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第四話

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 あれからしばらく私は治療を受ける為にこの診療所に入院していた。

『アンタ、溺水の後遺症の心配もあるけど、それ以上に栄養失調やら色々問題あるからしばらく入院な?』

   と藍吉から言われた。そんなに酷いのか私の身体は。
 というわけで今私は静養室で横になっていた。他に患者は居ないため私1人だ。暇つぶし用の本を読む。
 こんなふうに過ごせる日がくるなんて思っていなかった。
 
「よっ、体調はどうだ?」

 そんな時、今日も茜丸が見舞いに来てくれた。彼は毎日こうして見舞いに来て私の様子を確認してくる。

「大丈夫です。」

「そうか、良かった。」

 手には風呂敷包みを持っているようだった。

「あぁそうだこれな、前に幼馴染夫婦が茶菓子屋やってるって言っただろう?」

 茜丸は私の近くに座り、風呂敷を広げた。少し大きめの黒い箱のようだった。
 そして蓋を開けるとそこに入っていたのは。

「桜餅…?」

 ピンク色の平たい餅が餡子を包み込んでいる。そして皮を沿うように葉っぱが巻かれている。
 黒い箱に10個ほど入っているようだった。

「もしかして、私に…?」

「もちろんだ。好きだって言ってただろ?あぁ安心しろ、ちゃんと藍には許可とってあるから。食べても安心だぜ?」

「でも…」

 今までは勝手に食べると怒られていたから手を出すのに躊躇してしまう。
 茜丸はそんな私を悟ったのか、桜餅を一個手に取り差し出してきた。

「食べて欲しいんだ。」

 茜丸は眉を垂れさせていた。
 
「…わかりました。ありがとうございます…」

 素直に私は茜丸から桜餅を受け取った。葉っぱを剥いて恐る恐る、小さく口に含めた。
 
「!!美味しい!」

 口に入れた瞬間に広がる甘さ、けれども上品な甘さで葉っぱの香りがより美味さを引き立てているようだった。
 あっという間に一個平らげてしまった。

「な、上手いだろ?」

「はい、こういう桜餅もあるんですね。」

「そうだろ……ん?」

 茜丸は笑みを浮かべていたが、私の言葉を聞いた後、一瞬固まった。

「えっ、こういうって、おまえが食べてきた桜餅ってもしかしてこれじゃないのか?」

「はい。母が作ってくれた桜餅はもち米の食感が残ってるようなつぶつぶして、もちもちしてました。」

 そういえば、この時期になると必ず沢山作ってくれてたっけ。あまりにも沢山作って、父が少し困り顔していたけど、家族三人で食べていた。
 母が作ってくれた桜餅とは少し違うけど、けれども久しぶりに桜餅が食べられて良かった。   
 何故か茜丸は顔に手を当てていた。

「……あの、茜丸さん…?」

「あ、いや、気にするな。とにかく気に入ってくれたなら幼馴染夫婦も喜ぶだろ。良かったら全部食ってくれ。」

「…?ありがとうございます。」

 よくわからないが、お言葉に甘えて私は2個目の桜餅を手に取った。

「そういえば、ずっとわからないままだったのですか。ここはもしかして鬼ヶ島ですか?」

「……その通り、ここは鬼ヶ島だ。」

 やっぱり。私の予想通りだった。私が落ちた場所を考えると、目の前に見えていた鬼ヶ島に流れ着くのが自然だ。
 まさかずっと見てきて、でも一生訪れることはないだろうと思っていた鬼ヶ島の地に入るとは。

「大丈夫か?」

「…?何を、ですか?」

「いや、ここが鬼ヶ島だって知ったらパニックになると思って、言えなかったんだ。」

 言われてみれば、初対面の時私は茜丸が鬼と知って怯えていた。もし茜丸に助けてもらわなければ私は鬼全般嫌いになっていたかもしれない。けど。

「大丈夫です、鬼ヶ島が見える場所に住んでいたのもあったので。そんなに不安にはなっていません。」

「そうなのか、じゃあ治ったら元の場所に帰らないとな!鬼ヶ島が見える場所に居たならそう遠くはないな。」

「あ、その…」

 そうだ。あくまで今は治療の為にここに居るんだ。もし治って退院することになったら…またあの場所に戻らないといけないのか。

「戻りたくないです…」

「え?」

「私、戻りたくないんです。もう利用されたくない…もう傷つけられたくない…」

 私は無意識に防御するかのように背中を丸め、腕をクロスする。
 元々あそこに私の居場所なんてなかった。あっても私を人として扱わない。
 離れてから初めて私は酷い環境にいたことに気づいた。
 そんな震えている私の背中に茜丸がそっと私の手を当てた。そしてさすった。

「…そうか。なら俺家にくるか?」

「…え?」
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