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第29話 矢の感触と匂い
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「――へえ~っ! グロウ、お前色々知ってんなあ~っ。さすが冒険者! 世界中見て廻ってんだろ、羨ましいなあ~……」
「俺ら、こんな田舎の街でいっつもおんなじ奴らとばっか遊んでんだよ。学校も人数少ないからみぃんな顏馴染み~」
「もう見飽きたぜ~。あーあ、俺も冒険の旅に出てみてえなあ~……」
川辺で遊ぶうちすっかり仲良しになったグロウとセフィラの街の子供たち。グロウから冒険を通じて知ったことやグロウ自身の旅における心づもりを(素性がバレない程度にだが)語り、大いに子供たちを楽しませた。
「――はは……そんなに羨ましがらないで欲しいな…………これでもいっつも僕たち命懸けなんだよ? 僕からしたら、こんなに緑も水も空気も豊かな所で友達と学校に行って遊んだり、勉強し合える方が羨ましいぐらいだよ…………」
グロウは子供たちの場の空気から羨望や憧憬の念を読み取り理解しながらも、危険な冒険者を続けながら生きていかねばならぬ身の上に複雑な想いが胸に込み上げた。自ずと表情は笑いながらも黄昏空のように翳る。だが、子供たちはその心の裡の黄昏すら知る由もなかった。
「……ふーん……冒険者って、俺たちが思ってる以上に危ない世界を旅すんのかな~…………あっ! そうだ!」
少年の一人が、グロウが背負うバッグに取り付けてあるボウガンを指差す――――
「身を守る為に、そのボウガンで戦うんだろ!? カッケーよなあ~……俺ら、大人になっても外に出ていく仕事でも選ばなきゃ武器も持たせてくれねえんだよお。なあ、ちょっと貸してくれよ! なあ!?」
「――あっ……はは……こ、これは駄目だよ……危ないよ…………」
危険な武器に目を付けられ、表情を曇らせて後退るグロウ。
「いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけ! な!? あそこの木を的にするだけだから!!」
「うりゃっ、いただき!!」
「あっ!! 駄目だって――――」
不意を突かれて、後ろに回り込んできた子供にボウガンと矢を取られてしまった――――
「――はああ~っ……これが戦う為のボウガンかあ…………小さいけどずっしりくる…………矢も鋭いや…………」
「俺、父さんが狩りの練習で試し撃ちしてるの見たことあるぜ! 確かこうして矢を装填して――――」
『冒険者が実戦で使う武器』という子供心を擽られる代物を手にして、子供たちはすっかり好奇心を刺激され、グロウの武器を弄り回す。
「や、やめろって! 本当に危ないんだ!! 返して!!」
「ちょっと木に撃ってみるだけだって! なーんだよ、ちょっとぐらいいいだろお!」
「そーだよ! ズルいよグロウだけ!」
「お前撃ったら次俺な、俺な!」
勝手に矢を射ろうとする子供たちを必死に止めようと、グロウと子供たちは揉み合いになる――――
「――いいだろ、はな――――」
――――突然。
装填された矢が、揉み合った弾みで撃たれてしまった――――
――――ドズッ。
「――――あっ――――」
「ひえっ――――」
矢は、命中した。通行人の女性の胸に。ちょうど心臓の位置だった――――
「――かはっ――――」
女性は血を吐き、悶絶する間もなく、その場に仰向けに倒れ伏した。
「――――あ…………あ…………」
「――お、俺…………撃っちゃったのか――――人を!?」
「だ、だから言ったのに――――!」
事の重大さに凍り付く子供たち。グロウはそう呟きつつも、全速力で矢を受けた女性のもとに走る。
(まずい、あの位置は急所だ……でも僕の治す力なら……急げば間に合うかも――――!)
――――と――――
「――――!?」
――――消えた。
矢が心臓に突き刺さり、今際の際を彷徨っているであろう女性の身体が、まるで煙のように急に消えた――――
「ど、どこに――――」
辺りを見回し、子供たちの方へ振り返った刹那――――
「――――ガキどもお…………よくも殺してくれたなあぁアアア…………痛い、痛いわよおおおおおおお…………!!」
なんと――――先ほど撃たれた女性が、ボウガンを誤射した子供たちの真後ろ数メートルの川の底から、心臓に矢が刺さったまま……屍人のように歩いてくる――――!!
