創世樹

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第24話 対話

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 ――あれほどの強さを持つエリーたちでも忽ちのうちに全滅しかけるほどのこのピンチ。




 生命の危険に、グロウという少年は敢然と叫び始めた――――途端に辺りに強風と眩い光が迸る。




「うう……ぐ、グロウ…………!?」



「――ぐわあああ! 何だ、この光は――――!?」




 グロウの放つ強烈な、しかし清々しい光に、怪物たちは目元を伏せて狼狽える。




「グルルルルルル…………!」




 ドルムキマイラも同様に、眼前の少年が放つ光と風にかぎ爪を地に伏せ唸り声を上げて後ずさる。




「――ぐ、グロウ? 危ねえ……それ以上近づくんじゃあねえ!」





 ガイは折れた脚の激痛に堪えつつ、グロウに声をかけるが、グロウは勇敢にも、一歩、二歩とたった今までエリーを喰らわんとしていたドルムキマイラに近づいていく……。




「………………」


「グウウウ、グルルルルルルウウ……」





 ドルムキマイラは、そのかぎ爪で一振りすれば容易くぼろ布のように引き裂けるであろう少年に――――怯えていた。何か、とてつもなく巨大で、とてつもなく強い畏敬の念を抱くべき存在でも相手にしているかのように。




「………………」



「…………!!」



 そしてグロウは――――そっとドルムキマイラの頭部、ライオンの部分の鼻先に左手を添えた――――




「――――グッ……ウウウ……」




 触れられてから、怯える合成獣は全身の目と言う目を見開き……何か尋常ならざる干渉を受けたような表情をした。




 みるみるうちに、まずエリーに傷つけられた打撲傷や火傷痕が治癒していく――――グロウの例の治癒の力だ。




 ――グロウの目が、その碧色の美しい輝きを増してエメラルドグリーンの光を煌々と放ちながら……目の前の巨獣に対して左手を通じて『何かを伝えているようだ』…………そして――――






