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31 事件03
緊急性が高いのは峨綾より新昌の行方不明事件のほうだ。だから新昌の事件を優先する。
最初からそう決めていたが、アテがあるわけではない。
「オレが旅人のフリをして、囮になるのはどうだろう」
雪游なら、ただの旅人に協力してもらうより数段安全に事件に巻き込まれることができる。危険なことがあってもたいていのことなら対処ができるからだ。
護身術はできるし、霊符は隠し持ってればいい。連絡には黒桜がいるから、普通の人たちよりよほど向いている。
自分なりに大丈夫だと思って出した案だが、珍しく冰淵は渋った。
「おまえを危ない目に遭わせるのは……」
「大丈夫だよ。オレだって道士なんだし、普通の人より丈夫だよ。身の守り方だってわかる」
「……そこまで言うのなら」
渋々折れてくれたが、交換条件に冰淵の金華猫である白梅を連れて行くことになった。
「黒桜がいるのに」
「私と連絡を取るなら、私の従陰を連れていたほうが早い」
「……それもそうか」
納得して頷くと、早速支度に取りかかった。
心配事はひとつある。昨晩冰淵に迷惑をかけたのではないかということだ。
目を覚ますと、自分の部屋だった。昨晩は酒場で夕食を食べ、隣の席の人たちからもらった果実酒を飲んだことは覚えている。
だがわかるのはそこまでで、どうやって店を出て宿に帰ってきたのか全然わからない。服は畳まれていたが、きっと冰淵が寝る時の身支度まで整えてくれたのだろう。世話をかけてばかりだ、と密かに俯いて嘆息する。
本来なら師弟が師兄の身の回りの世話をするものだ。けれど師弟である雪游は、いつも師兄ふたりに世話をかけている。成人したのだからしっかりしなければと正月に決心したのに、現状はあまりにぼろぼろだった。
前の事件だって、冰淵が力を貸してくれたからこそだったから、今回こそちゃんと事件を解決して、一人前の道士だって証明したい。
いつまでも一人前になれなければ、きっといつまでも師兄ふたりに心配をかけてしまう。万が一にも見放されたら目も当てられない。それは雪游の本意ではないし、できれば師兄ふたりの「自慢できる師弟」になりたい。
「兄さま。考えたんだけど……」
自分なりに練った作戦を冰淵の意見も入れて再度練り直し、一部で渋い顔をされたがなんとか押し通した。
新昌に出戻り、二日が経つ。
雪游は身なりや髪型を術で変えていた。それだけではなく、今は平民らしく短い袖の上衣に帯を巻き、袴には脚絆を巻いていた。旅人らしさを出すため、わざわざ別の村で古着を購入したほどだ。
変化の術符を身に着けてはいるが、変わるのは姿形だけで、衣服まで替えられるわけではない。だからこれは必要経費だ。
それから髪は頭の上のほうでひとつにくくり一部を団子状にし、一部を団子にはせず流した。家出してきた良家の子息の風情はあるかもしれないが、少なくとも道士には見えないだろう。
「肉饅頭ひとつちょうだい。あとお姉さん、このあたりにお値打ちな宿はない? 食事はなくていいんだけど、清潔めの安い宿」
「おやお兄さん、この街は初めてかい?」
「そうなんだ。西の黒婪荘から来たんだけど、この街は大きくて活気があるね! しばらく滞在しようと思ってさ」
「何か用事があるのかい?」
「商売をやろうと思っててね」
「ああ、それなら洪の旦那のところがいい。奥さんを亡くされて気落ちしてたけど、最近になってやる気が戻ってきたみたいでねえ。大店といえば氾の店もあるけど、オススメは洪の旦那だよ。氾のほうは店の人間が荒っぽくてね……」
「そっか。ありがとね、お姉さん!」