「――――ひっ、ひやあああああああああ!!」
「お、お化け……おばけ――――!!」
あまりの出来事に、ボウガンを誤射した子供以外は――――そのまま失禁し、失神してしまった。
「――あ、あ、あ…………ご、ごめっ、ごめんなさ、ごめんなさ――――!!」
ボウガンを撃ってしまった子供は、意識は失わないまでも、腰が抜けて立つことすら出来ない。
女性は不気味に微笑みながら――――
「――痛い……あああ。痛い、痛い……同じ痛みを――――」
自らの胸元から、血に塗れた矢を引き抜き――――
「――――味わって死ねええええエエエエエエーーーーッッ!!」
何と、猛烈な勢いで矢を子供に向けて――――投げた。
「――――ウッ。」
――――今度は、子供の心臓に、深々と矢が突き刺さった――――
「――そんな、馬鹿な!?」
グロウは、一瞬呆然としながらも気をしっかり保ち、今度は矢を投げ返された子供のもとへ走る。
「――――くうっ!!」
グロウは倒れる子供の胸から矢を引き抜いた。夥しい量の血が噴き出し、返り血を浴びる――――
「頼む!! 間に合って――――!!」
グロウは血に塗れた両手をそのまま子供の胸に当て、全身全霊の精神集中で、例の『癒す力』を使った。辺りに、ひと際強く神々しい光が放たれる――――
「――死なないで!! 戻って! 戻ってきて――――!!」
グロウは無我夢中。涙を浮かべながら少年を治癒する。
例え、子供の不注意とは言え、凶器を触らせてしまった。そして何故かは解らぬが、撃たれた女にまるで因果応報のように投げ返されてしまった。
冒険の行く先々で、ほんの僅かな不注意や弾みで人は死ぬ。
それをエリーやガイから嫌というほど教わったはずだ。
(――僕のせいだ!! でも、いくら何でもこれは理不尽過ぎる! だから、戻ってきて――――)
辺りに迸る、グロウの切望の光。
そのグロウの願いに呼応するかのように、辺りの茂みは活発化してどんどんと木枝の丈が伸びていき、水は透明度を増していき、草花が急成長する――――
グロウの切なる祈りに――――
「――――がはっ! ごほっ、こほっ…………」
――奇跡的に、少年は息を吹き返した! 傷は跡形も無く塞がり、失血死しかけた少年の身体は血色を取り戻していく。
「……助かったのか…………良かった――――」
少年は完治した。直に意識を取り戻すだろう。グロウは安堵し、その場にへたり込む。
だが――――
「――――なぁんだ。死ななかったの? つまんねえーの!」
「――なっ――――!?」
すぐに心臓を撃たれたはずの謎の女性の存在を思い出し、その声の主に注意を向ける。
女は、確かに胸元の心臓の位置に矢が刺さって血が滲んでいるが、もう出血が止まっている! どうやら屍人などではなく、生きているようだ…………。
「――お、お姉さん……無事なの!? 確かに心臓に…………い、一体――――」
グロウは、突然の命の遣り取りに混乱する。
「――ふふふふふっふふ…………」
女は、不気味に笑いながら、川から上がってくる。
「――痛かった…………ああア……久しくメラン以外からの第三者に受けた致命傷は痛かったわ――――痛くって、キモチイイ。」
女は、病的な嗜虐と、被虐と、そして加虐との悦びに打ち震え、妖艶に身を捩る。
「!! その腕のマーク……ガラテア軍の鳳凰!?」
悪夢のような目の前の情景から、何とか冷静さを保とうとし、女のラフな軽装ながら微かに軍服と見て取れる特徴と、ガラテア軍人の証である鳳凰の紋章を思い出した。
「――あらあ。バレちった? そうだよボク。あたしはガラテア軍の特殊部隊……この程度じゃあ死ねないのよん♪ まあ、無駄に人を殺し過ぎたせいで、こんなド田舎に飛ばされたんだけどねえ……でも、まさか確実に死んだと思ったガキを生き返らせるなんて…………あんたこそ何者ぉ?」
グロウは、ようやく状況が飲み込めた。
