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33 事件05
「ようやく来たか。遅かったな」
「最後のひとりがやけに酒が強くてな」
「言い訳はいい。支度はしてある、早く済ませろ」
「わかったよ」
雪游たちを連れてきた男が溜息を吐くと、何かを擦るような音がする。布のような……いや、もっと目が粗いものを擦った音だ。
音の正体はすぐにわかる。麻袋を被せられたまま何かを首に掛けられた。白平山という場所、かつて遭遇した自殺事件、それらが頭に残っているから、すぐにそれが縄だと理解した。
「……ッ」
後ろ手に縛られていた腕は自由にならなくても、指は動かせる。ぱちんと指を鳴らすと、ぶつりと縄が切れる音。そしてすべての戒めが解けた。
「な、なんだ?!」
慌てふためく男たちをよそに、雪游は顔を覆っていた麻袋を取り払う。あたりは松明がいくつか掲げられていて、眩しいというほどではないが視界に不自由はない。
息苦しさから解放された喜びを感じる間もなく、隠し持っていた符を男たちへ投げる。背に貼り付いた符が体の自由を奪い、彼らの身動きはとれなくなった。
「はなせっ!」
「嫌だね。放したら逃げるだろう? それは困るからね」
少し離れた場所で、うわあとかぎゃあとかいう悲鳴が聞こえた。ややあって、冰淵が姿を現す。片手には男を引きずり、反対側には何故か紫焔がいて、彼も男をふたりほど引きずっていた。
「……なんで紫焔?!」
予想外の男の登場に、目が丸くなる。
「なんでとはなんだ、なんでとは。たまたま我が請け負った依頼と、おまえたちがやってることで重なったことがあった結果だ。……まあ我の話はともかく、先にこいつらを締め上げようじゃないか」
にやりと笑った紫焔は松明に照らされた効果もあってか、ひどい悪党顔だった。その顔に、男たちは竦みあがったことだろう。
紫焔がパチンと指を鳴らすと、すぐに雨鳴と呼ばれていた大柄の黒狼が姿を現す。
「いいか、おまえたち。我は正直者は大好きだが、嘘つきは大嫌いだ。嘘つきに関しては、この狼がおまえたちの頭をかじったところでなんとも思わん」
そこまでを前振りにして、紫焔は地面に正座させている十人ばかりの男たちの顔をぐるりと見回した。黒狼の雨鳴が舌なめずりするように口許を舌で撫でる。
紫焔は禿頭で恰幅が良い男の前に立った。
「……おまえがこいつらの頭目だな?」
「は、はい……」
紫焔の傍らにいる雨鳴がじっと見つめているからだろう、おどおどしながら頷く。
「峨綾の茗って商人を知ってるか」
「茗? 聞いたことがない……いや、ほんとに! ほんとですって!」
「じゃあ質問を変えよう。氾の取引相手に、峨綾の者がいるな?」
「峨綾の者かはわからないが、と、取引相手はいる……」
「氾?」
その名前は聞いたことがある。たしか新昌の商人で、洪という主人の大店と並ぶ大店ではなかっただろうか。いい噂はあまり聞かないという話もあったが。
それがどうしてここで名前が出てくるのだろう。
「おまえらが直接相手しているわけじゃあないんだな?」
「お、おれたちは、仕事を済ませたら氾の旦那に納品して、報酬をもらうだけだ」
「おまえたちの元々の雇い主は? 氾じゃないんだろう」
「…………」
「雨鳴」
呼ばれると、口を大きく開けた雨鳴が頭目の頭を一飲みにしようとする。
「李だ! 峨綾の道具屋の李!」
「なるほど。李が氾におまえたちを紹介して、おまえたちが旅人を攫い、花魄を作って、氾に納品していた、と」
「そ、そうだ」
「できなかっただろう、花魄は」
「……あぁ」
「そりゃそうだ。あれは自殺者の魂でないと意味が無い。おまえたちは旅人たちを殺して、自殺のように見せかけていただけだ。単なる殺人ではあれは生じないものだからな」
