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45 劉紫焔と白寒澤06
「天空俊熙、檮扤を向かい討て」
檮扤を指差した途端、寒澤の従陰が姿を現す。驚いたことに鎧を身に纏った武人、人型だった。従陰は通常は獣型のものだ。人の形をした従陰ということは、寒澤の仙獣としての力がずっと強いということ。しかし格好いいなどと尊敬の眼差しを送る暇などなかった。
続けざまに、冰淵と雪游も自分たちの従陰を呼び出す。
「鸞雲嵐、蛟を向かい討て」
「窮奇梓涵、茫鴞を向かい討て!」
各々従陰を呼び出し、それぞれの戦いが始まる。紫焔は、と見れば、打ち合わせ通り寒澤と二対一の戦いだ。
雪游と冰淵は取り出した楽器を構えると、呼吸を合わせて曲を奏で始める。雪游が二胡、冰淵が琴。主旋律は二胡が奏で、彩るように琴の音が響く。
一音一音奏でるたびに音が力になり、紫焔や寒澤に助力しているのがわかる。だから正確に奏でられるように細心の注意を払って弦を動かした。冰淵が失敗することなどありえないのだから成否は自分にかかっている、という気負いもあった。
集中が極まれば周囲の音も徐々に遠ざかり、ある種の境地に入って――気が付くと、弾いているはずの曲の音すら聞こえないことに気付いた。次に、周囲が暗闇に閉ざされてしまったことに気付く。
「……?」
何が起こっているかわからないが、音が聞こえなくても手を動かさねばならない。
旋律に間違いはないか。それが気がかりだ。
「雪游」
「冰淵兄さま?」
演奏の手を止めそうになるが、それでは合奏が中断してしまう。
だが雪游の前に立った冰淵は、楽器を爪弾いてはいなかった。
「兄さま、琴は?! 演奏を止めちゃいけないって……」
「もう終わった。演奏を止めても大丈夫だ」
「終わった?」
おかしい。誰がこの場にいてもきっとそう思う――いや冰淵の日頃の姿を思えば、他の師弟たちは信じたかもしれない。けれど、今この場にいるのは雪游だ。他の者たちよりずっと冰淵のことを知っている。
「……紫焔と寒澤さまは?」
「あちらにいる。さぁ、行こう」
「…………」
自然な動作で冰淵は手を差し伸べてくる。だからかえって違和感があった。
「……違う。おまえは兄さまじゃない」
「雪游?」
「兄さまなら、最初にここがどういうところかも説明してくれるし、どこかわからないところに行こうなんて言わないし、自分から手を繋ぐなんてしてこない!!」
声を荒げて一音二音を大きく、強く弾く。弦が雪游の威嚇のように高く低く鳴く。
かしゃん。
硝子が触れ合い、音を立てて崩れる音がした。
空間が、割れる。
「雪游!」
目の前が明るくなり、すぐに先ほど自分がいた場所だとわかる。演奏の手は止めずに、「大丈夫!」とだけ元気よく返す。
「兄さま、紫焔と寒澤さまは?!」
「優勢だ。私たちの従陰も含めて」
落ち着いた声の返答にホッとする。名を呼ばれた時は焦っているようにも聞こえたけれど、きっと気のせいだったのだろう。
今自分にできることは、手を、指を動かして曲を奏でること。
演奏中は瞑想にも似た状態になるが、今度はそう長い時間ではない。
「鄒家のふたり! 終わったぞ!」
今度は紫焔の声。意識を戻して戦いが行われていたあたりを見れば、暁東の姿はなかった。今度は現実だとわかると、肩の力を抜いて演奏を止めた。
「紫焔、あいつは……?」
「寒澤の『箱』の中だ」
隣にいる寒澤が、一寸四方の寄せ木細工の箱を見せてくれる。
「この箱? って? 箱だよね?」
「元は瓢箪だったのを寒澤が改造してな。瓢箪の時の、呼びかけに応えた相手を吸い込む仕様はそのまま引き継いでいる」
「使うのは二度目。再度引き込むのは難しいかと思ったが……紫焔がいい具合に暁東を怒らせた。あの子は頭に血が上ると周りが見えなくなる」
「褒めるな」
「褒めてはいない」
「…………」
項垂れた紫焔を他所に、従陰たちはそれぞれの主たちの元に戻っていた。戦いの時とは打って変わって甘えてくるのを、それぞれ労いを込めて撫でる。
「……鄒家の兄さんの従陰は、鸞か……兄さん次第だが、このままいけばちゃんと育ちそうだなァ」
「そうだな、雄か雌かはわからぬが、鳳凰のいずれかになるだろう」
冰淵の肩に留まり撫でられている、今は烏ほどの大きさの鳥。瑠璃色のこの鳥は、渢雪も同じ鳥を従陰にしているが、二羽揃えば鳳凰になるのだろうか。
その眺めはきっと壮観だろう。いつかその姿も見てみたいが、その時に彼らは鄒家にいるのか、天界にいるのか。韓湘子のようにふらりと来てくれればいいのだが、今は冰淵と離れることは考えたくない。
不安に思う雪游の頬をべろりと舐めたのは梓涵だった。
「わ。……おまえもよく頑張ったね。前の茫鴞よりずいぶん大きかったのに」
頭や首を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。そんなところは猫のようで可愛らしいと思えた。
「おまえ、本当は猫だったりしない? かわいいけど」
「ずいぶん懐いたもんだな。何かしたのか?」
「特別なことは何もしてないと思うけど……ああ、食事は果物が好きだよ。肉かと思ったんだけど、肉には見向きもしなかった。苺が好きなんだ」
「へえ……まぁ正確には虎じゃないからなんだろうが。何にせよ、皆ご苦労さん」
紫焔がひとつ伸びをして、それから全員で鄒家に帰ることになった。