目の前の女は、わざとボウガンの矢に当たりに来たのだ。どんな仕組みかは不明だが、自分に矢が心臓に刺さっても死なないことを熟知したうえで、子供たちを血も凍るような恐怖と罪悪感と絶望を抱えさせたまま、辱めて殺す為に。
女の妖気が籠った、刺すような眼差しにも屈せず、グロウは義憤を込めて猛然と叫ぶ。
「……何てことするんだッ!! 自分は死んだふりして、ゴミみたいに人を殺すなんて…………許さないぞ!!」
「――あアん!? 許さないって? じゃあ、私とヤってみる――――?」
「………………」
「………………」
張り詰めた剣呑な空気の中、グロウと謎の女は対峙する。2人の間を、温かで木の薫りがするはずの薫風が通り抜ける。温かなはずの風は、グロウには氷雪のように冷たく感じた。
「――ふっ……今はやめとくわ。あんたみたいなガキ相手じゃあ、さすがに私のパンパンに膨れ上がった欲望までは満たせそうにないもの……」
「くっ…………」
轟然と叫んだグロウだったが、内心、得体の知れぬ相手に震えあがっていた。本当はその場から足が一歩も動かない。
女は踵を返して、何処かへ歩き去っていく。
「――そう。あんたみたいなガキ一人なら、ね…………あんた、超強い仲間がいるでしょ? この街に来るのが見えたもん」
「――――!!」
女は振り返り、背筋も凍る禍々しい笑みを浮かべる。
「――楽しみだわ…………超強い敵と戦える上に……その超強い敵を『重傷をいとも簡単に治せる』力を持ったガキが一緒だなんて!! ふくくくくくく…………また後で、ヤり合いましょ♪」
そう蠱惑的に嗤ったのち、女はピューマのように高く素早く跳躍し、跳び去っていった――――
<<
<<
<<
「――――はっ。お、俺……一体――――」
「――――大丈夫?」
矢を受けた子供が、意識を取り戻し上体を起こす。グロウが心配そうに声を掛ける。
「おーい、大丈夫かよー!?」
「頭打って気絶してたんだぜ。いつもの保健室の先生に診てもらおうぜ?」
「……え……頭…………?」
頭を打った、と言われる子供、しかし、後頭部をさすってみてもそこに違和感はない。
しかし、すぐに先ほどの恐ろしい遣り取りがフラッシュバックして――――
「――ち、違う……さっきあったのは……俺が変なお姉さんを撃って、矢が――――」
そこまで言いかけた途端。グロウは手に光を帯び、子供たち一人一人の頭に触れていった。
「――――さっき君たちが見たのは、ただの恐い、悪い夢だ。夢から醒めた君たちは、何の危険も問題もない…………ただの夢として忘れるんだ――――」
そう念じると、子供たちは一瞬眠気眼のような虚ろな表情をしていたが――
「……ゆ……め……? ――――そうだ。俺、夢見たんだよ。どんな夢か忘れたけど、すっげえ恐い夢だったぜ…………」
グロウからの精神干渉を受けた子供たちは、どす黒い記憶を単なる『夢』として認知を書き換えられたようだ。
(試してみたけど、正解だったみたい……前にセリーナを治した時に似てるかな…………どうやら僕、心に酷くショックを受けた人を整え直す力もあるみたいだな…………)
ふと、近くに立っている柱の上の時計を見る。
「……もうこんな時間だ。僕、そろそろ冒険者のお姉さんたちと合流しなきゃ。ボウガンは触らせてあげられないけど、遊んでくれてありがとう! 楽しかったよ。また機会があれば僕と遊んでねー!」
「――あ……? お、おう。また今度……セフィラの街から出る前にはまた冒険の話、聞かせてくれよ、じゃあなー! グロウ!」
お互いに手を振り、踵を返してグロウは中央掲示板へと走り去っていった。
勿論、子供たちにかける声とは裏腹にとても恐ろしい気持ちでいっぱいだった。
(――大変だ。ここにもガラテア軍がいる……それもただの兵士じゃあなくて、もっとずっと恐い奴…………早くエリーお姉ちゃんたちに知らせないと!!)
