鄒家道士恋物語 憧れていた師兄に溺愛されていました?!~恋の自覚は体から~

オジカヅキ・オボロ

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29 事件01

 峨綾がりょう峨水がすいという河のすぐ傍にある、絹織物の産地だ。隣村から絹の反物を買い付け、絵付けや染料で染め、鮮やかに仕上がった衣服や反物を各地へ売りに行く。
 商人も必然的に生糸や反物の売買で財を成した者が多い。

「なのに、売るより新昌から買い付けたものでのし上がった商人がいる、と」

 買い付けた品は好事家や富豪が喜びそうな商品だという。
 それだけなら何の不思議もない。

「旅人や遠方からの商人が行方不明になりだしたのがひと月くらい前……オレと冰淵兄さまが天水に戻ってからか。何かわからないものが流行りだしたのはそれより少し前……自殺騒ぎの頃」

 新昌に着き、酒場や市場で聞き込んだことを元に、ふたりで疑問点を挙げていく。
 今回の宿では部屋が空いていたこともあり、それぞれひとり部屋だ。今は冰淵の部屋に雪游が来ていた。

「新昌の行方不明事件。目的は何か」
「それぞれの人たちの荷物は宿に置かれたままだって話だし、物取りではなさそう。行方不明になった人たちに共通の何かがあるわけでもないし……あえて言うなら、新昌の人間ではないっていうことくらい? 物に用がないなら、用があったのはその人自身、ってことになるかな……」

「犯人の人物像」
「わからない。男女問わず攫われてるから、きっと複数人で攫ったんだと思う。盗賊の情報は近辺では流れていないけど、人身売買の可能性もあると思う」
「新昌の人間が行方不明になっていないのは何故か」
「わからないけど……新昌の人が犯人である可能性がある……かな」

 街の人間なら、余所者との区別はつくに違いない。理由としてはただそれだけだ。頭を抱えたいのはそれだけではなかった。

「もっとわからないのは新昌の行方不明事件と峨綾の妖物にどう関連があるのかってところだよ……」

 テーブルに肘を着こうとすると冰淵の視線が刺さったので、急いでお行儀良く座り直す。鄒家の者ならどんなときも崩れすぎるのはいけない。
 冰淵は浅く頷いた。

「兄さまは何かわかる?」
「現時点ではおまえの推測と大差ない。もう少し情報を得るべきだ。が……今日はもう遅い。休みなさい」
「わかりました。おやすみなさい、兄さま」
「おやすみ」

 一礼して冰淵の部屋を後にする。隣室が自分の部屋だから、距離としてはまったく離れていない。
 宿のひとり部屋は慣れない。
 鄒家の自室だってひとり部屋に違いないのだが、それも道士になってからだ。それまでは他の子弟や門弟たちと枕を並べていた。
 ベッドに寝そべり、上掛けを掛けると目を閉じる。

 思い描くのはただひとり。

 またふたりで、と聞いた時、嬉しくなかったわけではない。誰かと一緒なら冰淵がいいに決まっている。
 なのにふたりきりで同じ部屋というのは、まだ刺激が強い。――思い出してしまう。だからひとり部屋で良かったと思うのに、離れると淋しいと思ってしまう。
 恋心とはこんなにも浅ましく、恥知らずなものだろうか。

「……はぁ……鄒家じゃないけど、水でも浴びておこうかな……」

 余計なことを考え、囚われるのは陰気のせいかもしれない。
 何度も寝返りを打った牀から体を起こすと、深い溜息を吐いて沓を引っかける。部屋に付属した水場で浴槽代わりの大桶に半分ほど水を溜めると、中衣や下衣をほいほいと脱いで大桶に脚から水に浸った。

「……ふ……」

 清水ほどの冷たさはないが、頭や体を冷やすには充分だ。はあ、と肺の深いところから溜息を吐き出す。桶の縁に頭を預け、桶の外へ脚を投げ出した。行儀が悪いから、ひとりの時しかできない。
 腕もだらりと大桶の中に落として浸し、目を閉じる。

「…………」

 どれほどそうしていただろう。もしかしたら途中で眠ってしまったかもしれない。部屋の扉を叩く音が聞こえ、それで我に返った。

「……ん……?」

 もう起きる時間だろうか。思ってあたりを見回したが、水場の窓から見える空はまだ夜のものだ。

「雪游。……起きているか?」
「あ。……す、少し待って……!」

 大桶から慌てて身を起こすと体を拭き、中衣を身に着け袍を肩に羽織った。

「待たせてごめん、兄さま」

 扉を開けたが、自分が師兄を迎える姿をしているのかはわからない。
 冰淵は雪游の姿を見ると少しの間無言だったが、自然な動作で雪游の髪に触れた。それから頬に。

「……濡れているし、すっかり冷えている」
「あ……水を浴びていたから」
「どれほど浴びていた?」
「…………」

 途中で寝入ってしまったのでわかりませんとも答えづらい。
 目を逸らした雪游の態度に小さく溜息を吐いた冰淵は、雪游の手を取ると部屋から連れ出してくれる。
 どこへ向かうのかと思えば、隣の部屋――冰淵の泊まる部屋だ。
 ぱたんと閉ざされた部屋の中、椅子に座らされた雪游はおとなしく冰淵に髪を乾かされる。他の鄒家の門弟や先輩が見れば、目を剥いて雪游を詰ったかもしれない。師兄にそんなことをさせるなんて、と。
 すっかり乾かされてしまうと、冰淵に頭を撫でられた。

「何があった?」

 問いかけてくる言葉には、ただ雪游を心配してくれる響きだけがある。だからかえって本当のことを言えなかった。

「何も。……最近潔斎を途絶えさせてたから、たまにはしておこうかなって思って」

 これも嘘ではない。冰淵が信じてくれるかはわからないが、微笑みを作ると立ち上がる。

「髪を乾かしてくれてありがとう、兄さま。部屋にもど、る、ね……?」

 腕を掴まれてしまった。どうしたのだろうと冰淵の顔を見るが、すぐに腕を引っ張られて、今度は抱き上げられて牀まで運ばれてしまう。

「あ、あの、兄さま?」
「まだ夜は肌寒い。風邪を引く前に、暖を取るべきだ」

 冰淵も牀に上がると、雪游を抱き込んで上掛けをかけてしまう。

「う……で、でも」

 このまま大人しく寝られるだろうか。牀はひとり用で以前より小さい。雪游は壁側だが、少しでも暴れたら床に落ちるのは冰淵だ。そんなことは絶対許されない。
 冰淵は雪游の内心を見透かしたように頭を優しく撫でてくれる。

「唄うから。ゆっくりおやすみ」
「……はい」

 もともと冰淵に諭されれば頷いてしまうところはあった。冰淵の言葉はいつも正しく、雪游のことも考えてくれているとわかるから。
 そうして小さく低く唄ってくれる子守唄と、背や頭を撫でてくれる手に安心し、雪游はようやく余計なことを考えずに安眠を得ることが出来た。
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