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魂の還る惑星 第三章 Sopdet -太陽を呼ぶ星-
第三章 第六話
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「これは?」
「豆苗の炒め物です」
「へぇ、いただきます!」
「あの、この前の音楽史の本なんですけど……」
「うん、どうかした?」
「後で見せてもらえないでしょうか?」
「いいよ。夕食終わったら持ってくよ」
「ありがとうございます」
小夜は夕食の支度に取りかかった。
夕食後、楸矢が音楽史の入門書を持って小夜の部屋の戸をノックした。
「わざわざすみません」
「気にしなくていいよ」
小夜は本の表紙に目を落とした。
しかしムーシカも浮かんでこないしクレーイスも反応しない。
小夜は表紙の写真を指した。
「これ、壁画ですか?」
「え、それは……。柊兄、ちょっといい?」
楸矢は柊矢の部屋の戸をノックした。
「なんだ」
部屋の中から柊矢のぞんざいな声が聞こえた。
出てきそうにない。
「小夜ちゃんが……」
「え?」
小夜が目を丸くした。
「何かあったのか?」
柊矢がすぐに出てきた。
これだよ……。
「柊兄、これ、なんだか分かる?」
「小夜とどういう関係があるんだ」
柊矢が楸矢を睨み付けた。
「小夜ちゃんに聞かれたんだよ」
「お前、答えられなかったのか!」
「と、とりあえず、小夜ちゃんに教えてあげてよ」
「あ、お仕事中なら後でも……」
小夜が取りなすように言った。
柊矢は本の表紙に目を落とした。
「これはウルのスタンダードだな。用途は不明だが、今は箱状に復元されていてこの写真は『平和の場面』と呼ばれるものだ。反対側に『戦争の場面』がある」
「用途が分からないならなんで音楽史の本の表紙に……あ、ここに竪琴が映ってるからかな」
「ウルのスタンダードは楽器の共鳴胴だったんじゃないかって説があるからだ! 高校の音楽史で習ったはずだぞ! お前、授業に出てなかったのか!」
「出席はしてたよ! 覚えてなかっただけで……」
その言葉に、柊矢は授業で聞いたことを覚えてないなんて信じ難いという表情で楸矢を見た。
楸矢も胸の中で溜息を吐いていた。
柊矢は本当に音楽以外、何も見えていなかったらしい。
楸矢に授業で聞いたことを全て覚えてられるだけの記憶力があればあんな成績になるはずがない。
楸矢はムーシカの話が出来るから辛うじて相手にしてもらえてただけで、基本的には視界に入ってなかったのだ。
だから楸矢の成績がどれほど悪くても気にならなかったし、どうでもいいから叱らなかった。
小夜を好きになったことで、やっと他の人間に気付いたのだ。
もちろん他人が存在すること自体はずっと前から知ってはいたが、道路を舗装しているアスファルトみたいなものだったのだ。
だから自分を追いかけ回している女の子達にも気付かなかったし、調弦や解釈の違いで喧嘩することもなかった。
道路を意識したりはしないし喧嘩もしない。
頭が良くて知識は豊富だから〝家族〟という概念は知っていたし、楸矢がそれに当たるものだということも分かっていたが、あくまでも〝知っている〟と言うだけだったのだ。
他の人間との違いは同じ家に住んでいて養う必要があったということだ。
最近になって――と言うか小夜に対する感情によって――ようやく概念上の〝家族〟が実感として身に付き、意識が向き始めたのだ。
それで楸矢の存在を認識するようになり態度が変わってきたのだ。
成績のことで怒るようになったのもそのためだろう。
小夜ちゃんって結構成績いいからなぁ。
柊矢の知っている人間は自分自身以外では小夜だけだから、基準が小夜と自分なのだろう。
柊矢の一般科目の成績も〝音楽科にしては〟というレベルを超えて良かったから普通科へ行っていたとしても成績優秀だったに違いない。
