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EP01「〔魔女獄門〕事変」
SCENE-016
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料理を作る、という作業一つとっても、リアル志向のAWOにはいくつかの方法がある。
いくつかの、というか、AWOのシステム――幻世がまったき異世界である可能性が出てきた今となっては世界の構造、と言い換えた方がいいのかもしれないもの――が許す限りいくらでも、というか。
たとえば、〔調理〕スキルを使う方法。おそらくこれが一番手間のかからない方法で、プレイヤーは必要な素材を揃えてスキルを使うだけでいい。
もし〔調理〕スキルを取得していなければ、スクロール化されたレシピを使うという手もある。使い捨てになるレシピと、自前のスキルを使った場合と比べて割高になる魔力消費、諸々のコストを度外視すれば、この方法は、素人が〔調理〕スキル持ちと遜色ない料理を手軽に用意できるという利点がある。
もちろん、スキルやアイテムに頼らず、リアルと同じように調理することだってできるし、素材の面倒な下処理や加工にだけスキルを使い、あとは手作業で……といった具合に、変則的なやり方をしても問題はない。
AWOの仕様上、『魔女の大釜』に素材を入れて錬成しても、出来上がるのは他と同じ、消費アイテム扱いの『ハンバーグ』だ。
『魔女の大釜』に手を添えながら魔力を注ぐと、大釜の中を乳白色の液体がとろりと満たした。
その手応えは、少なくとも私の主観において、AWOを純粋にゲームとして楽しんでいた頃のものと遜色がない。
そうなるように、と魔力の動きを意識すれば、大釜を満たす乳白色の液体はぐるぐると渦を巻きはじめ。私が大釜から手を離しても、魔力を操作する意識の集中を途切れさせなければ、その流れが滞るようなこともなかった。
「リアルなのに魔法が使えるって、変な感じ」
「何か違和感でもあるの?」
「それがないからおかしいんでしょ」
私がすることの『お手伝い』はだいたいなんでもできるように勉強を欠かさない優秀な助手は、私に頼まれる前から率先して、大釜の周りに用意しておいたハンバーグの素材を、大釜を満たす乳白色の液体へぽちゃり、ぽちゃりと沈めはじめる。
挽いてもいない塊そのままの肉に、皮付きのタマネギ、繋ぎに使うパン粉や、焼き上がってからかけるソースの素材、果ては料理を盛るための皿まで。
用意しておいた素材を全て沈めても、大釜を満たす液体は綺麗な乳白色を保ったまま。
絶えず魔力を操って、大釜の中身をぐるぐると掻き混ぜている私にかかる負荷も、ありふれた素材を使って料理を作るくらいなら、あってないようなものだった。
……そろそろいいかな。
大釜に満たした乳白色の魔力と、その中に溶かし込んだ素材が充分に掻き混ぜられて。大釜を満たす液体が真珠のような光沢を帯びてきた頃。
――幼き女神があなたを注視しています。
ふと、気が付くと。キッチンカウンターの向こう側に、なんの前触れも、気配もなく、一人の少女が現れていた。
……でた……。
後ろの景色がうっすらと透けていて、見るからに尋常の存在ではないその少女は、対面式カウンターの向こう側から身を乗り出すようにして、私がぐるぐると混ぜ続けている大釜の中を、その、黄金を溶かし込んだような瞳で覗き込んでくる。
――幼き女神の恩寵を受け取りますか? Y/N
――幼き女神に供物を捧げますか? Y/N
『魔女の大釜』が使えている時点で、その権能が現世にまで及んでいることはわかりきっていたことだから。その顕現に驚くこともない。
いつも唐突なその出現に集中を乱され、魔力の制御に失敗するようなこともなかった。
「『主はわが力、わが盾。わたしの心は主に寄り頼む。わたしは助けを得たので、わたしの心は大いに喜び、歌をもって主をほめたたえる』」
……素材は一人分多めに入れてあるので、よければどうぞ。
幻世で幾度となく唱えてきた聖句を諳んじた私が、声には出さず語りかけると。大釜から顔を上げた少女が答えるようににこっ、と笑う。
その瞬間、ぐるぐると掻き回し続けていた魔力の手応えがすかっ、と消えてなくなり、目の前の大釜からはぼふんっと、古典マンガのような白煙が立ちのぼった。
――幼き女神があなたを祝福しています。
すぐ傍にいるカガリがなんの反応もしなかったくらい無害なその煙を、念のために回しておいた換気扇が吸い込んで。一瞬で白く染まった視界が晴れる頃には、リビング側のカウンター席から、幼き女神の姿は消えていた。
その一方で、大釜の中には、消えてなくなった液体の代わりに、きちんと皿に盛られ、ご丁寧にソースまでかけられた焼きたてのハンバーグが忽然と現れている。
「……なんだか育ってなかった?」
「育ってたね。身長だけなら、こっちのミリーとあんまり変わらなかったかも」
「女神って育つんだ……」