「――――……あいつのボウガン、カッコ良かったな~――――ボウガン? お姉さん…………ウッ――――?」
ボウガンを誤射し、また投げ返された少年は、その悪夢そのものな記憶こそ思い出せないが、不自然に服の胸元に開いた穴と、辺りの茂みや草花の生い茂り方、そして微かに鼻腔に残る血の匂い、そして心臓の妙な違和感に奇妙な、ぞわぞわする感覚を拭いきれなかった――――
「俺ら、こんな田舎の街でいっつもおんなじ奴らとばっか遊んでんだよ。学校も人数少ないからみぃんな顏馴染み~」
「もう見飽きたぜ~。あーあ、俺も冒険の旅に出てみてえなあ~……」
川辺で遊ぶうちすっかり仲良しになったグロウとセフィラの街の子供たち。グロウから冒険を通じて知ったことやグロウ自身の旅における心づもりを(素性がバレない程度にだが)語り、大いに子供たちを楽しませた。
「――はは……そんなに羨ましがらないで欲しいな…………これでもいっつも僕たち命懸けなんだよ? 僕からしたら、こんなに緑も水も空気も豊かな所で友達と学校に行って遊んだり、勉強し合える方が羨ましいぐらいだよ…………」
グロウは子供たちの場の空気から羨望や憧憬の念を読み取り理解しながらも、危険な冒険者を続けながら生きていかねばならぬ身の上に複雑な想いが胸に込み上げた。自ずと表情は笑いながらも黄昏空のように翳る。だが、子供たちはその心の裡の黄昏すら知る由もなかった。
「……ふーん……冒険者って、俺たちが思ってる以上に危ない世界を旅すんのかな~…………あっ! そうだ!」
少年の一人が、グロウが背負うバッグに取り付けてあるボウガンを指差す――――
「身を守る為に、そのボウガンで戦うんだろ!? カッケーよなあ~……俺ら、大人になっても外に出ていく仕事でも選ばなきゃ武器も持たせてくれねえんだよお。なあ、ちょっと貸してくれよ! なあ!?」
「――あっ……はは……こ、これは駄目だよ……危ないよ…………」
危険な武器に目を付けられ、表情を曇らせて後退るグロウ。
「いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけ! な!? あそこの木を的にするだけだから!!」
「うりゃっ、いただき!!」
「あっ!! 駄目だって――――」
不意を突かれて、後ろに回り込んできた子供にボウガンと矢を取られてしまった――――
「――はああ~っ……これが戦う為のボウガンかあ…………小さいけどずっしりくる…………矢も鋭いや…………」
「俺、父さんが狩りの練習で試し撃ちしてるの見たことあるぜ! 確かこうして矢を装填して――――」
『冒険者が実戦で使う武器』という子供心を擽られる代物を手にして、子供たちはすっかり好奇心を刺激され、グロウの武器を弄り回す。
「や、やめろって! 本当に危ないんだ!! 返して!!」
「ちょっと木に撃ってみるだけだって! なーんだよ、ちょっとぐらいいいだろお!」
「そーだよ! ズルいよグロウだけ!」
「お前撃ったら次俺な、俺な!」
勝手に矢を射ろうとする子供たちを必死に止めようと、グロウと子供たちは揉み合いになる――――
「――いいだろ、はな――――」
――――突然。
装填された矢が、揉み合った弾みで撃たれてしまった――――
――――ドズッ。
「――――あっ――――」
「ひえっ――――」
矢は、命中した。通行人の女性の胸に。ちょうど心臓の位置だった――――
「――かはっ――――」
女性は血を吐き、悶絶する間もなく、その場に仰向けに倒れ伏した。
「――――あ…………あ…………」
「――お、俺…………撃っちゃったのか――――人を!?」
「だ、だから言ったのに――――!」
事の重大さに凍り付く子供たち。グロウはそう呟きつつも、全速力で矢を受けた女性のもとに走る。
(まずい、あの位置は急所だ……でも僕の治す力なら……急げば間に合うかも――――!)
――――と――――
「――――!?」
――――消えた。
矢が心臓に突き刺さり、今際の際を彷徨っているであろう女性の身体が、まるで煙のように急に消えた――――
「ど、どこに――――」
辺りを見回し、子供たちの方へ振り返った刹那――――
「――――ガキどもお…………よくも殺してくれたなあぁアアア…………痛い、痛いわよおおおおおおお…………!!」
なんと――――先ほど撃たれた女性が、ボウガンを誤射した子供たちの真後ろ数メートルの川の底から、心臓に矢が刺さったまま……屍人のように歩いてくる――――!!
