初恋のあの人は~再会した初恋の人は炊事能力ゼロでした~

オジカヅキ・オボロ

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06 近付く距離

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 二週間が過ぎ、ライトノベルの季刊雑誌の制作はそろそろ大詰めを迎えようとしていた。
 パソコンに表示されている時刻を確認する。十八時。もう終業時間だ。

「永瀬さん、特集のほうはどうですか?」
「原稿は揃ったので、校正に入ってます。コラムはどう?」
「あとひとつ……月城先生の分がね」
「珍しいですね。あの先生、いつも締め切り前にはくれるのに」
「俺もそう聞いてたから、安心してたんですど……」

 締め切りは昨日だった。念のため今日一日待ってみたが、連絡はない。本当の締め切りはもう少し先だから、待てと言われれば多少の融通は利くのだが、その連絡すらない。
 大井からは連絡なく締め切りをぶっちぎるような作家ではないと聞いているし、今までの小さなコラムなどの仕事も締め切り前にはきっちりと仕上げてきてくれていたから、すっかり油断していた。
 今朝の時点で、一通りの連絡はしてみた。メールと固定電話への連絡。けれどどちらにも応答はない。

「月城先生のことだから、また自宅内遭難してるんじゃないですかね?」

 永瀬が苦笑する。どうやら類が過去にやらかした栄養失調からの救急車騒ぎは、他の社員にも知れ渡っているらしい。
 山斗としては笑えない予想だ。

(ありえるから困るんだよなあ……)

 せめてもう少し、生存本能が仕事をしてくれれば気を揉まなくても済むのだが。溜息を吐くと帰り支度をする。本当はもう少し残って仕事を進めたかったが、一度気になってしまうと他に手を着けても上の空になってしまいかねない。
 それなら気になることは片付けてしまったほうがいい──とは、建前だ。
 連絡ボードに立ち寄りからの直帰を記入すると、会社を出る。とりあえず、何があるにせよないにせよ、連絡を待つより直接行ったほうが早い。
 仕事だし気になることは片付けなければ、と言い訳をして「行ってきます、そのまま帰ります」と声を掛けて社を出た。




 何度目か降り立った駅は、帰宅するサラリーマンたちで賑わっている。類の自宅がある側の出口も、多くの勤め人がめいめいの家へ帰宅していくようだった。
 類の住むアパートへ行くには公園を突っ切ったほうが早い。何度か通った道で覚えた近道だ。広場は子供たちが走り回って遊んでいるが、邪魔をしないように通ればいくらか早く着く。

(……あれ?)

 広場の周りをぐるりと囲む遊歩道。左右には季節の花が植えられていて、何カ所かはベンチが設置されている。そのうちのひとつに、見覚えがある姿があった。類だ。誰かと話をしている。
 すっかり薄暗くなってはっきりとは見えないながらも、見間違えはしない。こんなところで何をと思いつつ彼のほうへ行くと、顔見知りなのか、小型犬を連れた老人と話し込んでいるようだった。かがんで犬を撫でている類はいつもの無機質めいた無表情とは違い、どこか嬉しそうな笑みを浮かべている。

(あんな表情もするんだ……)

 動物の話をする時は表情が和らぐことは知っている。けれど実際に動物と触れ合っている様子を見るのはこれが初めてだ。思いがけない表情に、鼓動がにわかに跳ねる。
 類がふと顔を上げた。視線がばちりと合う。今さら無視をするのもおかしな話だし、用事があるのだから疚しい気持ちを抱く必要はない。それなのに何故だかばつが悪い。

「氷室くん、どうしたの」

 老人が犬と去っていくのを見送ってから、視線をこちらに戻す。ベンチの前で立ったままなのもおかしいかと隣に腰掛けたが、微妙に居心地が悪い。

「どうした、って……こちらの台詞ですよ。昨日締め切りの原稿、いただいてなかったので、どうしたのかと思って」
「えっ?」

 意外そうな顔が山斗を見つめる。

「一昨日、メールで送ったんだけど……」
「ええ?」

 今度はこちらが驚く番だった。

「届いてませんけど……」
「本当? じゃあ、すぐに再送するよ」

 ごめんね、と申し訳なさそうに眉を下げられると、山斗のほうが焦ってしまう。

「ああ、いえ、その……」
「わざわざ来てくれて申し訳ないな。すぐ家に帰るよ」
「あ、チェックするのは後でもできるので、そんなに急がなくても大丈夫です」

 メールはスマホからでもチェックできるが、受け取った原稿の確認は帰宅後か明日出社してからになる。
 だから今すぐ慌てなくても大丈夫だ。
 と言ってしまったのは、類とすぐ別れてしまうのが惜しく感じられたからだと自分でもわかった。

「……そう?」
「ええ。今、ちょうど散歩の時間ですし……もう少しここにいたいでしょう?」
「……よくわかったね」

 取って付けたような後付けの理由に、類は目を丸くする。けれどわかって当然だ。類の視線はうろうろと遊歩道へ向かっていて、その先には散歩中の犬がいたから。

「氷室くんは今、動物と一緒じゃないの?」
「実家では猫を飼ってますが、俺は飼ってないです」
「そう。……どんな子?」
「雑種なんですけど、ミルクティみたいな色のブチの猫で……しっぽは長くて、鍵しっぽで。人懐っこいですよ」

 最後に里帰りしたのは年末だったか。その時のことを思い出してほっこりする。
 あの時は手のひらに乗るようなサイズの子猫だったが、今ではだいぶ大きくなっている。たまにメールで送られてくる親バカ全開の写真は、密かに癒しになっていた。

「鍵しっぽなんだ。チャームポイントだね」
「父や母もそう言ってます。我が子そっちのけでメロメロになってて、見てられないですよ」
「かわいいからね」

 今度写メ見せてね、と約束したところで立ち上がる。

「……っ」

 ふらついた類の腕を咄嗟に掴み、腰に腕を回して体を支える。細い腕、薄い体にどきりとした。

(こんな細くて……大丈夫なのか?)

 山斗は特に何かスポーツに打ち込んできたわけではないし、身長こそ少しは高いものの人並みの体格だという自覚はある。その山斗が細いと思うくらいには類は華奢だ。

「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……ごめんね、ありがとう」

 立ちくらみしやすいのだと類は言うが、その原因のひとつは食生活ではないだろうか。

「氷室くんは力強いね。やっぱり大型犬みたいだ」
「はあ……」

 褒められているのか微妙だが、類にしてみれば褒めている──のだろう。からかっている様子はない。

「好きだな」
「えっ?」
「いいよね、大型犬。頼もしいし」
「あ……ああ……そうですね、俺も好きです」

 そっちの話か。焦って損をした。
 けれど類の表情は和らいでいて、山斗はその顔に少しだけ見惚れた。
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