AWOの魔法系クラフトは、すべからく創造を司る月女神の恩寵だ。
幻世ではとうに信仰を失っている、廃女神の。
//引用 詩篇(口語訳)28:7
いくつかの、というか、AWOのシステム――幻世がまったき異世界である可能性が出てきた今となっては世界の構造、と言い換えた方がいいのかもしれないもの――が許す限りいくらでも、というか。
たとえば、〔調理〕スキルを使う方法。おそらくこれが一番手間のかからない方法で、プレイヤーは必要な素材を揃えてスキルを使うだけでいい。
もし〔調理〕スキルを取得していなければ、スクロール化されたレシピを使うという手もある。使い捨てになるレシピと、自前のスキルを使った場合と比べて割高になる魔力消費、諸々のコストを度外視すれば、この方法は、素人が〔調理〕スキル持ちと遜色ない料理を手軽に用意できるという利点がある。
もちろん、スキルやアイテムに頼らず、リアルと同じように調理することだってできるし、素材の面倒な下処理や加工にだけスキルを使い、あとは手作業で……といった具合に、変則的なやり方をしても問題はない。
AWOの仕様上、『魔女の大釜』に素材を入れて錬成しても、出来上がるのは他と同じ、消費アイテム扱いの『ハンバーグ』だ。
『魔女の大釜』に手を添えながら魔力を注ぐと、大釜の中を乳白色の液体がとろりと満たした。
その手応えは、少なくとも私の主観において、AWOを純粋にゲームとして楽しんでいた頃のものと遜色がない。
そうなるように、と魔力の動きを意識すれば、大釜を満たす乳白色の液体はぐるぐると渦を巻きはじめ。私が大釜から手を離しても、魔力を操作する意識の集中を途切れさせなければ、その流れが滞るようなこともなかった。
「リアルなのに魔法が使えるって、変な感じ」
「何か違和感でもあるの?」
「それがないからおかしいんでしょ」
私がすることの『お手伝い』はだいたいなんでもできるように勉強を欠かさない優秀な助手は、私に頼まれる前から率先して、大釜の周りに用意しておいたハンバーグの素材を、大釜を満たす乳白色の液体へぽちゃり、ぽちゃりと沈めはじめる。
挽いてもいない塊そのままの肉に、皮付きのタマネギ、繋ぎに使うパン粉や、焼き上がってからかけるソースの素材、果ては料理を盛るための皿まで。
用意しておいた素材を全て沈めても、大釜を満たす液体は綺麗な乳白色を保ったまま。
絶えず魔力を操って、大釜の中身をぐるぐると掻き混ぜている私にかかる負荷も、ありふれた素材を使って料理を作るくらいなら、あってないようなものだった。
……そろそろいいかな。
大釜に満たした乳白色の魔力と、その中に溶かし込んだ素材が充分に掻き混ぜられて。大釜を満たす液体が真珠のような光沢を帯びてきた頃。
――幼き女神があなたを注視しています。
ふと、気が付くと。キッチンカウンターの向こう側に、なんの前触れも、気配もなく、一人の少女が現れていた。
……でた……。
後ろの景色がうっすらと透けていて、見るからに尋常の存在ではないその少女は、対面式カウンターの向こう側から身を乗り出すようにして、私がぐるぐると混ぜ続けている大釜の中を、その、黄金を溶かし込んだような瞳で覗き込んでくる。
――幼き女神の恩寵を受け取りますか? Y/N
――幼き女神に供物を捧げますか? Y/N
『魔女の大釜』が使えている時点で、その権能が現世にまで及んでいることはわかりきっていたことだから。その顕現に驚くこともない。
いつも唐突なその出現に集中を乱され、魔力の制御に失敗するようなこともなかった。
「『主はわが力、わが盾。わたしの心は主に寄り頼む。わたしは助けを得たので、わたしの心は大いに喜び、歌をもって主をほめたたえる』」
……素材は一人分多めに入れてあるので、よければどうぞ。
幻世で幾度となく唱えてきた聖句を諳んじた私が、声には出さず語りかけると。大釜から顔を上げた少女が答えるようににこっ、と笑う。
その瞬間、ぐるぐると掻き回し続けていた魔力の手応えがすかっ、と消えてなくなり、目の前の大釜からはぼふんっと、古典マンガのような白煙が立ちのぼった。
――幼き女神があなたを祝福しています。
すぐ傍にいるカガリがなんの反応もしなかったくらい無害なその煙を、念のために回しておいた換気扇が吸い込んで。一瞬で白く染まった視界が晴れる頃には、リビング側のカウンター席から、幼き女神の姿は消えていた。
その一方で、大釜の中には、消えてなくなった液体の代わりに、きちんと皿に盛られ、ご丁寧にソースまでかけられた焼きたてのハンバーグが忽然と現れている。
「……なんだか育ってなかった?」
「育ってたね。身長だけなら、こっちのミリーとあんまり変わらなかったかも」
「女神って育つんだ……」
AWOの魔法系クラフトは、すべからく創造を司る月女神の恩寵だ。
幻世ではとうに信仰を失っている、廃女神の。
//引用 詩篇(口語訳)28:7
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