淵までが気に入ってくれた。
野営でも使えるし、普段から食べているような野菜と薬草の組み合わせがたまたま良かったのではないかと思うのだけれど。喜んでくれればまた作っても良いかと思えた。だから今日まで何度も作っている。
厨に着くと、今日のことを聞いている料理人たちが、大鍋をひとつ空けてくれていた。
「今日の野菜は何が残ってる?」
「人参、白菜、青菜、大根、蕪、玉葱、長葱はあるよ。薬草類はいつも通りだね」
「じゃあ一通りもらって……」
本当に使えない部分だけ切り捨ててしまうと、手早く食べやすい大きさよりは小さめに刻んでいく。そうして野菜や薬草と一緒に、買い出し担当が街を出る時、ついでに買い置きしてもらっていた猪の骨と食べやすい大きさに切った肉を一緒に煮込む。
灰汁をこまめにすくい取り、味噌を入れてさらに煮込んだ。
双子に食べてもらうのが、一番嬉しい。
だからこそ、美味しい湯になるようにと作っている。他の門弟たちが喜んでくれるなら、それは副産物として嬉しい。
湯だけでなく、他の料理も作れるようになったら、もっと喜ばれるだろうか。そうなると、修行より料理に夢中になってしまいそうだ。
塩で味をととのえると、それぞれの器へ盛っていく。食事室では全員が揃って食べるから、給仕係は大忙しだ。盛り付けたものから次々に運ばれて、けれど最後の膳は雪游が持っていく。渢雪と冰淵の分だ。
渢雪は大根が好きで、冰淵は葱が好きだから、配膳は間違えないようにしないといけない。
差別は良くないことだし、してはいけないと訓規にはあるが、「たまたまその具材が多く入ってしまっただけ」だと言い訳の理論武装はしてある。
澄ました顔で渢雪、次いで冰淵の前に膳を置くと、自分の膳の前に座る。
鄒家の食事は精進料理のような献立が多いが、僧ではないため肉や魚も許されている。ただ、口にする機会は頻繁ではない。今日は野菜とがんもどきの煮物、百合根の胡麻和え、木耳と茸の薬草醤、蓮の実、干し棗と雪游が作った猪肉の湯、甘辛く味付けをした鶏肉を炒めたもの、飲み物はあたたかい鳩麦茶だ。
食事中に騒ぐことは厳禁だが、つい皆の様子を窺ってしまう。特に、双子の様子を。
味はどうだろうか。
今回も気に入ってくれるだろうか。
あまり気にするのも良くないとわかっているから、自分の食事も進めていく。
正面を向いた双子と叔父の汐柳に対し、門弟たちは左右に分かれて向き合った円座に座っている。だからあまり気にしなくてもまったく見えないわけではない。
それぞれが汁椀に口を付けたところが視界に入った。
「……!」
渢雪が、それとわからないように雪游に一瞬だけ視線をくれて――微笑んでいた。美味しいと言ってくれているのだろう。
一方、冰淵は。
全身が心臓になったのではないかと思えるほど、ばくばくと鼓動が脈打つ。
静かな所作で椀の汁を飲んだ冰淵は、椀の中を見、それからやはり一瞬だけ雪游に視線をくれる。きっと雪游の他には渢雪くらいにしかわからないだろうが、優しく微笑んでくれた。
冰淵の口にも合ったようだとわかるとホッとする。
後で聞いたら、言葉でも感想をくれるだろうか。
聞かなくてももう伝わっているが、けれどやはり言葉で「美味しかった」と聞きたい。特に冰淵が褒めてくれるなら、また次も作ってもいいと思える。
「……?」
いや、冰淵にだけではない。渢雪に対しても同じように思うのに。
けれど、どうせ作るなら今度は、冰淵が好きな湯にしたい。
その次に渢雪の好みの湯を。
順番が逆だと怒られるだろうか。
けれど、どちらを早く作りたいかと言われると、冰淵好みの湯を作りたいと答えてしまう。
こういう気持ちも、好きだからなのか。
初心者すぎてわからない。
思いつつ、煮物の人参を口に入れた。
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