水の戦記

永井 彰

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3.深海

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 貝の国には、危機が迫っていた。
 人を喰らうラングハーヒテスの群れが、かつてない規模で押し寄せていたのだ。ラングハーヒテスはラングスとも呼ばれる、サメに近い細鋸牙の魚だ。
 キャルは勇者ラヒエとして、この未曾有の危機を乗り越えようとしていた。それは、魔神の力を借りる事が出来たキャルにしか出来ない事のようだったからだ。
 泳ぎつつ、人目を気にしながら青年勇者に変身するキャル。魔神も、いかにも最初から存在しなかったかのように姿を消した。
 もっとも、魔神については元より契約者であるキャルにしか見えないはずである。しかし念には念をで、基本的にはキャルにも見えないように気配を絶ちきっているのだ。
「ラングスが、貝の国に侵入する前に終わらせますよ」
「我が輩を誰と心得るか。それしき容易い。いや、容易いと思う前に片が付く」
 キャルが魔神と契約する事が出来たのは偶然だ。
 怪しげな古書物店から譲ってもらった、いかにも訳ありな廃棄寸前のスクロール。遊び半分で読み上げ、気付けば貝の国にいた。
 そして隣には、魔神がいたのだ。
 キャルは決して強い人間ではない。精神的にも、肉体的にも平凡以下の弱虫だと本人さえ自覚している。
 そんな少女の心は、むしろ魔神の糧となるようだ。正確に言えば、その裏側にある強さへの憧れ。それが魔神の腹さえ満たしているらしかった。
 と、その時とてつもない気を勇者から放たせる魔神。貝の国の人々はそれだけでどこまでも安心するらしい。
「勇者様がいらしたぞ」
「子どもだけでもお助けを」
「神のお導きがありますように」
 口々に思い思いの言葉を紡ぎ出す人々。
 神とは言っても魔神なんだけどね、と内心では嘆息しながら、キャルはラングスに向かって気の波動を放った―――というより、魔神にあたかもキャル自らが気を放ったかのように見させた。
 仮にその技を気の衝撃、気衝撃と名付けたのはキャルだ。実際にはキャルには出来ていないが、本当にコツはあるらしく、ただ一人の少年が見事この技を扱いこなす様を目の当たりにしたのを、ふとキャルは思い出した。
(確か、王家の子どもだったな)
 そう思う間に、全ては終結した。
 魔神の気衝撃はラングスを塵に帰したのだ。
 感謝する人々。しかしそれに目をくれる時間はない。いや、実際にはそう振る舞わないと勇者らしくない。
(それに、私には他にやる事がある)
 そう思いつつも簡単な挨拶だけ人々に済ませ、去り際に一言こう告げるのだった。
「私は深海へ行く」
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