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34 鄒家にて01
「それで? 我に話とは?」
客間の一室で寛ぐ紫焔は、まるでこの部屋に何十日も住み込んでいるように馴染んでいた。
雪游が来る直前まで占いをしていたという紫焔は、卜占の道具を巾着にしまって雑な仕草で袖にしまう。
雪游は紫焔と同じく円座に座るが、ここに至って怖気づいてもいた。いつもなら、どんな些細なことでも双子の師兄に尋ねていた。けれどこの問題だけは双子を頼るのは憚られる。もちろん他の者たちにもだ。だから紫焔を頼りに来た。
右手で左手を握り、思い切って口を開く。
「紫焔は今まで、好きな人はいたのか?」
「藪から棒だな。……いなくはない。長く生きているからな」
「……好きって、どんな気持ちなんだ?」
初心らしい質問だと我ながら思うし、笑われるのではないかと思っていた。けれど予想外に、紫焔は笑わずに答えてくれる。
「人によって変わる。……幸せな気持ちにも、苦しい気持ちにもなるな。相手のことを欲しかったり、自分だけのものにしたいと願ったり、触れたいとか触れられたいとか……要するに、欲が出る」
「欲……」
「だから、相手が別の人間と仲良くしていると嫉妬してしまう。けれど相手は別に自分のものではないから、その嫉妬はお門違いだ。わかっているから煩悶するし懊悩する」
「…………」
それは覚えがある。
嫉妬してしまった相手が悪いわけでもないから、自己嫌悪にまで陥った。迷いがちに口を開く。
「……尊敬してる人、なんだけど。その……ある出来事をきっかけに、変に意識してしまって」
「うん」
「今までは特になんとも思わなかった仕草とか、態度とか……そういうことにもいちいち胸がどきどきして、苦しくなったり、嬉しくなったり、恥ずかしくもなって。でも触っても欲しいし、触りたいし……こういうことって、恋なら普通にあるものなのか?」
「そうだな、あるにはある。順番が少し違っただけだ」
「順番?」
「最初は気持ちのほうから惹かれる。そして心を通わせ合い、気持ちを通じ合わせてから体を合わせるものだ。その順番が狂ったから、気持ちと感情が相手のことを好きだという本能のようなものに追い付いてないんだろう」
「……オレ、何も言ってないよな?」
なんだか紫焔に見透かされたようなことを言われ、怪訝に思いつつ問いかける。紫焔は涼しい顔で肩を竦めた。
「もちろん。我の当てずっぽうだ」
「……ならいいけど」
「で、小僧は誰かに恋をしている、と」
「…………」
紫焔相手に認めるのは癪だったが、素直に頷いた。紫焔が手を伸ばして頭を撫でてくるのをなんとか追い払おうとしたが、結局撫でられてしまった。子どものようで不本意だ。
「自覚できるようになっただけ、めでたい話じゃねぇか」
「そう……?」
「無自覚はどうしようもないが、自分の変化に気付けるのは道士としてもいいことだ。周囲のちょっとした異変にも気付きやすくなれるだろうからな」
「……道士って、不便だなって思ったこと、ない?」
「不便? まあ……なくはないが。小僧はどんなことが不便だと思う?」
「…………跡継ぎとか」
言いにくいことを言うと、紫焔は苦笑した。まるでそれは当たり前のことだと言わんばかりに。
「そりゃ普通の家にだって起こる問題だ。だがおまえのところの本家はふたりいるし、先代も健在だろう? 分家にしても、おまえには兄貴がいるんだろう」
「そうだけど……なんていうか、そういう人たちの相手が同性だと、子どもも出来ないわけだし」
誰を想っているのかバレている。どうしてバレたのかと思ったが、今は堪えた。
「……例えばの話だが、鄒家の双子には縁談はないのか?」
「縁談? 今は地仙への昇仙鍛練が忙しくて断ってるって聞いたけど」
「なるほど、体のいい断り文句だな……。だが多分、おまえのその悩みに関しては杞憂に終わる」
「え? なんでだ?」
「韓湘子は何も言ってないのか?」
「韓老師? なんで?」
どうしてそこで湘子の名前が出てくるのか、さっぱりわからない。首を傾げると、紫焔は顎を撫でた。
「あいつの得意のひとつが卜占だからな……何も言ってないのか。じゃあ我が言うわけにもいかんが、鄒家の本家は途絶えることはないから安心しろ」
安心しろと言われてすぐに安心できるなら、雪游の悩みは悩みでなかったに違いない。
「……オレが絶世の美女だったら悩まなかったんだけどな……」
はぁ、と深い溜息を吐くと、紫焔に今度は声を出して笑われた。
「道侶や仙侶は必ずしも異性でなければならんという規は天上天下、過去にもどこにもないぞ」
「そう……だけど」
「おまえの想い人はきっと、多分、すごく頑固だ。一度心に決めたことをそう簡単に覆すような真似もしないはずだから、安心するといい。……なあ、冰淵どの」
「えっ?!」
最後に自分ではなく扉のほうに声を投げた紫焔に驚き、反射的に右手を振り向けば、冰淵が扉を開けるところだった。いつもと変わらない顔で入ってくる。
客間の一室で寛ぐ紫焔は、まるでこの部屋に何十日も住み込んでいるように馴染んでいた。
雪游が来る直前まで占いをしていたという紫焔は、卜占の道具を巾着にしまって雑な仕草で袖にしまう。
雪游は紫焔と同じく円座に座るが、ここに至って怖気づいてもいた。いつもなら、どんな些細なことでも双子の師兄に尋ねていた。けれどこの問題だけは双子を頼るのは憚られる。もちろん他の者たちにもだ。だから紫焔を頼りに来た。
右手で左手を握り、思い切って口を開く。
「紫焔は今まで、好きな人はいたのか?」
「藪から棒だな。……いなくはない。長く生きているからな」
「……好きって、どんな気持ちなんだ?」
初心らしい質問だと我ながら思うし、笑われるのではないかと思っていた。けれど予想外に、紫焔は笑わずに答えてくれる。
「人によって変わる。……幸せな気持ちにも、苦しい気持ちにもなるな。相手のことを欲しかったり、自分だけのものにしたいと願ったり、触れたいとか触れられたいとか……要するに、欲が出る」
「欲……」
「だから、相手が別の人間と仲良くしていると嫉妬してしまう。けれど相手は別に自分のものではないから、その嫉妬はお門違いだ。わかっているから煩悶するし懊悩する」
「…………」
それは覚えがある。
嫉妬してしまった相手が悪いわけでもないから、自己嫌悪にまで陥った。迷いがちに口を開く。
「……尊敬してる人、なんだけど。その……ある出来事をきっかけに、変に意識してしまって」
「うん」
「今までは特になんとも思わなかった仕草とか、態度とか……そういうことにもいちいち胸がどきどきして、苦しくなったり、嬉しくなったり、恥ずかしくもなって。でも触っても欲しいし、触りたいし……こういうことって、恋なら普通にあるものなのか?」
「そうだな、あるにはある。順番が少し違っただけだ」
「順番?」
「最初は気持ちのほうから惹かれる。そして心を通わせ合い、気持ちを通じ合わせてから体を合わせるものだ。その順番が狂ったから、気持ちと感情が相手のことを好きだという本能のようなものに追い付いてないんだろう」
「……オレ、何も言ってないよな?」
なんだか紫焔に見透かされたようなことを言われ、怪訝に思いつつ問いかける。紫焔は涼しい顔で肩を竦めた。
「もちろん。我の当てずっぽうだ」
「……ならいいけど」
「で、小僧は誰かに恋をしている、と」
「…………」
紫焔相手に認めるのは癪だったが、素直に頷いた。紫焔が手を伸ばして頭を撫でてくるのをなんとか追い払おうとしたが、結局撫でられてしまった。子どものようで不本意だ。
「自覚できるようになっただけ、めでたい話じゃねぇか」
「そう……?」
「無自覚はどうしようもないが、自分の変化に気付けるのは道士としてもいいことだ。周囲のちょっとした異変にも気付きやすくなれるだろうからな」
「……道士って、不便だなって思ったこと、ない?」
「不便? まあ……なくはないが。小僧はどんなことが不便だと思う?」
「…………跡継ぎとか」
言いにくいことを言うと、紫焔は苦笑した。まるでそれは当たり前のことだと言わんばかりに。
「そりゃ普通の家にだって起こる問題だ。だがおまえのところの本家はふたりいるし、先代も健在だろう? 分家にしても、おまえには兄貴がいるんだろう」
「そうだけど……なんていうか、そういう人たちの相手が同性だと、子どもも出来ないわけだし」
誰を想っているのかバレている。どうしてバレたのかと思ったが、今は堪えた。
「……例えばの話だが、鄒家の双子には縁談はないのか?」
「縁談? 今は地仙への昇仙鍛練が忙しくて断ってるって聞いたけど」
「なるほど、体のいい断り文句だな……。だが多分、おまえのその悩みに関しては杞憂に終わる」
「え? なんでだ?」
「韓湘子は何も言ってないのか?」
「韓老師? なんで?」
どうしてそこで湘子の名前が出てくるのか、さっぱりわからない。首を傾げると、紫焔は顎を撫でた。
「あいつの得意のひとつが卜占だからな……何も言ってないのか。じゃあ我が言うわけにもいかんが、鄒家の本家は途絶えることはないから安心しろ」
安心しろと言われてすぐに安心できるなら、雪游の悩みは悩みでなかったに違いない。
「……オレが絶世の美女だったら悩まなかったんだけどな……」
はぁ、と深い溜息を吐くと、紫焔に今度は声を出して笑われた。
「道侶や仙侶は必ずしも異性でなければならんという規は天上天下、過去にもどこにもないぞ」
「そう……だけど」
「おまえの想い人はきっと、多分、すごく頑固だ。一度心に決めたことをそう簡単に覆すような真似もしないはずだから、安心するといい。……なあ、冰淵どの」
「えっ?!」
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