やはり情報は賑やかなところから得るに限る。小銭を払ってあつあつの肉饅頭を受け取ると、なるべく上品には見えないようにかぶりついた。
そうして日があるうちはあちらこちらと話を聞いて回ったり、ぶらぶらとお上りさんらしい振る舞いをして、夕方になって賑やかな酒場を選んで食事をとる。
何日か空振りに終わっても、数日は行方不明の旅人がまた出たという話は聞かない。そこについてだけは安心しつつ、その日も夕食の店を選んだ。
「……あれ?」
席に座ってから店内を見回す。見覚えがある内装だ。
もしかしたら、以前自分が酔い潰れた店ではないだろうか。
嫌な記憶が呼び起こされたが、もう座ってしまったし店員もすぐにやってきたのでやむを得ず注文をした。
「いい食べっぷりだねえ、兄ちゃん」
隣の卓の男ふたりに声をかけられたのは、回鍋肉を食べ終え、麻婆豆腐に取りかかろうとしていた時だった。
なんだか既視感がある。
「お腹減ってたんだよ、あちこち見て回って歩き回ったからね」
「なんだ、この街の人間じゃないのか」
「そうだよ。数日前にやってきたばかりなんだ。オレもいつか大きな街で店を出したいんだけど、勉強しようって思ってね」
得意げに言って麻婆豆腐を一口食べると、男たちは自分たちの卓にあった二合徳利を雪游の卓へ置く。
「おれぁ、若いやつが頑張ってるところを見るのが好きでね。こいつはおれの奢りだ。飲みな、兄ちゃん」
「こいつのお袋が作った蜜柑の酒は絶品だ。五年寝かせた上物だぞ」
これもどこかで聞いたような言葉たちだ。あの時の男たちとは違うが、なるほどと内心で納得すると、人好きのする笑顔で笑った。
「おじさんたちありがとう! ありがたく飲ませてもらうよ」
酒杯をもらうと、そこに酒を注ぐ。蜜柑の酒というが、果肉も混ぜているのか、たしかに液体は蜜柑色をしている。物珍しげに眺めてから、ぐいと一杯呷った。
最初からそう決めていたが、アテがあるわけではない。
「オレが旅人のフリをして、囮になるのはどうだろう」
雪游なら、ただの旅人に協力してもらうより数段安全に事件に巻き込まれることができる。危険なことがあってもたいていのことなら対処ができるからだ。
護身術はできるし、霊符は隠し持ってればいい。連絡には黒桜がいるから、普通の人たちよりよほど向いている。
自分なりに大丈夫だと思って出した案だが、珍しく冰淵は渋った。
「おまえを危ない目に遭わせるのは……」
「大丈夫だよ。オレだって道士なんだし、普通の人より丈夫だよ。身の守り方だってわかる」
「……そこまで言うのなら」
渋々折れてくれたが、交換条件に冰淵の金華猫である白梅を連れて行くことになった。
「黒桜がいるのに」
「私と連絡を取るなら、私の従陰を連れていたほうが早い」
「……それもそうか」
納得して頷くと、早速支度に取りかかった。
心配事はひとつある。昨晩冰淵に迷惑をかけたのではないかということだ。
目を覚ますと、自分の部屋だった。昨晩は酒場で夕食を食べ、隣の席の人たちからもらった果実酒を飲んだことは覚えている。
だがわかるのはそこまでで、どうやって店を出て宿に帰ってきたのか全然わからない。服は畳まれていたが、きっと冰淵が寝る時の身支度まで整えてくれたのだろう。世話をかけてばかりだ、と密かに俯いて嘆息する。
本来なら師弟が師兄の身の回りの世話をするものだ。けれど師弟である雪游は、いつも師兄ふたりに世話をかけている。成人したのだからしっかりしなければと正月に決心したのに、現状はあまりにぼろぼろだった。
前の事件だって、冰淵が力を貸してくれたからこそだったから、今回こそちゃんと事件を解決して、一人前の道士だって証明したい。
