影の弾正台と秘密の姫

月夜野 すみれ

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秋 八

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「ご無事ですか?」
 浅緋あさきあけ位襖いおうを着ている武官が言った。
「ああ、助かった」
 貴晴が答える。

 浅緋あさきあけは貴晴の言葉を無視して、
「姫様?」
 と声を掛けた。

 この子の随身ずいじんか……。

 童女は御簾みすを取ると貴晴の腕の中でおそるおそる顔を上げた。
 血塗ちまみれで顔立ちはよく分からないが童女は随身達を見て安心した様子だった。
 ということは間違いなくこの子の随身だろう。

「おケガはありませんか?」
 浅緋が再度童女に声を掛ける。
 童女がかすかに頷いた。

「ではこちらへ」
 浅緋がそう言うと、下馬した深緑の一人が近付いてきて童女を馬に乗せた。

「助かった」
 貴晴が浅緋に礼を言うと、
「姫様を狙った連中の相手はしたが、貴殿を狙っている連中のことは知らぬぞ」
 という言葉を残して行ってしまった。

 どういう意味なのかは、すぐに分かった。
 周りを男達に囲まれたからだ。

「巻き込んですまない」
 貴晴が青年に謝る。
 といっても青年の方から飛び込んできたのだが。

「気にすんな」
 青年がそう言って太刀を構えようとした時、
「若様、ご無事ですか!?」
 騎馬の一団が駆け付けてきた。

 束帯ではない。
 つまり私的に雇われている警護の者だ。
 貴晴のうちは警護を雇えるような家ではない。

 となるとこいつか……?

 貴晴は青年に目を向けた。

 男達は騎馬の一団を見ると逃げていった。

「ご無事ですか?」
 騎馬の男が貴晴に声を掛けた。
「私か?」
 貴晴が訊ねると、
「はい。卿から知らせを受けて急ぎ駆け付けました」
 男が答える。

 ということは祖父上か……。

「無事だ。助かった」
 貴晴は男に声を掛けてから青年に向き直った。
「助かっ……助かりました」
 貴晴は上等そうな狩衣を見て言い直した。
 どう考えても青年は貴晴より身分が高そうだ。

「改めてお礼を致したいのですがお名前を伺っても?」
「敬語はいいよ。私は木っ端役人だ――」
 その言葉に貴晴が疑わしそうな目を向けたのを見て、
「――親の身分が高いだけの」
 と付け加えた。

米津よねづの隆亮たかあきだ」
 青年――隆亮が名乗る。
「米津って……もしかして右大臣の?」
「まぁそうだが、右大臣なのは父であって私ではないからな」
多田貴晴ただのたかなりだ」
 貴晴も名乗る。

「じゃあ、私はこれで」
 隆亮はそう言って帰っていった。
 貴族の集まりに出席するところだったようだが人を斬って返り血を浴びたので出られなくなったのだろう。


「まさかこの時期に発覚するとはな……」
 祖父が険しい顔で言った。
「発覚? 久美は母上を恨めと言っていましたが、母上は一体何をなさったのですか!?」
「何も。悪いことは何もしていない」
「では久美の逆恨みか何かだと?」
「そうではない。お前が狙われるのは父君が――」
 祖父はそう言うと貴晴に事情を打ち明けた。


 隆亮は一度口を開き掛けてから閉じると少し考え込んだ。

 それから、
「つまり、あの時の敵はお前の本当の父君の妻が送り込んできたのか」
 と言った。

 祖父が『父親』ではなく『父』と言った意味に気付いたのだろう。
 敬語を使うということは貴晴の実の父は正三位の祖父よりも高い身分、つまり隆亮の父である右大臣よりも上ということだ。

 貴晴は『妻かどうかは……』と言い掛けて口をつぐむ。
 祖父より上と言うだけでも限られるのだ。
 妻以外が関わってくるとなれば更に絞られてしまう。
 口止めされているわけではないし、知られたくないと思っているわけでもないが知っていることが多ければその分、隆亮が危険な目にうことが多くなってしまうだろう。

 こっちは木っ端役人の息子で良かったのに……。
 それ以上を望んだことは……。

〝今更、……〟

 不意に以前、襲ってきた男の言葉がよみがえった。

 まさか……!

 あの時、祖父上は久美に対処したと言っていた。

 てっきり口封じをして秘密がれないようにしたのかと思っていたのだが……。
 もしかして捕まえられなかったか、あるいは口をふさがれる前に誰かに漏らしていたのか……?

「どうした?」
「いや、なんでもない」

 あのあと異母弟が跡継ぎに決まった。
 もう貴晴は関係ないはずだ。
 はずなのだが――。


 織子は月を見上げていた。
 手元には歌を書き付けるための紙の束がある。
 その中に貴晴からの文もあった。

狩衣かりごろも 袖はつつじの にありや 菅原にまつ 虫や鳴くかは〟

(袖を持っているつつじの君は菅大納言の姫ですか?)

 あの方は多田様だったのね……。

〝菅原にまつ虫や鳴くかは〟

(待っています。松虫が教えてくれるのを)

 虫の鳴きを待っている、つまり織子が返歌を詠じているのを知っているのだろう。
 文が出せないということも分かっているから返歌で教えてくれということに違いない。
 ならば返歌を詠じていれば聞いてくれるはずだ。

 問題は……。


「管大納言が大姫の入内を願い出た!?」
 貴晴は声を上げた。
「正式には願い出はまだなんだが管大納言が根回しを始めたらしい。父に、妹はどうするのかと遠回しに聞いたそうなんだ」
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