創世樹

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第65話 商売人が見る夢

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 ――イロハが自身の行き過ぎた知略を反省したところで、一行は和やかなムードを取り戻し、気を取り直して改めて成果発表となった。




「ええっと……話、戻すっスね。ショーが終わった時点で金額は計約610万ジルド。さっき話した建物の弁償やエキストラの雇用、飲食寝床代も差っ引かれるっスけど、知っての通り本命はクリムゾンローズ盗賊団をとっちめてシャンバリアの街の代表からたんまり搾り取ったお金っス!」




 イロハが、テーブルの上にひとつひとつ重い麻袋を並べて置いていく。



「まず、基本となるローズ=エヴェルの賞金。これが2000万ジルド。で、その賞金額を色々と詐称していた罰金として7倍に。さらにこの街の代表に都合の良い様に情報を改竄していた64箇所もの不正。それをもとに色々ウチ的に『便宜・・』を図った結果がっスねえ――――」




 ――イロハが複雑な『取引・・』とやらで説明が進む度にどんどんとうず高く積み上がる、金品が入った袋、袋、袋…………エリーたちは見たことも無い金袋の山に動揺すると共に、やはり混乱し、蒼白な面持ちになってくる…………。




「――それからっスねえ、えーっと――――」




「……悪ぃ。ちと俺らの頭にゃ、商売の妙所までは見えてこねえや……多分テイテツ以外はな…………儲けた総額だけ話してくれぃ……。」





 さすがにガイも頭が回らなくなってきたので、結果だけ聞くことにした。





「――ハイっス!! 占めて263205000ジルドの儲けになったっス!! あ、重ねて言うスけど、これまでの建物の弁償代、エキストラの雇用代、飲食寝床代、その他端末のバッテリー代からグロウくんのボウガンの矢みたいな消耗品まで、ぜーんぶ差っ引いて総計した額っスよ? さっきウチが頼んだソーダ水も含め。」





「ひえええええッ…………!!」
「……マジかよ。」
「え……これって、つまり……どれくらい得したんだっけ……お金って、何だっけ?」
「これが売上票か……見たことも無い数字だな…………」
「ふむ。計算はひとつも間違ってないですね。」





 ――――2億6320万5千。





 果たして、あのこす狡い街の代表はこれほどの財を貯め込めていたのだろうか。少なくとも、今すぐ破産するとか首を括るとか夜逃げするとかにはギリギリ至っていないようではある。





「おっと、大事な儲けを忘れてたっス。あの代表さんからはまだまだまだまだ叩いたら埃がポロポロ落ちるような状態なんで、ウチとの契約でギルド連盟やガラテア軍に通報しない代わりに、ウチの私設銀行に毎月500万ジルド送金されて来るっス! 送金が止まったら即通報。こっちは完全にウチの取り分なんで分けてあげらんないっスけど……い、一応仲間……っスから報告しとくっス……」




「……みかじめ金か何かかよ…………やくざよりえげつねえじゃあねえか…………」
「うへはあ~っ……こわいこわいやっぱお金超恐ーい!」




 ガイは頭を痛そうにさすり、エリーは目を回す。





(……ねえ、ガイ……さっきはあんな風に叱って良かったけどさ…………イロハ、味方で良かったよね…………)

(ああ……間違っても敵に回しちゃあなんねえぞ…………おっかねえ。イロハおっかねえ。)

(敵に回したら、経済的に破滅、だな……あのガラテア軍特殊部隊に襲われた時、よくぞ私たちを選んでくれたものだ……)

(しかし、仲間としては極めて貴重な戦力に他なりません。経済的にもそうですが、あの知略と鍛冶錬金術師の技は私にはカバー不可能ですし。)

(? なんかわかんないけど…………これまで通り仲間、友達でいいんだよね? ねえ、お姉ちゃん?)





