蛇飼の魔女

葉月+(まいかぜ)

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蛇足

エディプスの愛

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 すげぇ。
 まじか。

 ヨシュアに連れられ、街へ繰り出すのだという。
 シシィ・クレイディアが船の甲板へと姿を現した時、その姿を一目見て、イオリにはわかった。

(あの女ヨルの皮着てら…)

 黒皮のタイトなコートがまず目を引く。次に、揃いで誂えたのだろう細身のバンツ。
 足元にはやはり揃いのヒール。
 なんて女だと、イオリは素直に戦慄した。
 恐ろしい女。
 ヨシュア・ヨルムンガンドの生皮剥がして服にするなんて!

「こっえー…」

 あの男にしてこの女ありといったところだろうか。
 嫌がるどころか傍目から見ていていかにも機嫌良く、隣に立つ男の一部を着こみ颯爽と歩くシシィのことを、その時初めてイオリは「途方もなくヨシュアに似合いの女だ」と感じた。
 この世に二人といない女だ。
 ヨシュア・ヨルムンガンドから生皮剥がせる女がそう何人もいては恐ろしくてならないし、ヨシュアがそうほいほい皮を剥がされている姿も想像できない。今、シシィが着ている服、履いている靴の分の皮とて、自ら進んで差し出したということはないだろう。

「ノーア!」

 ヨシュアとシシィが船を降りていくのを見送って。
 イオリはたまらずノーアの仕事部屋へと飛び込んだ。
 聞いて聞いて!










 ビューレイストがその宣言通りたったの一日で仕上げた蛇皮の一揃いは、シシィをいたくご機嫌にさせた。
 財布。
 鞄。
 靴。
 手袋。
 上着。
 下衣。
 それと、おまけに注文外のドレスが一着。
 ここのところヨシュアの部屋を一歩も出ず、またヨシュア以外の誰と顔を合わせる機会もないのをいいことに、下着姿で一日過ごすこともざらなシシィはそれこそクレーディア号へと連れ込まれて以来、初めてと言っていいほどまともな格好をして、心中複雑なヨシュアの前に立つ。
 喜色満面。

「似合う?」
「似合うよ」

 ビューレイストの腕が確かなおかげで、ヨシュアはお世辞を言わずにすんだ。
 ヨシュアが身を切って用意した服は、間違いなくシシィに似合っている。
 そうでなければそれこそ悲劇だ。

「たまには外食する?」

 どちらかといえばインドア派。外に出て働くのはあくまで生活のためであって、その必要がなければ一日中でもベッドと仲良くしていられる。
 そんなシシィが自分から、外へ出ようともちかけてきた。その意図が、ヨシュアには手に取るようにわかってしまう。

 見せびらかしに出かけたくなるほど気に入ったのか。
 自分から剥かれた皮の成れの果てを着込み、嬉しそうにしているシシィと見つめ合うこと数秒。

「そーだな…」

 惚れた弱み。
 溜息一つ。
 ヨシュアはノーアへ一声かけて、シシィを船から連れ出した。
 転移で済ませては文句を言われるとわかりきっていたから、わざわざ、徒歩で。
 街で一番人気の店へとシシィを案内する。
 食事が終われば観光だ。





「…驚いた」

 偶然「生皮服」の話を耳にしたロキが当然の好奇心にかられ冷やかしに来ていることに、ヨシュアは最後まで気付けなかった。

「あいつ、ああいうのが好みなのか」

 だから、ロキが珍しく小難しい顔でシシィ・クレイディアを見ていたことも知らない。

「アングルボダにそっくりじゃないか」




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