つまりこの男たちがしていたことは徒労でしかなかった。そうと知ると、男たちはがくりと肩を落とす。
「何にせよ、旅人を攫って殺した事実は覆らない。役所に突き出すから、沙汰を待つんだね」
憤ったまま雪游が言うと、男たちはどこか放心したような姿になった。
それからは時間勝負でいかねばならない、と紫焔に急かされた。男たちを役所に突き出し、洪の店に寄り、峨綾へと飛ぶ。
道具屋の李という男の店へ押し入ると、紫焔が素早く締め上げる。
「以前の、縊鬼を使った事件もおまえが関与しているな?」
「うっ……」
「雨鳴」
呼ばれた黒狼が現れ、李に向かって歯を見せて低く唸る。巨大な狼に威嚇されて正気でいられる人間はいなかった。
「そ、そうだ! おれが謀ったことだ!」
「正直で結構だ。正直ついでに、花魄を売りつけた相手を教えてもらおうか」
雨鳴に脅されながら男が半泣きで告白すると、それらの人物を書き留めた紫焔は満足げに頷く。
「人数は合うのか?」
「ああ、人数はな。とりあえずこれはこれでいい。こいつも役所に突き出したら、ひとまず今夜は休むとしよう」
「ここの役所に突き出すんだろう? 終わったら、新昌のオレたちが泊まってる宿に来るといいよ。ちょっと離れてるけど、紫焔ならすぐに来られるだろう?」
「そうか。新昌のほうが宿は良いかな……じゃあそうしよう」
段取り通りに始末を進め、すべて片付いた時には夜半だった。ひとまず話は後にして休むことになった。
事件が解決して良かった。
紫焔がこの件にどう絡んでいたのかは、明日訊いてみよう。
思っているうちに目蓋はどんどん重くなり、目を閉じれば眠りの世界へ攫われた。
「本当に信じられない……」
翌朝朝食を食べながら紫焔から聞き出した話や昨日男たちから聞いた話を整理していたが、考えるほどに耳を覆いたくなる話だった。
「そりゃあ確かに花魄は無害だし、見ている分には小さな美女だけど……人為的に作り出すために人を自殺させるなんて」
憤りは握った拳に表れたが、振り下ろす先が見つからない。紫焔は苦笑し、短い溜息を吐いた。
「それで商売してるんだから、まさに血も涙もないってやつだなァ」
「人道に悖る」
短い言葉だが、冰淵もそれなりに思うところはあるのだろう。傍目には表情が動かないのでわかりづらいが。
「氾って商人、最近羽振りがいいって聞いたけど……人間が良くないっていうのは、そのへんが滲み出てたんだろうな……」
「そちらは洪が相手をしているのだろう?」
「ああ」
「劉どのの依頼主はそちらか」
「そうだ。あの爺さん、独自の調査で氾が怪しいってところまでは突き止めたらしい。だが証拠が見当たらず、氾が犯人だとするなら絶対に人を使ってるに違いないし怪しい術も使うのではないかと思って、たまたま店を訪れた我に依頼した。そういうわけだ」
「たまたまねえ……」
嘘くさい、と思ったが、これこそ確証があるわけではない。溜息を吐くと、改めて紫焔を真っ直ぐ見つめた。
「紫焔、急ぎの用がないなら、鄒家に来ないか? この件、半分くらいは紫焔に片付けてもらったようなものだから、お礼がしたい」
「礼? そりゃこっちこそだ。特に囮と待ち伏せは我ひとりでは手が足りなかった」
「じゃあ、慰労を兼ねて。このまま何もせずに帰したんじゃ、オレたちが渢雪総領に叱られる」
「ふぅん……」
紫焔は無遠慮に雪游と冰淵の顔をじろじろと交互に見たが、何かを納得したように小さく頷く。
「まあ、いいだろう。急ぐ用事は何もない。美味い食事と宿を用意してくれるというのなら、それに甘えるまでだ」
出発は朝食後にすると決めると、宿で身支度を整えた。
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