十八年以上も一緒に暮らしてきたのに、まともに認識されてなかったなんて……。
これって、何気に叱られるより堪えるな……。
捨て猫には気付いて拾ってきていたことを考えると楸矢は猫以下ということになる。
家族ですら視界に入ってないなんて、地球人ならあり得ないあろう。
家族に〝感心がない〟としても一緒に暮らしていながら〝存在に気付いてない〟人間がいるとは思えない。
椿矢が柊矢は典型的なムーシコスだと言っていた。
それが事実だとしたらムーシコスというのは本当に異星人なんだと痛感させられる。
あまりにも地球人とは違いすぎる。
ここまで他人が見えてない者によくクレーイス・エコーを選ばせようなんて思ったな。
やはりムーシケーの意志は楸矢の想像の範疇を超えている。
榎矢の言うとおり、楸矢はかなりムーシコスの血が薄いのだろう。
クレーイス・エコーなのも柊矢のおまけのみたいなものに違いない。
「あの、共鳴胴っていうのは……」
小夜が二人の間に割って入るように言った。
「糸(弦)を弾いても大きな音は出ないだろ。音を響かせるために共鳴の原理を使って弦の振動を増幅させるものを共鳴胴って言うんだ。ヴァイオリンの胴とかがそれだな」
小夜に意識が向くと柊矢の声が穏やかになった。
楸矢は再度胸の中で溜息を吐いた。
マジで柊兄にとって人間って小夜ちゃんだけなんだ……。
柊矢にしてみたら楸矢も沙陽も喋るイスかテーブル程度の存在なのだ。
それでも話しかければ返事をしてもらえる分、道路並みの女の子達や弦楽四重奏の仲間達よりはマシなのだから頭痛がしてくる。
小夜が困ったように本の表紙に目を落とした。
「これ、どのくらいの大きさですか?」
小夜は柊矢を見上げた。
「大きめのノートパソコンより横幅が少し長い程度だったはずだが」
「じゃあ、ヴァイオリンよりは小さいって事ですよね? 持ち歩いて演奏とか出来たって事ですか?」
「胴の部分だけを比較するならヴァイオリンよりは少し大きいな。ネックがあるから全長はヴァイオリンの方が大きいが。演奏は……、そういう説があるってだけで本当に楽器だったかどうか分かってないからな」
「豆苗の炒め物です」
「へぇ、いただきます!」
「あの、この前の音楽史の本なんですけど……」
「うん、どうかした?」
「後で見せてもらえないでしょうか?」
「いいよ。夕食終わったら持ってくよ」
「ありがとうございます」
小夜は夕食の支度に取りかかった。
夕食後、楸矢が音楽史の入門書を持って小夜の部屋の戸をノックした。
「わざわざすみません」
「気にしなくていいよ」
小夜は本の表紙に目を落とした。
しかしムーシカも浮かんでこないしクレーイスも反応しない。
小夜は表紙の写真を指した。
「これ、壁画ですか?」
「え、それは……。柊兄、ちょっといい?」
楸矢は柊矢の部屋の戸をノックした。
「なんだ」
部屋の中から柊矢のぞんざいな声が聞こえた。
出てきそうにない。
「小夜ちゃんが……」
「え?」
小夜が目を丸くした。
「何かあったのか?」
柊矢がすぐに出てきた。
これだよ……。
「柊兄、これ、なんだか分かる?」
「小夜とどういう関係があるんだ」
柊矢が楸矢を睨み付けた。
「小夜ちゃんに聞かれたんだよ」
「お前、答えられなかったのか!」
「と、とりあえず、小夜ちゃんに教えてあげてよ」
「あ、お仕事中なら後でも……」
小夜が取りなすように言った。
柊矢は本の表紙に目を落とした。
「これはウルのスタンダードだな。用途は不明だが、今は箱状に復元されていてこの写真は『平和の場面』と呼ばれるものだ。反対側に『戦争の場面』がある」
「用途が分からないならなんで音楽史の本の表紙に……あ、ここに竪琴が映ってるからかな」
「ウルのスタンダードは楽器の共鳴胴だったんじゃないかって説があるからだ! 高校の音楽史で習ったはずだぞ! お前、授業に出てなかったのか!」
「出席はしてたよ! 覚えてなかっただけで……」
その言葉に、柊矢は授業で聞いたことを覚えてないなんて信じ難いという表情で楸矢を見た。
