たんたん短編集

海野(サブ)

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リンゴ

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 カラッカラの砂漠の道中にタバコを愛する旅人が歩いていた。
 旅人がしばらく歩いていると、とても大きいリンゴの木が一本生えていた。
 10年以上、もしかしたら1000年以上は経っていると予想できるほど、そのリンゴの木は大きかった。
 旅人は一休みとしてリンゴの木の根元に腰を下ろす。
 タバコを吸おうとマッチを取り出そうとした時だった。背後から声が聞こえてきたのだ。

『これはこれは旅人さん、こんな場所までようこそ。』

 旅人は自分以外の人間がいるのだと思い辺りを見回した。

『おっと、貴方に語りかけているのは目の前に居るただのリンゴの木ですよ。』

 そう言われて旅人は上を見上げる。確かに他に人間は居なさそうだ。そう思った旅人はリンゴの木に返事をした。

「それは失礼、砂漠の暑さに脳がバグってしまったのかと思いましてね。」

『はっはっは、それはそれは。無理はありません。ここ辺りはずっと暑いままですから。』

リンゴの木はそう言った。旅人は人、ではなく木の前でタバコを吸うのは迷惑だと思い、一旦ポケットに仕舞う。

「それにしても、あんたは随分と立派なリンゴの木だ。長い間この砂漠を彷徨っていたが、あんたみたいに生き生きとした植物はいなかった。何か水を蓄えるコツでもあるのかい?」

『いえいえ、自分はただのリンゴの木ですよ。けれどもかつての国は、自分を神の木と言って持ち上げてくれてましたが。』

「ほう?その言い方だとかつてここに国があったみたいな言い方ですな?」

『えぇ、だいぶ前にですが。ありましたよ。』

 辺りを見回しても砂しかなく、かつて人が住んでいた様な証拠になるコップ一つさえ落ちていない。

『自分は気づけばその国の神木として讃えられていました。この木は我々の国に平和をもたらしてくれると。実際はただのリンゴの木でしたけどね。』

「なにを言っているんですか、こうして人とおしゃべり出来る木は、神に関するものだと思われても無理ないでしょうよ。それに今だって砂しかない大地に立派に生えていればそれは普通ではないでしょうな。」  

 世界を跨ぐ旅人でさえこんなリンゴの木は会ったことがなかった。

『いやぁ、当時はしゃべることすら出来なかった木でしたけどねぇ。人間というのは面白いことを考えますよ。まぁでも、大切な人が出来たので今となっては良かったとは思います。』

「ほう?大切な人とな?それはどんな花粉だったんだい?やっぱり花を刺激されて涙が出ちまったのかい?」

『いえいえ、人間の少女ですよ。彼女は運命でした。』

「これまた驚きですな。それで、その人とは最終的にどういう展開を迎えたのです?」

『私のナカに居ますよ。』

 リンゴの木にそう言われて、旅人は目を丸くした。もしかしてこの太い根っこの中に少女がいるのかと思い、隙間から覗き込んだ。

『残念ながらあなたには見えないでしょう。』

「そうかい、挨拶しときたかったが残念だ。しかしどういう経緯でその子はあんたの中に入ってるんだ?普通は人間は墓の中に入ってるもんだろう?」

『…この子は、私の生贄でした…何を思ったのか、人間は私に生贄を捧げれば再びこの大地に雨をもたらすと信じて疑いませんでした…』

 リンゴの木は悲しそうに言った。普通の木からしたら何を言っているのだと不思議に思ったのだろう。

『少女は、私に優しく微笑み、命を差し出してくれました。彼女の笑顔に私は、惚れました。』

「まさか惚れ話ときた。まぁ、少女の笑顔ほど惚れるものはないからな。無理もない。」

 旅人は揶揄うような言い方で笑った。

『えぇ、惚れた弱みと言いますか…私は彼女が生贄にした人間を哀れで、憎いと思い。彼らの住む大地の水を全て奪いました。』

「……これゃまた随分と予想外な話ですな。ということはこの砂漠はあんたの仕業かい?」

『えぇ…水を失った彼らは徐々に衰退し、最終的には何も残らなくなりました。』

「大胆だねぇ。」

 旅人は呆れた顔をした。リンゴの木は恥ずかしいのか葉っぱを揺らした。

『ですので、今この大地には私と、この子。あなたしかいませんよ。』

「ま、普通のリンゴの木によって滅ぼされた地なんて住みたがる奴は居ないでしょうな。」

 と、旅人は乾いた笑いをした。

『久しぶりにこの子以外の人間に出会えて嬉しいですよ。良ければ実らせた実はいかが?小鳥たちに好評なんですよ。』

「悪いねリンゴの木さん。好意を受け取りたいとこだが、あいにく俺の口はタバコ以外受け入れたくないわがままちゃんなんでな。その実は別の鳥に渡しといてくれると助かりますな。」

『あらら、それは残念。』

 しばらくして、日が落ち一晩旅人はリンゴの木の下で休んだ。
 そして朝が再び登り始めた時、旅人は出していた荷物をカバンに仕舞い立ち上がった。

「ではリンゴの木さんよ。一晩泊めてくれて大いに助かった。では俺はまた旅に出ますわ。」

『私も、有意義な時間を過ごせて良かったです。どうかあなたに祝福を。』

「ははっ、ありがとうな。」

 カバンを背負い、再び歩き出そうとした時だった。

『旅人さん。お願いがあるのですか。確かあなたは火をお持ちでしたよね?どうかその火で私を燃やして頂けませんか?』

「別れ際にとんでもないお願いをされたな。どうしてです?確かに俺はマッチを持っているが、これはタバコの火を付けるものであんたを燃やすためではありませんで?」

 リンゴの木は、しばらく沈黙した後、葉っぱを揺らした。

『私のナカに居るこの子はまだ、生きております。私に命を捧げたあの日から今日までずっと…私は彼女を感じ、長く共に生きられることに幸福を感じておりました。けれども流石にもう、眠らせてあげたいのです。』

「ならその子だけ燃やせばいいのでは?」

『……この子を失った後で私は生き続けられる自信はありません。共に行きたいのです。どうか旅人さん。慈悲を…』

「…」

 旅人は少しばかり悩んだ。殺すために旅をしているわけではない。だが、国の跡さえ残らなかった砂漠の地にただ一つ、生き続けることは辛いのだろう。と旅人は思い立った。

「わかった。泊まらせてくれた礼だ。特別にマッチ一本あんたにあげよう。」

『ありがとうございます。この1億年の間、あなたに出会えて、本当に良かったと思います。』

 そうして、旅人は自分が思っていた以上に長生きしているリンゴの木に、火が付いたマッチ棒をプレゼントした。

 太陽よりも熱く、愛しい少女と共にリンゴの木は、燃え上がり、この大地から姿を消した。

 旅人は振り返ることなく、自身の口にタバコを銜え、火を付けた。
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みんなの感想(2件)

サフポテト
2022.12.10 サフポテト

人間味のない人間と人間味のある人外の対比が好き表現が綺麗

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サフポテト
2022.12.10 サフポテト

表現と人間味のない人間と人間味がある人外の対比が好き

解除

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