24 / 47
秋 五
しおりを挟む
「だが、うちの娘は他の姫とは違う」
「それはそうでしょう」
親なら誰だってそう言うだろう。
春宮への入内を控えている娘となれば尚更。
「そういう意味ではない。姫が二度も狙われたのは入内が決まっているからではないんだ」
「というと?」
貴晴の問いに内大臣が、
「実は――」
と言って話し始めた。
昔、内大臣の邸に群盗が押し入った。
殺されそうになった内大臣は群盗の頭に、
「娘が生まれたら妻として差し出しますのでどうか命だけはお助けください」
と命乞いして助かった。
その後、群盗は捕まって牢に入れられて内大臣は安心したものの一昨年の大赦で頭が出てきてしまった。
そして内大臣に姫を要求してきたが春宮への入内が決まっていたので差し出すのが惜しくなってしまい断った。
約束を違えられたことで頭は腹を立てて姫を奪おうとしている。
「…………」
貴晴は呆れて溜息を吐いた。
「散位だと思われているようですが……いえ、散位だからこそ官職を得るために忙しいのです。警護のために一日中この邸に入り浸っているわけにはまいりません」
「夜だけで構わない。姫の寝所で番をして欲しいのだ」
正気か!?
「これでも健康な男なんですが……」
次の春宮の父親が帝以外の男だったらどうするんだ!
「もちろん、姫は別の部屋で寝かせる」
まぁそうだろうな……。
「入内まで守り切ってくれたら官職を約束する」
『盗賊との約束を反故にしたのに信じろと?』
と言い返しそうになるのを堪える。
「考えさせていただきます」
貴晴はそう言うと立ち上がった。
「頼む……」
内大臣の懇願には答えず隆亮を促して邸を後にした。
「引き受けないのか? 約束を反故にしたのは相手が群盗の頭だからだろ」
牛車の中で隆亮が言った。
「そもそもあれは御伽話だ」
「え?」
「子供の頃に聞いたことないか? ああいう話」
何かと引き換えに何かを差し出すと言ったが後で惜しくなって約束を反故にする。
物語によくある話だ。
大抵の場合、相手の正体は神の類で約束を破ったことで全てを失うのである。
「え、じゃあ、あれ嘘なのか? だから断るのか?」
「いや、引き受けるさ。闇雲に探し回るより狙われそうな相手のところで待ち伏せした方が早いからな。向こうから申し出てくれたなら丁度いい」
「人が悪いなー」
隆亮が呆れたように言った。
だが一応先に祖父に確認しておきたいことがあったのだ。
貴晴は祖父のところに来ていた。
「聞きたいことというのは?」
祖父の問いに、
「二年前の大赦のことです。一体なにがあったのですか」
貴晴が訊ねた。
「色々と悪いことが重なったのだ。春宮の薨去に……」
「春宮の薨去は三年前でしょう」
そう、三年前まで別の親王が春宮だったのだ。
薨去した春宮は亡き皇后の産んだ唯一の親王だった。
その春宮が三年前に薨去してしまったのである。
恩赦のための手続きがあるにしろ薨去から大赦まで一年は掛からないはずだ。
「その一年後――」
つまり二年前である。
「前の帝が崩御された」
祖父が言った。
「普通、崩御で大赦まではしないでしょう」
それも今上帝ではなく退位した前の帝で。
大赦で放たれるのは強盗や殺人、又はその両方を犯した凶悪犯である。
治安が大幅に悪化するから大赦は滅多に行われないのだ。
そもそも恩赦というのは牢から囚人を出すだけなのである。