楸矢も胸の中で溜息を吐いていた。
柊矢は本当に音楽以外、何も見えていなかったらしい。
楸矢に授業で聞いたことを全て覚えてられるだけの記憶力があればあんな成績になるはずがない。
楸矢はムーシカの話が出来るから辛うじて相手にしてもらえてただけで、基本的には視界に入ってなかったのだ。
だから楸矢の成績がどれほど悪くても気にならなかったし、どうでもいいから叱らなかった。
小夜を好きになったことで、やっと他の人間に気付いたのだ。
もちろん他人が存在すること自体はずっと前から知ってはいたが、道路を舗装しているアスファルトみたいなものだったのだ。
だから自分を追いかけ回している女の子達にも気付かなかったし、調弦や解釈の違いで喧嘩することもなかった。
道路を意識したりはしないし喧嘩もしない。
頭が良くて知識は豊富だから〝家族〟という概念は知っていたし、楸矢がそれに当たるものだということも分かっていたが、あくまでも〝知っている〟と言うだけだったのだ。
他の人間との違いは同じ家に住んでいて養う必要があったということだ。
最近になって――と言うか小夜に対する感情によって――ようやく概念上の〝家族〟が実感として身に付き、意識が向き始めたのだ。
それで楸矢の存在を認識するようになり態度が変わってきたのだ。
成績のことで怒るようになったのもそのためだろう。
小夜ちゃんって結構成績いいからなぁ。
柊矢の知っている人間は自分自身以外では小夜だけだから、基準が小夜と自分なのだろう。
柊矢の一般科目の成績も〝音楽科にしては〟というレベルを超えて良かったから普通科へ行っていたとしても成績優秀だったに違いない。
十八年以上も一緒に暮らしてきたのに、まともに認識されてなかったなんて……。
これって、何気に叱られるより堪えるな……。
捨て猫には気付いて拾ってきていたことを考えると楸矢は猫以下ということになる。
家族ですら視界に入ってないなんて、地球人ならあり得ないあろう。
家族に〝感心がない〟としても一緒に暮らしていながら〝存在に気付いてない〟人間がいるとは思えない。
椿矢が柊矢は典型的なムーシコスだと言っていた。
それが事実だとしたらムーシコスというのは本当に異星人なんだと痛感させられる。
あまりにも地球人とは違いすぎる。
ここまで他人が見えてない者によくクレーイス・エコーを選ばせようなんて思ったな。
やはりムーシケーの意志は楸矢の想像の範疇を超えている。
榎矢の言うとおり、楸矢はかなりムーシコスの血が薄いのだろう。
クレーイス・エコーなのも柊矢のおまけのみたいなものに違いない。
「あの、共鳴胴っていうのは……」
小夜が二人の間に割って入るように言った。
「糸(弦)を弾いても大きな音は出ないだろ。音を響かせるために共鳴の原理を使って弦の振動を増幅させるものを共鳴胴って言うんだ。ヴァイオリンの胴とかがそれだな」
小夜に意識が向くと柊矢の声が穏やかになった。
楸矢は再度胸の中で溜息を吐いた。
マジで柊兄にとって人間って小夜ちゃんだけなんだ……。
柊矢にしてみたら楸矢も沙陽も喋るイスかテーブル程度の存在なのだ。
それでも話しかければ返事をしてもらえる分、道路並みの女の子達や弦楽四重奏の仲間達よりはマシなのだから頭痛がしてくる。
小夜が困ったように本の表紙に目を落とした。
「これ、どのくらいの大きさですか?」
小夜は柊矢を見上げた。
「大きめのノートパソコンより横幅が少し長い程度だったはずだが」
「じゃあ、ヴァイオリンよりは小さいって事ですよね? 持ち歩いて演奏とか出来たって事ですか?」
「胴の部分だけを比較するならヴァイオリンよりは少し大きいな。ネックがあるから全長はヴァイオリンの方が大きいが。演奏は……、そういう説があるってだけで本当に楽器だったかどうか分かってないからな」
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