マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

閑話・占い博士の冒険

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 ママルマラ。
 スイビー氷陸を代表する観光大国として有名な国である。

 そのママルマラのハード区、中心街。

 『占い博士・アポーンの館』

 シンプルにそう書かれた看板を掲げるのは、桃色と黄色のコントラストが印象的なテントだ。
 そこに占い博士、アポーン=ポーンは勤めている。

「あいあい、ユーは来年から5年ほど慎重に生きた方がよろしいヨ」
「ははあ、ユーは騙されやすいよねー。騙されて騙されて人との繋がりギリギリになりがちだから。頑張って、騙されないで」
「ユーは集中力以外、完ぺき。集中力のなさだけ至急、なんとかなってくれ。え、無理?無理、じゃない。集・中・力だから」

 スポーティーに颯爽と、現状や対策を的確に言い当てていく。

「ふぅ、今日も最高のアポちゃんだったわぁ」

 自分自身をたまにアポちゃんと呼ぶ。それがアポーン=ポーンというカリスマだ。

「スフィア、元気してるかなあ。アイツ、緊張しいな所あるから心配なんだよな」

 スフィアを王女とは知らないアポーンにとって、スフィアは幼くして丁稚奉公でっちぼうこうにきた、薄幸の少女だ。

「はあー、思い出しても目から汗が出てまうわ、お父さんもお母さんも早くから亡くしてしまって、まあ俺が大富豪ならなあ、今からでもなんとかならないか神さん」

 不幸な生い立ちを疑うことのないのは、アポーンの良さかもしれない。占いに絶対の自信があるため、スフィアの言う事も本当だ、と直感で分かるのだ。

「はあ、あの時なんでもっと引き留めなかっ」
「アポーンさん、お届けものでーす。サインお願いします」

 アポーンにとって、人生は年中無休の舞台だ。話し相手がいようがいまいが、まるでずっと隣に人がいるかのように、しゃべり倒すのが当たり前という価値観をしているのがアポーン=ポーンというカリスマだ。

「ってなわけでね、最近もうチェリーのカクテルの勢いたるや」
「あ、す、すみません。急いでますので。毎度」

 カリスマは、時に孤独をも恐れない。嫌われる事もあるのが人間だという事を、アポーンは誰より理解しているのだ。

「なんだなんだ、俺というカリスマにどんなサプライズが、―――なんだこれ」

 それは、小さな緑色の石だ。光沢もあり、きらきらしていて、まるで宝石のように見える。

「マジ?来た?やっぱり遂に婚期だからってこと?」

 結婚を前提とした誰かからのアプローチ。そうであっても決しておかしくはないその届け物は、しかしよく見るとアポーン宛ではない。

「あー、そっちか。万一起きるかもの凶を引いてしまってるパターンだ、これは」

 〈アボーン=ホーン〉、よく似た別人に宛てられている。住所は確かにママルマラだが、その届け先を見てアポーンは眉をひそめた。

「ゲバルト区。コイツぁマジもんの最低最悪地帯だ、どうする俺。届けるの、届けないの」

 政治的な内部抗争を意味する事が多いゲバルトという言葉を持つこの区画には、政治由来で左遷された者たちの掃き溜めという本質がある。

「あわわわ、もしかしてまたシュットさん、大暴走しちゃってるパターンに俺、巻き込まれインじゃね、これ?」

 ゲバルト区はシュットが暗躍を始めたと噂されるようになってからは、もっぱらシュットに貶められた被害者に近い人物が次々に越してくるようになった。

 かつては保守の重鎮と持ち上げられた英雄が、地獄からの指導者として干され、肩身の狭いただの人になる事案が常態化しつつあるのだ。
 それだけならまだ良い。しかしゲバルト区の、プライドを深く傷つけられた人々は暴徒になる寸前の、怒り心頭な人が少なくない。
 まさに内乱の区画。理由がなんであれ、好んで近寄りたくない人が多いのは事実だ。

「人生は本気で遊ぶ場所なのに。分からず屋のおっさん軍団マジ憂鬱なんだよ」

 しかし届け物を届けなかった事がバレた時を思うと、いかに単なる占い博士でしかないカリスマも動かざるを得ない。
 ゲバルト区に行くしかないのだ。

「宅配業者も警察もアテにはならねえ。ヤツらは損する仕事には一線引いてやがるからな」

 組織として得になるような、集団で動く利がなければ助けてはくれない。それが社会であるという事をアポーンは占いと、それに関わる人との対話を通して集団社会の外から知った。

 ゲバルト区。そこはママルマラのハード区・中心街からは真西にある。
 どぶのニオいがする狭い小道を抜けないと辿り着けないという独特な作りが、ゲバルト区では徹底されている。どこからだとしても、やたら狭い、建物や小高い塀に挟まれた道しか入り口がないのだ。

「す、すごく気分悪い。あ、箱、ちゃんと持ってるよな、よしよしっと」

 緑色の石が入った箱を、なるべく送られてきたように封をし、アポーンはゲバルト区の中に入った。


 アボーン=ホーン。
 まさに絵に描いたようなママルマラ保守派の重鎮だ。

「アボーンさん、ですか」
「あの、名乗るのは普通、聞く方からですよね」
「失礼しました。似てますけど本名です、アポーンと言います」

 家の主はアポーンを中に入るように促した。客人はどんな用だとしても、まず中に通す。そうしたタイプの、妙な用心深さを持つのがアボーンという人間だ。

「お茶が良いですか、それともコーヒーかな」
「いえ、お構いなく。これ、名前間違いでウチに届いちゃいましてね」
「へえ、そんなアクシデントが。そりゃ本当、わざわざごめんなさいねえ」

