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蛇足
願い一つにご褒美を
しおりを挟む抱き竦められながら眠りに落ちて。
目を覚ますと絡みつかれていた。
「ヨシュ…?」
諸々の事情から、自分に触れられるような存在が他にいるとは思っていない。
何より隙間なく、苦しくはないが緩くもない絶妙な力加減で巻き付いている「蛇」がヨシュア以外の何者である可能性も端から捨て切って、シシィは滑らかな鱗へ手を伸ばす。
撫でつけた感触は、近頃よく着る仕事着とよく似ていた。
「ヨシュア、なに?」
爪先から頭の天辺まで。
自分の腕とそう太さの変わらない、充分「大蛇」と括れる大きさの蛇に全身くまなく巻きつかれてもなお平静を保っていられるのは、もちろんそれが「ヨシュア」でしかありえないから。
どうやら自分の頭に乗っているらしい蛇の頭部をぺちぺちと叩き、シシィはとりあえず状況についての説明を要求した。
まさか、寝ぼけて人型を保てなくなったというわけでもあるまい――と。
巨人にしろ魔族にしろ、その肉体は《マナ》を収める器に過ぎず、姿形の使い分けができようと、そのうちのどれかが本体ということはない。
「お前さぁ…」
「うん?」
とりあえず寝惚けてはいないようだと、はっきりした声の質から判断して。
ヨシュアの言葉に耳を傾けつつ、せっかく手近な所にあるのだからと、シシィはそこら中に巻き付いた「蛇皮」を撫で回す。
ほとぼりが冷めた頃に強請ろうと、ソファーの件はまだ諦めていない。
「蛇の交尾がどんなか知ってる?」
ソファーと、手袋に、帽子、スカート。
「知らない」
なんとなくヨシュアが言い出しそうなことに見当をつけたシシィは手早く考えをまとめ、指折り数えてほくそえむ。
じわじわと締め付けを増す蛇の体に、少なくともソファーは確実だろうと目算を立てた。
相手がヨシュアに違いないなら、シシィとしては姿形にこだわらない。ただ、ヨシュアがそれを気にかけるなら、付け入る隙はある――と。
くすぐるように目元を舐められ、体をよじる。
「実地で教えてくれるわけ?」
「んー」
シシィはそもそも、ヨシュアと寝台にいるという時点で何も身に着けていないことが当然の生活だった。
足首から脹脛、膝、腿、腰、腹、胸、首…と巻き付いている蛇の、見かけほどに硬くはなく程よい柔軟さと温もりを兼ね備えた鱗に剥き出しの素肌を緩やかにこすられ、快楽と親しい体は容易く昨夜の熱を思い出す。
逞しい二本の腕と器用な十本の指、近付いた拍子に肌をくすぐる伸び気味の髪、薄く悪戯な唇を失くしたとして、ヨシュアが問題なく自分を抱くことができると、その時シシィは確信を持ち、頭の下敷きにした蛇の体へ頬をすり寄せた。
「…嫌がらないんだな」
「そういうプレイがしたいの?」
「いや…」
「お前、最高だ」
契約印(レージング)を刻んだ相手が「最高」でなければ最悪だ。それくらいのことは、他人との交わりに興味を持ってこなかったシシィにさえわかる。
それが取り返しの付かない《契約》を交わすということ。
「知らなかったの?」
「――いいや」
既にこの上なく絡まりあっていながら、ほんの一瞬締め付けを強められて、緩められ、シシィはそれを二本の腕で抱きしめられたようだと感じる。
「知ってたよ」
姿形の違いは何の問題にもならない。
混ざり合った《マナ》の触れ合いと共鳴が熱を生むのだ。
溺れるほどの熱を。
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