檮扤を指差した途端、寒澤の従陰が姿を現す。驚いたことに鎧を身に纏った武人、人型だった。従陰は通常は獣型のものだ。人の形をした従陰ということは、寒澤の仙獣としての力がずっと強いということ。しかし格好いいなどと尊敬の眼差しを送る暇などなかった。
続けざまに、冰淵と雪游も自分たちの従陰を呼び出す。
「鸞雲嵐、蛟を向かい討て」
「窮奇梓涵、茫鴞を向かい討て!」
各々従陰を呼び出し、それぞれの戦いが始まる。紫焔は、と見れば、打ち合わせ通り寒澤と二対一の戦いだ。
雪游と冰淵は取り出した楽器を構えると、呼吸を合わせて曲を奏で始める。雪游が二胡、冰淵が琴。主旋律は二胡が奏で、彩るように琴の音が響く。
一音一音奏でるたびに音が力になり、紫焔や寒澤に助力しているのがわかる。だから正確に奏でられるように細心の注意を払って弦を動かした。冰淵が失敗することなどありえないのだから成否は自分にかかっている、という気負いもあった。
集中が極まれば周囲の音も徐々に遠ざかり、ある種の境地に入って――気が付くと、弾いているはずの曲の音すら聞こえないことに気付いた。次に、周囲が暗闇に閉ざされてしまったことに気付く。
「……?」
何が起こっているかわからないが、音が聞こえなくても手を動かさねばならない。
旋律に間違いはないか。それが気がかりだ。
「雪游」
「冰淵兄さま?」
演奏の手を止めそうになるが、それでは合奏が中断してしまう。
だが雪游の前に立った冰淵は、楽器を爪弾いてはいなかった。
「兄さま、琴は?! 演奏を止めちゃいけないって……」
「もう終わった。演奏を止めても大丈夫だ」
「終わった?」
おかしい。誰がこの場にいてもきっとそう思う――いや冰淵の日頃の姿を思えば、他の師弟たちは信じたかもしれない。けれど、今この場にいるのは雪游だ。他の者たちよりずっと冰淵のことを知っている。
「……紫焔と寒澤さまは?」
「あちらにいる。さぁ、行こう」
「…………」
自然な動作で冰淵は手を差し伸べてくる。だからかえって違和感があった。
「……違う。おまえは兄さまじゃない」
「雪游?」
「兄さまなら、最初にここがどういうところかも説明してくれるし、どこかわからないところに行こうなんて言わないし、自分から手を繋ぐなんてしてこない!!」
声を荒げて一音二音を大きく、強く弾く。弦が雪游の威嚇のように高く低く鳴く。
かしゃん。
硝子が触れ合い、音を立てて崩れる音がした。
空間が、割れる。
「雪游!」
目の前が明るくなり、すぐに先ほど自分がいた場所だとわかる。演奏の手は止めずに、「大丈夫!」とだけ元気よく返す。
「兄さま、紫焔と寒澤さまは?!」
「優勢だ。私たちの従陰も含めて」
落ち着いた声の返答にホッとする。名を呼ばれた時は焦っているようにも聞こえたけれど、きっと気のせいだったのだろう。
今自分にできることは、手を、指を動かして曲を奏でること。
演奏中は瞑想にも似た状態になるが、今度はそう長い時間ではない。
「鄒家のふたり! 終わったぞ!」
今度は紫焔の声。意識を戻して戦いが行われていたあたりを見れば、暁東の姿はなかった。今度は現実だとわかると、肩の力を抜いて演奏を止めた。
「紫焔、あいつは……?」
「寒澤の『箱』の中だ」
隣にいる寒澤が、一寸四方の寄せ木細工の箱を見せてくれる。
「この箱? って? 箱だよね?」
「元は瓢箪だったのを寒澤が改造してな。瓢箪の時の、呼びかけに応えた相手を吸い込む仕様はそのまま引き継いでいる」
「使うのは二度目。再度引き込むのは難しいかと思ったが……紫焔がいい具合に暁東を怒らせた。あの子は頭に血が上ると周りが見えなくなる」
「褒めるな」
「褒めてはいない」
「…………」
項垂れた紫焔を他所に、従陰たちはそれぞれの主たちの元に戻っていた。戦いの時とは打って変わって甘えてくるのを、それぞれ労いを込めて撫でる。
「……鄒家の兄さんの従陰は、鸞か……兄さん次第だが、このままいけばちゃんと育ちそうだなァ」
「そうだな、雄か雌かはわからぬが、鳳凰のいずれかになるだろう」
冰淵の肩に留まり撫でられている、今は烏ほどの大きさの鳥。瑠璃色のこの鳥は、渢雪も同じ鳥を従陰にしているが、二羽揃えば鳳凰になるのだろうか。
その眺めはきっと壮観だろう。いつかその姿も見てみたいが、その時に彼らは鄒家にいるのか、天界にいるのか。韓湘子のようにふらりと来てくれればいいのだが、今は冰淵と離れることは考えたくない。
不安に思う雪游の頬をべろりと舐めたのは梓涵だった。
「わ。……おまえもよく頑張ったね。前の茫鴞よりずいぶん大きかったのに」
頭や首を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。そんなところは猫のようで可愛らしいと思えた。
「おまえ、本当は猫だったりしない? かわいいけど」
「ずいぶん懐いたもんだな。何かしたのか?」
「特別なことは何もしてないと思うけど……ああ、食事は果物が好きだよ。肉かと思ったんだけど、肉には見向きもしなかった。苺が好きなんだ」
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紫焔がひとつ伸びをして、それから全員で鄒家に帰ることになった。
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