いつまでも一人前になれなければ、きっといつまでも師兄ふたりに心配をかけてしまう。万が一にも見放されたら目も当てられない。それは雪游の本意ではないし、できれば師兄ふたりの「自慢できる師弟」になりたい。
「兄さま。考えたんだけど……」
自分なりに練った作戦を冰淵の意見も入れて再度練り直し、一部で渋い顔をされたがなんとか押し通した。
新昌に出戻り、二日が経つ。
雪游は身なりや髪型を術で変えていた。それだけではなく、今は平民らしく短い袖の上衣に帯を巻き、袴には脚絆を巻いていた。旅人らしさを出すため、わざわざ別の村で古着を購入したほどだ。
変化の術符を身に着けてはいるが、変わるのは姿形だけで、衣服まで替えられるわけではない。だからこれは必要経費だ。
それから髪は頭の上のほうでひとつにくくり一部を団子状にし、一部を団子にはせず流した。家出してきた良家の子息の風情はあるかもしれないが、少なくとも道士には見えないだろう。
「肉饅頭ひとつちょうだい。あとお姉さん、このあたりにお値打ちな宿はない? 食事はなくていいんだけど、清潔めの安い宿」
「おやお兄さん、この街は初めてかい?」
「そうなんだ。西の黒婪荘から来たんだけど、この街は大きくて活気があるね! しばらく滞在しようと思ってさ」
「何か用事があるのかい?」
「商売をやろうと思っててね」
「ああ、それなら洪の旦那のところがいい。奥さんを亡くされて気落ちしてたけど、最近になってやる気が戻ってきたみたいでねえ。大店といえば氾の店もあるけど、オススメは洪の旦那だよ。氾のほうは店の人間が荒っぽくてね……」
「そっか。ありがとね、お姉さん!」
やはり情報は賑やかなところから得るに限る。小銭を払ってあつあつの肉饅頭を受け取ると、なるべく上品には見えないようにかぶりついた。
そうして日があるうちはあちらこちらと話を聞いて回ったり、ぶらぶらとお上りさんらしい振る舞いをして、夕方になって賑やかな酒場を選んで食事をとる。
何日か空振りに終わっても、数日は行方不明の旅人がまた出たという話は聞かない。そこについてだけは安心しつつ、その日も夕食の店を選んだ。
「……あれ?」
席に座ってから店内を見回す。見覚えがある内装だ。
もしかしたら、以前自分が酔い潰れた店ではないだろうか。
嫌な記憶が呼び起こされたが、もう座ってしまったし店員もすぐにやってきたのでやむを得ず注文をした。
「いい食べっぷりだねえ、兄ちゃん」
隣の卓の男ふたりに声をかけられたのは、回鍋肉を食べ終え、麻婆豆腐に取りかかろうとしていた時だった。
なんだか既視感がある。
「お腹減ってたんだよ、あちこち見て回って歩き回ったからね」
「なんだ、この街の人間じゃないのか」
「そうだよ。数日前にやってきたばかりなんだ。オレもいつか大きな街で店を出したいんだけど、勉強しようって思ってね」
得意げに言って麻婆豆腐を一口食べると、男たちは自分たちの卓にあった二合徳利を雪游の卓へ置く。
「おれぁ、若いやつが頑張ってるところを見るのが好きでね。こいつはおれの奢りだ。飲みな、兄ちゃん」
「こいつのお袋が作った蜜柑の酒は絶品だ。五年寝かせた上物だぞ」
これもどこかで聞いたような言葉たちだ。あの時の男たちとは違うが、なるほどと内心で納得すると、人好きのする笑顔で笑った。
「おじさんたちありがとう! ありがたく飲ませてもらうよ」
酒杯をもらうと、そこに酒を注ぐ。蜜柑の酒というが、果肉も混ぜているのか、たしかに液体は蜜柑色をしている。物珍しげに眺めてから、ぐいと一杯呷った。
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