他人の罪を許すと自分も病気などが治ったりするという除病延年という考えがあるから牢から出すがそれだけだ。
金も仕事もない状態だから大抵の者は食い詰めてまた罪を犯す。
大赦でなければ恩赦にならないような重罪人は特に。
はっきりいって帝やその身内だけのために行われる恩赦というのは庶民にとっては利益より不利益の方が大きいのだ。
「前の帝はまだお若かく賢帝の誉れ高い方だった。それが左大臣達に譲位を迫られ退位した。いや、させられたのだ」
「こういってはなんですが、そういうのは珍しくないでしょう」
帝が幼い場合、政は出来ないので外祖父が摂政になって代わりに政務を執る。
そのため外祖父に当たる貴族が帝を退位に追い込んで幼い皇子を強引に即位させることが起きるようになった。
大人で、しかも賢帝では貴族達の言いなりにはならないだろうから尚のこと目障りだっただろう。
貴晴はそういうのがイヤで貴族社会に近付かないようにしていたのだ。
「今上帝が即位される時、前の帝の内親王様が斎王になられたのだ」
斎王は元は即位する帝の内親王がなるものだったが若くして即位することが多くなるにつれ娘(というか子供)がいないことが多くなった。
そもそも摂政が必要になるような年では子供は作れない。
それで譲位した帝の内親王や、場合によっては女王(皇族の姫)が選ばれるようになった。
原則としては一人の帝に斎王は一人だが、斎王の近親者が亡くなった時は退下――つまり斎王を辞めて都に帰ってくることが出来た。
今上帝の斎王が前の帝の内親王だったのなら、前の帝の崩御で退下して帰ってきているはずだ。
「そして前の斎王は都の手前で襲撃を受け、行方が分からなくなったのだ」
「何故斎王が狙われるのですか!」
しかも退下した斎王を。
「それは分からん。斎王とは知らなかったのかもしれぬし」
父の崩御で帰ってくるのなら派手な行列などはない。
質素な車でひっそりと都に入ってくるから金目の物を持っているようには見えないはずだ。
ただ下簾を垂らしていれば女車だという事は分かっただろうから、不埒な目的で女性を攫おうとしたことは考えられる。
「それはそうでしょう」
親なら誰だってそう言うだろう。
春宮への入内を控えている娘となれば尚更。
「そういう意味ではない。姫が二度も狙われたのは入内が決まっているからではないんだ」
「というと?」
貴晴の問いに内大臣が、
「実は――」
と言って話し始めた。
昔、内大臣の邸に群盗が押し入った。
殺されそうになった内大臣は群盗の頭に、
「娘が生まれたら妻として差し出しますのでどうか命だけはお助けください」
と命乞いして助かった。
その後、群盗は捕まって牢に入れられて内大臣は安心したものの一昨年の大赦で頭が出てきてしまった。
そして内大臣に姫を要求してきたが春宮への入内が決まっていたので差し出すのが惜しくなってしまい断った。
約束を違えられたことで頭は腹を立てて姫を奪おうとしている。
「…………」
貴晴は呆れて溜息を吐いた。
「散位だと思われているようですが……いえ、散位だからこそ官職を得るために忙しいのです。警護のために一日中この邸に入り浸っているわけにはまいりません」
「夜だけで構わない。姫の寝所で番をして欲しいのだ」
正気か!?
「これでも健康な男なんですが……」
次の春宮の父親が帝以外の男だったらどうするんだ!