 小太りの中年紳士という表現で全て表せそうなアボーンは、ひょろっとして背が高いアポーンとは対照的だ。

「しかし、立派なお部屋ですね。あれは、どなたのギターですか?」
「ああ、あれ。あれは確か、ミルカランっていう名の知れたバンドのボーカル兼ギター、ウェイル=ジャギーがくれたんだよ。中々、良いでしょう」

 アポーンはミルカランもウェイル=ジャギーも分からなかったが、あまりに自信満々に言うので同意の相づちを打つしかなかった。

「まあ、それも良いけど、アンタ中々売れてるらしいねえ。アポーンさんでしょ?」
「え、ええ。ご存知でいらっしゃいましたか」
「そりゃあ、もう。えっと、えーっと、ここまで出かかってんだけど、失礼かもだけどお仕事は」
「一応、ハード区で占いさせてもらってる者です」
「わざわざハード区っていう辺りが、もうね、モテるんだよね?」
「え?いや、へへ、ま、まあまあ、ぼちぼちですかね」

 乗せられるままにヘラヘラと自己紹介をしていくアポーン。これが詐欺なら、闇ローンの契約に直行しかない。

「あ、そうそう。なんか返してくれるんだったっけ」
「はい。これ、なんですけど」
「どうもどうも。へえ、あ、キミにも折角だから見せてあげるよ。何が入ってんだろうねえ」
「ええ、楽しみです」
「お、こ、これは。何だと思う?」
「え、えー。スゴい物みたいなリアクションだったじゃないですかぁ。ビックリしたー。いや、ボクにも分からないですねえ。何か、きれいな石としか」
「そうだよ、ね。うん、まあ、よくあるんだよ。何か意味もなく届くみたいな、お茶目なプレゼント」
「それって、奥さんからとか?」
「いやいや、俺は独身貴族だから。ただまあ、キミほどじゃないけど、モテはするから、ま、そっち、かもね」
「はあ」

 微妙な胡散うさん臭さはあるが、それはアポーンも同じ。無用な詮索を本気でするほど、野暮でなければ無謀でもない。

「いやあ、こんな素敵な気さくな方に出会えて本当に良かったです。是非是非、占いに来てください」
「キミもまた、おいでよ。良いヤツだから。嫁さんに困ったら、相談してくれ」
「いや。そこまでは大丈夫なんで、本当に」

 アポーンはようやく、長い束縛から解放された。

「うっさんくせえオッサン。あれで逆によく今まで政治して来れたな。―――まあ、俺もその点は同じ土俵、か」

 アポーンの占いは、10割が自信だ。つまり全くの当てずっぽうである。
 けれども、自信はどんなに愚か者でも人を惹き付ける。また、見た目もそこそこの若者なので、どちらかと言えばそれでモテているし、ちやほやされている。

「これでブサイクだったら、申し訳ないけど人生終わってた。アボーンさんも、きっとゴミみたいに扱ってきたんだろうな」

 アポーンは人としての中味は薄い。軽薄に見えるし、実際に軽薄なのだ。
 そして人生は、そんなアポーンにとっては冒険そのものだ。冒険者という仕事がある。しかしそんな仕事でなくとも、人より賢いわけでもないアポーンにとっては、いかに毎日の現実という冒険を乗り切るかが全て。
 今日だって、ゲバルト区に行くという時点でアポーンの膝は、がくがくに震えていたのだ。

 占い博士という肩書きで、テントを建物にしてようやくハード区での開業が認められた。そこまでするのが、見た目だけのアポーンには唯一の道に思えたからだ。
 そして、占いテントという冒険の舞台は、また明日も明後日もアポーンを待っている。
 厳しい時代もあったし、バカみたいにもうけた時代もあった。それでも、どんなに見た目でなくとも、すぐに何かを投げ出すようなヤツが見捨てられていくのは何度も見てきた。

「魂を燃やすしかないんだ。それが俺の占いにある、ただひとつの答え」

 アポーンは、胡散臭いながらも妙に自信満々なアボーンを思い出し、似ているのは名前だけじゃないな、と微妙な感慨にふけた。

「逆かな?名前がそっくりだから、魂も似ているという事もあるのだろうかねえ」

 アポーンは占いの日々にまた戻っていく。カリスマとして、ママルマラ、ハード区の中心街に陣取り続けていくのだ。

「はあ、儲けさせてもらっておいて、まあ後には引けないわけだから」

 アポーンはこうやって自分で自分を奮い立たせる。人に言われて嫌な事なんて、先に自分で自分に言ってしまえば良いのだ。
 それが完ぺきな生き方かどうかなんて、彼にはまだ分からない。ただ、完ぺきな生き方が分かってる人なんているのだろうか。

「占い博士、アポーンです。さあて、今日はどんな未来をデスティニー希望ですか?」

 冒険はまだ、始まったばかりだ。
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