「――――ひっ、ひやあああああああああ!!」
「お、お化け……おばけ――――!!」
あまりの出来事に、ボウガンを誤射した子供以外は――――そのまま失禁し、失神してしまった。
「――あ、あ、あ…………ご、ごめっ、ごめんなさ、ごめんなさ――――!!」
ボウガンを撃ってしまった子供は、意識は失わないまでも、腰が抜けて立つことすら出来ない。
女性は不気味に微笑みながら――――
「――痛い……あああ。痛い、痛い……同じ痛みを――――」
自らの胸元から、血に塗れた矢を引き抜き――――
「――――味わって死ねええええエエエエエエーーーーッッ!!」
何と、猛烈な勢いで矢を子供に向けて――――投げた。
「――――ウッ。」
――――今度は、子供の心臓に、深々と矢が突き刺さった――――
「――そんな、馬鹿な!?」
グロウは、一瞬呆然としながらも気をしっかり保ち、今度は矢を投げ返された子供のもとへ走る。
「――――くうっ!!」
グロウは倒れる子供の胸から矢を引き抜いた。夥しい量の血が噴き出し、返り血を浴びる――――
「頼む!! 間に合って――――!!」
グロウは血に塗れた両手をそのまま子供の胸に当て、全身全霊の精神集中で、例の『癒す力』を使った。辺りに、ひと際強く神々しい光が放たれる――――
「――死なないで!! 戻って! 戻ってきて――――!!」
グロウは無我夢中。涙を浮かべながら少年を治癒する。
例え、子供の不注意とは言え、凶器を触らせてしまった。そして何故かは解らぬが、撃たれた女にまるで因果応報のように投げ返されてしまった。
冒険の行く先々で、ほんの僅かな不注意や弾みで人は死ぬ。
それをエリーやガイから嫌というほど教わったはずだ。
(――僕のせいだ!! でも、いくら何でもこれは理不尽過ぎる! だから、戻ってきて――――)
辺りに迸る、グロウの切望の光。
そのグロウの願いに呼応するかのように、辺りの茂みは活発化してどんどんと木枝の丈が伸びていき、水は透明度を増していき、草花が急成長する――――
グロウの切なる祈りに――――
「――――がはっ! ごほっ、こほっ…………」
――奇跡的に、少年は息を吹き返した! 傷は跡形も無く塞がり、失血死しかけた少年の身体は血色を取り戻していく。
「……助かったのか…………良かった――――」
少年は完治した。直に意識を取り戻すだろう。グロウは安堵し、その場にへたり込む。
だが――――
「――――なぁんだ。死ななかったの? つまんねえーの!」
「――なっ――――!?」
すぐに心臓を撃たれたはずの謎の女性の存在を思い出し、その声の主に注意を向ける。
女は、確かに胸元の心臓の位置に矢が刺さって血が滲んでいるが、もう出血が止まっている! どうやら屍人などではなく、生きているようだ…………。
「――お、お姉さん……無事なの!? 確かに心臓に…………い、一体――――」
グロウは、突然の命の遣り取りに混乱する。
「――ふふふふふっふふ…………」
女は、不気味に笑いながら、川から上がってくる。
「――痛かった…………ああア……久しくメラン以外からの第三者に受けた致命傷は痛かったわ――――痛くって、キモチイイ。」
女は、病的な嗜虐と、被虐と、そして加虐との悦びに打ち震え、妖艶に身を捩る。
「!! その腕のマーク……ガラテア軍の鳳凰!?」
悪夢のような目の前の情景から、何とか冷静さを保とうとし、女のラフな軽装ながら微かに軍服と見て取れる特徴と、ガラテア軍人の証である鳳凰の紋章を思い出した。
「――あらあ。バレちった? そうだよボク。あたしはガラテア軍の特殊部隊……この程度じゃあ死ねないのよん♪ まあ、無駄に人を殺し過ぎたせいで、こんなド田舎に飛ばされたんだけどねえ……でも、まさか確実に死んだと思ったガキを生き返らせるなんて…………あんたこそ何者ぉ?」
グロウは、ようやく状況が飲み込めた。
目の前の女は、わざとボウガンの矢に当たりに来たのだ。どんな仕組みかは不明だが、自分に矢が心臓に刺さっても死なないことを熟知したうえで、子供たちを血も凍るような恐怖と罪悪感と絶望を抱えさせたまま、辱めて殺す為に。
女の妖気が籠った、刺すような眼差しにも屈せず、グロウは義憤を込めて猛然と叫ぶ。
「……何てことするんだッ!! 自分は死んだふりして、ゴミみたいに人を殺すなんて…………許さないぞ!!」