「――クウウウウウウ…………」





 ドルムキマイラは、まるでやる気を失った猫のように身に生えている全ての頭を項垂れたのち――――そのままとぼとぼと森の奥へと歩いて去っていった――――





「――これは……グロウの、また未知の能力のようです――いや、能力か? 何かドルムキマイラに対し威を示したようにも…………」




 この現象を見ながら、やはりテイテツは具にグロウを観察し、かけているゴーグルに速やかに記録した。





「――――ば、馬鹿なあああ…………我らが森の番犬、ドルムキマイラが飼い猫のように退くなど――――き、貴様は、一体――――ひいっ!」





 ドルムキマイラが退いたのを確認したグロウは、次に赤いトロルのような怪物に、また一歩一歩近づいていく。





「あ……あう、あ…………うあ――――」




 怪物はドルムキマイラ同様、声を上げるのがやっとでその場から動くことが出来ない。




 グロウは、光り輝く瞳と凛々しい表情のまま、一歩一歩、ゆっくりと間合いを詰める。



「あ、あっ、あっ…………あ――――」




 とうとう、怪物の片方に、手を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づいた。





 そして――――




「――――――――――――」


「――!!」




 なんと、グロウは『聞いたことも無いような言語』で怪物たちに語り掛けている。呪文とも毅然と交渉を呼びかけるものとも似つかない不思議な声の響きだ――――




「なんだ……このグロウの言葉……」




「不明です。ですが……少なくともあの赤い怪物が理解できる時代の言語のようです――――少なくとも、我々人類のものではない。」





 謎の言語で、グロウから怪物たちへの会話は続く。





「――――――――」



「!?――――――――」



「――――。――――――――…………。」




「……――――――――。――――…………。」





 そして、赤い怪物は2体ともグロウに平伏すような姿勢を取ったのち――――踵を返して脱兎の如く、森の奥へと逃げ去っていった。




 やがて、グロウの目の碧色の光は治まり……辺りの風も穏やかになっていった…………。




「――――あっ……!?」




 突然、グロウは正気にでも戻ったのか、表情筋を緩めて力なく、ふにゃっとその場にへたり込んだ。




「……グロウ! 大丈夫か!? おい、テイテツ、行ってやれ――」




「――グロウ。無事ですか? ……今の現象は只事では無かった。何をしたのか解りますか。」




「……テイテツ。僕は――――」




 グロウは頭を押さえながらも、テイテツの目を見た。




 黒いゴーグル越しに、テイテツのこげ茶の理性的な瞳が見えている。




 そしてテイテツも、グロウの碧色の美しい瞳が見えている。




 テイテツの瞳には疑念を。




 グロウの瞳には……何かを思案したのち、困惑するような不思議な念が籠っていた。




「……僕、一体何を…………みんなが傷付いて、死んじゃう! 嫌だ! って強く思ったとたんに、目の前が真っ白になって…………」




「……意識が無かった、と? 先ほどのグロウは怪物たちに対して強い意志が感じられたのですが…………自覚は無いのですか?」




「ううう……んんっ…………」




 グロウは瞼を固く閉じ、一旦くしゃくしゃっと自分の柔らかい髪を搔き乱して困惑しつつも……間をおいて答える。




「……ひとつだけ。確かなことは解った…………」




「解ったこととは?」





「――僕は…………確かに人間じゃあない。人間の形をしていて、人間の言葉を話せて、心もあるけど…………人間とは違う何かだ――――」




「――やはり、そうですか……しかし、今は考察している場合ではありません。3人とも傷みました。グロウの治癒の力で3人を治していただけませんか?」




「あっ……勿論だよ!!」




 グロウは、急いでガイの下へ駆け寄った。




「ガイ!!」



「――いや、俺はいい…………脚一本折れたぐらいなら、俺の回復法術《ヒーリング》で何とか治せる……他の2人を頼む…………」




「そっか……――――セリーナ!」




 次に目についたセリーナに駆け寄る。



「セリーナ……」



「グロウ、注意を。先ほど受けた雷撃によってセリーナは倒れました。電気が残っていれば感電するかもしれません。少し距離を取って治してください――」




 そう言って、テイテツは木に倒れ伏しているエリーの下へ駆け寄った。




「セリーナ、待ってて…………すうううううう…………」




 グロウが、以前エリーと戦って重傷を負い、治した時と同様……例の不思議な治癒の光を当てる。



 温かな光がセリーナを包み込み……やがて雷撃で焦げた皮膚も治り、麻痺が取れてセリーナはゆっくりと立ち上がった。




「――――全く……つくづく常識の通じない連中だな、こいつらは…………まあ、私も大概かもしれんがな…………まさか怪物をも説き伏せるなんて――――よっ……」





 セリーナは少しふらつきながらも、ゆっくりと近くの木に手を当て、身体に溜まった電気を逃がす。




「良かった……あ、エリーお姉ちゃん!!」




 グロウはようやく思い出した。



 エリーが一番の重傷であることを。ドルムキマイラに叩き付けられ、両腕はズタズタに裂け折れ、胴も抉られたはず――――





「――――はーい。グロウ。こっちは大丈夫よー……何とかねー……ゲホッ、ケホッ…………」




 心配したグロウが視線を向ける頃には、エリーは至って元気な、普段のような呑気なトーンで返事をしていた。




「……こーいう時ばかりは……『鬼』の力があって良かったーって思えるわ……あー恐かった! あ、胸の部分のベストもインナーも裂けてる……テイテツー。代わりのやつ持ってきてー。」




「了解」




 ――『鬼』の力を70%開放した状態での自己再生力は凄まじい。エリーは解放骨折すらしていた腕も臓器が見えかけていた胴も、傷跡ひとつ残さず回復し切っていた。





「――主よ、傷みし聖徒はかく此処に、かく此処に。乞いて申す……主の癒しの御力で……聖徒たる我が身に癒しと慈悲の奇蹟を与え給え。ふううううう…………」





 青い光を発し、ガイも何とか回復法術による治療が済んだようだ。





 ――――こうして、またひとつ謎を深めつつも、一行は何とか体制を立て直し…………再びガンバへと乗った。
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