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EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-024

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「杯と指環の守り手よ、目覚めよ」
 手を翳し、魔力を注いだ『魔女の大釜』に、乳白色の液体がとろりと満ちる。

 錬金作業の手順、それ自体は料理を作ったときと変わらない。
 ただ、今は昼間――創造を司る月女神の力が弱まる時間帯――なので、クラフトの素材とは別に、あらかじめ、月光で聖別された水を一回しと、浄化済みの水晶を供物コストとして『魔女の大釜』に捧げておく。

「生地はスパイダーシルク。ローブの表地はアカネで赤、裏地はツルバミで黒に染めて、縁には黒水晶で重しを兼ねた装飾を」
 今回も作業助手を務めているカガリは慣れたもので、ローブの留め具なんかに使うアンバーは、私がわざわざ頼むまでもなく勝手に『魔女の大釜』へと入れていた。
 多めに入れて余った素材は月女神への供物として捧げられる(ゲーム的な表現をすると、幸運値ラックに変換され完成品の品質に影響してくる)ので、特に貴重でもない素材はケチることなくどんぶり勘定で入れていく。
 ここまでが、単なる服としてのローブの素材だ。

 あとはローブに様々な機能――たとえば、ある程度の修復機能だとか、ちょっとした温度調節機能だとか――を持たせるための護符を、大釜に満ちる液体の手応えから、許容できる範囲で必要なだけ。これもカガリが、私の様子を見ながらぽちゃり、ぽちゃりと『魔女の大釜』に沈めていく。

 ここで限界まで粘るか、ある程度のところで妥協するかは、体調との相談だ。
 ……わりと信用がないのよね。
 カガリが素材を管理しているときは、余程のことでないと無理はさせてもらえない。


                                    
 現世で行う初めての本格的な錬金作業であることを考慮して、気持ち少なめに用意してあった護符の、最後の一つが落とし込まれたところでちょうど、『魔女の大釜』を満たした液体の手応えがずしりと重くなる。
 ……さすが私。ぴったりじゃない。
 もう少し頑張れないこともないけれど、これ以上は錬金の成否に運の要素も絡み出す……という分水嶺の手応えに逆らわず、私は当初の予定通り、締めの作業に取りかかった。

 鮮やかに染まった布が、私が望むローブの形へ仕立てられていく様をイメージする。
「……溶かして、固めよSolve et Coagula
 大釜を満たす液体が真珠のような光沢を帯びるのが、成功の合図だ。


                                    
 『魔女の大釜』がぼふんっ、と吐き出した白煙を、キッチンで唸りを上げる換気扇がみるみる吸い込んでいく。

 一時間ほどかけて仕上げたローブを『魔女の大釜』から取り出して、さっそく袖を通してみると。換気扇のスイッチを入れにキッチンへ行っていたカガリが戻ってきて、椅子代わりのスライムに座りっぱなしの私をひょいっ、と持ち上げた。

「どう? 似合うでしょ」
 護符やタリスマンを仕込んでおけるようにゆったり作ってある袖のデザインまでよく見えるよう、私が腕を広げてみせると。カガリはそうだね、と二つ返事で頷いた。
 適当に返事をした、というわけではなく。それはそれとして……といった具合で、その目は真剣にローブの出来映えをチェックしている。

「……うん、いいね。ムラなく染まってるし、裾の模様も綺麗だよ。護符の力もよく馴染んでる」
 その辺りのディテールは私の想像力と、それをどれだけ月女神へ届けられるかという〔信仰〕のレベルにかかっているので。私の安全に関しては妥協できないカガリを納得させられる装備を作ることができて、私も一安心だ。
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