「――あアん!? 許さないって? じゃあ、私とヤってみる――――?」
「………………」
「………………」
張り詰めた剣呑な空気の中、グロウと謎の女は対峙する。2人の間を、温かで木の薫りがするはずの薫風が通り抜ける。温かなはずの風は、グロウには氷雪のように冷たく感じた。
「――ふっ……今はやめとくわ。あんたみたいなガキ相手じゃあ、さすがに私のパンパンに膨れ上がった欲望までは満たせそうにないもの……」
「くっ…………」
轟然と叫んだグロウだったが、内心、得体の知れぬ相手に震えあがっていた。本当はその場から足が一歩も動かない。
女は踵を返して、何処かへ歩き去っていく。
「――そう。あんたみたいなガキ一人なら、ね…………あんた、超強い仲間がいるでしょ? この街に来るのが見えたもん」
「――――!!」
女は振り返り、背筋も凍る禍々しい笑みを浮かべる。
「――楽しみだわ…………超強い敵と戦える上に……その超強い敵を『重傷をいとも簡単に治せる』力を持ったガキが一緒だなんて!! ふくくくくくく…………また後で、ヤり合いましょ♪」
そう蠱惑的に嗤ったのち、女はピューマのように高く素早く跳躍し、跳び去っていった――――
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「――――はっ。お、俺……一体――――」
「――――大丈夫?」
矢を受けた子供が、意識を取り戻し上体を起こす。グロウが心配そうに声を掛ける。
「おーい、大丈夫かよー!?」
「頭打って気絶してたんだぜ。いつもの保健室の先生に診てもらおうぜ?」
「……え……頭…………?」
頭を打った、と言われる子供、しかし、後頭部をさすってみてもそこに違和感はない。
しかし、すぐに先ほどの恐ろしい遣り取りがフラッシュバックして――――
「――ち、違う……さっきあったのは……俺が変なお姉さんを撃って、矢が――――」
そこまで言いかけた途端。グロウは手に光を帯び、子供たち一人一人の頭に触れていった。
「――――さっき君たちが見たのは、ただの恐い、悪い夢だ。夢から醒めた君たちは、何の危険も問題もない…………ただの夢として忘れるんだ――――」
そう念じると、子供たちは一瞬眠気眼のような虚ろな表情をしていたが――
「……ゆ……め……? ――――そうだ。俺、夢見たんだよ。どんな夢か忘れたけど、すっげえ恐い夢だったぜ…………」
グロウからの精神干渉を受けた子供たちは、どす黒い記憶を単なる『夢』として認知を書き換えられたようだ。
(試してみたけど、正解だったみたい……前にセリーナを治した時に似てるかな…………どうやら僕、心に酷くショックを受けた人を整え直す力もあるみたいだな…………)
ふと、近くに立っている柱の上の時計を見る。
「……もうこんな時間だ。僕、そろそろ冒険者のお姉さんたちと合流しなきゃ。ボウガンは触らせてあげられないけど、遊んでくれてありがとう! 楽しかったよ。また機会があれば僕と遊んでねー!」
「――あ……? お、おう。また今度……セフィラの街から出る前にはまた冒険の話、聞かせてくれよ、じゃあなー! グロウ!」
お互いに手を振り、踵を返してグロウは中央掲示板へと走り去っていった。
勿論、子供たちにかける声とは裏腹にとても恐ろしい気持ちでいっぱいだった。
(――大変だ。ここにもガラテア軍がいる……それもただの兵士じゃあなくて、もっとずっと恐い奴…………早くエリーお姉ちゃんたちに知らせないと!!)
「――――……あいつのボウガン、カッコ良かったな~――――ボウガン? お姉さん…………ウッ――――?」
ボウガンを誤射し、また投げ返された少年は、その悪夢そのものな記憶こそ思い出せないが、不自然に服の胸元に開いた穴と、辺りの茂みや草花の生い茂り方、そして微かに鼻腔に残る血の匂い、そして心臓の妙な違和感に奇妙な、ぞわぞわする感覚を拭いきれなかった――――
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しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
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