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第一部 在らざる異世界にて

*** 或る夜

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(侵入者――)
 その存在に誰より早く気がついたのは、ラシス。
 己自身の存在を中心としてダンジョンという領域を掌握する、ダンジョンコアそのものだった。

「エトランゼ」
 蟻型のワーカーユニットに掘らせた地中のダンジョン。日の光が漏れ届くこともない地下へ篭もりきって暮らしているせいか、ラシスとエトランゼの生活には昼も夜もない。
 今日のよう、二人して眠り込んでいるタイミングで侵入者が現れることも珍しくはなかった。
「エトランゼ、起きて」
 存外眠りの深いエトランゼを揺すり起こすことも、ラシスが躊躇うことなく声をかけられるほどには繰り返されていて。
 侵入者への対応以外に、眠りを邪魔される謂われのないダンジョンコアの主人ダンジヨンマスター
 はっきりと告げられる前から、ラシスの用件を察してしまっているエトランゼは――有無を言わせず引き寄せたラシスへしがみつき、ひとしきり子供のようぐずってみせてから――寝起きの体を引きずるよう、寝床として使っているアルコーブを出っていった。

「侵入者の数は……?」
「二人」
「巡回のスケルトンとエンカウントしたら、結果だけ教えてください……二人なら十中八九怖い物知らずの駆け出しか迷子でしょうけど……たまに冗談みたいな手練れも混ざってますし……その時はまた、私がなんとかします……」
 重たげに頭を揺らすエトランゼが何気なく伸ばした指の先で、周囲の状況が朧気に見て取れるほどだった照明あかり――エトランゼが手慰みに作った充填式の魔導ランプ――が俄に輝きを増す。
 整理整頓にさほど頓着しないエトランゼがそこらへ放り出しているあれこれに躓く心配がなくなって、ようやく。エトランゼに続いて寝床を下りたラシスは、やっとのことでシャツを着込んだばかりのエトランゼに、装備がついたベルトごと脱ぎ捨てられていたショートパンツを拾って差し出す。
「……良妻かな?」
 立ったまま夢の続きを見ているような顔で。いつでも部屋を出られるよう、ラシスに手伝われながら仕度を整えたエトランゼは、その足で元いたアルコーブへと戻っていった。
「エトランゼ?」
「スケルトンだけで対処できそうなら、今日はもう起こさないでください……後生ですから……」
「……わかった」



 寝床へ体を横たえるなり、十数秒とかけず再び寝息を立てはじめたエトランゼ。
 アルコーブの外へと投げ出された足を、ラシスは履いたばかりのブーツを脱がせた上で、寝床の中へと押し込める。
『生け捕りを試みる必要は無い。――殺せ』
 そして。配下のユニットへ、エトランゼの『方針』とは明らかに異なる命令を下した。


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