 ――一行は、目の前で『ひと仕事』終えた後のフルーティーなソーダ水をリラックスして一服するイロハに聴こえぬように、戦々恐々として耳打ちを交わすのだった。





「……で? 借金は結局どうなんの? 600万軽く突破したでしょ……テイテツは『そもそも借金取り立てる気が無かった』つってたけど……まさか足りないなんて言わないわよね、イロハちゃん?」




 イロハは、ソーダ水を喉に通しながらサムズアップし、飲み終えてから改めて答える。




「そりゃあもちろん! 借金はさっきも言った通りここシャンバリアの街に来てクリムゾンローズ盗賊団をとっちめてもらうまでの方便みたいなもんスから! ……何も言わずに皆さんを働かせたことは改めて謝るっス。でも、お陰様で目標額を軽々と上回る儲けを得たっス!! 万々歳スよ!!」





 やはり、借金は帳消し……というよりは、ここまでのイロハの計画の為にエリーたちを動かす為のブラフに過ぎず、本当は搾取する気などなかったわけだが、そこでまた疑問が浮かぶ。





「……じゃあ、この……2億以上ものとんでもねえ大金、どうする気なんだよ? まさか、全部イロハが徴収しちまうのか……?」





 ――ガイの問いにイロハは、首を横に振る。





「んー、そうしたいトコなんスけど……エリーさんたちには世話になってるっスからね。ここは……7:3でどうっスか?」





「……それ、やっぱイロハが7で、あたしらが3?」





「ハイっス!!」





「……まあ、私たちの働きあっての成果とは言え、ほとんどイロハの稼ぎ、だからな……7:3でも充分な配当なんじゃあないか?」





 ――一見、イロハの取り分が多過ぎる気もするが、セリーナの意見に皆が首肯する。これほどまでの利益を上げたキーマンは間違いなくイロハの働きだ。





「7:3ならば、イロハが1億8434万3千5百ジルド。私たちが7896万1千5百ジルドですね。我々にとっても望外の軍資金となります。」






 イロハに伍して計算の早いテイテツが告げる。




「――っひゃーっ!! あたしら大金持ちじゃ~ん!! やったわねガイ~!! どっかにマイホーム建てよ、建てよ~!?」


「いててて、懐いてんじゃあねえ、エリー。こりゃあたまげたなあ……3割だけたぁ言え、こんなに儲けるのはこの先ねえかもな。」





 エリーは思わず、危険な冒険者稼業を終えた先の未来を想像し、念願のガイとのマイホームまで思い描き始める。頬ずりされて痛がるガイだが、表情は笑顔だ。




「……私たちの取り分……単純に5等分しても1人1600万弱か…………ついさっきまで借金を背負っていたと思っていたのに、こんなに急に金が入るとどうすればいいか迷ってしまうな。」




「すっごーい……んだよね? 僕はお金のことはよくわかんないけど…………でも、イロハはそんな大金、どうするの? 使い道があるの?」





 経済観念がまだ疎いグロウは、半ば放心しながらも、イロハに尋ねる。





「――――決まってるっス!! 親父とも話してた、鍛冶錬金術師の技術を駆使したウチの会社を建てるんスよ!! バッチリ従業員も雇用して! まあ……最初は小さくやるつもりっスけどね……いつか世界に名だたる商売で、ガラテアの支配とアコギな商売からも人を守れるくらいの一流企業にして見せるっス!!」





 ――イロハは、そう健啖を吐き、瞳には闘志の炎が燃え盛っている。セフィラの街で一旦親父と別れたばかりだが、もう起業する準備を着々と進めるつもりのようだ。





「会社、かあ……何だか凄そうだけど、やっぱりよくイメージできないなあ。あっ……でもさ――――」






 グロウは、あることに気付き、やや神妙な面持ちでイロハに問いかける。





「――もう、ここでお金を稼ぐ目標は達成したんだよね? じゃあ、もうここでイロハとはお別れなの? 借金も結局無かったわけだし…………」




「えっ」





 ――イロハは意外にも素で驚いた顔をし、目と口を開く。






 『仲間』『友達』というやり取りを先ほどまで交わしたばかり。ここで離散してしまうのだろうか。






「――それは~…………うーんと…………ここで稼ぐことで頭いっぱいで、考えてなかったっス…………にははは……」





 イロハは苦笑い。同時に頬や腕を指で掻き照れている。一行も肩透かしを喰らったように嘆息した。ここまで計算高いイロハならば、エリーたちとの今後の関係性も当然考えていると思っていたからだ。






「――――ならさ! しばらくあたしらと一緒に旅しようよ!! つーか、そのつもりでいたんだし!!」




 エリーが、一層の快活さでイロハに呼びかける。




「我々の装備を一新した上、ここまでの大金を分け与えてくれた貴女の実力は、我々にとって非常に有益で頼もしい。ガラテア軍に付きまとわれてるかもしれない危険な旅ですが、このままご同行願いませんか? 無論、貴女の意志は尊重しますが……」




 テイテツもイロハの実力を十二分に認めたうえで勧誘する。




「――俺からも頼むぜ。イロハ。さっきから言ってるが、おめえの知恵と鍛冶錬金術師の技、何より肝の据わったトコ…………俺らはセフィラの街から助けられ続けてる。一緒に来てくれると嬉しいんだが……どうだ?」





「――――う~ん…………」





 イロハは、しばし腕組みをして、片手を眉間に当て、唸る。





 迷いもするはず。ガラテア軍に因縁のあるエリーたちについてくれば、ただの行商で世界行脚をするより遙かに危険が伴うだろう。多大なリスクを考えれば、離脱しても何ら不思議ではない。





 ――だが、思ったより早く、イロハは決断したようだ。






「――オッケー! エリーさんたちについていくッス!!」






「ほ、本当にいいのか…………? 私たちに無理についてきても、危険があまりにも大きすぎるんじゃあ……」






 セリーナはイロハの身を案じ、逆に戸惑う。






「……エリーさんとガイさんは、ガラテアの支配から抜け出した環境で幸せな家庭を築くこと。グロウくんは、自分が何者か、自分探しの旅。セリーナさんは愛するミラさんに相応しい伴侶になる為の修行の旅。で、テイテツさんはエリーさんの旅の補助……半ば自分たちの研究の贖罪入ってるかも、と…………」





 イロハは、一行の旅の目的を言葉で述べ、再確認する。




 そして、力強く宣言した。





「――危険、上等っス!! 商売がこの世に何の為に存在するか? ウチは…………商いの力でもっと人や、動物や、ひいては世界を幸せにする為にあると信じてるっス!! ――――その為には、さっきまで他人の気持ちを無視して図り事を進めるような、ウチ自身の未熟さも克服しなきゃならんと思うっス。」





 ――自分は、能力は有れどもまだまだ未熟である。世界や他人の心を知らない。そこは後ろめたさからか、若干トーンダウンした声で言うイロハだが、続けてより一層強く宣言した。





「だから、これはウチ自身の修行の旅でもあり、文字通り『勉強』させていただく良い機会っス!! これまでの皆さんの生き様を見て、そう判断するっス!! にひひ~。」





 ――改めて仲間になることを宣言するイロハ。いつもの通り、癖のある笑いを発し、胸をどん、と叩いた。





「――そうか。修行か…………結局俺ら、修行者の集まりなのかもな。人生の目的を実現するにゃあ、もっと力や頭が要る……」


「それも、私のような武人とは違う道を行く修行者だ。異なる道を行く者が敢えて共に修行の旅に出る方が……案外、得るものの大きいんじゃあないか?」




 頷き、ガイとセリーナもイロハの向上心と未来を切り拓こうとするスピリットに共感し、笑みを浮かべた。





「――――と、言うわけで……改めてよろしくね! イロハちゃん!!」
「よろしく、イロハ!!」
「よろしく」




 続いて声を掛けるエリー、グロウ、テイテツ。





「よろしくっス、皆さん!!」





 イロハは丁寧にも、もう一度大きく首肯した。






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 それからイロハは、手持ちの大金の多くを、シャンバリアの街の窓口から預けた。紙幣や硬貨だけでもそうだが、現ナマで払いきれなかったと見れるあの代表からせしめたお金は幾らか金のインゴットや宝石類なども混ざっていた。そのまま持ち歩けば嵩張る。




「せっかくの大金なのに……預けちゃっていいの、イロハちゃん? こんなカジノ都市に? 盗まれたりするんじゃあ……」




「大丈夫っス! いや……確かにお金の管理に『絶対大丈夫』なんてもんは無いっスが…………今預けたのはウチのオリジナル……私設の銀行口座っス。世界中に金庫があって、その場所も秘密にしてるッス。何か異変があれば即ウチに連絡が来るっス! そう簡単には誰かにくれてやらないっスよ。タンス預金の延長みたいなモンっスね。あ、さすがに口座については教えられないっスよ?」




「わかってるって! 会社建てるのがイロハちゃんの夢だもんね…………あー! それにしても、1人分だとしても1500万ちょっとも儲かっちゃって、どーしよーかしらねー!」




 エリーは、手持ちの大金から1万ジルドだけ取り出し、悦に浸る。




「なーに言ってんだおめえは。いつ終わるとも知れねえ旅。滅多なことでもねえ限り、大事にしまっとけぃ。……いつか、俺らのマイホーム、だろ?」





 ガイが堅実に、しかし少し照れた様子で言う。






「マイホームねえ…………にひっ。ウチも設計や間取りに関わりたいもんスねえ…………ところで、この街で一番想定外だったのは……やっぱりあの貸し劇場でのショーっスよ。いっくらエリーさんとセリーナさん……そんでグロウくんのパフォーマンスが素晴らしかったからって……何のショーの稽古もしてないのにあんなに観客がエキサイトするもんなんスかねえ?」






「それに関しては私も不思議に思ったので……端末からあの劇場内での生体反応などを見ていました。観客たちの活気…………脳や自律神経、臓器系に至るまで生命活動全般が異常なほど活発化していました。もしや……」





「……もしや?」




「グロウ。恐らく無自覚でしょうが…………あの貸し劇場でのショーで、『活性化』の力を使ったのではありませんか?」




「え? 僕が? ……うーんと…………夢中だったから思い出せないや……ただ――――」





「……ただ?」





「あの場で男の人たちの視線に晒された時に、『望みに応えなきゃ』って強く思った……かも…………それ以外のことは、あんまり意識が無いや…………」






「――やはりそうですか……初めてグロウと出会った時から仮説を立てていたのですが…………グロウ。どうやら無意識のうちに『注意を向けられた者の意志を汲み取って応えようとする』癖があるようですね。あるいは習性なのか……」






「――――ああーっ!!」






 突然、エリーが大声を上げた。






「何だ、どうしたぁ、エリー?」






「あ、あたしのお金が…………」






 エリーはわなわなと震えている……。






「何!? スリにでも遭ったのか!?」






「ち、ちが…………そこのスロットマシンに1万ツッパしたら――――」





「ああん? てめえ、油断も隙もねえなァ…………んで? いくらスッた? まさか全財産とか言うんじゃあねえぞ?」






「――――1回で大当たりしちゃった…………いっちばん高い役が……ドラム5つとも…………どーしよー…………取り出し口から出て来るお金、止まんない。あ……あ…………」





「――――んだとォーッッッ!?」







 ――――本人が一番驚愕していた。






 ギャンブル運が破滅的に弱いはずのエリーが、スロットマシンで大当たりをした――――その事実に、ガイはむしろ先行きの運勢に言いようのない不安を覚えるのであった――――
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