「もちろん、姫は別の部屋で寝かせる」
まぁそうだろうな……。
「入内まで守り切ってくれたら官職を約束する」
『盗賊との約束を反故にしたのに信じろと?』
と言い返しそうになるのを堪える。
「考えさせていただきます」
貴晴はそう言うと立ち上がった。
「頼む……」
内大臣の懇願には答えず隆亮を促して邸を後にした。
「引き受けないのか? 約束を反故にしたのは相手が群盗の頭だからだろ」
牛車の中で隆亮が言った。
「そもそもあれは御伽話だ」
「え?」
「子供の頃に聞いたことないか? ああいう話」
何かと引き換えに何かを差し出すと言ったが後で惜しくなって約束を反故にする。
物語によくある話だ。
大抵の場合、相手の正体は神の類で約束を破ったことで全てを失うのである。
「え、じゃあ、あれ嘘なのか? だから断るのか?」
「いや、引き受けるさ。闇雲に探し回るより狙われそうな相手のところで待ち伏せした方が早いからな。向こうから申し出てくれたなら丁度いい」
「人が悪いなー」
隆亮が呆れたように言った。
だが一応先に祖父に確認しておきたいことがあったのだ。
貴晴は祖父のところに来ていた。
「聞きたいことというのは?」
祖父の問いに、
「二年前の大赦のことです。一体なにがあったのですか」
貴晴が訊ねた。
「色々と悪いことが重なったのだ。春宮の薨去に……」
「春宮の薨去は三年前でしょう」
そう、三年前まで別の親王が春宮だったのだ。
薨去した春宮は亡き皇后の産んだ唯一の親王だった。
その春宮が三年前に薨去してしまったのである。
恩赦のための手続きがあるにしろ薨去から大赦まで一年は掛からないはずだ。
「その一年後――」
つまり二年前である。
「前の帝が崩御された」
祖父が言った。
「普通、崩御で大赦まではしないでしょう」
それも今上帝ではなく退位した前の帝で。
大赦で放たれるのは強盗や殺人、又はその両方を犯した凶悪犯である。
治安が大幅に悪化するから大赦は滅多に行われないのだ。
そもそも恩赦というのは牢から囚人を出すだけなのである。
他人の罪を許すと自分も病気などが治ったりするという除病延年という考えがあるから牢から出すがそれだけだ。
金も仕事もない状態だから大抵の者は食い詰めてまた罪を犯す。
大赦でなければ恩赦にならないような重罪人は特に。
はっきりいって帝やその身内だけのために行われる恩赦というのは庶民にとっては利益より不利益の方が大きいのだ。
「前の帝はまだお若かく賢帝の誉れ高い方だった。それが左大臣達に譲位を迫られ退位した。いや、させられたのだ」
「こういってはなんですが、そういうのは珍しくないでしょう」
帝が幼い場合、政は出来ないので外祖父が摂政になって代わりに政務を執る。
そのため外祖父に当たる貴族が帝を退位に追い込んで幼い皇子を強引に即位させることが起きるようになった。
大人で、しかも賢帝では貴族達の言いなりにはならないだろうから尚のこと目障りだっただろう。
貴晴はそういうのがイヤで貴族社会に近付かないようにしていたのだ。
「今上帝が即位される時、前の帝の内親王様が斎王になられたのだ」
斎王は元は即位する帝の内親王がなるものだったが若くして即位することが多くなるにつれ娘(というか子供)がいないことが多くなった。
そもそも摂政が必要になるような年では子供は作れない。
それで譲位した帝の内親王や、場合によっては女王(皇族の姫)が選ばれるようになった。
原則としては一人の帝に斎王は一人だが、斎王の近親者が亡くなった時は退下――つまり斎王を辞めて都に帰ってくることが出来た。
今上帝の斎王が前の帝の内親王だったのなら、前の帝の崩御で退下して帰ってきているはずだ。
「そして前の斎王は都の手前で襲撃を受け、行方が分からなくなったのだ」
「何故斎王が狙われるのですか!」
しかも退下した斎王を。
「それは分からん。斎王とは知らなかったのかもしれぬし」
父の崩御で帰ってくるのなら派手な行列などはない。
質素な車でひっそりと都に入ってくるから金目の物を持っているようには見えないはずだ。
ただ下簾を垂らしていれば女車だという事は分かっただろうから、不埒な目的で女性を攫おうとしたことは考えられる。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜
葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー
あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。
見ると幸せになれるという
珍しい月 ブルームーン。
月の光に照らされた、たったひと晩の
それは奇跡みたいな恋だった。
‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆
藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト
来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター
想のファンにケガをさせられた小夜は、
責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。
それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。
ひと晩だけの思い出のはずだったが……
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる