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44 劉紫焔と白寒澤05
紫焔が出した条件のうち、窮奇である梓涵についての問題は解決した。
残るは合奏のほうだ。が、こちらも期限内になんとか満足のいく質まで高められた。これは合奏を聴いた渢雪も褒めてくれたし、聴いた紫焔も褒めてくれたから問題ないはず。
そうして特訓開始から十日後、指定された場所へ三人揃って到着すると、すぐに寒澤と合流した。
「久しいな」
相変わらず全身が白い寒澤は、愛想はどこかに置いてきた風情で三人に近付いてくる。そういうところは少し冰淵に似ていると思えた。だから好感度が高いのかもしれない。
「寒澤、様子はどうだ?」
「今のところ動きはない。次に動くために策を練っているのか、何かを待っているのか……というところか」
「なら、こちらから乗り込んで行くか」
紫焔の提案に寒澤は愉快と言わんばかりの顔をする。あまり表情を動かさないひとだと思ったが、そうでもないらしい。
「待っているのが吾らということもありえるが?」
「どのみち、待ちの態勢をしているほうが有利に変わりない。おびき出す手間を考えれば、とっとと突撃するのがいいだろう」
「手間……」
そこは作戦とか策とか方法というところではないのだろうか。
思ったが、突っ込む隙がない。ふたりはいくつかのやりとりをして冰淵も意見を述べ、結局は紫焔の言う通りに突撃することになった。
睚眦、人の名を汕暁東。
彼の拠点は泰山から遙か西、紀陽という土地の花陽山脈の中にあった。山深い土地で人里からは離れており、足を踏み入れるものは獣か妖物だけという場所だ。
けれど道士にとっては空を飛んで行けるため、地上であればどんな地形であっても関係ない。険峻であろうと平地であろうと、大差なかった。
「こんなところに潜んでいるのか……」
「人目につかずに悪事を企むにはもってこいだな。行くぞ」
小屋のような建物の上空に到着すると、紫焔が符を一枚放つ。鋭く飛んだ符はいくつかの巨大な氷の楔になり、小屋に打ち込まれた。巨木の幹ほどもある氷柱が刺さるのだから、たまったものではないはずだ。
何本もの楔が突き刺さり、中にいたらひとたまりもないのではないか。これだけで普通なら中の人間は串刺しになっただろう。
けれど、相手は只者でなければ人間でもない。
楔が、溶けるより早く消えてしまう。そうして、小屋からのそりと出てきたのは長身で短髪の、体格が良い若い男だった。
「ご挨拶だなぁ、紫焔。久々に会う相手に対する態度かよ?」
「どうせこの程度では死なないんだ、挨拶は派手なほうがいいだろう?」
剣呑な空気が流れるが「暁東」と名を呼び空気を断ちきったのは氷のような無表情の寒澤だった。暁東の表情は一瞬で明るくなったのに、すぐに険しくなる。
「寒澤兄さん! なんでまだそんな下郎とつるんでるんだ!?」
「そう言うものではない。これでも仙人の中では面白いほうだ」
「暇潰しにしたって趣味が悪すぎる!」
朗らかに笑む寒澤に対し、暁東は憎々しげだ。どれだけ紫焔のことを気に食わないでいるのだろう。
「おや……兄の趣味や交友関係に口出しできるとは、ずいぶん成長したな」
寒澤の空気が重くなった気がした。実際、何らかの圧を暁東にかけているのだろう。道士としてはまだ経験が浅い雪游でもそれくらいのことはわかる。
「暁東。今この場で素直に謝って箱に入るなら良し。そうでないなら、兄や友らとともに、おまえに仕置きをする」
「こいつが怒ったらどうなるか、おまえが一番よく知ってるだろう」
「……ッ、ガキじゃねーんだ、いつまでもそんな言葉で吾輩が素直に謝ると思うな!」
険悪というよりは賑やかな三人に対し、雪游は冰淵にこそりと耳打ちした。
「これって、もしかして大きい兄弟喧嘩なのか……?」
「そうであっても暁東の行ったことは断罪されてしかるべきだ」
直接ではないにしても、多くの人の命を奪った原因なのだから。
冰淵の言葉に雪游は頷く。たとえ直接ではないにしても、人々を殺した、殺させたのは事実だ。
「せっかく頭使った殺戮を楽しんだっていうのに、こんなんだったら吾輩が直接殺るんだった!」
新昌の商人・氾を唆して縊鬼を操り花魄を作り出して儲けさせ、花魄の作り方を(自殺者の魂でなければ作れないというところを伏せて)教える。高値で売れる儲け筋は峨綾の道具屋に手を回し、もっと数を作れとせっつかせる。
自殺者の魂でなければ花魄は作れないが、それを知らない氾は花魄を作り出すために焦って多くの人を犠牲にする。あのままでは、旅人だけではなくいずれ新昌の街の人間も犠牲になったかもしれない。
本来なら自身が村や街のひとつを滅ぼしたかったと言われても、大同小異だ。
「それは反省じゃねえな」
「反省なんて一言も言ってねー! 檮扤楚流、茫鴞仔空、蛟皓宇、久々に暴れろ!」
突然の開戦。
名を呼ばれた順に、妖物が姿を現す。その名、姿に驚愕させられた。
「檮扤……檮扤!? 檮扤こそ、四凶じゃないか!」
「雪游」
「あ……はい!」
戦う前から乱れてはいけない。深い呼吸をひとつして、心と鼓動を落ち着ける。乱れれば呑まれ、隙が生まれて突かれる。時には致命となるのだから、家規家訓通り、泰然自若でいなければ。
それに、どんな相手だろうと冰淵が一緒なのだから、きっとなんとかなると信じている。
残るは合奏のほうだ。が、こちらも期限内になんとか満足のいく質まで高められた。これは合奏を聴いた渢雪も褒めてくれたし、聴いた紫焔も褒めてくれたから問題ないはず。
そうして特訓開始から十日後、指定された場所へ三人揃って到着すると、すぐに寒澤と合流した。
「久しいな」
相変わらず全身が白い寒澤は、愛想はどこかに置いてきた風情で三人に近付いてくる。そういうところは少し冰淵に似ていると思えた。だから好感度が高いのかもしれない。
「寒澤、様子はどうだ?」
「今のところ動きはない。次に動くために策を練っているのか、何かを待っているのか……というところか」
「なら、こちらから乗り込んで行くか」
紫焔の提案に寒澤は愉快と言わんばかりの顔をする。あまり表情を動かさないひとだと思ったが、そうでもないらしい。
「待っているのが吾らということもありえるが?」
「どのみち、待ちの態勢をしているほうが有利に変わりない。おびき出す手間を考えれば、とっとと突撃するのがいいだろう」
「手間……」
そこは作戦とか策とか方法というところではないのだろうか。
思ったが、突っ込む隙がない。ふたりはいくつかのやりとりをして冰淵も意見を述べ、結局は紫焔の言う通りに突撃することになった。
睚眦、人の名を汕暁東。
彼の拠点は泰山から遙か西、紀陽という土地の花陽山脈の中にあった。山深い土地で人里からは離れており、足を踏み入れるものは獣か妖物だけという場所だ。
けれど道士にとっては空を飛んで行けるため、地上であればどんな地形であっても関係ない。険峻であろうと平地であろうと、大差なかった。
「こんなところに潜んでいるのか……」
「人目につかずに悪事を企むにはもってこいだな。行くぞ」
小屋のような建物の上空に到着すると、紫焔が符を一枚放つ。鋭く飛んだ符はいくつかの巨大な氷の楔になり、小屋に打ち込まれた。巨木の幹ほどもある氷柱が刺さるのだから、たまったものではないはずだ。
何本もの楔が突き刺さり、中にいたらひとたまりもないのではないか。これだけで普通なら中の人間は串刺しになっただろう。
けれど、相手は只者でなければ人間でもない。
楔が、溶けるより早く消えてしまう。そうして、小屋からのそりと出てきたのは長身で短髪の、体格が良い若い男だった。
「ご挨拶だなぁ、紫焔。久々に会う相手に対する態度かよ?」
「どうせこの程度では死なないんだ、挨拶は派手なほうがいいだろう?」
剣呑な空気が流れるが「暁東」と名を呼び空気を断ちきったのは氷のような無表情の寒澤だった。暁東の表情は一瞬で明るくなったのに、すぐに険しくなる。
「寒澤兄さん! なんでまだそんな下郎とつるんでるんだ!?」
「そう言うものではない。これでも仙人の中では面白いほうだ」
「暇潰しにしたって趣味が悪すぎる!」
朗らかに笑む寒澤に対し、暁東は憎々しげだ。どれだけ紫焔のことを気に食わないでいるのだろう。
「おや……兄の趣味や交友関係に口出しできるとは、ずいぶん成長したな」
寒澤の空気が重くなった気がした。実際、何らかの圧を暁東にかけているのだろう。道士としてはまだ経験が浅い雪游でもそれくらいのことはわかる。
「暁東。今この場で素直に謝って箱に入るなら良し。そうでないなら、兄や友らとともに、おまえに仕置きをする」
「こいつが怒ったらどうなるか、おまえが一番よく知ってるだろう」
「……ッ、ガキじゃねーんだ、いつまでもそんな言葉で吾輩が素直に謝ると思うな!」
険悪というよりは賑やかな三人に対し、雪游は冰淵にこそりと耳打ちした。
「これって、もしかして大きい兄弟喧嘩なのか……?」
「そうであっても暁東の行ったことは断罪されてしかるべきだ」
直接ではないにしても、多くの人の命を奪った原因なのだから。
冰淵の言葉に雪游は頷く。たとえ直接ではないにしても、人々を殺した、殺させたのは事実だ。
「せっかく頭使った殺戮を楽しんだっていうのに、こんなんだったら吾輩が直接殺るんだった!」
新昌の商人・氾を唆して縊鬼を操り花魄を作り出して儲けさせ、花魄の作り方を(自殺者の魂でなければ作れないというところを伏せて)教える。高値で売れる儲け筋は峨綾の道具屋に手を回し、もっと数を作れとせっつかせる。
自殺者の魂でなければ花魄は作れないが、それを知らない氾は花魄を作り出すために焦って多くの人を犠牲にする。あのままでは、旅人だけではなくいずれ新昌の街の人間も犠牲になったかもしれない。
本来なら自身が村や街のひとつを滅ぼしたかったと言われても、大同小異だ。
「それは反省じゃねえな」
「反省なんて一言も言ってねー! 檮扤楚流、茫鴞仔空、蛟皓宇、久々に暴れろ!」
突然の開戦。
名を呼ばれた順に、妖物が姿を現す。その名、姿に驚愕させられた。
「檮扤……檮扤!? 檮扤こそ、四凶じゃないか!」
「雪游」
「あ……はい!」
戦う前から乱れてはいけない。深い呼吸をひとつして、心と鼓動を落ち着ける。乱れれば呑まれ、隙が生まれて突かれる。時には致命となるのだから、家規家訓通り、泰然自若でいなければ。
それに、どんな相手だろうと冰淵が一緒なのだから、きっとなんとかなると信じている。
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